第四十二話 クモちゃん、リネーム!
ネルが去った後、俺が立てるようになるのを待って俺たちは移動を開始した。
といっても、すぐに次の階層に向かうわけではない。
誰もいないとはいえ、広場のど真ん中で寝るわけにもいかないので休めそうな場所を探すことにしたのだ。
幸い、この階層には大量の建物の残骸があった。屋根のある場所ぐらいは探せそうである。
「別に妾は広場で寝ても良かったのだが」
と、歩きながらクモちゃんが呟く。
「何言ってんだ。人間はある程度閉鎖空間じゃないと快適に眠れないんだよ」
「人間って……あぁ、そういえば、妾も人化したのだったな! はっはっは……痛ァ……」
クモちゃんは高笑いしようとしてお腹を抑えて踞った。ネルに裂かれて、俺の共鳴である程度分散したとはいえ痛いのは当たり前である。
「アホか」
もちろん、共鳴の影響で俺の腹も裂けている。なんだか怪我をしすぎてこういう痛みにも慣れてしまった。
「ひどい! 主殿! ニナ嬢もなんとか言ってくれ!」
「あ、ここなんか休めそうじゃない?」
「ニナ嬢ー!」
わんわん喚くクモちゃんは置いておいて、俺はニナが指差した建物の跡を覗き込んだ。かなり薄暗いが休むには十分な広さだろう。これならテントを張る必要もなさそうだ。
「よし、ここにしよう」
「うん」
三人で跡地に潜り込み、ニナを真ん中にして壁にもたれかかる。
「はい、2人とも手つないで」
「うむ!」
ニナと手をつなぐと、じわじわと痛みが和らいでいく。クモちゃんも痛みにしかめていた顔をようやく緩めた。
「いつもありがとな」
「いいよ、これぐらい」
そのまましばらく俺たちは無言で、瓦礫の隙間から零れる光を見つめていた。
この階層は建物の瓦礫で埋もれているが、ここには昔人が住んでいたのだろうか。こんな迷宮の最奥に人がいたとは到底思えないが……。
「ねえ、ユキト、クモちゃん」
「ん?」
「うむ?」
そんなことを考えていると、小さな声でニナが俺たちを呼んだ。
「2人は……家族、いるの?」
「唐突だな、随分……」
ニナから家族の話を振られるとは思わなかったので少し驚いた。そういえば、ここは彼女の両親が亡くなった場所だったか。
前の階層では、ここを越えられたら何かが変わるかもしれない、と彼女は言っていたが、ネルの出現で有耶無耶になってしまった。
「……それは、いいの。オデット様は進むうちに分かるって言ってたからここで何か分かるのかなって思ったけど……違うみたいだから、多分、次の階層なんだと思う」
「次、か」
なんとなく分かる。
夢で最後の階層と言われたのが次だ。だが、それだけでなくこの先で終わりだと直感が告げていた。
そして、何か嫌な予感がしていた。ぞわぞわと、身の毛のよだつような感覚がしていた。
何か、自分の中でその階層だけには行ってはいけない、行っては知らなくていいことを知ることになる、と直感していた。
「で、家族。いるの?」
「妾はたくさん兄弟がいるぞ!」
クモちゃんが元気よくにこにこしながら言った。人間になってから分かったが、随分と明るい性格だ。
「まあ、生まれてすぐに共食い祭りになったから逃げ出したのだが」
「明るく言う内容じゃねえよ!」
そういえばクモちゃんはクモだった。
「それで、主殿はどうなのだ?」
「あー、俺か。俺は……妹がいるよ。あと、叔父さんと、叔母さん」
なんとなく、懐かしい気持ちになる。
東京に住んでいるとそうそう北海道の実家に戻ることもない。なので、2、3ヶ月ぐらい会わないのは普通なのだが、随分長く会っていない気がした。
「お父さんとお母さんは?」
「……言ってなかったっけ。死んだよ。俺が8歳のときかな。村で大きい災害が起きてさ。皆、死んだんだ」
「……ごめんね」
ニナが俯き、同時に耳もぺたんと垂れた。
