第四十七話 地獄の記憶③ ケダモノ
『Don’t look at the reality.Look at the truth』
新しい周回が始まり、景色がリセットされる。
ただ、今回は今までと違い隣にもう一人の俺がいる。
「さて、じゃあ早速始めようか。まずはどうする?」
俺はふむ、と考え込む。
これは俺自身の記憶でもって構成された状況だ。
つまり、真実とは食い違っている部分や情報が不足している部分がある。そういう不自然なところを探せばいいのだろう。
「あら探しの時間ってワケだ」
「徹底的にやりなよ。僕は見学してるけど」
見学なのかよ。ひらひらと手を振る彼に対して俺は呆れた。
「だって答え知ってるしね。まあ、あからさまにおかしいときは口を出すよ」
「はぁ……」
ため息をつきつつ、俺は前に向き直る。
とにかく、自分一人でもあら探しぐらいできるだろう。
……。
『Don’t look at the reality.Look at the truth』
結果的に言うと、何も見つからなかった。
何も疑問を感じる場所がない。その光景はあまりに当たり前で齟齬が見つからない。
「……マジか」
自分の記憶と完全に一致した光景がそこにはあった。
だが、なぜか違和感のような物は確かに感じる。何かがおかしいのは分かる。しかし、それが何か分からないのだ。
「……」
そこで、もう一人の俺がじっと俺を見つめているのに気がついた。
しばらく彼は思案顔で俺を見ていたが、何かに納得したように頷いて時間を止めた。
「やっぱりね。君は……変化を感じなくなっている」
「何言ってんだ、お前。変化を感じられないのは分かってる、そんなの分かってるから困ってんだろ」
「いいや、違う。感じられなくなっているじゃない、感じないんだよ。君自身に原因がある。予想通りではあるけどね」
「変化を俺自身が感じないように振る舞っている、とでも言いたげだな」
「そう言ってるんだよ。そもそもこの記憶の欠落は、君自身に原因があるのさ」
「俺に……?」
俺が、意図的に記憶を忘れたというのだろうか。
普通に考えてそんなことが出来るとは思えないが……。
「出来る。人間にはそれが可能だ。……といっても、それをしたのは僕でもなければ君でもない、もういない僕たちなんだけどね」
「何を言ってるのか分からねえよ。分かるように話せ」
「生憎具体的には話せない。それはこの事件の結末だからネタバレになっちゃうだろ? 君が苦労して探さないとね」
本当に性格悪いな、コイツ。
昔の俺とは思えない。
「ひねくれた君の中で何年も閉じ込められて来たんだ、こうもなるさ……話を戻そうか? 変化を感じないって話だったね。感じないのは出来ないわけじゃない、無意識にやろうとしていないのさ。違和感は感じてるんだろう? ただ、そこに意識が止まらない、目が滑る、変化を感じない。君はこの記憶を思い出したくないんだ」
そういうことか。
おそらくだが、この事件を昔の自分は記憶から消し去りたかったのだろう。だから、消した。その影響が不自然な記憶の欠落や、二重人格の自分の出現などの精神的な疾患となって現れた。
「だけど、そんなの俺はどうしようもないじゃないか」
無意識に意識を向けられないのでは意味がない。自分ではどうにも出来ないだろう。
「しょうがないから手伝ってあげよう。こっちに来なよ」
何をするつもりか分からないので不気味なのだが、とりあえずこのままじゃどうにもできないので近寄る。
「えい」
「痛ぇ!」
思いっきり腹をぶん殴られた。
吐き気とともに、じわじわと腹から何か嫌な感じが広がる。
「なにすんだ、てめえ……」
やっぱり敵だったか。少しでも信用した自分が馬鹿だった。
思いっきり睨みつけてやると、彼はやれやれ、と肩をすくめた。
「勘違いするな。僕の一部を君に送り込んだだけだ。変化を感じられるように修正プログラムを入れたって感じかな」
「それ、大丈夫なのか……?」
別の人格を混ぜられたって事じゃないのか、それ。
「そこまで混ぜてない。君の性格には影響は及ばないよ。とにかく、これで変化が感じられるはずだ。じゃあ、次の周回を始めようか」
すっ、と彼が手を上げると再び時間が流れ始め、小学校のチャイムが鳴った。
**
俺が帰宅中に小学生にいじめられている。周りの小学生にさんざん悪口を言われているようだ。
『***!』
『******!』
「待て、ここだ。おかしい」
俺は『僕』に時間を止めさせる。
「なんで悪口が聞こえない? 音声が認識できない」
「うん、変化に気付けたね。どうしてだと思う? いじめられていたのにも関わらずその悪口が聞こえない。ということはどういうことなのかな?」
子供の姿の俺がまるで教師のように諭してくるのは苛立つが、言われた通りに考えてみる。
悪口が聞こえないのはおそらく俺が、悪口を言われたという事実だけを覚えていてその内容を知らないからだ。だから言葉としては理解できない。
だが、普通そんな事があり得るだろうか?
悪口を言われたことよりも、悪口の内容の方が印象に残るのではないだろうか?
「……意図的に忘れたってことか? 言われてる内容自体が問題なのか?」
「正解だよ」
だが、なぜ忘れた?
悪口の内容なんて、このあとに繰り広げられる地獄に比べれば些細な物のように思う。わざわざ忘れるような物でもない気はするが。
「そうでもないさ。言われている本人にとってはこれも地獄だよ」
「……他人事みたいに言うんだな、自分の事なのに」
そう皮肉を返すと彼は肩をすくめた。
それ以降彼は黙ってしまったので、一人で俺は考える。
多分だが、悪口の内容に俺は傷ついていたのではないと思う。
なぜなら、暴力を振るわれている時の表情と違って、今の悪口を言われているときの自分はそこまで悲痛そうではないのだ。むしろ、言われてもしょうがない、というような諦めた表情で歩いている。
「……諦めている? 言われることに納得している……?」
これは、悪口の内容が嫌だったから忘れたんじゃない。
悪口の内容が何かに繋がっている。
そう、例えば……。
いじめられた原因、とかだ。
そうだ、俺は自分がいじめられた原因を知らない。いや、忘れている。
「そういうことだね。いじめの原因が、この事件の、今の全てに繋がっている。だから君は忘れたんだ」
その瞬間、景色が少し巻き戻る。
悪口を言われ続けている俺。
悪口を叫び続けるこども。
『気持ち悪いんだよ!』
『早く死ねよ!』
あぁ、聞こえる。
十分に聞こえる。
これは、原因に関係なくても忘れていた方が良かったな、と思う。
『みんなお前なんて嫌いなんだ、けだもの!』
『死ねよ、けだもの!』
だが、次に続く言葉に違和感を覚えた。
『けだもの野郎!』
「けだもの……?」
けだもの、ケダモノ、獣。
子供の悪口にしては、いささかおかしくはないか。
ちらり、ともう一人の俺を見ると、彼もまた黙ってこちらに頷く。
「獣って言われてた理由も探さなきゃいけないみたいだな……」
おそらくは、いじめの原因に繋がっているのだろう。
獣。
その短い言葉は何を表しているのだろうか?
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