第二十八話 第104階層:砂の遠路
またここだ。
黒い世界。
なんだ、気を失うとここに来なければいけないルールでもあるのか。
俺は周囲を流れ続ける情報から極力意識を逸らしながら周囲を見渡す。
『やあ、しばらくぶりだね。まあ僕にとってはたいした時間じゃないけどね』
いた。
影としてしか認識できない男。痩せぎすだが長身。
いや、前よりもシルエットが認識できるようになっている。
『それは徐々に深層に近づいているからだよ。106階層が最後だって言っただろ?』
そうだった。
なんで106階層が最後だと思ったのか、あの時は忘れていたがここで聞かされたのだ。
『まだ君にとっては夢のようなものだからね、時間が経てば忘れてしまうさ。とはいえ、段々君も成長しているみたいだね。×××の力を認識……あぁ、なんだ、まだ駄目か。澱みだっけ? 澱みを認識できるようになったんだね。見事だった。オデットの刀を介したとはいえあれだけ澱みを操れれば上出来だよ』
この男はオデットを知っているのか。
男は笑った。
『当然だよ、だってあの村を作ったのはオデットと僕だ! 君の持っている刀ももとは僕が作ったものだからね、オデットがあそこまで整えられるようになったのには驚いたけど』
あの木刀のことか。
ふと思い出す。そういえば、あの木刀には何か制作者の名前が書いてあったような。
『そう、それが僕だ。……そして、君たちが戦っているこの迷宮を作ったのも僕だ』
なんだって?
ならコイツは自分が作った村を自分で閉じ込めてしまったのか?
『そうなるね』
一体何故、なんのために。
『そりゃあ……あそこにいるものが見えるかな? あれのためさ』
男が指差した方向を見ると少し離れたところで俺に背中を向けている何かがいた。
『 ん 』
何かを言ったように見えた。しかし、やはり何も聞こえなかったし、それの姿を認識することも出来なかった。ただ、そこにいるということだけしか分からなかった。
ただ、ぞくりと身の毛がよだつ感触がした。
あれはこっちをまだ見ていない。
見られたら、どうなる?
いや、俺は一度あれに見られたことがあるような。
そのときは、どうなった?
『まだ君には認識できないだろうね……そう、この迷宮は本質的には彼女のために作ったものでもあるが……』
男はゆっくりと俺に向き直る。
『今は君だけのためにある』
**
また、目が覚める。そして、俺は夢の内容を反復して、昔読んだ文章を思い出した。
「そうだ、J・Sだ……」
あの男は、J・S。確かにあのとき木刀を鑑定した時に書いてあったはずだ。
「あ、ユキト。おはよう」
「しゃ(うむ、起きたか)」
なんだかお腹に重みを感じると思ったらクモちゃんが乗っかっていた。後頭部には柔らかさを感じる。これは……。
「膝枕……幼女に膝枕されるって……」
そういえば二ヶ月ぶりの膝枕である。最初にニナが人化した時は膝枕に気を取られるような余裕は無かったが今は別。
「屈辱だ……」
「酷くない? 落とすよ」
すっ、とニナが太ももを動かす。行き場を失った俺の後頭部は地面に落下して鈍い音を立てた。
「いってぇ! 落とすよっていうか落としてんじゃん! 痛ぁ!」
「ユキトが悪い」
「しゃ(まあそうだな)」
そういいながらニナは膝を戻し、俺の頭をまた乗せた。ニナの能力で後頭部の痛みが引いていく。なんだかんだで優しい。また落とされてもたまらないので大人しくしておく。というか、全身がだるい。
「俺……なんで気絶したんだ?」
「いわゆる急性エーテル欠乏症だね。ユキトの場合は急性澱み欠乏症かな? 急にたくさん澱みを消費したから気絶したんだよ」
「しゃ(まあ、慣れていなかったのじゃろうな)」
「ニナがこの前強い魔法を撃って気絶したのと一緒か?」
