第五十一話 震える声
その光景を延々と繰り返す。
苦しみの始まりの記憶を、地獄の始まりの光景を延々と繰り返す。
両親は村人のために私を捨てた。
私よりも村を優先した。
私は、それがどうしようもなく悲しかった。
それが醜い感情だとは分かっている。
それでも、私は両親に自分を選んで欲しかった。
両親を恨んだ。
祖母を憎んだ。
村人を疎んだ。
それでも、私はもう諦めていたのに。何年も何十年も百年を越えてもどうしようもない苦しみを受け入れて、諦めていたのに。
「なんで……」
そんな中で、ユキトに出会って、苦しみから解放されて、認めてもらえて。
ようやく、この気持ちが薄れて来ていたのに。
「なんで……なんでよぉ……」
どうして、わざわざ蒸し返す?
世界は残酷だ。
一度救ったものを簡単にどん底に突き落とす。
「やだ……やだぁ……」
お願いだから、これ以上見せないで。
これ以上、私を捨てた彼らを見せないで。
これ以上……私に、彼らを憎ませないで。
もう、何も見たくない。
私はずっと狐の耳を手で塞いでいる。
それでも、人の耳は塞げない。
ぼろぼろと、涙が頬を流れ落ちていく。
いつまでも、いつまでも、彼らの話し声が聞こえてくる。
「……たすけて」
あぁ、それは届かない願いだ。
ここにあの青年はいない。
ここは私の記憶なのだから、いるはずがない。
それでも、願ってしまった。自分よりもずっと年下の青年に願ってしまった。
「たすけて、ユキト……」
**
ニナの記憶の世界に跳んだということはその風景を見ればすぐに分かった。
広がる森と、見覚えのある小さな村。オデットの村だ。
無事にニナの記憶に侵入できたらしい。
「よっし」
だが、ニナの姿が見当たらない。どうも別の場所にいるらしい。
俺は走って村の中を探す。
村の構造は俺の記憶と違う部分がかなり存在していた。
というか、よく見るとところどころ破壊されたのか応急処置した痕跡がある。
「……?」
にしては、村人は普通に生活しているようだが。
よく分からないが、とにかくニナが優先だ。
多分だが、なんらかの出来事が起きている場所の近くにいるはず。この記憶の階層は目をつぶろうが何をしようが、自動的に記憶のシーンを再現する場所に飛ぶ。
自分から何か調べようと意図的に時間や場所を切り替えるときだけは別だが、ニナがずっとうなされていることからしてその仕組みにも気付いていないだろう。
「ってことは……やっぱ、オデットの家か?」
おそらく両親に関する記憶なのだろうし、そうなると祖母のオデットの家で出来事が起きている可能性が高い。俺は足早に目的地に向かう。
オデットの家の前に着くと、数人の男女が話しているのが見えた。その中にオデットとネルもいる。どうやら当たりのようだ。
『************……******』
金髪の男が決意に満ちた口調でオデットを諭している……ようなのだが、どうも何を言っているのか分からない。
男は少しだけニナに似ていた。父親だろう。
『*********』
オデットも何を言っているのか分からない上、表情が読めなかった。
『うん、お母さん。じゃあ、行ってくるよ』
オデットに似ている妖狐族の女性が微かに微笑んで踵を返す。彼女の声はきちんと聞こえた。
『じゃあね、ニナ……******』
『きゅう! きゅうー! きゅううー!』
今気付いたが、オデットの腕の中で暴れているのは昔のニナか。これについてはたいして数ヶ月前と変わりない。なんとなく数ヶ月前の方がやさぐれていた感じがしたが。
そこで、ぎゅるり、と景色が巻き戻っていく。そして、彼らがまた会話を始める。
俺に比べると随分と短いループだ。
もう一周、しっかりと聞いてみようとしたがイマイチ声が聞き取れない。断片的に伝わってくる単語はあるのだが、どうも曖昧で意味を為していない。
「……まあいいか」
今はそれよりもニナを探す事が重要だ。この周辺にいるはずなのだが、どこにいるのだろう。
ふと、オデットの家が目に入った。あの家だけは今と変わらない。
もしかすると、ニナの部屋(兼、現在では俺の部屋)もほとんど変わらないまま残されているのではないだろうか?
