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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
32/73

第三十一話 餓狼

 イレギュラーが起きた。


 瞬時にそう判断した。

 次に考えるべきは状況の分析だ。


「残念だけど、それじゃあ遅いよ。敵を前にしてまず考えるべきなのはどう殺すか、でしょ?」


 思考を読まれ、黒い少女に指摘される。オデットやニナと同じ高レベルの念話スキル持ちだ。

 そして、こいつは自分のことを敵と言った。


「お前……お前がこの階層のボスなのか?」


 一見信じられない。頭から犬のような耳をピンと立てて尻尾をゆらゆらと振っている姿は10代中頃ほどの少女にしか見えない。ただ、獣人らしいということを除いては。


 いや。

 ここまでのこの階層の敵は段々人間味を帯びて来ていた。

 ここに来て本物の獣人を敵として配置してもおかしくはない。


「ん? 違うよー、龍種の座に狼がいたらおかしいでしょ。ここのボスは私の足の下のコイツ。というか、まだ気づかないの? 君以外の二匹はもう気づいてるみたいだけど?」


 踏みつけにしている巨大な龍を踵で蹴りつけると、のんきに笑いながら少女は俺の後ろを指差した。振り向くと、完全に警戒して少女を睨みつけるニナとクモちゃんがいた。


「……ユキト、油断しないで前を向いて」

「しゃ(共鳴の準備もしておけ)」

「どういうことだよ……?」


 分からない。なぜこの2人はこんなに警戒しているのか。


 いや、待て。

 普通に考えれば分かったはずだ。

 どうしてこの少女は一匹も龍がいない階層に一人で立っているのか。


 どうして死体の海の中で一人で立っているのか。

 

 簡単だ。

 信じ難いが、それしかないだろう。


「これだけの龍を一人で倒したって言うのか……?」

「足元のコイツは違うけどね? 今気づいたの? そっちは当然もう気づいてるんだと思ったけどな。頭悪いね、ホンモノなのに」 


 ホンモノってなんだ。

 そう疑問が湧いたが、今はそこじゃない。この少女は今『そっちは』と言った。


「あー、そこの子狐ちゃん。君なら気づいてるよね。ボクが誰か、さ!」

「……ユキト。この前村を襲撃したのは、コイツだよ。あのとき感じた魔力と同じ」

「せーいかーい! いやぁ、君たちを追いかけて来たんだけどどうも追い越しちゃったみたいでね、邪魔だったから龍殺ししてたんだよ、勇者ごっこみたいな!」


 あははは! と爆笑する少女。この少女が2週間前に村を襲い、俺たちが準備も疎かに迷宮に突入することになった原因。


 それよりも、今この少女は気になることを言った。


「俺たちを……追いかけて来た?」


 少し唖然としてしまう。自分たちに用があるのだろうか。


「そうだよん。だって……」


 ヘラヘラしていた少女はそこで言葉を止め、真顔になった。


「3000年も待ったホンモノの断片だからな」


 一瞬、彼女の周囲にどす黒いオーラのようなものが撒き散らされたような錯覚がした。これは、殺意だ。叩き付けられる感情の波に足が怯んだ。だが、すぐに消えて彼女はヘラヘラとまた笑った。


「とりあえず、殺すから」

「ッ!」


 身構える。短刀を構え、腰を落とす。


「名乗りぐらいはしておこっか? ボクはエリノア。エリノア・ルー。巷じゃ餓狼だの厄災だの言われてるけどさ。君は?」

「……」

「ま、名乗らなくても分かるけどね。シライユキト君?」


 鑑定された。

 しかも、俺の改ざんを通り抜けて本名を見抜かれた。

 高レベルの念話に、改ざんをすり抜けるほどの鑑定レベル。なぜか、その姿はオデットとダブる。


「まあそんなに警戒しないでよ、ちょーっと……」


 ヴン、と目の前にいた少女の姿が掻き消え、視界が黒く染まった。

 違う。


「殺し合いをするだけだろう?」


 目の前に、一瞬で移動された。

 少女は口元を仄かに歪ませながら、俺の耳元で囁く。


「動かないと、死んじゃうよ?」


「ユキト!」


 ニナに全力で突き飛ばされ地面を転がった。餓狼は「ほう」とニナを見つめる。対し、ニナは彼女を睨みつけた。


「私たちにあなたと戦う理由は無い」


 しかし、餓狼はニナの言葉はろくに聞いておらず、うーん、と顎に手を当てて考え込んでいる。


「んー、君、どっかで見たような気がするな。……あー、あーあー。思い出した思い出した! 150年前の赤ちゃんか! あっはっは、とっくに狂い死にしてると思ってたよ! なーるほどね、ユキト君のそばにいればそりゃ断片化は進まないよねえ。分かった分かった……あの2人の決死の努力も無駄にはならなかったわけだ」

