第六十五話 情報整理
三輪モトラドは時速50キロほどで走行していた。
それなりに舗装された道だ。コンクリートではないにせよ、よく踏み固められた土でできた街道ならもっと速度は出せるらしいが、あいにく雨が降り始めていた。
「これ、どういうルートで行くんだ? 地図見せてもらっていいか?」
「ん? いいけどこの世界の地図、微妙なんだよな。あんまり参考にならないかもしれねえよ?」
幌馬車の中で何やら分厚い本と睨めっこしていた峰村に声をかけると、その辺に本を置いて地図を渡してくれた。
物珍しそうに雨を眺めていたニナと八雲もやってくる。流石に飽きたか?
地図を開くと、たしかに元々いた世界の地図と違って、だいぶアバウトなように見えた。手書きだし、何よりとても大きい。広げた新聞紙ぐらいはありそうだ。
「えーと……今いる場所が分からない」
「チッ。しゃーないな」
面倒くさそうに峰村が身を乗り出してきて、地図の一点を指さす。
「今はだいたいこのあたりだ。スティルゼ神国の西の端のでけえ半島にいる」
「半島だったのか……」
「あぁ。ゴート半島って言われてるな。お前らがいた迷宮はここだ」
改めて峰村が指さしたのはやや内陸の赤いバッテンがついた場所だった。俺たちが出てきたのとは少し離れた場所のようだが……?
「おまえらがあの町にたどり着いてくれて助かった。もしここまで行かなきゃいけなかったら相当苦労しただろうからな」
「1日ぐらい歩いたら出れたけどな」
森の中だったしだいたい2、30kmぐらいで町についたような気がするが。
「そういう問題じゃない。あの迷宮は特別でな。軍が外側からずっと監視してるんだ」
「えっ、そうなのか……? なんで?」
「なんでってお前……」
呆れたように峰村が俺を見た。
「お前みたいな残滓とか断片を落っことしてるんだから当然だろ。出てこないか見張ってるんだよ」
「ああ~」
そういえばそうでしたね。
「ここが西の端、その先に海しかないのもそういうことだな。断片置き場はできるだけ首都から遠ざけておきたい。でも魔族領とか未開域とかにポイ捨てして、自分たちの知らないところで勝手なこともされたくない。絶妙な場所にあんのさ」
「ふむ……」
「(でもこの迷宮って……その、おばあちゃんたちが作ったんだよね?)」
ニナがちらりと俺を見ながら念話を飛ばしてきた。
ということは、この立地も計算通りなのか……? しかし、わざわざ勇者召喚している側の神国の近くに置いておく必要もない気がするが。
「ちなみにその首都ってどこにあるんだ?」
「あぁ、この辺だ」
峰村が新しい地図を出す。さっきの地図とつながるようだ。でかいな。
そちらにも半島がいくつかあって、そのうちの一つが首都のようだ。海沿いに広がっている国なのか?
「そういうわけじゃない。北は魔族領から接しているから、できるだけ首都を遠ざけてるみたいだな。気候的にも北は冬が厳しい。逆に首都は冬でも暖かいそうだ。雨は多いみたいだけどな」
今もここは雨が降っている。地図をつなげてみると緯度は同じぐらいになるから、似ている気候なのかもしれない。
実際、山を降りたら結構暖かいしな……。
いやいや、それよりも気になることがある。
「魔族領って?」
「お前そんなことも知らんのか」
知りませんよ、だって迷宮育ちだもの。
と、そこで八雲ちゃんが身を乗り出してくる。
「妾が説明してやろう!」
「わかんのかよ、3週間」
「変な呼び名をつけるな! 妾は3千年分の記憶があるのだ」
「あぁ……?」
混乱している峰村。まあ普通の反応だろう……。
「魔族領というのはな、人間以外の種族の連合のようなものが治める土地のことだ。正式名称はヴァルプルギス連合だ」
「へえ、ちゃんとした名前なんかあったのか」
峰村が首をかしげる。
正式な名前が人間側に伝わっていないということはよくある話だ。曰く、国として認めていない的なやつだろう。元の世界の近くの半島の北にある場所も、正式名称は北なんちゃらではなくなんとか共和国らしいし。
「魔王が7人いる、ぐらいの話しか民間には知られていないそうだがな」
「前線に出ない限りそうだろうよ。首都の周りは平和なもんだったぜ」
ふぅん……。そういう話を聞くと人間側が相当優勢なのだろうか。
「ていうか、7人も魔王いるんだな……。あれ? そういえば元の世界に帰るには魔王を倒さなきゃ、とか俺らが召喚されたときにいってなかったっけ?」
「言ってたな!」
急に鏑木が会話に入ってきた。さっきまで荷台で爆睡していた気がするが。
「魔王って全員倒さねえといけねえのかな!?」
「さあな……そもそも、倒したら帰れるなんてのも怪しいもんだ」
「そうなのか? でも魔王を倒したら戦争も終わるし俺たちは必要ねーだろ?」
そういえば佐倉は魔王を倒したら帰れる、なんて一言も言わなかったな。勇者召喚システムが魔王に対する最終兵器、なんて言ってたが……。
「魔王というのがそもそもお主たちの認識と少し違うのかもな」
八雲が首を傾げながら言う。
「そもそも魔王というのは魔族の王という意味ではないのだ」
「どういうことだ?」
「魔王とは魔族の中でも周りに認められてつく称号のようなものでな。『勇者』みたいにステータスに勝手につくものじゃないのだ」
「……」
「? それで?」
峰村はそれを聞いて黙り込む。鏑木はあんまり分かっていなさそうだ。
「……やっぱり、魔王を倒したら帰れる、ってのは怪しそうだな」
「なんで!?」
「うるさい、声がでかい」
俺には若干分かる。
『魔王を倒せば帰れる』というのは、おそらく召喚システムのような何かが動かなければいけない。
だが、『魔王』が周りの人間によって決められるもの……つまり、リーダーとか、課長とか、好き勝手に任命できるのなら、その辺の適当な魔族を魔王扱いして殺せば帰還できることになる。
ステータスに魔王と記されているなら召喚システムに準ずるものが動き出してもおかしくはないだろうが……魔王の名札をつけた適当な魔族を殺して動くとは思えない。
「ま、予想だがな。魔王になるような強い存在を倒すことが帰還の手がかりなのかもしれん。試してみればいい」
「気軽に言ってくれるな……」
「ちなみに魔王ってどれぐらい強いんだ?」
「ネルぐらいは強いんじゃないか……?」
無理だそりゃ。そんなのが7人もいんの?
