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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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閑話2 勇者召喚、その3月後

タイトルが大幅に変更になりました。

「なんですって? 聞き間違いかもしれないからもう一度言ってくださる?」


 神殿の巫女長、ミラは報告を聞いて眉をひそめた。


「はっ! ……餓狼がマルドゥーク大迷宮に侵入した、と」


 ミラの前で敬礼しながら報告する兵士。鎧を纏った姿からは判別が尽きにくいが、声質から女性だと分かる。


 約3ヶ月前、ミラは巫女長に昇格した。


 もともと巫女の中ではある程度の地位を持っていた彼女だが、勇者召喚に紛れ込んだ残滓を的確に排除したことがきっかけになって昇格したのだ。実際には、勇者召喚に残滓を紛れさせたということで前任者が牢獄行きになったりと色々あったのだが。


「このタイミングで……? 軍部はなにをやっていたのですか?」


 マルドゥーク大迷宮は全100層から成る大迷宮の一つだ。

 99階層は完全に水没しており、その下には出入り不可能となっている。


 それもそのはず、7代目勇者がその身を張ってその階層に断片を封じ込み、断片たちの墓場を作ったからである。


 そのため、50階層を境に一般の冒険者や狩人は立ち入りを禁止されているのだ。


「迷宮外縁部隊、50階層部隊ともに全滅しました」

「……150年前と同じ……あんなことが起きないよう対策したのではないのですか! 詳しく報告しなさい!」


 彼女が焦ってしまうのには事情がある。


 世界最悪最強の断片、餓狼。

 魔王聖伐戦争終結直後に出現し、3000年もの間人類の虐殺を繰り返してきたSSSランクの魔獣である。


 勇者たちにとっても討伐最優先目標ではあるが、行動が全く予測できない上にその圧倒的な強さから対処できない存在だ。歴代勇者のいずれも餓狼の撃破には失敗し、敗走を重ねている。


 餓狼は長年の間、マルドゥーク大迷宮に不可解な侵入を重ねて来た。その理由は不明だが、その出現は特殊な残滓や断片が廃棄されたタイミングとほぼ一致する。


 150年もの間近くに出現することすらしなかった餓狼が、このタイミングで侵入した。

 そう、異世界召喚された残滓というイレギュラーを墓場に投棄したこのタイミングでだ。


 それほどまでにあの召喚された残滓は重要な存在だったのか。とっくに死んでいるはずではあるが、餓狼が侵入したことが気になる。


「餓狼は3週間前、迷宮外縁部に出現、およそ1時間後に50階層に到達。兵士のほとんどを殺害しさらに深部に向かった、と報告にあります。伝令部隊の報告を受け、転移術者を向かわせました」


 マルドゥーク大迷宮は遠く、僻地にある。馬を使った伝令では3週間はむしろ早い方だろう。貴重な転移術者が常駐している都市は限られている。網の目のように張り巡らされた転移術者の配置によって、この世界は現代レベルとはいえないまでもそれなりに優秀な情報伝達システムを有している。


「もう3週間前なのですか……餓狼はとっくに逃げているでしょうね」


 それでも、3週間だ。

 対応がこのままでは後手後手に回ってしまう。おそらくとうに迷宮を脱出し餓狼は姿をくらませていることだろう。


「いえ、それが……最初の連絡を確認したあと、すぐに状況確認のために転移術者を飛ばしたのですが……、まだ餓狼は出て来ていないようなのです」

「まだ……?」


 過去の文献では、マルドゥーク大迷宮に入った餓狼はそこまで長居したことはない。基本的には1週間以内に出てきていることが多い。


 例外は最後に侵入したとされる145年前、その時だけは2ヶ月以上に渡り潜っていたらしいが……。


 なんにせよ、その時のことを知っているものはこの国には誰もいない。魔族や亜人ならともかく、人間の寿命はそこまで長くない。


「いったい、餓狼は中で何を……? とにかく監視を続けなさい」

「勇者様は派遣しなくてよろしいのですか? 今回の勇者様は戦いに優れる方が多いと聞いていますが」

「いいのです。いくら戦えるとはいえ、まだ三ヶ月。餓狼を倒せるレベルではありません。以後の管理はこのまま軍部に任せなさい。我々の仕事は勇者様のサポート。餓狼のことは置いておきましょう」