「あの2人……?」

「この階層で死んだあの2人だよ」

「!」


 びくり、とニナが震える。まさか突然出て来た少女から両親に関わる話をされるとは思っていなかったのだろう。


「決死の努力って……なんのこと?」

「その様子じゃ知らないんだね。あの2人が何のために死んだのか。……ま、いっか。どうせこの先で知ることになるさ。今は戦おう!」

「……ッ、だから、戦う理由は無いと!」


 ニナは両親の話について詳しく知りたそうにしていたが、それでもこの状況を打破することを優先した。


「あー。そう。戦う理由ね。うんうん、戦う理由か……ま、無いことも無いんだよ?」


 はは、と餓狼は笑う。狼のように笑う。


「あー、ほら! オデットのことさ……君のおばあちゃん、殺して来たから」


 目の前が真っ赤に染まる。

 殺した?

 オデットを?

 脳内が怒りが支配する。

 

 そこで、ぶちん、と何かが切れる音がした。俺の脳以外から。


「おまえぇえええええええええ!!!!」


 俺より先にニナが吠えた。そして、身体強化もせずに餓狼に飛びかかる。牙を剥き出しにし、両手に炎を纏わせるその姿は彼女の怒りを体現したかのようだった。


「遅いねえ」


 だが、餓狼は軽く腕を振るっただけでニナを吹き飛ばした。


「あっ……ッ!?」


 地面を何回もバウンドしてニナの小さな身体が瓦礫に激突する。

「しゃ!(ニナ嬢!)」


 クモちゃんがニナを庇うように前に出る。ずるり、と空間を裂くように毒の球体が浮かんだ。


「……ん? んー、こっちもどっかで見た気配だなあ。懐かしい気配だね。うーん、なんだったかなあ。クモ。クモ……あぁ、そうか。アイツか。そういやレプリカなんか設置してたっけ……ま、いいや。邪魔だよん」


 とん、と餓狼は踵で地面を一回叩いた。それだけでクモちゃんの身体が跳ねるように吹き飛び、ニナ同様瓦礫に叩き込まれた。


 一体何が起きた?


「……なにをした、って顔だね。だけど、呆けてる時間なんてあるの?」


 餓狼は可愛らしい顔を歪ませて、嗤う。


「アホ面晒してんじゃねえよ。殺すぞ」


 飛び込んでくる。圧倒的な速さ。あっという間にまた距離を詰められる。下から掬い上がるようにして俺の顎を狙ってくる魔手。


「紫電一閃ッ!!!!」


 判断は一瞬だった。コントロールなんて出来なくても、とにかく離れられれば良い。澱みが爆発的に噴出し、俺の身体を吹き飛ばす。衝撃に身体が悲鳴を上げるが、それでも奴の攻撃を食らうよりは良い。


「共鳴!」

『警告:神聖領域干渉限界:10080/999999』


 そして、吹き飛びながら共鳴を発動する。2人の意識があることを祈りながらだ。ステータスが一気に引き上がるのを感じる。共鳴Lv2は対象の意識が無いと発動しない。2人はどうにか気絶はしていないらしい。


 とにかく着地し、体勢を立て直そうとして。


「ふぅん、面白い」


 着地した俺の真後ろに立つ餓狼に気づいた。


「なるほどなるほど、共鳴、ね。ステータスの重ね合わせか。あの人の考えそうなことだ。確かにそれなら加護が無くてもどうにか戦えるし、場合によっては断片化も加速させられる、か。だーけーどぉ」


