第五十七話 消える世界
「勇者召喚システム……?」
「そう、勇者召喚システム。僕たちの世界から勇者を召喚するシステムがこの世界には構築されている。魔王に対抗するための最終兵器としてね」
それは聞いている。それよりも——。
「最悪の害悪……ってどういうことだ?」
「言葉通りだよ。この召喚システムで召喚された人間は元の世界から消滅する。それは分かるね?」
「そりゃそうだろ」
転移してるんだから当然だ。元の世界に俺が残っていたら怖い。
「だが、この召喚システムには一個、大きな問題点があるんだよ」
そこで佐倉は言葉を切って、情報の波を寂しげな目で眺めた。
「……?」
「——このシステムはね、全ての勇者が2017年11月9日の日本から召喚されるんだ」
それは、俺が召喚された日だ。
だが、それが何か……。
いや、待てよ。
「それは……全ての勇者っていうのは、今まで召喚された全部の勇者なのか」
「そうだよ。この世界の時間軸に関わらず、全ての勇者がその時間から召喚される。今まで召喚された2000人以上の勇者全てがその時間から召喚された」
2000人以上。それだけの人間が、同時に消滅し行方不明になるというのか。
それは……確かに大変な事だろう。だが、それが問題点なのか?
「いいや、そうじゃない」
佐倉は目をつむって首を横に振った。
「そんなことで済んでいたのなら、君にこの世界の敵になんてなってもらう必要は無い……いいかい、この世界の時間軸と元の世界の時間軸は同一だ。こっちで3000年経てば向こうでも3000年経過している」
「それが……?」
「この世界は、3000年以上前から、未来の日本からの召喚を続けていたのさ。だけど、とうとうその召喚時間にこの時代の時間が追いついてしまった……今までは、勇者は未来から召喚されていたから時間のズレが発生していたんだけど、君たちの召喚を最後にズレがなくなった」
「つまり……俺たちは未来から召喚されなかったってことか?」
「そうなるね」
ということは、今このとき、現実世界でもしっかり俺が召喚されてから2ヶ月以上経過しているという事か。俺の前の代の勇者までなら、現実世界にとっては過去で生活していることになっていたということだ。
異世界召喚ついでにタイムスリップとは、恐れ入る。
「ま、簡潔に言えば君たちの代はそのタイムスリップ機能が必要なかった世代ってことだね。だからこそ僕たちが介入して君を召喚できたわけだけど」
「あぁ、そういうことか……澱みに素質を持っていた俺を、タイムスリップ機能無しで召喚できるタイミングを待って召喚したってことなのか」
「そういうこと。2017年11月9日の段階で、ある程度人間として成熟していて、澱みに素質を持っていて、日本にいるっていう条件だと君しかいなかったのさ」
俺が召喚された原因は分かった。
運が悪かったと言えばそれまでだ。なんとなく納得いかないがまあしょうがない。
「で? 俺を召喚して、世界の敵にするぐらいヤバいことが起こってるってことでいいのか? ……この世界の生き物を、皆殺しにしなくちゃいけないぐらいに」
「あぁ……まあ、見てもらった方が早いね。この空間は『狭間』って言ってね、2つの世界の間に存在しているんだ。ここでは死ぬ事も出来ないし、ほとんど両方の世界に干渉も出来ないんだけど情報だけは見える。両方の世界がどうなっているのか、過去も未来も完全に掌握できるんだ。だから、今の元の世界がどうなっているのか見せる事も出来る」
「……どうなっているのか……?」
それだと、まるで元の世界に何かが起きたようじゃないか……。
「何かが起きた? はは……それは違う」
パチン、と佐倉が指をならした瞬間、情報の波が俺たちの周りに渦を巻きはじめた。
高速回転する波は、そのまま映像を紡ぎだす。
「何も、起きなくなってしまったんだよ」
**
懐かしい東京の風景だ。
間違いなく、俺が住んでいた街。
「……」
だが、そこには一切の生気が無かった。