「そうですか。了解しました」


 礼をして女兵士が部屋を出て行くのを見送り、ミラはため息をついた。


「何かが……おかしい……」


 ミラたち、神国の巫女は勇者を援護するための専属部隊の側面を持つ。


 本来、勇者は魔王を討伐するために召喚される。だが、そんなものは建前だ。


 魔王は勇者でなくても討伐できる。現に、人間と魔族の戦いはこの3000年、ずっと人間が優勢だ。


 ではなぜ勇者が召喚されるのか?

 簡単だ。


 この世界にはない知識を得ること。

 この世界の更なる発展のために、勇者の持つ技術を取り込むこと。


 いままで、何度も何度も勇者は召喚され、人間サイドの発展に貢献して来た。


「ですが……」


 今回の、72代目勇者は何かがおかしかった。


 ほとんど技術を持っていないのだ。ほぼ全員が戦闘職に適性を持っている。


 魔王と戦う上では悪くない。


 だが、今の時代では無意味だ、無能と言ってもいい。むしろ、たった一人で軍を越えるような力を持つこともある勇者は、扱いづらい存在であり、領土内のパワーバランスを歪にさせるため邪魔と言ってもいいのだ。


 神国が欲しているのは技術革新のための存在のみ。戦うだけの勇者など本来は必要ないのである。実際、ステータス鑑定が終わった後の議会では落胆の声が多かった。


 だが、同時に召喚された残滓がいた、ということが後々になって響きはじめた。


 勇者は神が送り込んでくる使徒だ。


 そこに、神の敵とされている残滓が紛れ込んだということ。それが、この世界に何らかの異常事態が起きているのではないかという懸念が生まれるのもそう時間はかからなかった。


 であれば、戦闘職ばかりが呼ばれたのも何かが起きる前兆。

 地方の有力者達が戦闘に特化した勇者を欲するようになるのも自然の流れだったと言えるだろう。今、教会は地方領主との交渉に追われている状態だ。


「……」


 だが、今回の勇者ははっきり言って弱い。


 頭も悪く、特に特化したところがあるわけでもなく、素行も悪いのだ。

 さらに、すでに7人が魔物との戦いで命を落とし、戦意喪失するものすら出て来ている。こんなペースで死人が出たことなどここ数百年ではなかった。


 そこに餓狼の再出現だ。

 状況は神国にとって不愉快な状況にあった。


「はぁ……参りましたね」


 この状況で魔族領が活性化したら目も当てられない。最前線はここ数年ほとんど変わっていないが、今の力不足の勇者たちでは戦争への本格投入は難しいかもしれない。何人かそこそこできそうなものもいるが、大体は無駄死にすることになるだろう。


 軍部の方も、勝手に戦力を強化しはじめ巫女……教会側の指示が通らなくなりつつある。残滓なんかを召喚し、役に立たない弱い勇者ばかり持っている巫女に用はないということだ。


 中には、こちらに猜疑心を抱き脱走する勇者すら出る始末。そういう勇者に限って貴重な能力持ちだから厄介だ。


 どうして、こんな事態になってしまったのか。


 その、原因は……。


「……白井……行人……!」


 ギリ、とミラは歯ぎしりする。


 おそらく、あの残滓が召喚されたことで何かが狂った。

 異世界からは無能ばかりが召喚され、残滓召喚という不祥事により教会は冷たい目を向けられる。


 廃棄した後もここまで苦しめてくる存在。

 もしかしたら……もしかしたら、まだ生きていて、餓狼と共に出現する可能性すらある。


「いいえ、関係ありません……」


 彼女は、口角を歪ませ、巫女とは思えない顔で凄惨に笑った。


「……残滓も、断片も滅びる運命なのですから」


 計画は、既に始まっている。

 残滓どもを叩き潰すための、最強の勇者を作り出す。

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