「いや、いいんだ。そのときのことは何も覚えてないし。多分、俺なんかじゃどうにもできなかったんだろう」
「しかし主殿。そうなると妹殿のことはいいのか?」
クモちゃんがニナの頭越しに俺を見た。そう言えば、クモちゃんはニナよりも身長が高い。
「いいのかって、何がさ」
「ほら。主殿は異世界から来たのだろう? もう……その、会えないのではないか?」
言われてみれば、そういうことになる。もう俺は、あの子に会えないのだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。
「……確かに、心配だよ。だけどさ、もう会えないってことはないと思うんだ。多分だけど、異世界に召喚されたってことはきっと戻る方法がある……と思う」
「あぁ、まあそうだな。ちょっと探ってみよう」
ふむ、とクモちゃんが肯定し、目をつむって角をいじりはじめた。おでこからまっすぐに生えた二本の白い角は先端にいくに連れて紫色になっていて、美しさすら感じさせた。
「うーん? うーむ?」
「あー、なさそうか?」
アラクネレプリカの記憶を彼女は受け継いでいるが、それでも完璧に受け継いだわけではない。ところどころ途切れているのは仕方ないため、帰還に関する情報がなくてもおかしくはない。
もしくは、そもそも帰還できないか、だ。
「いや、情報自体はあるのだ……」
「あるのか!」
「うむ。魔王を撃破することで帰還自体は可能、らしいのだ」
凄くありがちだった。というか、魔王とかいたのか。世界の敵はそいつに任せろよ、と思ってしまった。
「らしいっていうのは?」
ニナは首を傾げる。
「うーん、それがな? 確かに勇者たちはその情報を知っていて、魔王の撃破もしているのだが……帰還出来る場合と出来ない場合がある」
「……? 本人の意思で帰還するしないとか、そういうんじゃなくて?」
「うむ。具体的に言えば、妾は……いや、この記憶は魔王を撃破して帰還する勇者達を一度だけ見たことがある。だが、それ以降なのだ、それ以降……数多の魔王が撃破される中で勇者が帰還したという情報は、一切ない」
どういうことなのだろうか。
見たことがあるというのならその情報は間違いない。
だが、その後が問題だ。魔王が撃破されても帰還できないのでは嘘ではないか。
「ん? 数多の魔王?」
「数多の魔王」
「あまたって何?」
ニナがなんだかとんちんかんなことを言っているが、とりあえずスルー。
「いっぱいいるってことだぞ、ニナ殿!」
「そっかあ、魔王っていっぱいいるんだ……」
「……全滅させないと帰れないとかじゃないのか、それ……?」
「おお、主殿、頭いいな」
頭いいな、じゃない。俺は頭を抱えた。ということは、途方もない力を持つ魔王を全滅させる力が必要なのだろうか。
「まあ、魔王なんてすぐに次が出てくるんだがな?」
「全滅なんて無理じゃねえか」
だが、そうなると。
「どうやって、その帰還した勇者たちは魔王を倒したんだ……全滅させたわけじゃないんだよな? その魔王が特別だったのか?」
「いや、その魔王が特別強大だった、ということもないようだったぞ。むしろ弱いぐらいだったようだ。ただ、その後は記憶がさだかでない」
駄目だ。あまりに情報が足りなかった。
「参ったな……」
「すまんな、ある程度からはかなり精度の高い情報が揃っているのだが、いかんせん昔のことだからな」
「いや、いいよ、ありがとう……ていうか、その記憶どうなってんの? どっから情報得てんの?」
思えばずっと疑問だったことである。
この迷宮はずっと封鎖されていたはずだ。どうやっても情報を得ることは出来ないと思うのだが……。
「んっとね」
「んっとね、って可愛いなおい」
今まで大人びた口調だったのに突然どうした。
