第二十三話 祭り当日
その日は快晴だった。レナはまだ眠る3人におはようと声をかけて一階にいるハナの元へ降りて行った。下に降りればハナは朝早くから色々と動いているようで忙しそうだった。それもそのはず部屋は満室、宿泊客が多かった。今日は祭り当日で朝早くから宿泊客がロビーを彷徨いている。街の中全体が今日という日を楽しみにしていたようだった。
レナはハナにおはようと声をかけて無言で手伝いに入る。それにハナは少し申し訳なさそうに眉尻を下げた困り顔をしたが、早くやる事を終わらせればレナとデートだと改めて気を引き締めて業務に当たった。
「レナちゃんありがとう、そろそろ出かけられそうね」
あらかたの仕事を片付けハナはニコニコと嬉しさを隠しきれずレナに話しかけた。お昼過ぎで外から楽しそうな声が聞こえ、賑やかな祭りになっているようだ。レナとハナは出かける準備をして2人宿屋を後にした。
「どこに行こうか」
そう言いながらも2人の足は止まらない。とある場所へ真っ直ぐに足を進めていた。そうして辿り着いた先にはずらりと露店が並び、街の住人や王を一目見ようとやってきた隣国の民であったり様々な人種が集まっていた。
ガヤガヤと騒がしいが人の間を縫うようにして2人は移動していい匂いを漂わせている店を回り様々な食べ物を買い集めた。買ったそばからマジックアイテムの袋に突っ込んでいるため荷物になるのを気にする事なく2人は露店巡りを楽しんだ。
「ふふっ、レナちゃん手持ちは大丈夫? 一旦休憩しましょ」
人混みを抜け出し宿屋の近くまで戻った2人はそれぞれ片手に串焼きを持ち頬張りながら日陰で食べ始めた。休憩スペースはどこも満席、とても座れる状態ではなく賑わっている場所から離れなければ落ち着いて食べるのも難しい。
「ハナさんも結構買ってたね。私は手持ちは問題ないよ。はいこれ、飲むと爽やかで口がスッキリするし美味しいよ」
飲み物を手渡し暫く駄弁り、柑橘系のフルーツジュースを飲みながらレナはこれからどうしようかと迷った。食べ物は美味しい、値段も手頃でまだ買っていない店は沢山ある。また食べ物だけでなく装飾品なども興味があった。ジュースを飲みきってお腹も膨れた2人はまた人混みの中へ紛れ込んで行った。
「レナちゃんこれ付けてみて」
「……どう?」
「まぁ似合うわね。レナちゃん美人だから何を付けても似合うけどやっぱりシンプルなのが一番ね」
「ありがとう、……おじさん、これとこれ買います」
レナは値段を確認してハナに似合うと言われたネックレスと、プレゼント用の髪飾りを買った。そして髪飾りを買ってすぐにハナの髪に黙ってつけるとハナは慌ててお金を払うと財布を取り出そうとするがそれをレナは止めた。
「私がハナさんに似合うと思ってプレゼントしたかったから。それからネックレス、私に似合うものを選んでくれてありがとう。自分じゃ分からないから参考になる」
こうなるとレナはお金は受け取らない、ハナはそれ以上無理に料金を払おうとせず素直に受け取った。ゴールドのヘアピンに丸いターコイズが幾つかあしらわれたそれは美人なハナにとてもよく似合っていた。
その後互いに選んだアクセサリーを身につけたまま店を回り、眠る3人や帰って来ない2人にも土産を買い祭りをしっかり満喫してそろそろ帰ろうかというところで歓声が場を支配した。王の登場である。
レナはしまったと思うが一気に混雑して上手く身動きが取れない。1人で脱出するならまだしもハナと一緒だ、勝手に抜け出すのも気が引けた。
「ハナさん、はぐれないよう手を繋いどこう」
ギュッと手を繋ぎ2人は抜け出そうと少しずつ移動するが人の密度がものすごいことになっている。王が通る道を開けるため道の両脇にどんどん人が集まっていく。それでも何とか完全に動けなくなる場所からは抜けられ2人はホッと息をついた。もちろん手を離せばはぐれそうなほどには混雑しているが動けないほどではない、もう宿屋へ帰ろうと歓声からは背を向け歩き出した。
