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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第二章  竜の瞳と聖女の涙
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第八話  離れた手

 あの時ついて行っていれば。

 あの時油断なんてしていなければ。


 伸ばした手の先に銀色を見た気がした。



 それはある日の朝、レナたちはいつものように起床していた。ピシアンティアでの滞在はもう随分長いことになっており本格的な夏も過ぎそろそろ秋に足を踏み入れる所だった。この時期ピシアンティアでは不穏な噂が広がっていた。


「おい聞いたか、近々どこかと戦争をするらしいぞ」


「あぁ聞いた聞いた。もし駆り出される時が来ればここも流石に無事じゃないかもしれないな。俺はエストリアって聞いたぜ?」


「そうだな。なにせこの帝国に牙を向けるような所なんだ、よっぽど国力があるところなんだろうよ。ちなみに俺はドルニグルって聞いたな」




 通りすがる人々の関心は専らそれであった。連日の同じ会話にレナたちは辟易としていた。商売の匂いを嗅ぎ取ってか武器商が来始めたのはいつからだったか、闇市で粗悪な魔法道具も売られるようになり購入した道具が暴走した等で事故なども絶えなかった。

 それでも彼らの士気は下がることはない。


「聖女様を御守りしなくては」


 いっそ不気味なほどに心酔し聖女様だけはと誰もが口を揃えて言う。小さな子どもはまだよく分からないながらも周りの大人の言葉を真似、聖女様の為にと拳を振りあげる。


「なんだかみんな洗脳されているみたい……」


「もう教育からそうなるようになっているからねぇ。でもこの帝国では当たり前の事さ。寧ろ外から来た僕たちの方が異分子だよー」


 ちらりとブルーメはレナを見る。その視線を感じながらもレナは口を開くことはなかった。


(私は何がしたいんだろう)


 王様が怖くて、あれがやってこない場所へと思って逃げたというのは確かにあったと今なら言えた。だがここ最近まで平和な時代が続いてきたピシアンティア帝国に不穏な空気が流れ込んでいる——レナたちがこの場所へ来た当初には一切の陰もなかったと言うのに。このままここに留まるのは賢くない選択肢なんだろうとは分かっていた。


「レナ様?」


「ん?」


「あっえっとその。レナ様が何か思い詰めているように見えて……」


 不安そうな瞳とぶつかる。何か言わなければと思えば思うほどに喉の奥がひっついたように言葉が出ない。結局言えたのは何でもないと一言だけだった。



「みんな先に行って食べててよー。僕はちょーっとレナ借りるよー」


 ブルーメはレナの手首をいきなり掴んだかと思えば何処かへ連れて行くつもりなのか引っ張っていく。またいつもの気まぐれかとシャンディたちはそれを見送った。

 連れてこられたのは泊まっているホテルの屋上だった。貸し切りにしてしまった為、2人と従業員が何人かいるのみだった。


「ねーねー、レナは一体なにを考えてるのー? まだ魔法も上手く使えるようにならないし、それにぃ見てて違うかもだけどさぁ、元に戻ろうって足掻いてるようにも見えないんだよねぇ」


 ふわふわの厚い前髪の奥から突き刺すような視線がレナに向けられている。


「私……は、」


「へぇ図星なのかぁ。僕ねぇ、元々大精霊なのに魔法で君に力が及ばないってほんとは悔しかったんだよー。なのにこの体たらくぶりは、ねぇ? 僕じゃあの子たちの魔力の流れを正せない。君だけが希望なのに。使わないなら僕に頂戴よ、それ」


 とんと肩を押されレナは倒れ尻もちをついた。ブルーメの顔を見上げるが逆光のせいか表情はよく見えない。だが怒っているなとはレナは感じていた。


「ねぇ、何で何も言わないの」


「何で抵抗しないの?」


 ブルーメの足元から蔓植物が生えレナの首に巻きつき締め上げていく。苦しげな息が洩れるだけでレナは蔓を引きちぎろうとも何もしなかった。酸素の行き渡らないぼんやりとした中でレナは悲しそうな顔を見た気がした。



 そしていつの間にかレナはベッドに横たわっていた。起き上がった時側には誰も居なかった。ひんやりとした感覚を首に感じ手で触れてみると少しのベタつきがあった。レナはベッドから降りて洗面所に向かい鏡を見ると首に薄らと目を凝らさなければ分からないほどではあるが赤い跡が付いていた。あれほどの締め付けがあってこの程度で済んでいるのは何か薬でも塗られたのだろうかとレナは首を傾げる。