「あれとは別」
魔力切れと欠乏症は違うらしい。
「魔力切れは本当にすっからかんなの。エーテル欠乏症は身体がビックリしちゃって気絶しただけ。魔力の扱いに慣れてないとそういうことが起きる」
「しゃ(要は主殿は魔力の使い方がド下手と)」
「そういうこと、ドへたくそ」
「お前ら俺のことなんだと思ってるの? 酷くない?」
しかし、相手は幼女の見た目とはいえ150歳。ニナに言われるのは分かる。だが、クモちゃんに言われると釈然としない。
「しゃー(妾はアラクネレプリカを食ったおかげで実質3000年分の知識があるしなあ。身体はまだまだ赤子だが意識は別だ)」
「えぇ……ロリババアばっかりかよ……」
「落とす」
「いってぇ!」
また膝をずらされて俺の後頭部と地面がセカンドキス。
「しゃ!(ナイス)」
「えへへ」
意外と仲いいな、この2人……。
というか、いい加減に起きあがろう。膝から落とされるのなら膝枕されなければ良いのだ。
「って、あれ?」
ガクン、と身体を支えようとした腕が崩れた。力が入らない。
「まだ動かない方が良いよ、エーテルとか澱みって要は生命維持に必要なものだから……慣れないうちは一気に減ると体調も崩しちゃうの。魔力切れと違ってエーテルがすっからかんになっちゃうと本当に死んじゃうから注意してね」
「そうなのか……」
「しゃしゃしゅ(ま、澱みは生命維持に必要なのかどうか分からんがな)」
というわけでまた膝枕である。
というか、今気づいたが俺たちはテントの中にいた。黒いテントなので気づきにくかった。ただ、テントの隙間からは光が漏れて来ている。
思えばこのテント、全然使っていなかった。今までの階層だとそもそも休まなかったり、気絶したり、ジャングルでテントを立てられるような場所すら無かったり、ベッドがあったりしたのだ。
「……ここに来てなんでテント?」
「しゃ(うむ、流石に死体だらけのところで休むのもどうかということで主殿を運んで下の階層に移動したのだ。そこで、まあ……こんなかんじでな)」
クモちゃんが器用にテントの入り口の幕を開けた。外がわずかに見える。
「え、えぇえ……」
そこに広がっていたのは、太陽が燦々と輝く砂漠であった。
**
「どこにこんな空間が……」
ようやく俺が動けるようになり、俺たちはテントを畳んで移動を開始する。
じりじりと俺たちを照りつける太陽は遥か高く。
といっても、よくよく見れば迷宮の天井が見えた。擬似的な太陽なのだろう。それにしても、随分と天井が高い。村があった階層も随分と天井は高かったがその何倍もあるだろう。
「これだと俺を担いで降りてくるのも大変だったんじゃないのか?」
「あ、違うの。あれ見て」
フードを被ったニナが指差した方向を見ると、すぐそばに石で出来た塔のようなものがあった。窓などは一切無い。下の方に入り口らしきものは見えるが。
「あそこのなかがさっきのボス部屋になってたんだよ。出たらすぐに砂漠だったの」
「? あー、そういうことか」
あのボス部屋は深い縦穴の底にあった。正確には縦穴ではなくあの塔そのものだったのだろう。ボス部屋は実質104階層にあったということだ。
「うーん、合理的な設計だ。流石人工の迷宮」
「え? 人工?」
「……あれ? なんで俺人工なんて言ったんだろ」
思い出せない。どこかでそんな話を聞いたような気もするのだが。
「ユキト、前もそんな感じだったよね。106階層で終わりとか言ってた」
そうだ、それも思い出せなかった。
だが、ふっと、黒い空間が脳裏に浮かぶ。
「……夢、夢で見たんだ、確か」
はっきりとは思い出せないが、確かそうだ。あそこには何かがいた。何かからそれを伝えられた。それだけは覚えている。
「……夢ぇ?」