「ニナ嬢の子供っぽさが移った」
「なるほど」
「……えっ? ちょっと、どういう意味!」
「で、情報がどこからかっていうのはな、どうも地上にクモの分体が大量にいてそこから情報を集めていたようなのだ」
「なんだそれ、インターネットかよ」
「ちょっと無視しないでよ! あといんたーねっとって何?」
はいはい、とクモちゃんとふたりでニナの頭をわしゃわしゃして黙らせる。今は大事な話をしているのだ。
「いや、今はもうできないのだがな。とにかく、世界中にバラまいた分体が情報収集していたというわけだ……それで、だが。このアラクネレプリカもあくまで分体の一つで、情報を共有する権利を与えられていただけの個体だったらしい」
「ということは……?」
「うむ。おそらくどこかにまだ本体がいる。あのエリノア殿も戦闘中にそんなことを言っていた。妾のことを『アラクネのコピー』と」
「アラクネ……」
アラクネ。クモの怪物の名前だったと思う。アラクネレプリカの本体がアラクネならば、まあ妥当だろう。
「おそらく、妾も分体の一つなのだと思うのだ。あの迷宮の密林にいたクモは全部分体だ。だから記憶を引き継げたのだろうな。……して、その本体なのだが。妾は分体である以上、本体のいる方角ぐらいは分かる。アラクネ本体であれば帰還について何か知っているかもしれん」
それは朗報だった。
言われてみれば地上に出た後、異世界を楽しむだのなんだの言って結局大きな目標はなかったのだ。帰還する方法を探す、というのはオーソドックスだがなかなかいい目標だ。少なくとも、世界の敵とかいうよく分からないことをするよりもいい。
と、そこでニナがまた俯いてしまっているのに気付いた。
「どうした、ニナ……あ、もしかして無視されて拗ねちゃったか?」
「違うよっ、ユキトのバカ!」
ぎゃんぎゃんと噛み付いてこようとするニナだが、すぐにしゅん、としてしまう。
「……あの、ね、ユキトは……やっぱり、帰りたい、よね……」
「あ……」
そうか。
彼女は、俺がいないと体内の澱みを放出できない。
そうなれば、また苦しみの日々が続いてしまうのだ。
「ニナ……いや、大丈夫だ。俺が帰還する前に、その澱みの問題も解決させよう。そうすれば……」
そう俺が言うと、ニナとクモちゃんが揃ってため息をついた。
「……なんだよ?」
「……ユキトの、ばか。そういうことじゃないよ」
「主殿はまあ、バカだな?」
そう言うと、2人は顔を見合わせてプッ、と吹き出した。
釈然としない。俺は何か変なことを言っただろうか?
「まあ、まだまだ先の話だろうしね! その時になって考えればいいよ」
「なんだよ、もう」
「ところで、だ。2人とも。何か忘れてないか?」
クモちゃんが真面目な顔をして神妙に言った。
「なにさ、クモちゃん」
「なにかあったっけ? クモちゃん」
「分かって言ってるだろう! 妾の名前! きちんと考えてほしいと言ったではないか!」
ちょっと赤面しながら、クモちゃんは叫んだ。
**
「別に、クモちゃんでもいいと思うんだけど」
「よ、く、な、い。妾、地上に出たらこの姿で『名前はクモちゃんです』と言わなければならんのだぞ!」
ぷんぷんと怒る彼女の容姿は、確かにクモちゃんというには無理がある。
ニナ同様白髪なのは変わらないが、ところどころ紫が混じった長髪は、顔自体は幼い彼女を大人びて見せている。ついでに言えば、前髪は真っすぐ切りそろえられていて、和風美人と言えなくもない。
服装はどことなく着物を思わせるデザインだが、背中が大きく空いておりそこから二対の小さな棘が生えている。戦闘の際は大きく伸びて脚の代わりをしていた部分だ。
実際、何歳ぐらいに見えるかと言えば普通にニナよりは年上に見える。中学生ぐらいだろうか?
