第六十二話 森の夜に
諦めずに刀スキルを発動しまくったりさっきの熊を解体したりしていたら夜になった。
とにかく、夜になったので今はテントを張って野営の準備をしている。
俺は調理担当。せっかくなのでさっきの熊肉を焼いてみることにしたのだ。魔獣だが多分食える……はず。毒があっても猛毒耐性スキルがあれば問題ないはず。
「ユキト、ドラゴンの時も思ったけどやたら解体するの上手いね……?」
薪を集めに行っていたニナが、毛皮と甲殻、肉、そして内臓に綺麗に分けられた熊だったものを見て感嘆したように言った。
「まあなあ」
一応俺も牧場の息子である。叔父の手伝いで解体などをした経験もある。住んでいた地域は北海道の山奥だったので毎年熊を狩る必要があって、叔父がたまに捕ってきていたのだ。
そういうわけで、熊だの鹿だのイノシシやらの解体はやたらとやらされていたので、手慣れたものだ。叔父曰く、「マタギたるものこれぐらいはできて当然」らしい。いや、うちは牧場なんだけど。
「まあ戦う上では必要ないがな!」
「やかましいわ」
「ぎゃふん!」
いらんことを言う八雲をひっぱたく。
とにかく、今日のご飯は熊のお肉なのだ。味付けできるものは塩しか無いし臭み抜きも出来ないが、冬眠前の熊肉はそこまで臭くないはずだ……多分。正直、ヒグマでもなくツキノワグマでもないこの魔獣熊の味は未知数である。
何より、いい加減パンと謎の干し肉と木の実の食事は飽きたのだ。新鮮な肉というだけでわくわくする。マズくても構わない。
「焰! 焰! 焰! ……火がつかないよユキト!」
ニナは薪に火をつけるのに難儀しており、何度も何度も魔法を連打している。また魔力切れになりそうだな。
「もうちょっと長く火を放射できないか? 焰だと一瞬しか火が出ないからつきにくいんだろ」
「それもそっか」
うーん? とニナは首を傾げながら魔力を調整しはじめた。しばらくしてニナの手の中に炎が巻き上がり、安定した。
「できたー! 呪文の名前考えなきゃ」
「着火のためだけに魔法を編み出すとは……」
「ちっちゃい焰!」
「呪文のセンスないなぁニナ嬢」
「えー?」
うーん。ニナは割と自由自在に炎を操っているように見えるが、俺のあのスキルもそんな感じでいろいろ形を変えたりできるのだろうか?
とにかく、これで薪に火がついた。
しばらく火が大きくなるまで三人で扇いだり薪をくべたりサボったりしつつ……誰だ、今サボってたのは!
「妾です。あったかーい」
このヤロウ。
そんなことをしているうちに熊肉が焼けた。
「よし、そろそろいいだろ!」
「わーい!」
「頂きます」
2人に串に刺した肉を渡すと、早速もぐもぐと頬張りはじめた。さあ、どうだろうか。2人が反応を示すまで待つことにする。別に、毒味させて様子見しているとかそういうわけではない。ないのだ。
びくん、と2人が顔を上げる。
やっぱりかー。やっぱりマズかったかー。そりゃそうだ、あんな緑色の毛皮で甲羅まである生き物が美味いはずがないよなー。
「おいひーい!」
「うっま! 主殿何これ、うっま!?」
美味いのかよ。
おそるおそる食べてみたら本当に美味かった。フォレストシェルベアー、また見かけたら狩ろう……。
**
あの後、肉を焼きまくり満腹になった俺たちはテントに潜り込んだ。残った肉と毛皮は魔袋に収納してある。臓物は遠くに埋めてきた。そのうち野生動物が掘り出して食うだろう。
「さっむ……」
外よりはマシとはいえ、テントの中もかなり寒い。毛布越しに地面から冷たさが伝わってくる。
「すかー」
なのに八雲は速攻で眠りに落ちていた。お前、寒さに強いんだか弱いんだかはっきりしろよ。
ちなみに鑑定スキルは無事獲得でき、ニナとくっつく必要はなくなった。
「……ねえ、ユキト」
毛布にくるまりながらぶるぶると震えていると、ニナに話しかけられた。
「ななななんだよニナ」
「ぷっ……」
「笑うなよ! 寒いんだよ!」
「そうだね、寒いね……」
ふふ、と笑いながらニナは隣でころん、と俺の方を向くように寝返りを打った。そして、しばらく悩むようにもぞもぞしたあと、はあ、とため息をついた。
「なんか用があったんじゃないのか?」
「え、うーんと……な、なんでもない。寝よ?」
「うん……? 本当に良いのか? なんでもないは無しだって、前言っただろ」
「い、いいの! 今回はそういうのじゃないから!」
「そうか……? ならいいけど。おやすみ」
「おやすみ……」
若干しょんぼりした声に聞こえるが……。
「あ、もしかしておしっこか? 森が怖くて行けないとかなら……」
「違うよユキトのバカ! 早く寝てよ!」
ならいいか。
俺は仰向けのまま目を閉じる。大丈夫、寒いけどなんとかなる、寝ればなんとかなる……!
