第六十三話 思わぬ邂逅
街に近づくにつれ、周囲の木々は姿を消した。逆に現れたのは簡素な木の柵で覆われた田園地帯だ。冬ということもあり何かを育てている様子はなく、人気もまたなかった。
遠くの方に街道らしきものがあり、馬車のようなものがゆっくりと移動しているのが見えた。ひとまずあの街道まで出てみることにする。
しばらく荒れた農道を歩き続け、ようやく街道に出そうになったところで、ニナがぴくん、と耳を立てた。
「なんか変な音がする」
「変な音?」
耳をそばだててみると、確かに微かに音がする。自然のものの音とは思えない。
だんだんと近づいてくるその音。どうやら街道沿いを走っているようだが……いや、この音は俺は知っている。だが、あり得ない。
異世界でエンジン音は、さすがにあり得ない。
ぎぎぎ、と音の方向を振り向くと、よく分からない乗り物が迫ってきていた。
三輪のトラックとでも言えば良いのだろうか。バイクの後部部分に無理矢理荷車を備え付けたみたいな見た目をしている。100年ぐらい前の乗り物と言われれば納得できそうな感じだ。
「おい! 道の真ん中で突っ立ってるんじゃない!」
バイク部分に跨がっているおっさんに怒鳴られ、慌てて道の脇に避ける。謎の三輪トラックはエンジン音をドコドコと響かせながら街の方へと去って行った。
「なにあれ?」
「なんだ、あれ?」
ニナと八雲は不思議そうな顔でその乗り物を見送っていた。
俺が聞きたいよ。
**
街は全体が高い塀に覆われていた。
つまるところ、入り口は限られているわけである。
とことこと歩いていくと、ようやく街道の先の方に街の入り口が見えてきた。
入り口付近にはテントが設営されていて、数人の騎士がお茶を飲んでいた。
ふむ。魔獣がいる森が近いこともあるし、そういったモンスター対策で常駐していると言ったところだろう。
と、そこで騎士の一人が俺たちに気付いた。すぐに立ち上がって俺たちの方に寄ってくる。
「そこの三人組、止まれ」
あれ。
なぜか呼び止められた。俺たちは街に入りたいだけなんですけど。
「何か用ですか?」
「検問だ。この街は今厳戒態勢だ」
「厳戒態勢? 何かあったんですか?」
「あぁ。3週間前に餓狼が近くにある迷宮に出現した。この街に侵入する可能性もあるから中央から我々が出張している。3人ともフードを取れ」
げぇ。
ネルのせいかよ。
というか、待て。俺って神殿からしたら死んでいることになってるんだよな、多分。そのあたり、顔とか見せて大丈夫なのか……?
「おい、どうした?」
「あー、その……」
「早く顔を見せろ!」
騎士が怒鳴り、それに反応して他の騎士も寄ってくる。
マズい。
これはマズい!
ぐい、と騎士に腕を掴まれる。下手に抵抗すると余計酷いことになりそうだが、このままはこのままでマズい……!
「コイツは私が確認する! ニール、キーファ! そこの2人を確かめろ!」
「ゆ、ユキト……ひゃっ!?」
「主殿、これはッ……」
無理矢理フードを剥がされる。と、騎士の表情が驚きに染められた。
「この顔立ち、勇者!? いや、だが……勇者が来るなんて知らせは受けていないぞ……! 勇者の血族か? 珍しいな」
なんだ? 少なくとも俺の顔はバレていないらしい。
だが、同様に拘束されたニナと八雲のフードが暴かれると、さらに状況は混沌に陥った。
「獣人! 犬人か? 奴隷か? いや、首輪がない! 奴隷じゃないぞ!」
「こっちは鬼人か!? 魔族だ! どういうことだ! 鑑定士呼んでこい! 魔族を連れてくるなんて……こいつ、勇者に化けてやがるんだ!」
「ちがっ……! 主殿! マズい……!」
ヤバイヤバイヤバい!
そういえば最初に俺の足を折った巫女が言っていたじゃないか、人間が魔族とは敵対していると……! 八雲は確かに魔獣にはもう見えない、角のせいで鬼にしか見えないとなれば魔族扱いされても不思議じゃない!
さらに、鑑定されたら俺が残滓ってことまでバレる……!
