第二十七話 亡者の大蛇
「あぁあああああああああああああァン!」
大蛇の八つ首、正確に言えば一つ一つが死体の集合体だが、それらが一斉に絶叫しながらのたうちまわる。汚泥を飛び散らせながら狭い穴の底で縦横無尽に暴れ回るそれらを俺たちは必死で避ける。
「きっついな!」
一つ一つの首を避けるのは難しくない。だが、問題はその数。8本の首が凄まじい速度であらゆる方向から襲ってくる。
「焰槍!」
ニナが直撃しかけた首をなんとか炎の槍で軌道をずらして避ける。だが、軌道はずらせても大蛇にダメージは無いようだ。むしろより活動的になり暴れ回る。
「しゃしゃ(マズいな)」
クモちゃんも同様に毒の球体を浮かべながらクモらしく素早く首の猛攻をかいくぐっているが、決定打を与えるには至っていない。汚泥と毒は相性が悪いらしい。元が死体である以上毒が効かないのも当然だ。
「しゃー!(もっと一瞬で溶かしつくせる溶解液とかがあればな! 妾も活躍できたものの!)」
「いや、どうだろうな……!」
一応、俺の斬撃は通っている。すれ違いざまに澱みで作った太刀で斬りつければ確かに切断できる。だが、すぐに断面がくっついてしまうのだ。斬り飛ばしても同じですぐに汚泥は取り込まれて元に戻ってしまう。水を斬っているような感覚だ。
そして、斬り飛ばすたびに絶叫される。
「あぁあああ! いやだいやだいやだぁ!」
「母さん! たすけて!」
「どうして! 同じ人間なのに! どうして!」
これは酷い。
俺は何とも言えない気持ちになりつつ、斬り続ける。
「しゃ(そこで手を止めないあたりが容赦ないな)」
「いや、だって襲ってくるんだししょうがないだろ……」
生憎と敵にまで情けをかけている余裕は無いのだ。そもそも死体だし、いくら斬っても復活するし。
「ぎゃぁあああ!」
「死にたくないぃ」
「この人でなし! 人でなし! 人でなし!」
「……で、なんか対処法無いかなお姉様」
ニナは絶叫を完膚なきまでに無視する俺に若干引いていた。
「びっくりするぐらい自然にスルーするね……んー、まあ……とりあえずこの敵は魔力が本体……みたいなんだよね。ステータス鑑定に引っかからないのもそもそもエーテルだからなんだと思う」
魔力が本体。
つまり、魔力によって死体達を一つの蛇として構成しているということになるのか?
「そういうこと。魔力感知にはしっかりひっかかってるから間違いないよ。でも……」
「魔力の塊をどうするか、か」
魔法は通用しない。むしろ、相手が魔力そのものである以上、魔法は逆効果となる。
毒は通用しない。毒は魔力に干渉できない。
物理攻撃は通用しない。相手に実体がない。
「どうしろっていうんだよ……ッ! って、あぶねえ! 共鳴!」
攻略法の見えない敵に対し、思考が止まりかける。そんな俺たちを狙うかの様に数本の首が上から叩き付けられる。
俺は咄嗟に共鳴を5回分一気に発動し、澱みの刃で全てを切り落とした。ボチャボチャと地面に死体が落ちて、また大蛇本体に吸収されていく。もちろん、怨嗟の声を叫びながらだ。
「しゃ、(すまんな、主殿)」
「ごめんね、助かった」
2人が俺に礼を言う。クモちゃんは即座に毒と糸を周囲に展開させて防戦体勢に入っていたが、ニナは何か考え込み始めた。
なにかに気づいたのか? 俺はニナを庇うように立ち回り、思考の邪魔をしないようにする。
「……なんでユキトの攻撃は効くんだろう」
「え? いや、切断しても結局合体されてるから……」
意味は無い、と言おうとした俺をニナは遮る。
「うん、そうなんだけど……一瞬だけど斬られたあと、魔力が弱まってるの。すぐに周囲からエーテルを吸い上げて回復してるんだけどね」
ということは、斬り続けて周囲のエーテルを枯渇させることが出来れば倒せるのか?
