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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第四十九話 死獣苦の先に

 俺にはもともと、異能の力が備わっていた、らしい。


 今の俺にとっては初耳だったが、おそらくその記憶も消されてしまったからなのだろう。

 もう一人の俺は知っていたらしかったが、口止めされていた、と言った。


 その能力は念話。

 この世界に来た時に最初から俺に備わっていたスキルだ。


 なるほど、魔獣使いの適性から念話が派生したのではないかと思っていたが逆だったわけだ。

 といっても、レベル1相当でしかなかったらしく、感情を伝え合うぐらいの性能しかなかった。


 だが、それでも超能力は超能力。

 それは、とある最悪な形で露呈する事になる。


 ぎゅるり、と景色が切り替わる。


 大きな白い老犬と戯れる幼い俺。まだ幼稚園にも上がっていないのでは無いだろうか。微笑ましい光景だ。

 両親もそんな俺を笑って見ている。


『ユキトは本当にシロと仲がいいのね』

『シロもよくお世話してくれるよなあ、俺たちよりもよくユキトのことを分かってそうだ、ははは』

『あら、私だって分かるわよ。ユキトが何が言いたいかすぐに分かるわ』


 高台にある新築の白い家、綺麗な庭。

 理想的な幸せな家族の形。

 このとき、白井家はこの村に引っ越して来たばかりだった。


 閉鎖的な村というわけでもなかった。普通の村だったはずだ。

 だが、この時は状況が悪かった。


『おや、白井さん』

『村長さん! こんにちは』


 庭の前をちょうど村長が通りかかる。彼は足を止めて、犬と戯れる俺を見て微笑んだ。


『ひなたぼっこですかな』

『えぇ……久しぶりに晴れましたからね。見回りでしょう? すみません、うちも手伝うべきなのに』

『いいんですよ、まだ引っ越して来たばかりですし、なに、新築の家が無事で良かった』


 この村は、彼らが引っ越して来てすぐに未曾有の豪雨に襲われた。


 高台にあった上に新築だった白井家に被害はなかったが、村全体で見れば被害はかなり大きなものになった。死人も出し、村人たちに大きな傷を残した。


 それからもしばらく雨は降り続け、今日ようやく晴れたのだ。


『どうですか、河の様子は』

『芳しくないですな……道路もあちこち崩れてしまってます』

『あー! うー!』

『ワン!』


 真面目な話をしている大人たちに対し、幼い俺が文句を言う。すると、それに呼応するように老犬も吠えた。


『こら、ユーちゃん。お父さんたちのお話の邪魔しないの』

『あいー』


 俺は素直に応じ、犬とまた遊び始める。


『随分聞き分けがいい。うちの孫とは大違いです』

『むしろ聞き分けが良すぎて困ってるぐらいです。言葉もおぼつかないのに……不思議ですねえ』


 まあ、当然だろう。


 念話スキルのおかげで相手の感情や、意思がダイレクトに伝わるのだから、この俺に不理解はあり得なかったのだ。そして、なにより……。


『本当に、不思議な子だ』


 俺は今度は犬の背に乗ってとことこ歩き回っている。俺が指を指す方向に犬は素直に進む。まるで、犬を操っているかのように。


 その様子は、無邪気な子供の行動としても……いささか、異端だった。


 景色はまた変わる。


 次は、それから数年後。

 裏山で子供たちが遊んでいる。


『ユキくんすごーい!』

『なんでそんなにすぐつかまえられるのー?』

『えへへ』


 むんず、と俺はスズメを手の中におさめている。

 子供たちはそんな俺の周りで、俺の手の中のスズメを撫で回している。


『へん、そんなのすごくないや』


 しかし、少し離れたところで見るからにガキ大将と取り巻きという感じの子供が数人たむろしていた。


 どうやらスズメを捕まえたぐらいでちやほやされる俺が気に入らないらしい。