「鑑定士が来るまで話を聞かせてもらおうか! 何が目的だ!」
「目的なんてないッ、ただ街に……!」
「嘘をつくなぁ!」
激昂する騎士は思い切り俺の頬を殴りつけようとして、ぴたり、と動きを止めた。
「おい、待てよ」
いつの間にか、騎士の後ろに男が立っていた。
「そいつは勇者だ。拘束を解け」
騎士は後ろを振り返って、驚きの声を上げた。
「……勇者様!」
勇者?
騎士が振り返ったことで、その男の顔が見えた。
黒髪の若い男。その顔立ちはどうみても日本人。
というか……。
「よう……久しぶりだな、『山田』」
「峰村斗真……か? いや、俺は山田じゃ」
そういいかけたところで、後ろから誰かに羽交い締めにされた。ニナだ。拘束が緩んだ隙に抜け出したのだろう。
「しーっ、ユキト!」
「むぐ!」
「この人、悪意はないよっ……」
その様子を見てにやり、と峰村が笑い、ニナに対してこっそり親指を上げてみせた。
「峰村様! しかし、こいつは魔族を! 勇者を騙っているものなのではありませんか! それに、山田などという勇者、聞いたことも……!」
「……41人の勇者のうち、今まで一度もオモテに出てこねえ奴がいるって話は知ってるだろ? 幻の41番目の勇者、なんて噂されてるな」
「なっ……ではこの方が……!?」
なるほど。
そういう手口で騎士を騙すつもりなのか。
「さあな……まあ、どうやら表に出せないこともいろいろやってるらしいぞ……それを一介の騎士が知っちまったらどうなるんだろうな……」
「ひっ!」
「あぁ、ただの雑談さ。ここでは何も起きてない。そうだよな? 山田。お前には俺と一緒に行動しろって神殿から指令が出た。このまま街を出るぞ」
「あ、あぁ……?」
峰村って、こんな奴だっけ?
いつも不良とつるんでてたまに突っかかってくる程度の認識だったんだが。
いや、でも確かに何度か授業でグループを組んだことはあったが、妙にずる賢いというか、達観してる奴ではあったな……。
そこで、入り口の方からエンジン音が聞こえてきた。
「おーい、斗真! 何やって……うわ! 白井じゃ……むぐぅ!」
「よう山田! っべぇーな! 久しぶりだな!」
荷車を牽引した三輪トラックに乗って出てきたのは、やはり黒髪の男2人。運転している小さい方の男、たしか立花か? 立花が大柄な男に羽交い締めにされて口を抑えられた。大柄な方は、たしか……。
「えーっと……立花と……」
「忘れてんじゃねえ。鏑木だ」
そうだ、鏑木樹だ。やっぱり峰村とつるんでいた奴だ。声がでかかったのを覚えている。
「と、いうわけだ。騎士諸君。情報の取り扱いには気をつけろよ?」
峰村がニヤリとして三輪トラックに飛び乗りながら言う。
「「「ハッ!」」」
即座に敬礼を返す周りの騎士たち。俺を掴んでいた騎士は焦った様子で手を離して敬礼した。騎士の中でもカラフルなバッジのようなものをたくさんつけた奴が、周りの騎士にひそひそと話しかける。
「いいか。くれぐれも他言無用だぞ……!」
「しかし、教会の者からはそもそも峰村様がこの街を出る許可は出されていませんが……」
「バカか! 41人目の勇者とひそかに合流するつもりだったのだろう。我々に事前に知らされるはずもない!」
なんか、勝手に誤解してるなあ……。
「んじゃ、山田! それとそこのガキンチョ2人! 乗れ! 行くぞ!」
「お、おう……」
峰村の奴、思いっきり騎士を騙してるけど大丈夫なんだろうか。
とにかく、嘘がバレる前に急いで三輪トラックに牽引されている荷車に乗り込む。
「よし、立花、出せ!」
「あいよー」
立花がアクセルを緩めるとドゥルン、とエンジンが唸り、三輪トラックが走り出す。ドコドコと揺れながらどんどん加速していった。ひょええ、と八雲が目を回している。
そのまま街道を爆走していき、騎士たちの姿が見えなくなった辺りでようやく峰村は息をついた。
「はぁー……よう、やっぱり生きてたな、白井」
「峰村……どうして……?」
ニナは峰村に悪意はないと言っていた。だが、勇者ということは神殿の人間、勇者召喚システムサイドの人間だ。つまり、俺たちの敵ということになる。
何かの罠なのか?