「ステータスもクモちゃんになっておるのだぞ!? 多分! 妾見れないから分からんけど!」
見ろ! と無理矢理鑑定させてくる。そうだっけ? と俺とニナはステータスを見てみることにした。
『種族:魔獣『白紫鬼蜘蛛(人化):E』
名前:クモちゃん
性質:異端の獣
適性:猛毒術士
階層:「魔獣領域Lv33」「神聖領域Lv1」「???領域Lv1」
ステータス
基本体力:250
基本耐性:312
エーテル適性:320
エーテル耐性:78
神聖領域干渉限界:0/12000
技能
「毒生成Lv10」「操糸Lv3」「猛毒耐性Lv10」
特殊技能
「毒牙」「作糸」「共鳴呼応」「アラクネの領域」』
「ほんとにクモちゃんだ」
「『クモ』じゃ駄目だったのかな?」
「妾に言うな!」
それにしても、進化の影響か、レベルは上がっていないのにステータスが大幅に伸びている。その上、
「???領域」という項目が追加されているが……。このレベルは俺の方が高いようだが、何かあるのだろうか。気になって自分のものも確認してみる。
『種族:人間
名前:ユキト・ブラン・ルナーリア【???達の徒】
性質:???の残滓
適性:魔獣使い
レベル:「人間領域Lv44」「神聖領域Lv0」「???領域Lv3」
ステータス
基本体力:112
基本耐性:108
エーテル適性:10
エーテル耐性:10
神聖領域干渉限界:0/999999
スキル
「念話Lv4」「鑑定Lv2」「剣術(刀)Lv5」「猛毒耐性Lv10」
固有スキル
「魔獣敵対無効」「神聖の拒絶」「人間からの乖離」「共鳴Lv2」「狂化」』
なんか、???領域のレベル上がってるんですけど。
なんなんだ、この謎のレベルは。神聖領域が上がらないのは分かる。神聖の拒絶があるからだ。だが、この領域はレベルが上がる条件もその効果も全く分からない。
「ていうか、変なスキル追加されてるんですけど!?」
「うわ、どうしたのユキト」
「なんだ主殿」
「い、いや」
「狂化」ってなんだ。見るからに駄目なスキルである。どう考えても使ったらさっきみたいな自体になるのが分かる。一応鑑定はするが。
『「狂化」
特殊技能。神聖領域に干渉し、強制的に???の断片としての力を発揮させる。ただし、理性も失われる。
習得条件:神聖領域干渉限界に達する(条件を満たしています)』
「……いや、いらない。いらないわあ……」
共鳴しなくても最初からあの状態になれる、ということのようだが間違いなくあの状態はなるべきではない。理性を失ったときのことは覚えていないが、夢の中で何かに乗っ取られそうになったこと、ニナ達が俺を呼んでいたことと、目覚めたときの彼女の泣き顔は覚えている。
だから、使うべきではないのだ、このスキルは。
「さっきからどうしたのユキト」
「そうだぞ、今は妾の名前を考える時間なのだ!」
「いや、ちょっとまたゴミスキルが追加されてただけ」
「ふーん」
ゴミスキルならどうでもいいな、と肩をすくめるクモちゃんに対し、ニナは訝しげな顔をしていた。おそらく鑑定して気付いたのだろう。
「……使わないよ」
「うん、そうしてね……ユキトじゃ無くなっちゃうから」
彼女は寂しそうに笑った。そんな顔でも可愛らしかったが、あまりさせたい表情じゃない。俺はこのスキルのことはさっさと忘れてしまうことにした。
「ふたりともー! 真面目に考えてくれ!」
「はいはい」
そういえば、クモちゃんは鑑定ができないのだった。一応後で伝えておこうとは思うが、今は彼女の名前が優先だ。
「クモちゃんはどんなのがいいのさ?」
「え? え、えーと、だな……」
困惑したように角をいじりだすクモちゃん。やはり何も考えていなかったか。
「い、いや、そんなことはない! ほ、ほら……なんというか……うぅ……」
「案外、クモちゃんっていうのも気に入ってたりして」
「う、うぅ〜……そう、なのだが」