誰一人存在しない。何一つ動くものが無い。
いや、それどころか、空気すら動いていないのではないか、これは。
そんな静寂が街を包み込んでいた。
景色が切り替わる。
テレビで見た事のあるニューヨークの風景。
景色が切り替わる。
観光地であるはずの、ヨーロッパのどこかの美しい街。
景色が切り替わる。
アフリカのどこか、本来なら動物たちがいたであろう場所。
景色が切り替わる。
景色が切り替わる。
景色が切り替わる——。
誰もいない、何もいない、何も動いていない。
ありとあらゆる動くものすべてが無い。
生物だけじゃない、風も、波も、自然現象すらも消滅している。
「なんだ……これは……」
「これが、今の地球だよ」
景色が切り替わる。
荒れ果てて地肌が見えているが、これは牧草地だ。
……俺の、実家だ。
「フユ!」
思わず駆け出してしまう。実家の中に駆け込む。
家の中をくまなく探しまわって、それを見つけた。
誰も乗っていない車いすが、部屋の中央、テレビの前で静かに転がっていた。
「ッ……!」
「勇者召喚システムは、2000人の日本人を未来から召喚していた。それだけなら良かったんだよ。未来から召喚する分にはね……。だけど、召喚システムが現代に追いついたのにも関わらず、今のところシステムは止まらない未来が想定されている。つまり、永遠に2017年のあの日から召喚を続ける」
つまり、過去の人間を召喚するという事だ。
元の世界からしたら、過去の人間が消滅する事になる。
その結果が、これか? 無限に続く勇者召喚の結果、全ての人間が召喚されたのか。
「待てよ……おかしいだろ! いくらなんでも、70億人も召喚するって言うのか! そんなの……そうだ、日本から召喚してるのに、他の国まで……」
「違うんだよ。君は……タイムパラドックスって知ってるかい?」
タイムパラドックス。
たしか、タイムマシンの話でよく出てくる単語だったはずだ。
過去の出来事を改変する事で矛盾が発生する現象。
過去に移動した人間が、自分の親を殺すと、生まれていないはずの未来の自分が存在するという矛盾が起きる、とかそういう話だ。
「そう、この場合も過去にいた人間が召喚されて消滅することで、その先の出来事に矛盾が発生する。だが、驚くべき事に世界は矛盾に対する修正力を持っていた」
「修正力?」
「過去の人間の影響で発生した矛盾の全てが『無かったことになる』。関わった人間も、生物も、空気も、全てが無かった事になる。無かった事にして矛盾を修正する」
「な……?」
過去から一人の人間が消滅するとする。
すると、その人物が消えた事で行動が変更される人間が発生する。
それは、行方不明になった彼を心配する家族から、捜索する警察、さらに彼が買い物するはずだったレジの店員までありとあらゆる人間の行動が書き変わる。矛盾が生じていく。
だから、矛盾する存在の全てを消す。
消して矛盾をなかったことにする。
「そして、消えた人間のせいで消えた人間からさらに矛盾が発生していく。人間だけじゃない、生物も、物体も、なんなら吸った空気さえも影響が広がっていく。バタフライエフェクトだね」
最も、今回の場合は全てを消し去る悪魔のような蝶の羽ばたきだけれど、と佐倉は言った。
一人の消滅で書き変わった人々が消滅し、それがさらに連鎖していく。ありとあらゆる物体にまで連鎖し、最終的には羽虫一匹残さず消滅する。
「この先召喚されるのは多くても10万人もいないだろうさ。だけど、それだけいれば十分だ……この世界は2018年になる前に何もいなくなった。ありとあらゆる生物が消滅し、動くもの全てが消えた。残っているのは、星の自転ぐらいだよ」
「そ……んな……」
フユは消えてしまったのか。
叔父も、叔母も、いずれ帰る予定だったあの場所も全て消滅してしまった。
がくり、と膝から力が抜けて崩れ落ちる。
俺が、異世界を楽しむなんて言って迷宮を抜けようとしている間に、現実世界はなくなってしまった。
