第五十二話 歪められた記憶
ようやく泣き止んだニナと、情報の共有を開始する。
「出る方法、知ってるの?」
俺が自分の記憶から脱出した事を話すとニナは驚いた顔をした。
「ユキトがこういう頭使うところで自分だけで解決できるなんて……」
「どういう意味だ、コラ」
生意気を言う子供にはゲンコツぐりぐりである。こちとら大学生だぞ、Fランですけど。
「いひゃいいひゃい! ごめんなさいごめんなさいごめんってば!」
涙目で悲鳴を上げるニナをしばらくグリグリしたあと解放する。さっきまで泣いていたくせに気丈な奴である。
「ま、とにかくこの記憶はどこか間違ってるんだ。間違いを正して本当の記憶を取り戻せば脱出できるってワケだよ」
「変な階層だね」
言われてみればその通り。
人によって難易度が異常に変わってくると思うのだが……。
ふと、「俺のために作られた迷宮」という言葉を思い出す。俺に対してはピンポイントで刺さるシステムだったが……。だが、3000年前に作られた迷宮が、それにとっては遥か未来だった俺の過去なんて予測できるはずもない。まして、俺は勇者召喚に巻き込まれただけなのだし。
そもそも、なんで俺なんだ?
「でも、私……間違ってるところなんて……」
ニナがしょぼん、と耳を垂らしたのを見て我に返る。今はそんな事を考えている場合じゃないか。
「本当か? なにかおかしなところはないか?」
「うぅ……ん……お母さんが最後に何を言ったのか分からない。それと、あのネルが何も言わないの」
微妙だ。
俺の時ほど明確じゃない。聞こえないという事はそこにヒントがありそうなものだが……。
「ん?」
今、何か違和感を感じた。
「ごめん、ニナ。一回2人であの会話を聞いても良いか?」
多分、ニナにとっては辛いのだろうがちょっと我慢してもらう。
「え、あ……うぅ……」
ニナはビクッと身を震わせ、俺を涙目で見上げた。
「……ごめんな、何か掴めそうなんだ。ヒントになるかもしれない」
「……うん、それなら、いいよ。でも、その……」
ニナは顔を背け、なぜか顔を赤らめた。
「その……だっこしてて……」
「いや、いつもお前抱きついて来てるじゃん」
ほい、と持ち上げて抱きかかえる。
「ぎゃおー! 違うの! そうだけど違うのー!」
何が不満だったのか、ギャオギャオとニナは俺の腕の中で暴れている。こんだけ元気なら大丈夫だな。よし、現場に向かおう。
「ユキトのバカー!」
**
違和感の原因が分かった。
『*********』
俺には、過去のオデットたちの会話は聞こえていない。
だが、ニナは俺にしがみつきながらその言葉を聞くたびに涙をにじませている。
「ニナ……お前、今オデットがなんて言ったか聞き取れてんだな?」
「え?」
ニナは俺の顔を見上げて首を傾げた。
「俺には聞こえないんだよ。なんて言ってるのかさっきからほぼ聞き取れない」
「……ユキトの記憶じゃないから?」
そうかもしれない。だが、不可解な点がある。
「いや、聞こえる部分もあるんだよ。断片的ではあるんだけどな。だから……ニナの記憶だから俺が分からないってワケじゃないはずだ」
そもそも、そういう仕組みだったら俺はこの景色も感じられないはずだ。
また、当時のニナはオデットの腕の中に抱えられている。そのため、見えていないはずのリアルタイムの町の様子も完全再現されていることからやはり記憶の有無は関係ない。
「……いや、なんか変だな……? とりあえずニナ。部屋の中に戻ろう。ごめんな」
「うん……こっちこそ、ごめんね」
何でお前が謝るんだよ。俺はぽんぽんとニナの背中を叩いて部屋に戻り、藁のベッドに腰掛けた。やはり干渉できないらしく沈み込む事はない。
ニナを降ろそうとしたら抵抗されたのでそのままだ。こんな時ぐらいは甘えさせてあげることにする。すっかり保護者が板についてきたなあ、と遠い目をしていると何か察したのかニナは自分から離れた。
「む、むうう……子供扱いしないでって言ってるのに!」