俺が戦々恐々としていると峰村がため息をついた。
「はあ。まあ、魔王の話はいいんだよ。だいたいそうだろうと思ってたし、俺らにはあんまり関係ないからな」
「? 元の世界に帰りたいんじゃ?」
「別に。そこまでじゃねえよ。ここでも生きていけるしな」
「俺は帰りたいッ! この世界にはパチスロがないッ……!」
峰村はドライなやつだな。鏑木はどうでもいいや。ギャンブルぐらいこの世界にもあるだろ。ピカピカジャラジャラはしなさそうだけどさ。
「今大事なのは目的地の話だ。俺たちが向かってるのはフランク州……魔族領のすぐそばの州だ。言い換えれば、戦争真っ最中の場所でもあるな」
戦争。
俺たちの元いた世界では縁のない言葉だった。
子供のころになんとなく、テレビで遠い国の戦争を見た気がする。昔、自分の国が大きな戦争をしていたことを知っている。そのぐらいのものだ。
そんな場所に行って平気だろうか……。
「だからこそだ。あの辺は混乱してるからな。神殿の影響が薄い」
「あ~、なんか神殿から逃げてるんだっけ?」
「あいつらの指示通り動いてると損しそうでな」
ふん、と鼻で笑う峰村。
神殿、神殿ねえ……。勇者召喚された時の場所だろう。んん……?
「なんか嫌な記憶が蘇ってきた気がする」
「巫女に脚折られたの忘れてんのか?」
「うぐっ! なんか脚が痛む気がする!」
「ゆるさないんだから……よくもユキトを……」
なぜかニナのしっぽがめちゃくちゃ膨らんでいる。メラ……とオーラがニナの周りに漂っているような……。
「ニナ嬢燃えてる! ほんとに燃えてる! 荷物が燃えちゃう!」
「わーっ! わーっ!」
**
「そういえば……山田って何してる?」
ニナを消火したあと、俺がなんとなく聞くと峰村は難しそうな表情になった。
「いや、俺たちはあいつと会ってない」
「会ってない?」
どういうことだ?
勇者たちは神殿に召喚されて、そのあと一緒に行動しているものだと思っていたが。
「あのあといくつかのグループに分けられてな。全員の行き先を把握しているわけじゃない」
「そうなのか……」
「ただ、俺が知ってる限りで7人死んだ」
「なっ!?」
死んだ!?
少なくとも、俺と同じ講義を受けていた人たちが7人も!?
「どうも俺たちは今までの勇者様とは違って、戦いしかできることのない無能だらけだそうだ」
「なんだよそれ」
「今までの勇者様たちはこのモトラドつくったりとか、いろいろ技術貢献とやらをしてたんだとさ。俺たちはただのFラン大学生だ。そんなもんねえから、高いステータスを生かすしかなかったってわけ」
若いだけあって戦闘力だけは今までより高いらしいけどな、と吐き捨てるように言う峰村。
「だから……戦いに出されて死んだのか」
「そういうことだ。訓練中に魔物にやられたらしい」
しかし、3か月で7人はやばくないか……?
ゲーム感覚で自分たちの力を過信したのか? それとも無茶な訓練だったのか……?
待てよ、もしかして!?
「じゃ、じゃあ山田も!?」
あいつ、太ってたし運動神経なんて絶対ない! 戦ったら一瞬で死んでしまいそうだ!
「いや」
峰村は眉をひそめた。
「山田だけは、あの召喚から一度も見てないし、他の勇者の誰からも話を聞いたことがない」
6年ぶりの更新!!!
時代設定も6年前なのでウクライナもイスラエルも台湾もなにも起きてません。あの頃は平和でしたね。