数十分後。
寝れねえよ。寒すぎるわ。
「……寝た? ユキト」
ニナもまだ起きていたらしい。だが、俺に声をかけたというよりは寝ているか確認しているかのような声の掛け方だった。
ふむ。
寝たフリをしよう。
「ぐー」
「……ゆきとー?」
ごろんと寝返りをうつ振りをする。ニナに背中を向けるようにして表情が悟られないようにした。
「すかー」
「寝てる……よね? えっと……なら、大丈夫、だよね……」
背中の方でニナが起き上がる気配がした。
何をするつもりだろう。やっぱりトイレか?
とか考えていたら、俺の毛布にニナが潜り込んでくる気配があった。そして、彼女は俺の背中にぎゅっと抱きついた。
かわいいねえ! 赤ちゃんかな?
どうやら抱きついて寝るのが恥ずかしかったらしい。今更気にされても困るけど。
「安心する……」
安心。
彼女は今まで、こうやって誰かと並んで寝たことはあったのだろうか。
両親がいなくなってしまって、オデットとも確執を抱えていた。
思えば、俺もまた同じような状況だった。
10歳で両親を亡くしたのはニナと一緒だ。
だが、その後は違う。俺には叔父と叔母がいた。あの二人は、なんだかんだで親代わりとして愛情を注いでくれていた。
だけど、ニナは違う。祖母としてオデットはいたのだろうが、ニナは自分からその愛情を拒絶してしまった。拒絶せざるを得なかったのだ。
だが、今日親の真実を知ったことでニナ自身の中にも何か変化があったのだろう。これまで拒絶していた愛情を受け入れられるようになったのだろう。だから、こんな風に自分から俺に甘えてきているのかもしれない。
それなら、それを受け入れるぐらいはしてやりたいと思う。俺が寝ていることを確認してから来るあたり、まだ表立って甘えることはできないのだろうけど。
背中に感じるニナは子供らしく体温が高く温かかった。
その温かさを感じるうちに寒さもあまり気にならなくなって、俺も眠りに落ちた。
**
翌朝。
俺たちはテントをたたみ、早々に出発した。
歩くうちにだんだん木はまばらになってきていた。もう少しで森を出られそうだ。
「まったく! なーんで2人はすぐイチャイチャするかな!」
起きた後にニナが俺にくっついて寝ているのを発見した八雲はずっと怒っている。
「いや、あのね、八雲ちゃん、そもそもイチャイチャはしてなくて、寝相がね? 悪くてね?」
「そうだよ、寝相だよ」
「は~、寝相! 便利な言葉だな! いいか、主殿! 妾もな! 寒かったのだ!」
「いや、お前爆睡してたろ……」
「寒かったけど我慢して寝ていたのだ! なのにな! 朝になったら二人はおなじ毛布の中! 温かそ〜に! 羨ましい! けしからん! 」
「いや、あの……」
「妾も! 今日は妾も一緒に寝る!」
「いや、そもそも寝相の結果だし、う~ん……」
八雲は若干発育が良いので、正直同じ毛布で寝るのは……。
「なんでニナ嬢は良くて妾は駄目なのだ!」
「あのなー、それはなー……俺も男なのであってなー、健全な男子としてはいくら年下とはいえ女の子と一緒に寝るのは抵抗があってな……ん?」
あれ、横から何か冷たい視線を感じるよ。
「ユキト。それは私のことを女の子として見ていないと……?」
ニナの尻尾の毛が逆立っている。これは怒っている。間違いなく怒っている。
正直に答えたら、殺される……!
「……ソンナコトハナイヨ?」
「ユキトのばーか!!!!! ばか! ばーか! 私! 大人なの! ユキトよりお姉さんなの!!!」
目を逸らして本心がバレないようにしたのに普通にバレた。
がぶぅ! とニナに思い切り噛み付かれる。
「いっだ!! すいませんすいません! ほんと、でもやっぱり小学生をお姉さんとして意識するのは無理っていうか、もうちょっと出るとこ出てから出直せっていうか、いっだだだだだ!!!」
「ぐるるるるしょうがくせいってなにっ! がぶがぶがぶ!」
「まだ女子として見られていただけ妾はマシだった……?」
八雲は首を傾げている。変なこと言ってないで助けてくれよ。
と、そこで八雲が何かに気付いたように獣道の先の方を指差した。
「主殿。何か見えるぞ」
「いだい! ニナ、ほんと、ほんと痛い! はげちゃう! ……ん?」
「がぶがぶ、ふしゅるるるるがぶがぶ……がぶ?」
涙目になりながら八雲の指差す方向を見ると、遠くに小さく建造物らしきものが見えた。あれは、塀と見張り台か? 塀の向こうにはかなりたくさんの建物があるようだ。
ということは。
「街だ」
苦節三ヶ月。
こうして、俺たちはようやく異世界生活最初の街を発見したのだった。
「がぶ」
「いっだ!!!」




