第十七話 ハナの思い出話
こじんまりとしたキッチンは当たり前というか綺麗に整理されていた。大きな冷蔵庫も複数あり仕込みも沢山あるなぁとブルーメは勝手に開けて見ていた。
「見てもいいけどあまり長く開けないでね、食材が傷んじゃうから」
はーいとどこまでもマイペースなブルーメに気を悪くする事なくハナはお願いされていた軽食を作り始めた。包丁で細長く野菜を切っていく。どうやら野菜スティックを作るようだ。
「それで何から話そうかしら、ふふっこの話を誰かにするだなんて初めてだわ。そうねぇ…もう5年くらいになるのかしら。その頃は私飲み屋でキャッチの仕事してたの、あっもちろん如何わしい所じゃないわ。舞台女優になる夢を見て頑張ってた。私、見ての通りとっても美人でしょう? だからキャッチの仕事も結構お客さんも呼び込めるしで収入はまぁまぁ良かったの。声を出して呼び込むから舞台に立つ時、声の出やすさは武器になるって思ってたし夢のためだと思ったら夜遅くまで立ち続けても辛くはなかったわ」
そう話を切り出したハナはどこか遠い目をしながら過去を懐かしんでるようだった。野菜の切れ端をつまみブルーメにも食べるかと言わんばかりに先程切った野菜スティックを入れたカップの口を向ければブルーメはにっこりとカップごと受け取り食べ始めた。暫しぱりぱりと咀嚼音が響く。
「そんな時にね、私それまで頑張りすぎてたのか疲れが出ちゃったみたいで地声を人前で出してしまったの。……当時はとにかく女性らしくって思って声も女声を頑張って出してたし体ががっしりしないように鍛える事もあまりしないようにしてたからみんな私を本当の女の子って思ってくれてたわ。だから私を女の子だと思って絡んできてた酔いの回ったお客さんに気持ち悪いって詐欺師だって怒鳴られて殴りかかってきたの。あの1発は痛かったなぁ。本当に、痛かった……」
当時殴られたであろう頬を手の甲で抑え節目がちにハナは一度言葉を止めた。そんな彼女をブルーメは人参を齧りながら眺めている。やがて再びハナは口を開いた。
「殴られた痛みもだけど、何よりその時の言葉が深く胸に突き刺さって私はその場から動けなかった。殴られた衝撃で地面に倒れた私にまたあのお客さんが殴りかかってきてたのにそれでも指先すら動かせなくって。ただ拳が近づいてくるのを見てるだけだったそんな時にねっ」
そこでハナの声にグッと力が籠る。余程思入れのある場面なのか目にも輝きがあった。
「レナちゃんが助けてくれたのっ。はぁ、今思い出しても本当にかっこいい……。あの時のレナちゃんは今より幼くて、だけどとても冷静にその場を対処してくれた。逆上した相手にも顔色一つ変えずに一瞬で引っくり返すその手口はもう見事としか言えないわね。ってまぁ最初の出会いがそんな感じかしらね。その時はまだ恋愛感情はなかったけどすごい子どももいるもんだなぁって感想だったわ。
まぁ、その後も運良く何度も助けて貰っちゃって助かったわ。それでね、ある時私がまた暴言を言われて凹んでる時にレナちゃんに言われたの。美人な女性がこんな時間にこんな場所にいない方がいい、あなたはもっと日のある場所に行くべきだってね。その時はカチンってきちゃって子どもが事情も知らないくせに知ったような口を聞かないでって怒っちゃったの。なのにレナちゃんったら機嫌も悪くしないで尚も私に、あなた以上に綺麗な女性を見た事がない。なのにこんなつまらない事でその顔に傷がついていくのは勿体ないって思ったって。殴られて切っちゃった傷をそっと撫でるようにして労ってくれてね、さりげなく魔法で傷を治してくれた。それにレナちゃんの目は真っ直ぐに私を見てた。私が本当は男だって知った上でよ? 今まで珍しいものでも見るかのような視線とかが多い中で純粋に私を1人の女性として見てくれている人がいるんだって気がついた時にレナちゃんは気になる存在になってたわ。私が落ち込んで傷ついてる時に真っ直ぐな目で言葉をかけてくれて好きにならなきゃおかしい」