「レナちゃん大変だったわね」
「うん、予告なく現れるとは思ってなかった。ハナさんもお疲れ様、足とか大丈夫?」
「えぇ、何度か踏まれちゃったけど靴が汚れたぐらいだわ。でも今日は楽しかったわ」
変わらず後ろではルキフェル様と叫び声が聞こえてくる。レナはふと後ろを振り返った。人の後頭部の数に一体どこから湧いてきたのやらと思っていると建物の影からフロート車の頭が覗いた。きっとそれに王様が乗っているのだろう、遠目ながらもそれは高く大きな乗り物なのがわかる。
「あれはお金がかかってそうね」
「そうだね、多分あれに王様でも乗ってるんだと思う。あんな大きな乗り物だしこの大通りしか回れなさそう」
豪華なフロート車の上に幾人か立っているが人が米粒のように見えるため誰が誰だかはっきりとは分からないがおそらく真ん中に立つその中で一番小さな人型が王様なのだろう、ハナは顔が見えないわねと呟いた。
だがレナの耳にその呟きは届かなかった。民衆に手を振る王を見て思わず固まっていた。刹那の邂逅であったがそれは恐ろしく長い時間ように思えた。普通の人間でははっきりと表情が見えない距離で互いに相手の瞳を見つめ、どくりと心臓が高鳴り全身の血がざわめいた。真っ赤なルビーのような瞳が微かに見開かれたことにどれだけの民衆が気がつけただろうか。そして翡翠色のレナの瞳孔も開いていた。
(私はあの眼を知っている……!)
レナはぞわりと全身の毛が逆立つような感覚を覚え一歩後退りをする。それに対して王の口角が僅かに上がった。
「レナちゃん? っ、レナちゃんっ!?」
繋いでいた手を振り解きレナは無言でその場から走り去った。今までにない程に余裕もなくレナは走った。走って走って関所も飛び越え眠りの樹海の奥へ進みあの湖に飛び込んでその身を沈め、レナは全身の血が騒めくその感覚を鎮めようと限界まで潜り続けた。
「はっ、はっ……っ」
苦しくて苦しくて、レナは胸を抑えたまま岸に上がる。ずぶ濡れの衣服が重い。胎児のように体を丸め冷えていく体を震わせながら苦しい苦しいと胸をかきむしる。
(誰か……助けて)
——お母さん
声にならない言葉と共にレナは暗闇に意識を落とした。
暗闇の中、レナは1人だった。誰も居ない暗闇の中でポツンと立っていた。
「ここは何処だろう」
何処にも明かりはなくただただ闇が広がる空間に突如として映像が流れてくる。少し擦れ色褪せたようなそれは誰かの見る世界のようだった。
「次はこの実験をしましょう」
女が何か命令を出しそして場面が変わる。赤く染まる手。子どものような手が死体を刻み魔石を取り出した。魔石の持ち主の顔は苦痛に歪みきって事切れていたようだ。そしてまた場面が変わる。
「それで、どうなの?」
「はっ、874は今のところ異常はないかと。命令には忠実に確実にこなしていきます。成功したとみてまず間違い無いでしょう」
「ふーんそうか。お前、私の所に来い」
視線が動く。そして返事もなく静かに誰かの側へ動いた。
「そうか、そうか。へぇ……」
1人何かに納得したように頷き、手を伸ばされ顔を上げられる。逆光のせいなのか表情はよく見えないが口元が歪んでいるのが分かった。
「お前は今日から私の手足となれ。……ふふっ、私の可愛いお人形だ」
そしてまた場面が変わる。次は誰かに手を引かれ何処かへ連れて行かれているようだ。見上げた先にはローブを被った男とも女とも分からない姿があった。やがて魔法陣の描かれた部屋に入れられて転移した先で待っていろと声をかけられ景色が変わる。どうやらここは森の中、魔物の唸り声が近くでしている。襲ってくる魔物を消し炭に変えながらローブの人物を律儀に待っていた。
