第二十六話 第103階層:死霊回廊
「浄化!」
ニナが唱えた聖魔法がアンデッド達を浄化していく。俺も負けじとゾンビのように両手をゆらゆらさせながら襲ってくるアンデッドを切り伏せていく。
いろいろあった昨日とは一転、俺たちは死霊回廊を突き進んでいた。正直なところ、アンデッド達はかなり弱い。ただ……。
「なんつーか、アレだな。露骨」
「そうだね」
「しゃ(うむ)」
このアンデッド達、何故だか知らないが妙に生前の姿を維持しているのだ。挙げ句の果てにぶつぶつと何かを呟いている。
「生ぎたい……じにだくない……」
「キャロル……父さんは……」
「だすけて……」
なんと言うか、精神攻撃されている気分になる。いくら斬り殺したところで忌避感は例の「人が殺せるスキル」の効果で別に感じないが、気分は良くない。
「これ、俺みたいにスキルが無かったら結構キツいんじゃないの?」
「だろうね……病む人もいるかも。ラッキーだったね、ユキト」
「ラッキーって……まあラッキー……か?」
人を殺しても忌避感を感じないスキル。確かに今はラッキーだが、今後どう影響するだろうか。
「まあ、この階層はさっさと突破できそうで良かったよ」
「しゃ(そうだな。見ろ。もう次の階層の入り口が見えている)」
クモちゃんに言われて遠くを見ると、確かに朧げながら穴のようなものが見えた。
「クモちゃん、目いいな……」
「しゃしゃ!(伊達に8つあるわけではないぞ!)」
「別に8個あるから遠くまで見れるわけじゃないような……」
ニナが少し呆れたようにため息をついた。
その様子は今見れば少しオデットに似ていた。
「しゃ!?(クモ界では定番ギャグなのにマジレスだと!?)」
知らねえよ。そもそもクモ時代念話使えなかっただろ。
「で……次の入り口が見えるってことはボスエリアがあるってことだよな? 何か攻略本に書いてある? ……うぉっ、情緒纏綿!」
ニナに地図を出してもらおうとしたところで物陰から飛び出したアンデッドに飛びかかられる。即座に短刀から澱みを放射するようにして吹き飛ばす。
「うーん、ちょっと敵が多すぎて地図を出す余裕無いかも……浄化!」
「困ったな……」
「しゃ?(うむ、なら任せておけ)」
俺たち2人が無限に飛び出してくるアンデッドの対処に辟易しているとクモちゃんが前に出た。
「クモちゃん?」
「しゃしゃ(要は落ち着いて話せる場所があればいいのだろう? なら簡単だ……)」
クモちゃんの周囲の空気が一変する。ぽつぽつと空間に白い液体が浮かびはじめ、徐々にそれが大きくなっていく。突っ込んできたアンデッドがその球体に当たると、ジュウジュウと肉が焼けるような音とともに身体が溶けていった。もしや、これは酸性の毒か。
そして、白い球体はそれぞれが細い糸のようなもので結ばれていき、俺たちを包み込むドームのようになった。
「しゃ(アラクネの領域。……これなら、アンデッド共にはジャマされないだろう?)」
「かっこいい……惚れそう……」
「ユキト!?」
クモちゃん(生後推定一週間)は最高にイケメンだった。本気で惚れるところだった。と、思っていたらなぜかニナが衝撃を受けている。耳がピーンと立っている。
「私に足りないのは……クール成分……!」
「いや、ニナはそのままで良いと思います」
「しゃ(そうだな)」
「え、そう? うーん、そっかぁ」
へにゃ、と垂れる狐耳。可愛いのでクモちゃんと2人で撫でる。
「なんでー! 私最年長なのになんでー!?」
撫でさせまいと暴れるニナを羽交い締めにし半ば無理矢理頭をなで回していると、諦めたのかニナは魔袋から地図を取り出した。これ幸いと俺とクモちゃんはニナの耳を片方ずつ弄くり回す。
「……とりあえず、相変わらずボス部屋については何も書いてないね」
ニナは完全に諦めている。もうこうなればやりたい放題だ。禁断の耳の内側もいじくらせてもらうとしよう。
「ふきゅっ……ボス部屋はあの穴の底にあるみたい……ふにゃ……だから、とにかく……ひぃい!? ちょっと、黙ってるからってなんでもやっていいってわけじゃないんだよ!」
怒られた。
**
さて、俺たちはそれからある程度の情報を確認し、地下へと続く垂直に空いた大穴を降りていた。大穴の側面の壁に沿うように階段がついており、底まで螺旋状になって続いている。降りる分には安全で良いが、底でボスと会敵した場合逃げるのは難しそうである。悪趣味な設計だ。
「穴に近づくにつれて敵がいなくなったね……」
「そうだな……」
だいたい妙に楽な時は裏がある。俺たちはこの10日ほどでそれを身にしみて実感していた。
20分ほど降下しようやく底につく。黒い汚泥にまみれた地面を踏みしめながら中央に向かうと、いつものとおり青色に鉱石が輝いた。
「……気配感知は反応してないけど、魔力感知が反応してる。来るよ」
ニナが耳をアンテナのようにピンと立てて周囲を見渡す。
ニナの警告から間髪入れずに汚泥が一カ所に集まりはじめた。そして、ぐちゃぐちゃとおぞましい音を立てながら何かの形を取る。
8つ首の蛇。そんな印象だった。身体の表面は汚泥がずるずると這い回っている。
「……しゃ(随分と悪趣味だな、ここの設計者は)」
クモちゃんが辛辣な口調で吐き捨てる。
ニナも同様に苦々しげな表情をした。
「これは……死んだ人への冒涜だよ」
よく見れば、汚泥だと思っていたものは人間のような形をしていた。腕も足もばらばらにくっついているが、かろうじて這いずり回ることでその姿形を主張している。
「死体でできた八岐大蛇……!」
本当に悪趣味だ。気配がないのは死体だからか。
「浄化!」
ニナはすでに動いている。彼女の手からうっすら輝く霧のようなものが吹き出して大蛇に直撃する。
「あぁあああああああああ!」
「いだいいだいいだいいだいいだい」
「いやだぁあああああああああああああああああああ」
大蛇が霧に触れると同時に絶叫が響き渡った。びちびちと汚泥が飛び散り、触れた部分の死体の顔が絶叫を上げている。
「……ッ、うるさっ!!」
縦穴の底であることも関係し、絶叫が反響する。凄まじい音量に鼓膜が破れそうだ。
「……しかも、たいして効いてない……むしろ活性化してる!」
ニナも両手で耳を抑えながら、困ったような顔をする。
浄化魔法が効かない。アンデッドであるなら魂に干渉して確実に昇天させられるのだが、もしやこの大蛇はアンデッドではないのか。咄嗟に鑑定スキルを発動する。
「鑑定!」
『対象がありません』
「対象が……ない?」
鑑定ができない。
浄化も効かない。
退却も出来ない。
俺たちは、かつてないほどの窮地に立たされたのであった。