「しゃ……(夢か……)」
対し、2人からは怪訝そうな表情で見られる。いや、クモちゃんは表情は分からないけれど。
「夢じゃ信用ならないね、クモちゃん」
「しゃ(そうだな、ニナ嬢)」
「2人でタッグ組んで俺を否定するな。でもまあ、その通りだな……」
あんまり気にすべき情報でもなさそうだ。所詮夢である。
変な考えを振り払い、俺は周囲を見渡した。迷宮の端である壁は見えない。あるのはこの塔だけである。
「……これ、どこに行けばいいんだ? 延々に砂漠だぞ……」
太陽光がかなりキツい。擬似的なものとはいえ、感じるものは本物と一緒だ。こんなところを延々に歩かなければいけないのか。
「あ、それなら大丈夫だよ。見えるかなあ、アレ。ちょっと光ってるところがあるでしょ」
「え、見えないんですが」
「しゃー(妾やニナ嬢でも見づらいぐらいだからな、主殿には無理だろう)」
「まあ、近くに行けば分かるよ。ちょっと歩こっか……そのまえに、これ着て」
ニナは魔袋から白い外套のようなものを取り出して俺に渡す。ニナが着ているオデットから貰った外套に少し似ている。彼女が着ているものは丈が短いが、これは足まであった。
「ユキトが寝てる間に布生成で作ったの。私のを参考にしたからお揃いみたいになっちゃったけど……サイズ合うかな?」
「おー、ありがとう。着てみる」
とりあえず羽織ってフードをかぶると、だいぶ太陽光を遮断できたようで熱さを感じにくくなった。
「だいぶ楽になったよ、助かる」
「そう? なら良かった」
「しゃ! しゃ!(妾のは!? 妾にはないのか! 妾もお揃いがいいぞ)」
クモちゃんがぴょんぴょんと飛び跳ねながらアピールする。クモ用の外套は流石に無いだろう。
「あるよー」
「あるんかい」
ニナは魔袋から紐付きの布のようなものを取り出し、クモちゃんに被せて紐で結びつけた。お揃い……か?
「しゃ!(うむ、満足だ!)」
ぴょんぴょんとさらに飛び跳ねるクモちゃん。本人が満足ならそれでいいか……。
「じゃ、行くか。なんか目印みたいなものがあるのか?」
「うん、見れば分かるよ」
とことこと歩き出すニナとクモちゃんについて俺も歩き出す。彼女達の目ならば目印が見えているらしいが俺にはさっぱりである。
熱砂を踏みしめながら進むと、俺にもようやく何かが見えて来た。陽炎のように揺らめいていて分かりづらいが、確かに何か建造物のようなものがある。
「……」
やたら精巧な狐の石像だった。神社とかにあるアレを滅茶苦茶リアルにした感じだ。
「村の人たちが折角だから目印にしようって、村で3年以上かけて作って、二週間かけて運んで来たんだって。書いてある」
「……へぇ」
「しかも次の迷宮入り口まできっちり1kmおきに置いてあるの」
「しゃ(それは凄い、便利だな)」
「……ほー」
「さらに一体一体もちろん手作り、よく見るとみんな表情もポーズも違う」
「……いや、暇人かよ!」
途中までは我慢しようと思っていたのだが、とうとう突っ込んでしまった。いくらなんでも暇人過ぎるだろう。こんな下層まで来てマッピングして石像つくって持ってくるとか。
「……というか、この広さ的に見て迷わせることが目的の階層だよな、コレ。完全攻略されてるじゃねえか。ゴールが丸分かりなんだが」
「ん? そんなこともないよ」
「え?」
石像をしげしげと見ていたニナが唐突に手に魔力を込めた。それと同時に俺たちの周囲の砂が巻き上がる。
「ここの本質は……」
地中から飛び出して来たのは、外套を纏った人間。
「超戦闘能力のホムンクルスと超長時間に渡って超過酷な環境で戦い続けること、って書いてあった」
人間にしか見えないホムンクルスが外套を脱ぎ捨てると、彼らは揃って刀を抜いた。




