第十四話 見ないふり
笑い声が響く。長いテーブルの上座に男は座っていた。真っ白なテーブルクロスの上には様々な料理が並んでいる。湯気も上がり食欲をそそる匂いが立ち上がる。
「さぁ遠慮をするな。わしの自慢の料理人の出すものはどれも美味い。是非堪能してくれ」
ワイングラス片手に男は上機嫌の様子。男が料理に口を付けたところで一同は各々料理に手を伸ばす。レナは中身が綺麗なピンク色の肉に黒っぽい赤のソースがかけられたそれにまず手をつけた。ソースはベリーを煮詰めて作られたものか甘酸っぱく、だが肉との相性がとてもよく後味もくどくない。聖女もそれは同じだったのか思わずと言った様子で男に感想を伝える。
「とても美味しいです」
「当然だ。だがその言葉しかと届けておこう。あやつも喜ぶ」
その間もレナは静かに、存在感は出来るだけ殺して胃の中にしまえるだけしまっていく。そしてそろそろ夕食時間が終わるかと言う所で聖女が男に話を持ちかける。
「エヴェレット様、私お願いがあるのですが少しよろしいですか?」
「あぁ、いいとも。出来る範囲でならな」
「ありがとうございます。その、お願いと言うのは私の友人のレナの事です。こう言ってはお気を悪くされるかもしれませんが私たちは人間です。ただ、私に対しては皆さまはとても友好的なのですがレナに対しては少々冷たく思うのです。もちろん過去を考えれば何故そうなのか理解できなくはないのですが。それで寂しい思いをさせるのも友人として辛いので私の部屋に一緒に生活をともにさせたいのが1つ。それから食事もレナが冷たい視線を受けないよう部屋から出ないで摂ることが出来る様に食べ物を届けて欲しいと思います」
先程まで上機嫌だった男は幾らかそれを下げてしまったようだった。だが結局、食事は聖女がここで取るのであるならばいいという条件で承諾を得ることができた。
「部屋はもう少し広い所へ移すか」
「いえ今の部屋で十分すぎるほどなので大丈夫です。寛大なお心に感謝します」
無事食事を終え、部屋に戻ったレナと聖女はソファでそれぞれ寛ぎ始める。慣れない環境というものはどうしたって落ち着かないものだ。しかも親しくもないあまり知らない者に囲まれての食事だったのだ、あの場でなければもう少し美味しく食べることができたとそう2人は思っていた。
「聖女様はここでも慕われるほど有名人?」
レナは不思議に思っていた。確かに他国の重要人物と知っているなら丁寧な扱いはするだろう。だが周りの聖女を見る目はそれだけではないようにも見えていた。
「あーそうね。建国の際に先代の聖女に大変お世話になったから、みたい。聖女という存在そのものに敬意を払っている感じ? この国の歴史はまだまだ浅いからさ、だからまだ慕われているんだろーね。ここは人間に迫害されてきた者からしたら自由の象徴のようなもの。この国はもう安定しているからこの先もきっとあの強固な防壁で民を守り続けるんでしょう」
「あまり嬉しそうではなさそう」
レナがそう指摘すると聖女は鼻で笑う。
「誰も私を見ていないからよ」
そう笑う聖女の顔はどこか寂しそうな泣き出しそうな、そんな顔に見えた。レナはどう声をかけたものか思案しているとすぐにその表情は消えなにもなかったかのように立ち上がり湯浴みに行くと別室へ消えていった。
時々聖女は悲しそうな顔をする。それはレナには分からなかったが、誰も私を見ていないとあれは本心だったのだろうと思った。癇癪を起こしてしまったレナをほったらかしにしないで落ち着けば気にかけて。冷たいことを言うこともあるが根は優しい人なのだと今では思っていた。
そんな人間が一国の象徴とも言える立場に立ち日々国民の声に耳を傾けて人に尽くして。そんな時、悩んでいた所でビルフランという男が外に逃してくれたという。恐らく聖女にとっては束の間のリフレッシュをする時間のつもりだった。だが戻ってみればお前を知らないと聖女の座を奪われて。それならもういいと捨てたはずの聖女という存在が何故かここでは認められて。
(強い人……だな)
困惑が大きい筈なのにそれをおくびにも出さず。たまに悲しそうにするのはギリギリの所にいるからなのだろう、レナはそれを指摘するつもりはなかった。
「次入るー?」
「ええ」
すれ違う際、香油でも塗ったのだろうかふわりと花の香りがした。
「これで髪乾かせるか……」
赤い魔石がはめ込まれた道具に魔力を流すと温風が出る。レナは体を洗う前にアメニティなどをしっかりと確認しておく。体がびしょ濡れのまま何があって何がないのか探すのも嫌だったからだ。
「大きいな……」
服を脱ぎ、体を洗いに行けば大きな水たまりがあった。否、それは浴槽であった。大きな岩をくり抜いて作られているようだった。外から見ればただの大きな岩石だが覗いてみれば内面は滑沢に磨かれ、ほんのりと緑色の綺麗な石だった。ドワーフは一般的に宝石の加工が上手い。この巨大な浴槽は何かしらの鉱石なのだろうが、宝石に興味はないレナはよくこんなものを見つけたなとしか感想がなかった。
体を洗い、浴槽に浸かると心地よい温もりに包まれる。ちょうどいい温度に体の力が抜けていくのが分かる。
(手入れとか面倒と思ってたけど、結構いいなこれ。作ってみようかなぁ)
自分で作るならと大きさやデザインなど想像しつつゆっくり体を温めた後浴槽から上がる。ぽかぽかとしたまま、湯冷めしないうちにと手早く体を拭き髪を乾かして置いてあった香油を手に取る。花の香りも良かったが今回はラベンダーの香油を体につけていく。ふわりと程よく香るそれを堪能しレナは浴室を出た。
「どうする?」
「どうするとは?」
「あーいや何でもないよ」
開口一番に聞かれて訳もわからず首を傾げたレナを見て聖女は首を横に振り気にしないでとライチを摘む。いつの間にフルーツを持って来させたのか、この聖女はやりたい放題のようだ。
「少し楽しそうね」
「えっ? そうだね、ここに来て1日目だし色々と新鮮だから。そういうあなたはどうなの」
「私は……特に」
「まぁここではやる事ないしゆっくりすればいいんじゃない。時間はあるのだから。あっ、明日の朝食からなんか持ってきてもらうようにしてるから。あーあ。あなただけ人の目気にせず食べられていーなー」
「すぐに慣れるといいですね」
「うわー。もういい、寝るおやすみ」
拗ねたふりをした聖女は寝室に向かった。それを見てレナも与えられた小部屋に向かう。最初見た時にはなかったなベッドが運び込まれていた。レナはベッドに腰掛けそしてパタリと仰向けに倒れる。音もなく倒れた衝撃を受け止めるベッドは肌触りがよく、適度な柔らかさがあり寝心地は非常に良さそうだった。
(……1人、か)
つきんと痛む胸に気がつかないふりをしながらレナは睡魔が訪れるまでずっとそうしていた。




