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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第三十八話 返して

 少女2人の身体が、まるで魂が抜けたかのように崩れ落ちる。

 狼は彼女たちを地面に倒れ臥す前に抱きとめると一息ついた。


「うん、共鳴までは無事に出来たみたいだね……」


 そして、顔を上げ霧散していく澱みの槍を見つめた。


「……」


 あのとき、この槍は確かにこの少女の叫びに反応して、その動きを止めた。

 おそらくは、気を失いながらも彼は彼女たちを守るために動いたのだ。


「じゃ、まだなんとかなるか……どれ、もう一仕事するか」


 彼女はゆっくりと青年から離れ、瓦礫の陰に眠り込む少女たちを隠す。そして、澱みの爪を展開した。


「おぉ、お、おぉおあああああああ」


 同時に意識を取り戻した青年がゆらり、と立ち上がり、大量の澱みが吹き出す。狼はその様子を見て凄惨に笑った。


「さあ、おいで」


**


 白と黒が入り交じる灰色の世界。

 そんな印象だった。白と黒の雪が混ざって舞っていて、ずっと不協和音のようなものがしている。


「ここ、は……?」

「おそらくは、主殿の心象風景なのだろうな」


 気付くと隣にクモの少女がいた。だがその存在感は朧げで、近いのかも遠いのかも分からない。ニナはゆっくりと周りを見渡した。


「心象風景……これが? それに、なにこの音……」

「セミの鳴き声だな……しかし、なんとも空虚な」


 そこには、何も映っていない。何も残っていない。

 ただ、白と黒がマーブル模様のように渦巻いていた。


「……ううん、何も無いわけじゃないんだ、きっと」

「?」


 ニナはマーブル模様の白い部分にそっと触れる。すると、裂け目が出来るようにして何かが覗いた。


『おはよう』

『気分はどう? フユ』

『今日は調子いいよ』

『そうか、よかった。花瓶の水、変えてくるよ』

『ありがと、お兄ちゃん』


 朧げだが、白い部屋で男女が話している光景だということが分かる。


「これ……ユキトの、記憶」

「……妹君か?」

「そう、だと思う。妹がいたんだね」


 ニナ達にとっては異世界の家族。

 彼女たちには分からなかったが、それは病室だった。


「……多分、この白と黒の模様がユキトの記憶なんだ」

「そうみたいだな……妾にはよく分からんが。なんで二色に別れているんだ」

「私もよく分からないよ」


 そして、次に彼女は黒い部分に触れた。しかし、今度は裂け目が出来ることは無く、ただ彼女の手を弾いた。


「痛っ!」


 だが、その瞬間に何かの断片が流れ込んでくる。


『どうしてだ! どうして、どうして、なんで!』

『僕はこんなつもりじゃなかった! 僕は、僕は、僕は……』

『僕がやったのか』

『僕がいけなかったのか?』

『僕が悪いんだ』


「う、っぷ」


 思わずニナは吐き気を感じ、口を抑える。


 それは絶望であり、羨望であり、怒りであり、憎悪であり、嫌悪であり、怨嗟であった。


 そして、それは。


「ニナ嬢……? 泣いているのか」

「え……?」


 ただ、悲しかったのだ。

 ぼろぼろと、涙が止まらない。自分の記憶でもないのに、わずかな片鱗に触れただけだというのに。吐き気を催すような感情の渦の中で、悲しみだけが乖離し広がっていく。


「……ユキトを探さなきゃ」


 ニナはごしごしと目を擦り、歩き出す。

 心象世界の中で、歩くということに意味は無い。


 だが、それでも、前に進む意思は意味を為す。

 即座に結果に繋がる形で。


「やあ、ニナ、クモちゃん」


 突如、目の前に青年が出現した。


 見慣れた姿、聞き慣れた声。

 シライユキトが、そこにいた。




「ユキト……」

「主殿!」


 クモの少女の表情に歓喜の色が浮かぶ。

 無事だったのだ、彼は。


「悪いね、こんなところまで来させてさ。もう大丈夫だから、行こう」

「大丈夫? 本当に大丈夫なのか?」


 クモの少女はとてとてと寄って行き、青年の周りをぐるぐる回りながら異常が無いか見渡す。


「あぁ、大丈夫だよ」

「そうか、それは良かった! なら、早く起きよう、あの狼女も敵では無かった。もう残りの階層も少ない」

「なんだ、敵じゃなかったのか。なんかおかしいと思ったよ」


 あはは、と笑う青年。

 だが、それに反してニナは一切笑わなかった。


「ねえ、ユキト」

「ん?」


 にこやかに振り向く青年。


「あなたは、誰?」


 青年の表情が固まる。笑みが張り付いたまま。


「……白井行人だよ。それ以外に何がある?」

「……そうだね、そうだよ。あなたは白井行人。でもね」


 ふう、とニナは嘆息し、顔を上げて青年を睨みつけた。


「私が探しているのは、ユキト・ブラン・ルナーリア。あなたじゃないの。あなたと私は話したことも無いし、一緒に過ごしたことも無い。あなたはシライユキトだけど、ユキトじゃない」


 クモの少女の表情もまた強ばる。彼女が彼と一緒に過ごしたのはせいぜい10日もないため、最初は気付かなかった。だが、それでも、気付いてしまえばそれまでだった。


「……何を言っているのかさっぱりだよ。ニナ。僕は君と一緒に修行して、君と一緒にここまで戦って来たじゃないか」

「違う。それはユキトの記憶を覗いて、知っているだけ。経験はしてないの」

「だけど、ここには僕以外いない。僕以外には誰もいないよ。ユキト・ブラン・ルナーリアは僕だ」

「そうだね、だから」


 すっ、とニナは掌を上に向けて差し出した。


「ユキトを返して。何度も言わせないで、あなたはユキトじゃないよ」


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