 軽く餓狼が俺の顔面に向けて腕を振るう。本当に、目の前の羽虫を追い払うような動きで。


「まだまだまだまだ、ボクには追いつかない」

「情緒纏綿ッ!」


 咄嗟に短刀から澱みを吹き出させて受ける。が、彼女の腕が澱みの刃に触れた瞬間、澱みが吹き散らされてしまい、ただの刀身があらわになってしまう。


「ウッソだろッ……!?」

「ほーんとっ」


 呆然とした俺の腹を餓狼が蹴り抜く。


「ご、ぼぇっ……共鳴っ……」


『警告:神聖領域干渉限界:110080/999999』


 鈍痛と猛烈な吐き気で腹を抱えて踞りかけるところを、なんとかたたらを踏んで耐え、共鳴を一気に10連続でかける。微かに頭痛を感じるものの、これでステータスは二倍程度。


「あぁあっ! 焰槍!」

「しゃ!」


 さらに、餓狼の後ろからニナとクモちゃんが強襲をかける。ボロボロではあるが重傷は負っていないようだ。


 炎の槍と毒の槍が同時に餓狼に向かう。


「あー、はいはい、はーい」


 しかし、餓狼は避けることもしなかった。華奢な身体に二つの槍が直撃する。魔物であれば一瞬で爆散していたことだろう。


「ハイ残念」


 だが、餓狼には傷一つない。


「どんなステータスをしてやがんだよ……!?」

「あっはっは、見てみれば?」


 煽るような言い方。どうせ改ざんしてあるのだろう。


「してないってぇ。見られて困るようなもの無いし」


 心まで読まれていることにかすかに動揺しつつ、ジリ、と後ずさりしつつ鑑定する。


『種族:遘√?蠕?■邯壹¢繧

名前:縺ゅ↑縺溘?鬘倥>繧

性質:縺ゅ↑縺溘?鬘倥>縺悟掌縺?律繧

適性:縺壹▲縺ィ蠕?▲縺ヲ縺?k

階層:遘√?蠢倥l縺ェ縺

ステータス

基本体力:縺ゅ↑縺溘′諛ク縺代◆蜻ス繧

基本耐性:縺ゅ↑縺溘′螳医m縺?→縺励◆荳也阜繧

エーテル適性:縺?縺九i谿コ縺

エーテル耐性:辟。鬧?↓縺ッ縺励↑縺

神聖領域干渉限界:蜈ィ驛ィ谿コ縺

技能

蜈ィ驛ィ谿コ縺

特殊技能

縺ゅ↑縺溘?螻?◆荳也阜繧呈舞縺?◆繧√↓』


『神聖領域に干渉しています』


「がぁっああ、あ!」

「くっ、あぁっ!」


 なんだ、これは。

 何の意味も為していない文字列。そして、見ただけで神聖領域に干渉した。


「あー、まだまだだねえ。ま、並の鑑定士じゃ即発狂だったし耐えただけ凄いよ。特にその子狐ちゃんはね。もう干渉限界ギリギリでしょ? 発狂しちゃうね」

「なに、を、した……!」


 ニナが頭を抑えながら、苦しそうに喘ぐ。


「何をしたって言われてもボクは何もしてないけどね。人の頭に上がり込んで勝手に変なものを見ただけでしょ?」

「変なものって自覚は……あるんだな」

「はは、まあそうだね、ボクも最初はそう思ったよ。だけどねえ……カミサマなんかがつけたステータスがくっついてる方がおぞましい」

「カミサマ……?」


 俺たちを召喚したと言う絶対神のことだろうか。それとステータスに何の関係があるのだろう。


「あー、なーんにも、なんにも知らないんだね、君は。……ま、ここで死ぬ以上教える必要も無い。ただまあ、これだけは言っておく」


 ゆっくりと、餓狼の周囲が澱む。そう、澱んだ。


「最強最悪最古の断片。それが君の目の前の存在だ」


 餓狼の周囲に集まっていた澱みは徐々に形を取りはじめる。それはまるで、巨大な獣の爪のように見えた。

 一瞬、前の階層で首を抉り飛ばされて死んでいた龍の姿がフラッシュバックした。


「本気で来ないと、本当に死ぬよ」


 ズドン、と凄まじい重圧が腹に来る。


「ッ……! 共鳴!」

『警告:神聖領域干渉限界:210080/999999』


 思わずたじろいでしまう。だが、ここで引いても死ぬ。また共鳴を重ねがけする。ニナの意識がある今が勝負だ。


「あ、ぐ……」


 だが、意識はあると言ってもかろうじてという感じだった。頭を抑えてうずくまる彼女はもう戦えそうにない。


「クモちゃん、ニナと逃げろ!」

「しゃ、しゃぁ!(そんなことはできん!)」

「足もげんぞ! いいからニナつれて逃げろ!」

「構わないよ、逃げても。ボクはユキト君を殺せればそれでいいんだ」


 そして、地面を大きく抉るようにして澱みの爪のアッパーカットが俺を襲う。抉られた地面は塵も残さず消し飛んでいた。