「やぁ、待たせたね」
それじゃあ行こうかとローブの人物はスタスタと何処かへ向かい始めそれに着いていく。声は女のものだった。
着いて歩く森の中は何故だかレナにとってとても懐かしい感じがした。
「さぁ、ここが新しい住処だよ」
木を組み立てて作られた家の前に辿り着き、先に中に入るよう促され入っていくと中の光景にも見覚えがあった。丸いテーブルとそれを挟む2つの椅子。それから小さな食器棚ぐらいしかないこじんまりとしたダイニングキッチン。他には奥に3つほど扉があった。
「どうだい、気にいったかな?」
ローブの女がフードを取るがどうにも顔がぼやけてよく見えない。しかしレナと同じ栗色のショートヘアの女だということは分かった。
「向こうに扉が何個かあるだろう? 一番左が君の部屋さ。入って見るといい」
左の部屋のドアノブに手をかけた瞬間また場面が変わった。今度は向かい合って座っていた。テーブルにはまだ湯気の立つシチューがあった。
「どうだい、焦げ臭さは移ってはいなかったかな? 私のはとても香ばしい香りが支配しているよ。だがきちんと栄養バランスは見ているから安心したまえ」
スプーンですくったスープは少し濁っていた。レナは目の前の映像を見ているだけだというのに何故か舌に焦げ臭さがついた。
「ふむ、まぁ食えないことはないからなきちんと食べるように。食材は無駄にするのはよろしくないことだからな」
スープは不味くてでも懐かしい味だった。そうして完食した所でまた場面が変わる。女の髪は伸び、腰まで艶やかな髪が背中を覆っていた。何年も月日が飛ばされているようだ。
「やっぱりなんでこんな事したのか分からない。でも私はこの選択を後悔していないんだ。——、君に普通の幸せを感じて欲しいってそう思うんだ」
そして場面が目まぐるしく変わっていった。狩りをして血塗れになれば怒られて、何かしたときは褒められて。まるで親子の様なそんな場面が続いた。たまに一緒のベッドで眠る時は何かの専門書を読み聞かせられたり、よく聞く様な普通の家族をなぞり演じているどこかぎこちないものからだんだん自然な姿へと変わりそして。
「あなたを普通の子としてこの世に生み出してあげられなかった事が私の後悔。でもとても楽しかった、そう思える。——、本当にありがとう。
あなたは私にとって星だった。とても大切な……」
ごめん、ごめんねと強く抱きしめられる。肩に熱く濡れた何かを感じた。
「あなたに母親らしい事をしてあげられなかった。もっと一緒にしたいこともあった。色んな所に行って色んなものに触れ見せてあげたかった。こんなにもあなたは沢山のことを私に教えてくれたのに。
普通の人間としてあなたを幸せに、私がこの先も導いて行きたかった。愛してる、ずっと私の宝物。あぁ、出来るならこの先あなたが普通の人間として生きていけますように。それだけを心から祈っているわ」
女は肩から顔を上げ見つめてくる。だが、こんなにも近いのにやはり顔だけは分からない。何処からかパチパチ火の爆ぜる音と誰かの怒鳴り声が聞こえてくる。
「くっ、もう時間がないか。この先の魔法陣であなたを別の場所に飛ばす。そしたらあなたはそこからとにかく離れて逃げて。逃げて逃げて、あなたがあなたらしく普通の子どもらしく生きられる場所へ。私はここで時間を稼ぐから。さようなら私の愛し子」
——さぁ、はやく! 行きなさいっ……!!
どんと背中を押され魔法陣に足を踏み入れた瞬間景色が変わる。
(最後に見たあの目は、あの声はあの場所は……)
レナがパッと目を開ければ空に無数の星が煌めいていた。あれは夢だったのか何だったのか頭が鈍く痛んでいた。片手で額を抑えレナは体を起こしそして息を飲んだ。
辺り一面に無数の色とりどりの花が、月の光を浴びてキラキラと光る宝石の花が咲き乱れていた。