『おもしろくねえ! もっとおくにいこうぜ!』

『え、でも……うらやまのおくは、いっちゃダメってママが』

『いいんだよ! いくぞ!』


 ガキ大将と取り巻きは昔の俺たちを置いて森に入っていく。


 このとき、裏山の奥の森が立ち入り禁止になっていたのには理由があった。


『うぎゃああああ! いたいいいいいい!』

『こうちゃんが噛まれたぁ!』


 森の奥から悲鳴が響く。

 このとき、森には野良犬の群れが住み着いていたのだ。


 幼い子供など格好の的。彼らはあっという間に標的にされた。

 だが、幸か不幸か彼らはなんとか昔の俺たちのもとに逃げのびた。

 野良犬の群れを引き連れて。


『きゃあああああ!』

『ママー!』


 子供たちが悲鳴を上げる。

 野良犬は阿鼻叫喚の彼らの周りをぐるぐると周りながら吠える。

 腕から血を流すガキ大将はひいひいと泣きわめいている。


 だが、そんな中でも幼い俺だけはきょとんとしていた。そして、手の中のスズメを逃がして犬に向き直った。


『遊びたいんだね』

『なにいってるの、ユキちゃん!』

『この子たちはただ遊びたいだけだよ。でも、まあ……みんな怖がってるし、遊べないよね』


 びくん、と犬たちが動きを止めた。

 幼い俺を注視し、徐々に耳と尾が垂れ下がっていく。


『じゃあね』


 俺のその言葉を皮切りに、犬たちは一匹、また一匹と森に帰っていく。


 白井家の長男が野良犬を追い払った。

 その話は、子供たちからあっという間に村中に広まった。


 本来なら、褒められこそすれ、責められはしないだろう。

 だが、全てが無事で済んだわけではない。


 噛まれたガキ大将。その子供は村長の孫だったのだ。


『あいつが野良犬をけしかけてきて噛まれた』


 ガキ大将の妄言が全てをねじ曲げた。


 白井行人は野良犬を操れる。


 あの子供は獣を操れる。


 獣を操って、子供を襲った。


 助けてくれたと証言するこどもたちの言葉も意味を為さなくなっていく。

 子供たちの親など、一部の大人は真実を知っている。妄言だと知っている。


 だが、獣を操った事実は変わらない。

 関係者以外には悪辣な情報だけが伝わっていく。


 そして、村長の孫が被害者だったことも災いした。村長は俺が犬を奇妙に操っていた姿を見ていた。だから、容易に孫の言葉を信じた。


 あの子供ならそれぐらいできるだろう、と。


 すぐに村の中ではある噂が広がっていく。


 シライユキトは忌み子である。


 シライユキトは悪魔の子である。


 シライユキトはケダモノの子である。


 あの死人を出した豪雨は白井家が来てから起きた。

 白井家はなんの被害もなかった。

 つまり、あの豪雨もあの子供のせいである。


 そんな、くだらない印象の狂いが、村全体によるシライユキトへの迫害を生み出したのだ。


 それは、彼の両親には巧妙に隠された。公務員だった彼の両親にバレてしまえば、村長の立場が危うい、というどうしようもない陰険な理由だ。結果、俺に対してだけ被害が及んだ。


 おそらく、俺が両親に隠し通したのは両親にまで危害を及ばせたくなかったから。

 だが、妹は違った。


 妹は小学校に上がって、俺が虐められる姿を見たのだ。そして、それを先生か誰かに告げ口したのだろう。俺を助けようとしたのだろう。


 その結果、妹は轢き逃げされることになった。


 教師は敵なのに、妹はそれに気付けなかった。無視していれば彼女には何も危害は及ばなかったのに、自ら粛正されにいってしまった。


 そして、その行為が、善意からの行為が破滅を生み出した。


 景色は、あの路地裏に戻る。


『死んじゃえ』 


 白井行人の念話……というよりも、感情を伝え合う異能力は、彼の怒りによってその力を暴走させた。ステータスも、スキルレベルもない世界は、逆に言えば能力の上限に()()()()()

