第十一話 スクランブル
牢屋の中でレナは体育座りをし、耳を澄ませていた。別に何か聞こえるわけではなかったが暇だった。
「ん……」
「起きた?」
ふと、いつかとは逆だなとレナは感じた。
「ビルフランッ!? ……えっここは」
「牢屋だよ」
「何でどういう事なの? ビルフランどうして……」
初めて出会った時のような落ち着きは無く、聖女は酷く取り乱していた。ぶつぶつとした呟きを拾えば余程ビルフランというあの男の事を信用していたようだった。
「心当たり、ないの?」
「あるわけが無い。だってビルフランはいつも私を見守ってくれていた。私が小さな頃からずっと……今回のことだって、私が憂鬱に思っていたのを察してここから逃してくれた。なのに、なのに……」
「……もしかしたら、侵入者に対する体裁として一時的にここに入れられているだけなのかもしれない。本当は聖女様は外にあんな所に出られる筈がなかったのでしょう? もう少し落ち着いて考えてはどう?」
聖女はレナをキッと睨むが言葉を返さなかった。申し訳程度にかけられていたボロボロの毛布を剥ぎ、聖女は檻に手をかける。が、パッとすぐに手を離した。
「やっぱり壊せないか……」
「どういう事?」
「この檻は特別製でね、触れればそこから体内の魔力が流れ出てしまう。魔力で身体強化しても触れた側からあっという間に吸われるから壊す前にダウンしてしまう。かと言って魔力の回復を待とうにもこの部屋にいるだけで少しずつ流れ出ていくから時間が経てば経つほど壊す事は困難になる。私がフルで魔力を蓄えていれば壊せたけれどここに入れられるときにでも吸い取られているみたいだし……」
そういえば檻の中に入れられる前にビルフランと呼ばれる男が何かしていたなとレナは思い出す。グローブをはめ、何か石のようなものを持っていた、あれがそうなのだろう。なるほどますます面倒だなと今後の事を憂いた。
——カツン、カツン
その時、誰かの足音が反響して聞こえてくる。一体誰なのか2人が身構えていると1人の男がやってきた。ビルフランだ。ビルフランは目覚めた聖女を見て一言、起きてたのかと呟く。
「ビルフラン、これはどう言うつもり? 事と次第によっては怒るわよ」
「おやおや大変元気なお嬢さんだ。それで、怒らせたら私はどうなるのかな?」
挑発を受け聖女はその白い肌を赤く染めきつく睨みつける。だがその視線を受け止めながらビルフランは全く動じることもない。
「まぁいいでしょう。お2人はここへ忍び込んだ犯罪者です。ですが裏若い2人のこれからの将来を散らす事は大変お優しい聖女ペルトゥア様がそれは可哀想だと。ご慈悲をかけられて大変幸運ですね、追放という形に決まった事をお知らせしようとこちらまで足を運んだ次第です」
「追放? ペルトゥアは私よ? あなたは一体誰の話をしているの」
「おーこれはこれは。どこかに頭をぶつけられたのでしょうかお可哀想に。追放された先で治るといいですね、それではさようなら。もう会うことはないでしょう」
「待って話は終わってない! ビルフラン、待ちなさいっ!」
聖女の叫び声は虚しく響く。また2人きりの環境に戻る。レナは先程の会話の中でふと思った事を聞いてみることにした。
「ナイルキアは偽名だったのだろうけど、聖女とバラしてから名前を訂正しなかったのはどうして?」
「……さぁね。まぁ別に不都合もなかったし訂正する必要も感じなかったから」
(今一瞬……)
驚き傷ついた。そんな表情を浮かべたように見えたが気のせいか。レナもそこまで疑問には思っていなかった事なので深くは聞かなかった。
「この帝国で生まれて、この帝国で育って、この帝国を聖女として見守ってきて。何処のと知らない聖女に乗っ取られて追放って笑っちゃうわ」
「これからどうなるの?」
「私が知るわけがない。やさしー聖女様がどこか良いところにでも送ってくれるんじゃない?」