「自分から来たんじゃん……」
そうだけど……とニナが頬を膨らませる。年頃のお嬢さんは何を考えているのか分かりませんね。
まあ座れよ、とベッドの横を叩くと大人しくニナは俺の横にちょこんと座った。
「で、ユキト。何か分かったの……というか、ユキトと私で聞こえてる内容が違うってことだよね?」
「だな。多分そこにヒントがある」
うーん、としばらく2人で考え込む。
俺とニナで聞こえる内容が違う理由。全く違うというわけでもなく、共通している部分もある。
原因が俺とニナの記憶の食い違いだとすると話はおかしくなる。
俺はこの記憶については全く経験していない。話に多少聞いただけだからだ。もしそうなると、俺は一切の記録が聞こえないことになるだろう。おそらく、映像もだ。
「うーん……」
「……そういえば、ネルはなんで何も言わないのかな……」
その問題もあったか。
ネルは微動だにせず、あの場面にいるだけなのだ。
「ネルは、この迷宮が絶対に出られないって知ってた……だったら、普通は止めると思うの。なのに何も言わないなんて、おかしいよ」
ネルは約150年前、あの村にいたことは昨日の彼女の話から分かっているが……。
待て。
何か引っかかった。
なんだ? 何がひっかかっている。探れ、何かがおかしい。
……もしかすると、そういうことか。
「……ニナ。この記憶は……お前の中の記憶で間違いないんだな?」
「……うん。間違いないよ」
こくり、とニナは頷く。
「じゃあ……ネルがあの場にいたことは前から記憶してたのか?」
ニナが目を見開き、考え込み始める。
「そうだ……おかしいよ、私、ネルの事は昨日知ったばかりだもん、覚えてすらいなかった!」
「あぁ、俺も昨日話を聞いてからそのとき村にいたって思い込んだ。いや、確かに村にはこのときもいたんだろうよ。だけど……」
「何をしたか、は全く聞いてない! 知らないはずなのにあそこにいる」
そうだ。俺たちは『おそらくネルはあの場面で話し合いに参加しているだろう』と思い込んでいるだけなのだ。
この迷宮の方で足りない情報を補完したのかもしれない。本当にあそこにいたのかもしれない。
だが、だとすれば微動だにしないのはおかしいのだ。
つまり、動かない理由は簡単。そこに補完すべき情報が何もないからだ。
「だからネルは何も言わない、何も動かない! 思い込みであそこに存在しているだけだから……!」
ニナが叫んだ瞬間、ぎゅるり、と景色が切り替わった。
やはり、先程までと同じオデットたちの会話のシーン。
だが、そこにはネルがいなくなっていた。
俺とニナ、両方が錯覚していた部分が歪められていた。
俺の時とは違うのだ。
俺の時は、正しい記憶が断片的に隠される事で歪んだ記憶になっていた。
おそらくそれは、もう一人の俺がしっかりと記憶を保持していたから。だから、俺だけに隠される形の記憶に変化した。あの聞こえていない台詞も、ほとんどをもう一人の俺はしっかりと聞き取っていた。
だが、ニナは違う。145年前の記憶など正しい形なんて失われている。
つまり、本当の意味で記憶が歪められている。現実にはなかった現象すら再現される。
ということは、俺に聞こえなくて、ニナにだけ聞こえている台詞というのはどういうことになる?
簡単だ。
この記憶の回廊は本来の出来事から物事を再現し、中にいる人物の記憶から状況を変更して再現する。
しかし、俺はニナの記憶を知らない。つまり、ニナの中で歪められた台詞を俺は知らない。
そのため、歪められた情報は俺にとっては空白となって再現される。聞こえないものとして扱われるのだ。俺に見えるのは真実の部分だけなのだから。そう、もう一人の俺と俺とで聞こえている内容が変化したように、同じ記憶でも中にいる人物次第で受け取り方が変化するのだ。
ということは、ニナだけが聞いているあの台詞は……。
「聞いてくれ、ニナ。多分、お前が聞いているあの台詞は全部嘘だ」