ということは、そこにいる可能性が高い。
「行ってみるか」
気合いを入れてオデットの家に踏みこむ。その際、会話をしているオデットが入り口を塞いでいて、彼女の身体をすり抜ける事になって鳥肌が立った。
家の中は流石にいくつか違いが見受けられる。具体的には、椅子の数が多かったり生活感が今よりも感じられる。
おそらくニナの両親も一緒に住んでいたのだろう。
ニナの部屋の前に着く。ドアは全開になっている。
「……」
誰もいない。
あるのは藁で出来た大きなベッド。それこそ、家族3人で寝る事が出来るような大きさだが、それだけだった。
念のためニナが潜り込んでいないか確認したが、特に誰もいないようだった。というか、触る事は出来ても鉄のように硬くて動かせない。記憶の中の物には干渉できないのだろう、これでは潜り込む事なんて出来っこない。
外れだったか、と踵を返そうとしたところで、何か聞こえた気がした。
「……ぐす」
家の前から聞こえる話し声にかき消されてほとんど聞こえなかったが、確かに鼻をすする音がした。
目を閉じて耳を澄ませる。
「…………けて」
聞こえた。
この部屋にたしかにいる。だが、隠れるところなんてない。
いや、あるか。
妹と昔かくれんぼをしたことがあった。
案外、『あそこ』は見つからない。隠れた事がある人はきっと多いだろう。
そう、開いたドアの裏だ。
そっと全開になった扉の向こうを覗き込むと、案の定ニナはそこでうずくまっていた。
身体は小刻みに震え、必死で獣の耳を折り畳むようにして塞いでいる。ぽた、ぽた、と涙が床板に染み込み続けている。
「たすけて、ユキト……」
震える声。彼女はまだ俺には気付いていないだろう。
気付かせるように、音を立てて一歩近づいて、彼女の頭にぽんと手を乗せた。
「任せとけ」
今度は、俺が助ける番だ。
**
ニナは俺の顔を見た瞬間、泣き出しそうになったり笑ってみたりしかめっ面になったり表情をぐるぐるさせて結局泣いた。
「ユキトの、ばかぁ〜!」
「え、ここでソレなの?」
わんわん泣いているニナはついでにボコボコ殴ってくる。めっちゃ痛い.あ、いや、めっちゃ痛い!!
「ちょ、ニナさん、本気出さないで、ステータス差! ステータス差がヤバいから!」
圧倒的ステータス差による暴力。ちょっとあばらにヒビが入ったかもしれない……が、現実世界にも反映されるのか、これ?
「う、うぅう! なんで入って来ちゃうの! バカ!」
「あ……悪い、そうだよな……」
そうだ、誰だって自分の嫌な過去なんて見られたくはない。助けたい、という気持ちだけが先走りすぎた。さっきまで見ていた自分の過去を思い出し、ズキリと胸が痛む。
「そう、じゃなくて……ぇ!」
ニナはボロボロ泣きながらも、拳を振りかぶった。
「えっ」
「な、ん、で、いっつも自分を大事にしないの! バカー!」
ニナの全力パンチが俺の顔面に炸裂した。
「ぐぉおおあああ!? いっだ、いっでぇええ!」
あ、これ鼻血出たわ。俺は顔を抑えてゴロゴロと地面を転げ回る。
「来てくれたのは嬉しいよ、でも、でも、こんな……どうやって出るかも分からないのにっ、なんで……」
ニナはさっきよりも大粒の涙をこぼし始める。
相変わらずだな、この年上の幼女は。そう思った。
いつもそうだ。彼女は、いつも俺を心配している。自分より、俺を。
結局俺たちは変わらないのだ。自分より相手を優先してしまうのだ。だから、言い訳なんてしない。
「……助けたいから、助けに来たんだよ」
起き上がってニナの頭をもう一度撫でる。ニナは、そういうと思ってたよ、と諦めたように大人しくなった。
「……ユキトのばか、ありがとう」
そして、ぎゅう、と抱きついてくる。
「おいおい、なんだいお姉ちゃん。甘えん坊なのかい」
「……しばらくこうさせて」
どうやら冗談に応じる余裕もないようだ。おとなしく慰めるのに徹するとしよう。
さて……ニナだけでは出られなかったこの記憶の回廊をどうやって突破したものか。
あまりに短いループ、情報が得られない会話。
場合によっては俺の時よりも苦戦するかもしれなかった。
その頃の八雲ちゃん
「なんか主殿が突然鼻血出した……」