どんどん熱が入るハナにブルーメは話半分に聞きながらあのレナが意外だなぁとなんとなく思っていた。ポリポリと野菜スティックを食べる手は止まらなかったが。
「年下の女の子にまるで口説かれてるみたいだったけど私にとってその初めての経験はとっても思い入れがあるわ。それに今でも貰った言葉の中で1番大切にしているものがあってね、ふふっ。ごほんっ……無理に飾らないあなたの方が好き、素の声でもあなたが綺麗な女性である事に変わりはない。ってどう? どう? もう顔が熱くなって、多分あの時真っ赤になっちゃってたと思うわ。それから私は無理に女声を出すのをやめちゃった。舞台女優の夢もあったけど今はレナちゃんの助けになれる事したいなぁって思ってこうして宿屋を開いたの。この場所もレナちゃんが相談に乗ってくれて選んだ場所なのよ? 結構見回りが通るエリアだから治安もいいの。レナちゃん大好きって、私ばかり喋るのもあれだわね、あなたも何か喋りましょうよ」
「あはは、僕は特に喋りたい事ないかなぁ。聞いてるの面白かったよー。レナって冷たかったり、かと思ったらなーんか妙に優しくなったり変な子だなぁって思ってたから、根は優しい子だったのかもって思えたよ」
ブルーメの言葉にハナはそうそうと同意をする。
「レナちゃんって私との出会いを覚えてたり忘れてたりなんなのって思った事もあるけれどいつも助けてくれたのよねぇ。忘れられてるかと思えば次に会った時には思い出したりして私を翻弄して悪い子だったわ。まぁそんな所も嫌いじゃないんだけどね」
ハナは笑ってまた野菜スティックの生産に戻った。その後もたわいも無い会話をしながらディップソースも作りとりあえず一品完成をさせ、ハナは暇そうにし始めたブルーメに部屋に戻り辛い状況かしらと思い至り退出を促せばブルーメはトレイに置かれた野菜スティックのセットを持ち運ぶと買って出てキッチンから出た。
ふんふんと鼻歌まではいかないまでも機嫌が良さそうにブルーメは階段を上がっていく。今日は宿泊客も少ない為すれ違う者もなくとても快適だ。
(レナって話を聞けば聞くほど変な子だなぁ。面倒くさいが口癖の癖に面倒事に首を突っ込むしー。誰かに言われたからって普通それを間に受けないよねぇ、変なの。けどだからこそ僕たちは今助けられてるから良かったけどなーんか気になる、かもねぇ)
ブルーメの本質は精霊だ。肉体を得て人間の姿をしてからもある程度精霊としての力も使える。また大地との結びつきも強く、情報も片手間で動くだけで簡単に必要なものも手に入れる事が出来た。
だが、レナのに関しては不思議なほど情報収集が出来ていなかった。恐らく本気で探ってようやく引っかかりのようなものが掴めるか掴めないかしか得られないのかもしれないとブルーメは予感していた。
楽観的な性格をしているが、頑張っても分からないものが身近な存在であるというのはとても興味を唆られていた。精霊の力を持ってしてもよく分からないレナの事をもっと自ら動いて探ってみたい気持ちにさせるほどだった。
(どうにか調べてみてもいいのかもねぇ)
眠るのが好きなのに動いてでも知ってみたい、知った所でどうという事もないが久しぶりの強い好奇心を弄びながら3階に辿り着いたブルーメははたとその足を止めた。
ブルーメが来た事に気がついたのか廊下でブルーメが今日寝ると選んだ扉の横に背を預けながら立つものがこちらを見た。
「ブルーメ、すまないこの後でもいいんだが少し相談がある。時間をくれ」