即座に俺を迷宮に落とした神殿ならやりそうなことだ。
出口の付近の街に彼らを配置しておいて、油断させてから遠くで殺す、とか。
「まあ……とりあえず話せば長くなるんだが。俺たちはもう神殿の勇者じゃねえんだよ」
「えっ」
なんだそれ。
「裏切ったのさ。信用できない神殿をな」
俺からしたら神殿は確かに信用ならない。だが、俺以外の勇者からしたらそうではないと思っていたが……。
「ま、いろいろとあってな。獣人の嬢ちゃん。さっきはナイスだったぜ。よく分かったな」
ニヤッ、と笑って峰村がまたニナに向かって親指を上げる。ニナはえへへ、と笑って親指を上げ返した。
「念話でずっと心を読んでたからね!」
流石高レベル念話持ちだ。そういうことだったのか。
心を読み続けていたニナが悪意がないと断言するということは罠とかそういった可能性は考えなくて良いということか。
「……その、ありがとう。助かったよ」
「あぁ。まあ……俺たちも神殿から離れるついでだったし、気にするな」
ぽりぽりと峰村が頬を掻く。すると、運転していた立花が振り返っていやらしい笑みを峰村に向けた。
「こいつよぉ、お前を助けるためにわざわざあの街に何日もいたんだぜ! わざわざ白井を見つけたとき用に芝居まで考えてさ!」
「……立花ァ。そういやお前普通に芝居のこと忘れてたろ」
じろり、と峰村に睨まれて立花は慌てて前に向き直る。
「あ? あー? うん? そうだっけ?」
そういやこいつだけは俺のことを白井って呼んでたな。鏑木も即座に俺のことを山田って呼んでたあたり、最初から計画していたのか……?
「ま、そういうことだよ。斗真の奴、お前のことを助けるって意気込んでたんだぜ?」
「余計なこと言うんじゃねえ鏑木!」
「え……そうなのか? でも俺、お前とあんまり仲良かった記憶無いんだけど」
峰村は若干頬を紅潮させて怒鳴る。
「お前の方が他のアホ共とつるむよりマシってだけだ!」
あぁ。そういうことか。
確かに、あの不良たちと一緒に異世界を生き抜くというのは難しいのだろう。まして、神殿を裏切るとなればなおさら。そのための味方として俺が欲しかったというわけだ。
俺は神殿に痛い目に合わされているし、神殿の敵としてちょうど良かったんだな。
なるほど、と納得していると、ニナが微妙な表情をしていた。それに気付いた峰村がじろりとニナを睨む。
「ユキト、この人多分ユキトのこと、結構信用して……」
「おい、嬢ちゃん。飴やるから何も言うな……」
「飴ってなに?」
飴も知らねえのかよ、どこの田舎から来たんだと鏑木がひとりごちた。
迷宮の中です。
はあー、とため息をついて峰村が仕切り直す。
「あー、とにかく! 俺たちはスティルゼ神国の領土から脱出することを目指してる。お前ら、どこか目的地とかあんのか!?」
「え? あー。具体的な場所は特にないんだけど……」
「んじゃ、しばらく俺たちと一緒に行動すんぞ。とりあえず情報収集のためには街に入れた方が良いだろ。俺たちがいれば街にはフリーパスで入れる。なんか文句あるか?」
願ってもない申し出だ。
今の検問を見て、俺たちは人間の街には本当に入りにくいっていうことが分かった。勇者として認識されている峰村たちがいれば心強い。
「いや、有り難い。じゃあ世話になるよ、峰村、立花、鏑木」
「おう。ま、しばらくよろしくな」
峰村が手を出してきたのでその手を握り返す。
すると、立花が馬鹿笑いしながら言った。
「ぎゃはは! 6人に増えたけど女っ気がねえなあオイ!」
「私と八雲ちゃんは!?」
「わりぃけどガキんちょは女には含まないんだよ」
「なにをー!? 私155歳なんですけど!」
「妾は生後3週間だがな」
「「「ハァ?」」」
というわけで、俺たちは街に入ることには失敗したものの、心強い味方を手に入れたのであった。