 具体的に言えば、不特定多数に彼の感情を伝達し、共有させたのだ。


 ゆっくりと、彼は妹を背負って歩き出す。

 呪いの言葉を紡ぎながら、町を歩く。


『死んじゃえ』


 感情を伝える力は増幅していく。彼を中心に拡散していく。


『死んじゃえ……死ね』


 それは、絶望。世界への絶望。


『死ね』


 それは、羨望。普通への羨望。


『死ね』


 それは、怒り。虚偽への怒り。


『死ね、死ね、死ね!』


 それは、憎悪。醜悪への憎悪。


『死ね死ね死ね! みんな、みんな、死ね!』


 それは、嫌悪。嘘つきへの嫌悪。


『みんな、みんな、一人残らず!』


 それは、醜悪。その感情は醜悪。


『僕がなにをした!』


 それは、怠惰。解決しようとしなかった怠惰。


『フユが何をした!』


 それは、怨嗟。それは……誰に向けたものだったのか。


『みんな……』


 そして、それは。


『……ぼくも、死んじゃえ』


 悲観と、全てへの殺意。


 町中を練り歩いた白井行人は、あらゆる負の感情と殺意を大量の人間に共有させた。

 少年が何年も一人で抱え込んだ感情が一気に爆発し、何百人もの人間がそれを行為として発散した。


 殺人、暴行、破壊行為。

 彼の絶望の伝染によって自分を抑えられず暴れ回る人々は、全てを破壊し、破壊されたのだ。


 まるで、ケダモノのように。


 そうして数時間後、村はほぼ全滅する事になった。


「これが、真相か」


 不思議と感情は動かなかった。


「そうだよ、これが真相だ。僕らの復讐だ。ざまあみろ、って感じさ」


 ゆっくりとまだ昔の俺は歩き続けている。


 やり過ぎだ、とだけ思った。

 これは、間違っていると俺は思った。


「なあ、この時の俺は……分かっててこれをやったのか」


 俺は、この時の俺に聞く。隣で、やはり無表情で地獄と化した村を眺めているもう一人の俺に聞く。


「あぁ、そうだよ。全部殺すつもりだった。僕は、これでもあいつらをまだ許さない。人間なんて皆殺しにしちゃえばいいんだよ」

「そうかい」


 一個腑に落ちた事がある。


 俺は異世界に来てからいくつかの感情を失った。


 ネルの話によれば、人間からの乖離というスキルはニナや八雲を人化させるために俺から感情を奪った、らしい。


 ニナを人化させる際に『戦う事に対する恐怖』と『人を殺す事に対する忌避感』を失い、八雲を人化させる時には『死ぬ事に対する恐怖』を失った。


 だが、あの時のニナとネルの反応は何かおかしかった。

『人を殺す事に対する忌避感』にだけ、言いよどんだり、訝しげな表情を見せた。

 そして、ニナは最初に人間からの乖離が人殺しへの忌避感がなくなっている原因かもしれないと八雲が言った時、否定も肯定もしなかった。


 おかしいのだ。他二つは『恐怖』なのに、これだけ『忌避感』。そして、ニナの時だけ二つだ。


『人を殺す事に対する忌避感』はスキルの効果で失われたのではない。


 もともとそうだったのだ。

 つまるところ、スキルなんて関係なく、俺はもともと人間を殺す事に抵抗なんてなかったのだ。


 今まで気付かなかっただけで、忘れていただけで、10年前のこの時にはもう壊れていたのだ。


「このあとは?」

「このあとは僕も知らない」

「見たかった光景ってワケだ」

「そうなるね……それにしても、随分冷めてるね? もっと絶望して欲しかったよ」


 そう言われても、なんだか実感が湧かないのだ。


 確かに、記憶はいろいろと思い出した。

 だが、感情が追いついていない。湧かない。


 これだけの光景を目にして、遠い誰かの記録を見ているような気分にしかならないのだ。

 まるで、憎しみとか、苦しみとか、そういうものを丸ごと奪われてしまったような。

 

 ゆっくりと、昔の俺は歩いていく。

 多分、自分の家に向かっている。


「あ……」


 思わず声が出た。ここにきてようやく、感情が湧いた。


「だめ、だ……」


 触る事も出来ないのに、思わず手を伸ばす。

 ダメだ。そっちに行っちゃ、ダメだ。

 そこには……。


『あ』


 母の、無惨な死体があるのだから。

 自分の行動の結果がもたらした、自分が殺したと言っても過言ではない、家族の死体があるのだから。


『あぁ……』


 彼は絶叫すると思った。

 昔の自分はここで絶望して、壊れてしまって最後の光景に繋がるのだと思った。


 そして、壊れた自分は嫌な記憶を封じ込めて、記憶を残した俺と今の俺に分裂するのだろう。そうして、いまの二重人格の俺が生まれるのだろう。


 だが、違った。


『ごめんね、お母さん』


 昔の俺の顔は、ただ、哀れむような目線を向けていた。

 少年の年齢と反して、年相応には見えない表情だった。もしかすると、彼は町中の人間に念話で意志を伝えるだけでなく、彼らの遺志を受け取って壊れてしまったのかもしれなかった。


『うん、僕も……ここで死ぬよ』


『でも、フユは置いていけないよね』


『だから……こんな僕は、ここで死ぬ。僕みたいなケダモノじゃフユを守れない。だから、ここで死ぬ。この記憶も、この能力も、全部分けた『僕』に託す。でも、その『僕』じゃ多分フユは守れないから……この『僕』は間違っていると思うから』


 もうひとりの俺は、『僕』は、知らない光景を前に眉をひそめていた。


『だから……もう一人の僕に託すよ。もう、心の中にいるんだ。母さん、皆が死んでいるのを見て、間違っている、こんなのおかしい、って叫んでる僕がいるんだ。だから、その僕にあとは任せるよ。何も知らない僕に、大事なものをこんどこそ守れる僕に。こんな力なんてなくても、こんな怒りなんて抱えなくても生きていける僕に……』


 この俺は、自分を捨てたのだ。

 罪にまみれた自分を捨てて、新しい人格に全てを託したのだ。


『『俺』にフユを任せるよ』


 今まで生きてきた俺に、全てを託したのだ。


 俺は、自分が何の役にも立たない人間だと思っていた。


 自分には罪がある、と心の奥底では思っていた。

 それは、多分彼の残滓だったのだ。


 実際は、俺は必要とされて生まれたのだ。

 その事実が嬉しくて……悲しい。


『ここで死ぬのを許して。逃げかもしれない。でも、僕はわるいことをしたから』


『『僕』には、辛いものばかり押し付ける。全部忘れる事は出来ないから……でも、耐えてほしい。君にとっての償いだから。『俺』は、このあと生きるのは辛いとは思う。でも、乗り越えた先ではきっと、きっと……』


『救われるから』


『苦しんだ『僕たち』はきっとどこかで救われるはずだから……頑張ってね』


 そして、一人目の僕は、立ち尽くしたまま眠るようにその目を閉じた。

 絶望ではなく、希望を託して。


ようやく書きたかった内容が書けました。

これにて、主人公の過去については一段落となります。

第一章ももう少しで終わりです。後少しだけお付き合いください。

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