「紫電一閃!」


 飛ぶように距離を取る。今度は遥か上に。


「もう一回!」


 そして、真下に向かって突っ込むようにまた澱みを爆発させる。

 そう、真下にいる餓狼を落下の勢いを乗せて貫くために。


「情緒纏綿!」


 澱みの形は槍のように。絶対にここで倒す勢いで。


「はぁー」


 だが、餓狼は唐突に澱みの爪を解除した。そして、俺の全力の一撃を片手で受けた。そう、素手で。俺は空中でつかみ取られる形になり、そのまま投げ飛ばされる。地面を転がり、瓦礫に激突した。痛みに息が止まる。


「だからぁ、本気で来いって言ってるでしょ」


 何を言っているんだ、こいつは。俺は本気で挑み、本気の一撃を軽くあしらわれたばかりだと言うのに。


「まだ全然干渉限界に達してないでしょ。もっと共鳴しなよ。まだ上がるだろ」

「く、っそ! 共鳴!」


『警告:神聖領域に干渉しています』『警告:神聖領域干渉限界:420080/999999』『警告:共鳴Lv2の停止を勧告します』


 挑発に乗るようで浮かないが、まだまだステータスが追いついていないのも事実。俺は酷くなっていく頭痛を無視して共鳴をさらに一気にかけていく。だが、それもニナ達がこの階層にいる間だけだ。というか、まだ逃げ切っていないのか。


 ばっ、と先程までクモちゃんがいた所を見れば彼女はまだそこでまごまごしていた。


「なにしてんだ! とっとと逃げろ!」

「しゃ、しゃ(で、できない……主殿を置いていくことなんて、できない!)」

「いいから逃げろって言ってんだろ! 俺なら大丈夫だから!」

「しゃあ、しゃぁあ!(大丈夫なわけが無いだろう! 死ぬぞ!)」

「コイツの目的は俺だ! お前らがここにいても意味ねえんだよ!」

「しゃッ(ッ……)」


 多分、俺は死ぬだろう。コイツに勝てるビジョンが浮かばない。

 だから、せめて。


 せめて、コイツらだけでも逃がしてやらなきゃいけない。

 たとえ、今後その関係が戻ることが無くても。

 どんなにキツイ言葉をぶつけてでも、ここから逃がさなきゃならない。


「だから、行けよ。お前らは……ッ、お前らは、役に立たない。だからどこへでも行っちまえ。俺は、お前らなんて必要ない!」

「ッ」


 クモちゃんは俺の言葉にショックを受けたようにしばし立ち尽くしていた。が、とぼとぼとニナを引きずって歩き出す。


 ニナは、おそらくは激しい頭痛に苦しんでいる中でちらり、と俺を見た。俯いていて表情は分からなかったが、その目線は俺を責めていた。


 2人のその姿を見て、ズキリ、と胸が痛んだ。


 だが、ここまで言えば俺のことを置いていったことを悔やむことも無いだろう。

 餓狼は俺たちのやり取りを黙って見ていた。そして、ニナとクモちゃんの姿が見えなくなるまで見送っていた。


「死ぬ気なんだね」

「……死ぬつもりはねえよ」

「へーえ。そう。じゃあ行かせちゃっていいのかい? 共鳴の効果が薄れて来ているようだけど?」


 共鳴は距離が遠ざかるごとに効果が減衰する。それは知っている。

 あのペースだと、彼女達が俺の共鳴の効果範囲から出るまで5分。

 そして、共鳴の効果時間も5分。

 簡単な話だ。


「……共鳴」

 

『警告:神聖領域に干渉しています』『警告:神聖領域干渉限界:990080/999999』『警告:共鳴Lv2の停止を勧告します』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告:共鳴Lv2の停止を勧告します』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告:神聖領域に干渉しています』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告:神聖領域に干渉しています』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告:共鳴Lv2の停止を勧告します』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』『警告』


「5分で終わらせる」

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