(殺そうとしたくせに)


 そう思うが何故か最後の悲しそうな顔が脳裏をちらついて離れない。


(シャンディたちを助けたい気持ちが無いわけじゃない。でも今は)


 薄れる意識の中で確かに魔法を、力を使う事を強く恐れる自分がいる事に気がついた。王様が何かした、ではなく力を使う事を恐れて上手く魔法をコントロール出来ない。きっかけは確かにあの出会いだろう。レナの中はぐちゃぐちゃになっていた。


「とりあえず普段通りに、普通に……」


 ホテルから出て元いた場所に戻る。もう居ないかもしれないなと思っていたが果して。


「あっレナおかえり。遅かったな、もう食べ終わる所だぞ」


 あまり長い事意識を失っていたわけではなかったらしい。多少レナが戻るのを待っていたが1人で戻ってきたブルーメがまだ時間がかかるからと食べ始めていた。今そのブルーメは先程までの事は夢だったかのようにいつものようにふわふわと笑っている。


 ゴーシュたちはベリーが使われたタルトを美味しそうに口に運んでいる。食後のデザートを楽しんでいる中で昼食を取り始めるのもと遠慮しようとしたがドロワが気にせず食べて下さいとメニューの中からお勧めを選んでレナに見せる。レナはそんなに言うならとお勧めされた中でメニューを選び注文をする。


 やがて運ばれてくる料理に舌鼓を打ちつつ会話を続ける。だが何処かぎこちなさをレナは感じた。チラリとブルーメを見るがいつものそれがあるだけ。


 微妙な空気を感じ取ってか居心地の悪さを感じていたゴーシュがたまらず遊びに行ってくる夕方までにはホテルに戻ると言ってどこかへ出てしまった。ここに来てそれなりに長く顔見知りも出来ていた。ドロワは腰を浮かせかけたがすぐに座り直しレナと取り止めもない会話を続ける。


(気を使わせてるな……)


 ここでレナが何を言っても離れないだろうとすぐに見当がつき、素直にそれに甘え相手をしてもらう。


「なに?」


「別にー」


 一瞬ブルーメのつまらなさそうな視線とぶつかる。だがブルーメは今は何も言うつもりないのかそっぽを向いてしまう。



「美味しかった」



 頼んだものを全て胃に片付け席を立つ。レナが食べ終わるまで残って待っていたうちのブルーメ、シャンディ、グレンは何処かに出かけると言い、レナはその背を眺めてホテルへとドロワとともに帰った。



 そして夕方、ドロワがそわそわとし始める。ゴーシュがまだ帰ってきていなかった。


「お兄ちゃんまだ遊んでるのかしら、日が落ちるのなんてあっという間なのに」



 プンプンと怒ってはいるがそれは心配しての事だとは分かっていたレナはもう少しだけ待って帰ってこなければ探しに行こうと声をかける。もう少し、あと少しだけ。そう言いながら待ち続けとうとう夜の帳が降りてまだゴーシュが戻ってこなかった。その頃にはシャンディたちも戻ってきていたがゴーシュがまだだと知ると探しに行くと飛び出した。


「すれ違いになっても面倒だしドロワはここに居て。行ってくる」


 何か言いかけた言葉を待たず、シャンディの後を追うようにレナは夜の中へ身を投じた。


「ゴーシュどこ?」


 心当たりを周るが姿はどこにもない。暗い影が伸びてきているこのご時世、何かあったのではと心配になる。だが強くなる焦燥感を煽るように空の瞬きが強くなる。


「あっ、気配を探ればよかった」


 自分で思うよりも余裕がなくなってたなとレナは思いいたり、精神を落ち着ける為人の気配の少ない裏通りの建物の影に身を寄せ気配を探ろうとしてそれは起こった。


「うっ!?」


 迫り上がってくるそれは口の中いっぱいに酸味を広げ飛び出す。ビチャビチャと液体が口から漏れ出す。あまりの吐き気にレナはうずくまるが止まらない。頭の中に情報が暴力的なまでに流れ込んできていた。


 人はもちろん地中の最近から中を漂うウイルスまで全ての情報にレナはなす術もなく、普段何気なく使っていた気配を探る事も制御できず本日2度目の気絶をする事になる。


(ゴーシュ……)


 完全に落ちる前に銀色の何かに手を伸ばした気がした。

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