「それは無理かな。エーテルって空気みたいなものだから。ものすごく長期戦になる」
「どのぐらい?」
「一ヶ月ぐらい」
「無理」
「でしょ? そもそもエーテルって無尽蔵に湧くからね、で……ユキトの攻撃は確かに効いてはいるんだよ」
そうなのか。
確かに、ニナやクモちゃんの攻撃では傷つくことも無い。切断できているのは俺の攻撃だけだ。正確に言えば……。
「しゃ(澱みか。流石ニナ嬢だ、よく気づく)」
クモちゃんはいつの間にかそばに戻って来ていた。気づくと敵の攻撃が緩慢になっている。よく見ると、大量のクモの糸が張り巡らされて大蛇の動きを妨害していた。イケメンか。
「そう、多分澱みから作った魔力だからエーテル製の魔力に干渉できてるんだと思う」
「なるほどな、でも回復されるんだろ?」
「うん、でもね、エーテルを魔力に変換してる器官がある。一部だけ気配感知に引っかかってるの。……基本的に私たちから遠ざかるように体内を移動してるんだけどね。あそこなら私の魔法も効きそうなんだけど……」
コアがあるということか。そこさえ狙うことが出来れば良いのだが、体内を動き回られてはどうしようもないだろう。なにせ8本も首がある巨体だ。
いや、待て。何か思いついた気がする。
緩慢に襲ってくる蛇の首に向けて俺は駆け出す。
「ユキト?」
「試したいことがある! 情緒纏綿!」
刀のスキルを発動し、澱みでできた刀身部分をより長く形作る。だいたい3メートルほどだ。若干ではあるが、体内にあった魔力のようなものが多く持っていかれた気がする。
「せいっ!」
そして、実際の刀身部分は当てず澱みの部分だけで叩き付けた。蛇の頭が斬り飛ばされてぼとりと落ちる。
「……なるほど!」
「何か分かったの?」
「あぁ、今、俺は刃を作らなかった。切れ味ゼロのただの澱みの塊を叩き付けたのに切断できた。どういうことかわかるか?」
「……切れ味が必要ない? 澱みに当たるとそれだけで壊れちゃってるってこと?」
「そういうこと。だったら刀の形である必要なんてないんだ! コアが逃げるんなら逃げ場を無くしちまえば良い! クモちゃん、アイツの動きを止めといてくれ! ニナは焰槍をいつでも撃てるように!」
「……? うん、分かった」
「しゃ?(ふむ? うむ)」
2人は不思議そうな顔をしているが、俺には考えがあった。クモちゃんが辺りに糸を張り巡らせて大蛇の動きを抑え込んでいる間に、俺は短刀に魔力を全力で込めていく。
情緒纏綿というスキルは澱みを刀身に纏わせ、刀身を伸ばすスキルだ。
しかし、澱みの刀身の造成にはある程度自由度がある。澱みを集束させれば鋭利になる。澱みを大量に流し込めば巨大な刀身になる。
「情緒纏綿……」
澱みが細い太刀のような形になる。光を全て吸い込むような黒。今までに無く鋭利な状態だろう。
そう、例えばなのだが、最大まで鋭利にした状態でさらに魔力を込め続けたらどうなるだろう。普通ならばそこからはより澱みの刀身が大きくなっていくはずだ。
だが、そうしなかったら。
「圧縮!」
行き場の無くなった魔力というか、澱みはどんどん圧縮されていくはずなのだ。
「う、おお……ッ!」
一瞬でも気が逸れたら刀の形を保っていられない。澱みを力尽くでコントロールするのは今までとは難易度が段違いだ。
「集中、集中だ!」
全神経を刀に注ぎ込む。見えない殻で刀を包み込むイメージ。刀の形をしていなくてもいい。何重にも、何重にも殻を重ねて、とにかく圧縮された澱みの塊を作り出す。
俺は激しく暴れ回って糸の拘束を解こうとする大蛇に向けて駈け、八つ首の付け根に向けて歪な刀を突き出した。ぶすり、と抵抗無く奥まで突き刺さる。
「いやぁああああああ!」
「やだよぉおおおおお」
「くそ! くそ! くそ!」
さて、圧縮され続けた澱みを突然解放したらどうなるだろう。鋭利さをゼロにして、つぎ込んだ澱みをすべて「巨大さ」に振り分けたとしたら。奴は澱みに触れるだけでダメージを受ける。なら、体内から澱みがそれこそ、爆発したとしたら。
「お前なんか人間じゃない! 人間の敵!」
「鬼畜! 信じられない! 悪魔!」
「ありえないありえないありえないぃ! どんな神経してんだァ!」
死体達の耳障りな絶叫で鼓膜が裂けそうになる。
耳が痛いが、それだけだ。
「情緒纏綿、解放!!!」
無理やり圧縮されていた枷を外されたことで、澱みで出来た刀身が太刀という形を失い爆散する。本来ならば数十メートルの刀身になるはずだった澱みが大蛇の身体の中で行き場を求めて吹き荒れる。
澱みによって無理に干渉されたエーテルの魔力の塊、つまりは大蛇の身体が弾け飛ぶ。
汚泥が地面にあったものまで全て吹き散らされて壁に叩きつけられ、丸くて白い塊のようなものだけが何も無くなった地面に落ちる。慌てたように吹き散らされた汚泥が集まろうとするが間に合わない。
「ニナ!」
「うん! 焰槍!」
ニナの放った炎の槍が白い塊を貫いた瞬間、あれだけうるさかった汚泥がただの泥になった。ぽとり、と魔石のようなものが残る。
「……ユキト……」
「ん? どうした?」
「……今、澱みを操ったの武器のスキルじゃないよね……?」
「え、なんかおかしなことやった?」
なぜかニナは俺のことを眉をひそめて見ていたが、パタパタと手を振りながらなんでもない、と言った。
なんだろう、もしかして俺なんかやっちゃいました?
そう思って首を傾げた途端、ぐらりと視界が歪んだ。
ごっそりと何かが持っていかれた感触。虚脱感に教われる。
「あ、やべ」
「……ユキト!?」
「しゃー!(主殿!)」
そして、俺はまた気を失った。何回この迷宮で気絶すれば良いんだ。




