第十三話 エヴェレット
大柄な男だった。名前はエヴェレット、ドルニグルの頂点に立つ男だった。
「ふむ、クッキーは美味しかったかな?」
「食べていて懐かしく思えるそんな味でした」
「はっはっはっ。そうかそうか、それは良かった。実はな、わしが作ったものだったのだ」
顔に似合わぬ事をすると思ったのは果たして。聖女はにこやかに言葉を返していく。レナは黙って2人の会話を聞いていた。この男の目下の目的は聖女だと見て取れていた。自身の相談役として居て欲しいとお願いしている。本物の聖女だと知っているのだろうとレナは思った。そうでなければあっさりとここまで通される事もなく、まずこの国に送られる事もなかったのだろう。
「という条件でどうだろうか?」
「ええそうですね。とても良いお話だと思います。ですが本当に良いのですか? 私が言うのものおかしな話とは思いますが素性の知れない"人間"ですよ?」
この国の歴史は比較的新しいものだった。獣人族と同じくドワーフもそのずんぐりとした見た目から蔑まれていた過去がある。一般的にドワーフは力が強く忍耐強い事で知られており、労働奴隷としてこき使われてきた事もある。暗に聖女はそんな事をしてきた人間がこの国のトップの側に居て大丈夫なのかと問うていた。じっと目を見られたエヴェレットは豪快に笑い問題ないと即座に答える。
「良い良い、寧ろ居てもらった方が助かる。それにぬしも悪くない話だとそう言っていたではないか。互いに問題がないならこの話はもうまとまったな?」
とそこでジロリと視線が動きようやくレナにも目が向けられる。
「お前は何ができる?」
聖女に対するのとは違う、少々硬い声だった。壁を感じるのは恐らく気のせいではない。レナは少し考え、
「私は毒見が出来ます」
「ほう? それはそれは……。わしがすぐ側の愚か者に気付けないほど耄碌しているとそういうのだな?」
スッと目を細め威圧感が放たれる。決してそれが恐ろしい訳ではないが答えを間違えてしまったかとレナはこれ以上面倒にならないようにするにはと頭の中を整理する。
「そういう意図があったわけではございません。不快な思いをさせてしまったことに深くお詫び申し上げます。ただ、今の私に出来る事がほとんどないのです。この他に何かと言われれば何もと答えるしかございません。それはあまりに失礼かと思い毒味が出来ると申し上げたのです」
「……まあよかろう。おぬしはこやつの身の回りの世話をしてやれ。顔馴染みのようだしな。ぬしもよいか?」
聖女がええと一言了承の言葉を伝えるとエヴェレットは去って行った。そしてエヴェレットと入れ違いにまた別の男が部屋に入ってくる。執事なのだろうかピシッと背筋が伸びているが背が低い。ドワーフであろうその男はレナに目もくれず聖女の元へ向かう。
「ペルトゥア様、どうぞこちらへ」
「あら私の名前を知っているの?」
「もちろんでございます。我が王は何でもご存知なのでございます」
「そう。いいわこれからお仕事かしら、それじゃあまたね」
パタリと1人レナは部屋に残された。しんと静まり返った部屋でぽふんとふかふかのソファに腰を戻し天井を見上げる。レナはあくまでおまけ。むしろ煙たがられている、そう感じていた。
「これからどうなるんだろう……」
その呟きに答える者はいない。何をするでなくただただ時間だけが過ぎていく。窓から入る日の光も動き夕方になりそうなそんな時にようやく誰かが部屋に訪れる。
「まさかずっとただ座っていたんですか?」
聖女を連れて出て行ったあのドワーフの男が呆れたような見下すような視線をレナに向ける。レナはボーッとしていた目を戻し男を見る。座っているレナと同じ位置に視線が合う。今にも舌打ちしそうな顔で聖女が呼んでいると言う。レナは立ち上がると顎でしゃくられる。黙ってついて来いとそう言う事らしい。レナは静かに男の後をついていく。やがて入れと目線で促され扉にノックをする。
「レナです。お呼びと聞きました」
「入って」
中から聖女の声がしたため扉を開け中に入る。男は廊下に立ったまま入ろうとしない。レナは開けたままは良くないだろうとパタリと扉を閉めた。
「あなたは何してた?」
「あの部屋でずっと座っていた」
「……そう。暇だったでしょ。早く呼べば良かったわね。あーそこ、座ったら?」
レナは指された方の聖女の向かいのソファに腰を下ろす。聖女はテーブルに乗せられたカップを手に取り喉を潤し一息ついた。
「あなたが気にしないタイプならここに住むのは良いかもね。基本居ないかのように扱ってくると思うわ。ここの人、やっぱり人間にはあまりいい感情は持っていないから。かと言って手を出す事はしないみたいだけど。あの王様、ネチネチするようなの嫌いなんだって」
「あなたは?」
「私? 私は……丁重にもてなされていると思う。でも変な感じはあるわね。ビルフランに聖女は別にいるって追放されてここにきたはずなのに、ここにいる人はみんな私を聖女だと知った上での丁寧な扱いをしてくる。探ろうにもみんな口が硬いしちょっと気味の悪さを感じるぐらいよ」
深く腰を掛け聖女は背もたれに背中を預ける。少し疲れがあるようだった。
「ここね、私に充てがわれた部屋なの。横に小部屋もある。あなたそこで普段生活するといい。誰もあなたに何もさせようとしないと思うし。あなたも考える時間いくらあってもいいでしょ。ご飯とかは持って来させるし手持ち無沙汰なら何か遊べるものとか頼んでみる」
「代わりに何かある?」
妙に親切にしてくると訝しむと聖女は溜息をこぼす。
「そう言うわけじゃない。あなたには早く立ち直って欲しい、ただそれだけ。前にも言ったと思うけどあなたは今後この世界において重要な立ち位置にいる人物だから。まあこれは今後も意味が分からないままでいいけどさー、でもこの世界はいつだってあなたの心に寄り添う。それだけは覚えておいて欲しいかな」
(そこまで言うなら私が何者か教えてもいいとは思うけども)
聖女はこの話はお終いだと言わんばかりにガバリと体を起こしテーブルの上のフルーツの盛り合わせに手を伸ばす。美しいガラス細工の器に盛り付けられたそれは宝石のようにも見える。瑞々しいのが見て伝わる。
「あなたも食べると良いよ、美味しいから」
葡萄を一粒、口の中に入れ歯を立てればプチリと皮が弾け汁が飛び出す。小粒ながらしっかりと甘さが主張してとても美味しいものだった。
「多分そろそろ夕食の時間になる。居ないものと扱うにしても一応あなたもその場に呼ばれるとは思う。最初だからね。その時にあなたをこの部屋に住まわせる事とかご飯はここに持ってくるようにとかいうから」
「ネチネチが嫌と言う割に居ないものとして扱ってくるのも矛盾を感じるけど」
「あはは、居ないものとしてくるのはその周りの奴らだけ。あれはあなたが居ればちゃんと挨拶もすると思う。けどちょっと冷たい対応になるだけって感じかな。まっ暫く様子見て無理そうなら言えばここからあなたは出られるんじゃない? あっお迎え来たか」
ちょうどその時扉の外からノックの音が聞こえてくる。
「そろそろお食事の時間ですので準備していただけますでしょうか」
「分かりました今行きます」
「メイドが入ってくるとかはないのか……」
「それは私が嫌がったから」
こそこそと話をしながら2人は部屋から出たのだった。




