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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第四十五話 地獄の記憶

 現実世界に帰って来たのか?

 だが、なぜここに来たのか?


 ここにはもう何年も来ていない。帰ってくる場所としてもおかしい。


 俺は、逸る心を落ち着かせるように深呼吸し、まずは状況を確認した。


 ニナや八雲はいない。ここには俺だけだ。


 辺りを見渡すと、なんだか懐かしい光景が広がっている。

 遠くからはトラクターのエンジン音が響いていて、人の姿もまばらに見えた。


 いつもの風景だ。


 だが、それはあり得ない。


 この村は、あの災害の日、誰もいなくなったと聞いている。


「……これは、俺の記憶か……?」


 どうやら現実に帰って来たわけではなさそうだ。


 とりあえず、俺は探索を開始した。


**


 のんびりした田園風景の中を歩いていると、どこかから小学校のチャイムの音がした。

 しばらくして、帰宅する小学生の姿がまばらに見え始める。


 その中に、見覚えのある顔があった。


『やめてよ……』


 数人のグループにいじめられているそいつは、どう見ても昔の俺だった。

 ランドセルを蹴り飛ばされつんのめる。見ていられない。


「おい! お前ら!」


 思わず駆け寄って、昔の俺を助けようと手を伸ばしたが、俺の手は彼の身体をすり抜けた。声も聞こえていないようだ。


「干渉は……できないのか」


 これが俺の記憶だというのならそれもそうかもしれない。

 俺は黙ってその様子を見ている事しか出来なかった。


 小学生の俺は、なんども転ばされながらもどうにか家に逃げ込んだ。


『……』


 家に閉じこもり、鍵をかける。そうすると、彼は玄関で座り込んだ。


『なんでいっつも僕ばっかり』


 ぽつり、と呟いた言葉。


『でも、我慢してれば……我慢してれば、いつか大人がたすけてくれるんだ。僕だけがやられてるなら平気なんだ』


 自分に言い聞かせるように彼は呟き続ける。

 そんな姿を見て、心が苦しくなった。


 そんなことはない。大人は助けてくれない。誰も助けてなんてくれない。自分で動くしかないんだ、と今の俺ならよく知っている。


『ユキト! おかえり……また怪我したの!』


 そこで、家の奥から女性の声がして、誰かが駆け寄って来た。


「母さん」


 久しぶりに見る、生前の母親の姿。

 思わず感慨極まって、涙が出そうになった。


『ちょっと転んじゃって』


 昔の俺は、へへ、とはにかみながら嘘をついた。

 たしか、この時の俺は両親を心配させたくなかったのだ。いじめられていることを知られたくなかったのだ。


 だから、いつもこうやって嘘をついた。


『まったくもう。ほら! 絆創膏貼ってあげるからこっちきなさい……ところでフユは一緒じゃないの?』

『え?』

『まだ帰ってないのよ……どこにいったのかしら』


 それを聞いた瞬間、昔の俺の表情が凍り付いた。そして、ランドセルを放り投げ玄関を飛び出して行く。


『あ、ユキト!』


 母の言葉を尻目に、ひたすら駈けていく彼を俺も追いかける。


 そうだ、この日は、この日は――。


 次に俺の目の前にあったのは、路地裏で倒れている妹の姿だった。


 まだ小学生に上がったばかりだった妹。


 誰よりも大切だった妹が、全身血まみれで横たわっていた。骨も何本も折れてしまっているだろう。脚に至っては、あらぬ方向に曲がってしまっている。


 昔の俺に対する迫害が、妹に強烈に及んだ日。

 それが、今日だ。


 もしかしたら妹は俺の事をかばったのかもしれない。

 それで危害が及んだのかもしれない。


 けれど、妹は何も悪くなかった。


 近くで車の音がして、慌てたように急発進するのが見えた。車には血痕がついていて、少しバンパーが凹んでいた。

 ゆっくりと、昔の俺は顔を上げる。


 そして何かに気がついたように「あぁ」と息を吐いた。


『*****』


 昔の俺は、何かを呟いた。何を言ったのかは、まるで靄がかかったように聞こえなかった。


 そこで、景色が切り替わる。


 次に俺の目の前にあったのは地獄だった。


 むせかえるような血の匂い。

 燃える家屋、サイレンの音。


 必死で救出活動をする消防隊。だが、その消防車や救急車に書かれた町名はこの町の物ではない。


『なんなんだ、これは! 市にも応援を頼め!』

『どうして病院も動いてないんだ! 何が起こったんだ、この町に!』


 慌ただしく走り回る人々の中で、ぽつりと動かない人影があった。


 昔の俺は、重傷の妹を背負って立ち尽くしていた。


 目の前に転がる母親の死体をただ見下ろすその表情には、生気という物が感じられなかった。


 この光景は知っている。

 よく、知っている。


 辺りの家は全て同じような状況だ。

 民家も、学校も、病院も、警察も、消防署も、この村のものは全部なくなった。


『おい! 君! 大丈夫か!』


 立ち尽くす昔の俺に数人の消防隊が気付いて駆け寄ってくる。

 だが、昔の俺は反応を返さない。


『君! 君! 怪我はないようだが、後ろの子は……まだ生きてるな! 誰か! 受け入れ先の病院探せ!』

『余ってますよ……皆、病院なんて必要ない! 死んでますもん……』

『本当に、何が起きたんだ……!』


 消防士は妹を俺から引きはがし、担架に乗せた。それでも一切動く気配がない俺に対し、何か違和感を感じたらしい。


『この子……担架をもう一つ頼む』

『え?』

『この子も駄目だ。心がやられちまってるよ』


 がくん、と俺が崩れ落ちる。その顔からは一切の感情を感じず、何かが抜け落ちてしまったようにも感じられた。


 ここまでが、事件の記憶だ。

 実際に何があったのかは俺は知らない。


「うぷ……」


 見たくもなかった記憶を引きずり出された影響か、凄まじい吐き気が俺を襲った。


「げ、ぇえっ」


 嗚咽とともに吐瀉物を吐き出す。が、吐き出したはずの吐瀉物は空気に溶けて消えた。


『Don’t look at the reality.Look at the truth』


 そこで、何かが聞こえた気がして顔を上げると、目の前の地獄は消えていた。

  

 辺りを見渡すと、なんだか懐かしい光景が広がっている。

 遠くからはトラクターのエンジン音が響いていて、人の姿もまばらに見えた。


「クソッ!」


 最初と同じ光景。

 どうやら俺は、延々とこの光景を見せられ続けるらしい。


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