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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第五十三話 信じるという答え

「う、そ……? そんなはずない、だって……」


 ニナはうろたえながら俺の台詞を否定する。それはそうだろう、ニナにとっては約150年もの間信じ続けて来た自分の記憶なのだから。


「じゃあニナ。聞かせてくれないか。オデットたちは何て言ってるんだ?」

「お母さんとお父さんは、村の人たちのために……ずっと迷宮にいたらこの村がこのままだとどうにもならなくなっちゃうから、外の世界を目指すって。そのために、私を置いていくって……」


 嫌な事を言わせてしまったと思う。だが、今ので俺の仮説はほぼ間違いなくなった。


 実際、ニナの表情はまた暗くなってしまったが、微かに彼女は眉をひそめた。


「何か、気付いたか?」

「……う、ううん、でも……あれ……?」

「……そうだよな。そうなんだよ。あの村は、今も普通に生活できてる。ニナの両親が外に出られなかったのに、どうにもならないなんて状況にはなってないんだよ」


 つまり、そういうことなのだ。


 ニナ自身もあの時の会話内容は覚えていないのだ、本当は。あれだけ泣いていれば会話なんてむしろ聞こえていないのでは無いだろうか。


 ではなぜ、あんな風に記憶が構成されたのか。


 当然、後から聞いた話から記憶を補完したに他ならない。


「村の人を迷宮から解放するためだったって話は誰に聞いたんだ?」

「オデット様……まさか!」


 ニナはベッドから立ち上がり、思わずといった様子で口を抑えた。その表情に陰はもうない。


「そういうことだろうな」

「オデット様は、嘘をついた……? 村の人のためなんかじゃなかった……?」


 その瞬間、また景色が歪んだ。


『しばらく出かけるけど、いい子にしててね、ニナ』

『ちゃんとおばあちゃんの言うこと聞くんだぞ?』

『誰がおばあちゃんじゃ』


 さっきまでと同じ、家の前での光景。オデットと、ニナの両親。そして、オデットの腕の中で震えている子狐のニナが会話している。


『……本当に、行くのじゃな』

『うん、だって……このままじゃ駄目でしょ、お母さん』


 ここまでは、俺も知っている。俺にも聞こえていた。この先は、俺は知らない。


『*********』


 ニナの父親が何かを言う。ちらり、とニナの表情を伺う。


「聞こえ、ない……聞こえないよ、ユキト」


 そうだろう。

 だって、今はようやく歪められた記憶がゼロに戻されたのだから。もう、ニナにも聞こえない。


 このあとは、純粋に真実を探すだけ。

 つまり、何が原因でニナの両親は村を出て行ったのかだ。


『そうか、なら……仕方ないな』


 オデットの表情は硬い。というよりも、無表情だ。


『うん、お母さん……じゃあ、行ってくるよ。じゃあね、ニナ……******』


 ニナの母親が踵を返して村を出て行く。

 そのあとは、子狐のニナの泣き声だけが延々と響いていた。

 

**


 ニナはさっきからずっと難しい顔をして考え込んでいる。


 先程から何度も同じ映像をループさせながら、しゃがんでじっとオデットの顔を見ていた。俺も隣で体育座りをしながらその様子を見守っていた。


「……ニナ? なにか見つけたのか?」

「……オデット様の表情なんだけど」

「あぁ……妙に無表情だよな」


 オデットの表情はなぜか全く変化していない。村を出て行く娘の事を心配することもなく、悲観に暮れる事も無い。


「分からないな。オデットの性格なら、こんな場面で無表情なんて出来ないと思うんだけど」

「そうだよね……」


 なんなら泣くだろう、あの見た目JKのロリババアなら。


「うん、考えても分からないや。とりあえず聞こえない言葉が何なのか考える!」


 ニナは気持ちを切り替えたらしく立ち上がる。最初の頃よりは元気になったようで良かった。


 今、聞こえていない台詞は2つになった。

 ニナの父親が言ったらしい台詞と、最後にニナの母親が言った台詞の2つ。


 おそらく、これが根幹。

 ニナの両親が村を出て行った理由なのだ。


「分かってるのは、村人のためじゃないということ。そして……」

「このままじゃ駄目で、命をかけるだけの問題がおきてたってこと、だね」


 そしてそれは、村人のためではなかった。

 じゃあ、一体なんだ?