だが、佐倉の目からは光が消えておらず、膝をついている俺を引き起こした。
「……絶望するのはまだ早い」
「……え?」
まだ、何か残っているというのか。
もう元の世界には何もいないというのに……。
「言っただろう? この先も勇者召喚が続く事が想定されている……って。確定されたわけじゃないんだよ。次の勇者召喚はまだ起こっていないんだから。君たちの代が、最後のタイムパラドックスを起こさない勇者召喚だったんだ」
「じゃあ、まだタイムパラドックスはまだ起こっていない……?」
「そうだ。この場所では未来こそ見えないが、ありとあらゆる世界線の現在を見ることができる。その中の、一番可能性が高い現代の映像がアレなだけでそれを見せた。並行して、君がシステムの停止に成功した結果であろう現在もまた存在している……可能性は著しく低いけどね」
なら、まだ世界は滅んでいない。
現実はまだ確定されていないのだ。おぼろげにあらゆる可能性が同時に存在している状態。
「勇者召喚システムを今代でもって停止させる。未来を変えて、過去を変える。勇者召喚システムが永遠に発動しない未来を確定させれば、世界は元の姿を取り戻す。何も無かったかのように、2000人の行方不明者を出すだけで事件は終わるだろう」
「それで……フユは、助かるのか?」
「あぁ。まあ……君は行方不明になったままだろうけどね」
それでもいい。
妹だけは、守り抜かなければならない。
たとえ可能性が低かろうと、誰も消え去らない世界を確定させなければならない……!
「勇者召喚システムは、どうやったら止まるんだ……?」
「だから、皆殺しなんだよ。システムはスティルゼ神のエーテルを媒体にして発動している。だから、スティルゼ神のエーテルをこの世界から抹消する事でシステムは機能しなくなる……でも、エーテルは生物がこの世界に存在する限り循環し続ける。増幅し続ける。酸素と一緒だよ。元の世界から酸素を消し去るには全ての植物を絶滅させなければいけないように、エーテルの根滅にも全ての生物を皆殺しにしなければいけない」
「くっ……」
だから、世界の敵。
皮肉な話だ。
元の世界の絶滅を救うために、この世界を絶滅させなければならないのか……。
だが、そうしなければフユを救えない。
じゃあ、やるしかない。世界の敵になるしか―—。
刹那、脳裏に、ニナと八雲の顔が浮かんだ。
「……おい」
「……なんだい?」
俺は、顔を上げて勇者佐倉を睨んだ。
「皆殺しってのは……ニナも含むってことだぞ。オデットも、ネルも含むんだぞ。家族じゃねえのかよ……? 仲間じゃねえのかよ!」
こいつは、自分の大切な物すらも殺すつもりでいる。
元の世界のためとはいえ、それを捨てるというのか?
「そうだよ」
一切躊躇する事無く、淡々と佐倉は肯定した。
その顔からは、何一つ後悔や苦悩を読み取ることはできなかった。
絶句する。
人間は、目的のためにここまで切り捨てられるのか。
「そもそも、僕はこの計画のために自分の命を真っ先に捨てた。あの魔方陣の中心にあった死体。アレは僕だよ。この空間に転移して、永遠に世界を監視し、君という人間を見つけ出すために僕は身体を捨てたんだ。この空間は死ぬ事も出来ない永劫の地獄だ。それならまだ死んで犠牲になってもらう方がマシだろう」
「……」
「自分をまず犠牲にする。その上で、全てを犠牲にする。……自分を傷つけてばかりの君には理解できると思うけど?」
「……できねえよ。俺は、他の奴を犠牲にするぐらいなら自分がやられたほうがマシだからそうしてるだけだ」
コイツの言うことは間違っている。
だが……。
「そうしなければ、妹は救えないよ?」
そう、なのだ。
皆殺しにするということは、ニナも八雲も、オデットも、ネルも殺すという事。
俺にそれが出来るのか?
俺は……それでいいのか?
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図解、勇者召喚時間軸