「すごく擦れたわね。それとも本来の性格?」
「別に。もうなんか馬鹿らしくなっただけ。こんな所こっちから願い下げよ。早くこの帝国を出てその先で自由に気ままに生きるだけよ」
「元々自分から出ようとしてたじゃない」
「それとこれは別。それに帝国から出ようとまでは思っていなかった」
硬い石の床にゴロリと聖女は転がる。
「私連れがいるから追放されると困るんだけどな。……あっ」
レナはふと思い浮かんだことがあった。もしそれが正しければ絶対に追放されるわけにはいかない。
「どうしたの?」
「1つ聞きたいことがある。あなたがここを出る時、代わりの聖女を配置するとかあったの?」
「えぇ、容姿がそっくりでそのうえ私の息抜きのために暫く影武者として変わってくれる人を見つけたと言っていたわ」
「会った事は?」
「ないわ。お礼を言いたかったけど近くで私を見るのは緊張するからまた私がここに戻るときまでに心を準備するって合わせてもらえなかった」
「……そう」
「万が一とは思ってここまで来たけど、まさか本当にあなたの探してる子が私の代わりにいるとでも? 私はあなたに疑われるのが嫌で違うって証明するために連れてきた。確かにタイミング的に偶然が過ぎるとは思うけれど攫われたら協力なんてその子しないし表立って公務も……っ」
「聖女は当分の間期限なしで表には出てこないわ。襲撃があったから安全のために。あなたが出て聖女は襲撃されたと話が出回った。何もかもが偶然とはとても思えない。期限がなければいくらでも脅すなりなんなりする時間はあるわ」
少しずつ現実を帯びていく考えにレナは迷った。このまま大人しくしていれば追放される。が、無理にここを出てすぐにゴーシュを見つけられるかと聞かれれば分からないとしか答えられない。その間に騒ぎが大きくなり残してきたドロワたちにも危険が及ぶ可能性もないわけではない。
恐らくこれは計画的なものだったのだろう。もしかしたらあのビルフランはゴーシュとレナの繋がりを知っていたのかもしれない。疑えば疑うほど身動きが取れなくなっていく。
「あなた、これ壊せない?」
「やってみる」
迷いはあったがレナは檻に手をかける。体から急速に魔力が抜けていくのをレナは感じた。確かに普通の人なら壊す事をする前に意識を落としてしまうかもしれないなと思った。
「……くっ……なんで」
感触的に普段のレナだったら壊す事は簡単だったと思うが何故か力が入りきらない。何もかもが規格外な己の力は自身がよくわかっているはずだ。これぐらい壊すのも訳がないはずなのに檻をねじ曲げることも何も出来ない。その間にも魔力がどんどん吸収されていく。手を離す。
「あなた、やっぱりまだ自分を見つめ直せていないの」
「うるさい」
「だって明らかにあなた」
——力を抜いている。
そう言われてカッと頭に血が上る。そんな感覚が初めてだったレナは更に人生で初めてな程の大きな声を出す。
「うるさいうるさいっ。そんなの私が一番分かっている。だけどもう何がなんなのか分からないの! 私はっ、私はっ!!」
グシャリと手で髪を崩しレナは俯いた。そんなレナに聖女が容赦なく言葉を放つ。
「私は自身の正体も知らないのも答えだとは言った。だけど自分を見て見ぬふりをしろなんて言っていない。一体何を迷っているの、あなたはあなたで他の誰かに左右されるべきじゃない」
「私の事全部分かったような口を聞かないで」
「分からないからなんとでも言える。だけどね、あなたの正体がわかるからこそ言っているの。あなたがそんな取り乱していれば世界が……」
「世界ってなに? そんなの関係ない。知らないもう放っておいて!!」
「分かった……」
レナは耳を塞ぎ目を閉じて、誰かが檻にやってきて外に連れ出されるまでずっとそうしていた。