 うーん、と俺たちは考え込む。情報が足りない。


 俺の時ならばある程度までたどり着けば自動的に景色が切り替わって補完されていった。だが、ニナの階層にはそれがない。


 あまりに困難。


 分かっているのは、村人のためだとオデットが嘘をついていたということだけ。


「オデットは……この階層のことは知ってたのか……?」

「知らないはずが無いよ……だって、この迷宮を作った人の関係者なんでしょ?」

「だったら、どうしてニナを迷宮に送り込んだ……?」


 この記憶は、いささか難易度が高すぎる。


 というより、この階層自体の難易度がおかしいのだ。俺でさえもうひとりの自分がいなければ突破は不可能だっただろう。予定調和のように突破してしまったが。


 まるで、俺のために作られたかのように。


「……まあ、そんなはずないか」

「ユキト?」

「とにかく、オデットもヒントぐらいくれてもよかったのにな。こんなのがあるって知ってたんならさ」

「ヒント……あっ」


 弾かれるように顔を上げたニナが目を見開く。


「ヒント、そうだよ。オデット様はあの日……迷宮に入った日に、私のお母さんたちの本当の話をするって言ってた」

「そうなのか!? それなら……あ」


 そうか、そういうことか。


 俺たちが迷宮に入る日にはイレギュラーが起きていた。


 ネルによる村の襲撃。それにより、俺たちが迷宮に入るのは一日早まった。

 それにより、この階層を突破するためにニナに伝えようとした情報は渡されなかったのだ。


 今だけはネルを恨みたい。


「あのヤロウ……」


 どうせ面白半分で村を襲撃したのだろう。いい迷惑である。


「本当の話、か」


 小さな声でニナは呟く。

 やはり、真実は別にあるのか。


「それでも……お母さんたちが私を置いていった事実は、変わらない」


 他に理由があっても、私より優先した事には違いない、とニナは続けた。


「……本当かな」

「え?」


 だが、俺は何となく違うと思った。

 記憶が朧げだが、オデットは最後にニナに何か言葉をかけていなかったか。

 それに……。


「親ってさ、もっと子供の事は大事にすると思うんだ。俺は……もう、よく分からないけどさ。それでも、いつも子供の事を考えてて、子供のために頑張ってる」

「……」

「もうちょっと信じてあげても……いいんじゃないかな」


 ニナが俯く。俯いて、拳を硬く握りしめた。


「ユキトにはッ……ユキトには、分からないよ……!」


 顔を上げて、ニナは俺を睨みつける。


「私が! 私が150年間も苦しんだこと、知ってるくせに! お母さんが、お父さんが私を捨てたから! 私を置いていったからあんなことになった! ユキトには話したよね……なんで、なんでそんなこと言うの……!」


 それは、当然の怒りだろう。

 何も分かっていないと、そう思うかもしれない。

 ニナは俯いて、歯を食いしばっている。


「……なんで」

「ニナ」

「……なに……」


 でも、譲れない物がある。


「俺は、俺の過去を見て来た」

「……」


 ニナは俯いたままだ。


「俺は間違えた。俺の両親が死んだっていったな」

「……うん」

「あれは、俺のせいだった。俺が殺した」


 ニナが目を見開く。


「そ、んな、わけないよ。ユキトは……そんなこと、できるわけ」

「出来たんだよ。やったんだ。俺は何百人も殺したんだ」

「それは、何か理由があって」


 なんでニナがそんなに俺をかばうんだ。

 さっきまで、あんなに怒っていたくせに、と少し思ってしまう。


「理由はあったさ。多分殺すつもりも無かった。でも、俺が起こしたことが原因で母さんは死んだ。俺のせいなんだ。俺が耐えられなかったせいで、俺が……」


 俺は、両親にあの迫害の事を黙っていた。

 両親に心配をかけたくないと、迷惑をかけたくないと黙っていた。

 でもそれは……。


「俺が、両親を信じなかったから2人は死んだんだ」


 きっと、両親が俺を助けてくれると信じていたのなら助けを乞いただろう。だが、俺はそうしなかった。結局信じていなかったのだ。


 もしも彼らを信じて、彼らが行動を起こしてくれたのなら……今とは違う結果になったはずだったのに。


「だからさ……この話を持ち出したのは卑怯かもしれないけど、信じてあげてくれないか。オデットは最後に言ってただろ」


『お主の両親は、お主のことを置いていったわけではない。それだけは覚えておいて欲しい』

『すまんの。2人を見捨てた儂の言うことなど信じられぬかもしれん、じゃが、おそらくお主はこの先で知ることになる。じゃから、忘れないでくれ。あの2人はお主を愛しておったよ』


 オデットは、そう言っていた。


 きっと、ニナの両親は村のためでも何でも無い、ニナのために村を出たのだ。

 本当に危険な状況にあったのは、そのときのニナだったのだ。


 とっくに答えなんて出ていた。オデットが答えを教えてくれていた。


 であれば、あとはその言葉をニナが信じる事が出来れば、この地獄は終わる。 

 この階層は真実をさらけ出す。


 ニナは、しばらく黙っていた。

 そして、俺の顔を見てうっすら笑った。


「ユキト」

「なんだよ」

「涙、出てるよ」

「え」


 気付いたら、頬に何かが流れていた。


「参ったな……俺が泣くシーンじゃないだろ」


 というか、涙が出たのはいつ以来だろう。

 俺は、あの日から一度だって泣いただろうか。あの時の感情は全てもう一人の俺が持っていった。


 俺に残っていたのは、ただあの事件を間違いだと、自分のせいだと苛む罪悪感だけだったはずなのに。

 なぜ、涙が出るのだろう。


 ニナは、腰をおろして座っている俺に目線を合わせた。


「……ごめんね、ユキト。辛い話させちゃってごめん。なんにも分かってなかったのは……私の方だった」


 そして、俺の涙をそっとその細い指で拭い取った。


「……私、信じてみるよ。お母さんとお父さんのこと、オデット様のこと」

「……うん」

「2人は……私のために、外に出ようとした」


 ぎゅるり、と周りの景色がねじ曲がった。


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