第十二話 輸送先は
「ほら、休憩だ。飯ができればまた呼ぶからな」
あまり居心地の良くない狭い空間にレナと聖女ペルトゥアは入れられていた。レナはずっと膝を抱えたままピクリとも動かない。聖女はというとそんなレナに呆れ、さっさと外に羽を伸ばしに行く。2人は追放され何処かへ輸送されている途中だった。閉め切られていた空間に外の空気が流れ込む。聖女は外に出る扉を開けたまま出ていた。
レナは髪を揺らす風に反応してこの日初めて顔を上げる。あれから数日経過していた。
(ドロワ心配……しているだろうな。ゴーシュも酷い目に遭っていなければいいけど。……いや、今の私がここで心配するのはおかしいか)
今まで感じた事のない感情にレナは疲れていた。今は何も考えたくないとぼうっとしていると外から声をかけられる。
「飯だ。出てきな」
レナは空腹を感じていなかったが無視をすれば構われて鬱陶しい事をこの数日で学んでいたため素直に出る。外に出れば夕日が辺りを照らしていた。今日はこの辺りで一晩を過ごすらしく野営の準備が始められており、また、まばらに生えた木のそばでは聖女がすでにスープを受け取って飲み始めている所だった。
「残さず食べろよ」
木のお椀に入れられた野菜のかけらと何かの肉が入った味の薄いスープに、硬くあまり美味しいとは言えない黒パンを浸して柔らかくして食べる。レナのように空間の中や許容量の大きなマジックアイテムの袋になんでも入れられる人間は居ないのだ。多少の物が入る袋はあるものの数にも限りがあるため食料は保存のきくものを車に積み込み少しずつ大切に消費しているのだった。
「お前ら運がいいぞ、真っ赤な林檎ができてらぁ」
取れたての瑞々しい林檎を一杯に抱えた男が喜色満面の笑みで戻って来る。レナたちにも一つずつ手渡される。聖女は渡された林檎を即座に磨きピカピカの真っ赤なルビーのような輝きになった所でそのままガブリとかぶりつく。美味しいと嬉しそうに林檎を食べている。辺りに甘く爽やかな林檎の香りが広がった。
一方レナはと言うと受け取った林檎を暫く眺めまだ囓る気は起きないが暇だったため丁寧に林檎を磨く。そうして磨いているともう陽はすっかり落ちて星が瞬き始めた。
「水浴びに行くわよ」
ぼーっとひたすら林檎を磨き続けるレナに聖女が話しかける。聖女も今のレナにあまり関わろうとしたくはなかったが、旅の途中で同行者が体臭を放つようになるのは遠慮願いたかった。
(別に声かけられなくても行きたくなったら行くんだけどな)
レナはそうは思うが黙って聖女の後についていく。少しして水の流れる音が聞こえ始める。そして川の一部を囲うように簡易的ではあるが布で目隠しがされている。ちなみにレナたちを輸送するメンバーは殆どが男だった。だが、こうしたレナたちへの配慮は言われずとも最初から為されていた。見た目は少々厳つい者ばかりだったが心根は優しい。
「んー、ちょっと冷たいなぁ。まぁ贅沢は言ってられないけど」
水の中に片手を差し込み確かめた後、聖女はばさりと豪快に服を脱ぎ始める。そして小枝を持って川の中へと入る。膝の辺りと少し深めの川にザブンと全身を沈め頭の先まで濡らした後に聖女は立ち上がってパキリと持っていた小枝を折った。とろりとした樹液はやがて泡立つ。天然の石鹸だ。白い泡を体に塗り付け汚れを落としていく。体を洗いさっぱりとすれば聖女はさっさと川から上がった。それと入れ違いにレナも服を脱いで川の中に入り体を洗う。盗み見られる心配はそれほどなくとも、ここは外な訳で魔物が襲ってこないとも限らなかったため辺りの見張りをしていた。
「あー寒い寒い。早く火に当たりたい」
大きなタオルを被って入るものの髪はすぐには乾かない。ガシガシとタオルドライをさせながら2人は暗い中、野営地へと戻る。しっかりと火にあたり、髪がある程度乾いてきた所で車に戻った。今日ずっと車を引っ張ってきた地竜はうつらうつらとうたた寝をしている。レナはそれに釣られたのか小さく欠伸をこぼす。
「んじゃおやすみ」
「……おやすみ」
そんな生活がそれから暫く続いてようやく目的の場所へ着く。近くに連れてレナは薄々どこへ運ばれているのか勘付いていたがそれでも何故ここにと疑問は拭えない。
「なんでドルニグルに……」
聖女も驚きで目を丸くさせていた。軍事国家ドルニグルは一つの島のようなものだ。周りは全て水で、水の中には凶悪な生き物がウヨウヨとしている。そして水を超えた先にはエストリアのものよりも強固で頑丈な馬鹿高い壁がある。堅牢堅固でも有名なドルニグルは初めて見る者にとっては圧倒されるだろう。またこの国はドワーフが多い事も特徴である。
「ほら、こっから歩いていくかんな。ぼさっとしてねぇで歩けよ」
橋を渡り壁の前に辿り着くとついて来た男たちは何やら門番と手続きを始める。そこから少し離れた所でレナと聖女が暫く待っていると身体検査もなく中へと招かれる。ピシアンティアとドルニグルは互いに手と手とを取り合い仲良くしている国でもないはずだったがあまりにもスムーズな手続きにレナは首を傾げる。この国は守りが硬い分、内から崩壊させられないよう入国手続きも厳しい所だった。
(追放先にここに連れてこられてすんなり入れるのもおかしい。一体なんの繋がりがあってここに……)
聖女にも何がなんだか分かっていないようだった。
「ようこそドルニグルへ。早速ですがあなた方にはとある場所で住み込みで働いてもらいます。こちらです」
案内役の背の高い男が先導する。それに大人しくついて行くと行く手にドラゴンライダーがいた。ライダーに抱えられるようにしてドラゴンに乗り目的の場所までひとっ飛びをする。そして連れてこられたのは王の暮らす城だった。
「こちらで少々お待ち下さい」
迷路のような城の中、控え室に通されお茶請けを出される。まるでもてなされているような待遇に聖女は居心地が悪かった。対してレナはもそもそと素朴な味のクッキーを頬張る。全く手をつけないのも失礼になるかもしれないと思ったからだ。
「それ美味しい?」
「それなりに」
レナが食べているのを見て聖女はお菓子が気になり一つ口にする。軽い食感のそれはサクサクと子気味いい音を立てて崩れていく。まぁまぁいけるわねと次々に頬張り出した聖女を見てレナは食べるのをやめる。そして出されたお菓子の殆どがなくなり始めた所でようやく誰かがやって来る。
「寛いでくれているようでなによりだね」