ニナが少し意地の悪そうな顔でクモちゃんの頭をよしよし、と撫でた。年下に見えるニナに中学生ぐらいのクモちゃんが撫でられているのは不思議な光景だが、なぜかしっくりきた。
「何笑ってるの、ユキト」
「え、いや? なんでもない……クモちゃんはどんな感じがいいんだ? 可愛い名前? かっこいい名前?」
「うーん……それならかっこいい、方がいいな……妾はそんなに可愛いっていう感じでもなさそうだ」
それは鏡を見たことがないからでは無いだろうか。十分まだまだ可愛らしいが……確かに、成長すればかっこいい感じになりそうではある。すでにクモというより鬼っぽいし。
「じゃあ、クモちゃんの名前を残したままかっこ良くしよう」
「できるのかっ!」
「あぁ、任せとけ。ちょっと時間かかるかもしれないけどな」
クモの音を入れた単語は日本語ならいろいろある。クモ、蜘蛛、雲。
入道雲、叢雲、うす雲……そんな風に連想していると、クモちゃんの期待に満ちた目線に気付いた。
「そういえばクモちゃん、脚はなんとなく8本だった名残があるけど目は二つになったんだな」
8本あった脚は手足と腰の四本の白い棘として残っている。実際に棘を動かせることも考えればそのままと言えるだろう。
だが、目はない。
「ん? ああ……そうだな、目は普段は二つで済んでいる、というよりまだ操れていないのだ」
「操る?」
「ほら」
クモちゃんが髪をかきあげると、髪と髪の隙間にずるん、と何かが覗いた。
ていうか、目だった。覗かれていた。
「うわキモっ!」
「キモいって言うな! だからまだうまく操れないと言っただろう!」
「何? 浮いてんの? 髪の毛にくっついてんの? それどうなってんの?」
「『アラクネの領域』の中に6つの目が毒と一緒に格納されているような状態だな。つまり、まあ専用の空間があるという感じだ。今は髪の毛の隙間を使って専用の空間から覗かせているという感じかな」
「よくわかんないけどそう聞くとかっこいい」
ニナはなぜか耳をピコピコさせて目を輝かせている。そして、自分も髪をかきあげてなにやら試しはじめた。やめろ、お前の目は8つに増やさなくていいんだよ。
というか、今更気付いたが獣耳だけじゃなく人間の耳もきちんとあるのか……。耳は4つだぞ、やったなニナ。
「おそらくアラクネの領域をもっと操れるようになれば自由自在に出せるようになると思うのだが……生憎、まだ操れなくてな。こんな風に自分の身体で門を作って出現させるしかない」
たしか、アラクネの領域は自分の身体からだけでなくあらゆる場所から毒を出現させるスキルだと思ったが、実際には毒を格納しておけるスキルなのか。鑑定レベルが上がったら彼女のスキルはしっかり確認させてもらおう。
しかし、毒をあらゆる場所から出現させられるのなら、空中などに目を出現させることも可能なのではないだろうか。ファンネルみたいに。
「ま、それは熟練度次第だな。まだ無理だ」
「なるほどねえ。8つも目があったら死角無しって感じだよな……目も8つで脚も8つ……8……クモ……」
なんだか、ピンと来た気がする。
8とクモ、そんな単語があったような。
「あ、八雲だ」
「やくも?」
「あぁ、俺の住んでた国の言葉でな、八に雲って書いて、八雲っていうんだ。ちょうどいいんじゃないか、これなら」
「八雲……八雲か」
クモちゃんはなんども頷きながらその単語を反芻し、そして最後にふふっ、と笑った。
「うむ、気に入った!」
「うん、いいんじゃない? 元の名前ともあんまり離れてないし、違和感無いよ。たまにはやるじゃんユキト」
たまにはってなんだ。
「よし! じゃあ今日から八雲ちゃんな!」
「うん?」
八雲が首を傾げる。
「やったね八雲ちゃん!」
「んんん?」
ニナに頭を撫でられながらやっぱりクモちゃんは首を傾げる。
「よろしくな八雲ちゃん!」
最後に、俺がニナ越しに手を伸ばして頭を撫でると彼女はがくっと肩を落とした。
「まず『ちゃん』を外してくれないか……」




