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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第二十四話 軽蔑

「しゃしゃ(頭は冷えたか?)」

「あぁ……」

「うん……」


 クモちゃんが喋った。


 正確には念話だが、出会って六日で話せるようになるとは。

 あまりの驚きに俺たちは呆然としてしまい、喧嘩していたのにすっかりしらけてしまった。


「しゅー(あのアラクネレプリカを食って進化してから知性が芽生えてな。この一晩練習したら話せるようになったというわけだ。うむ。妾もなかなかだろう? 主殿)」


 多分人間だったらドヤ顔をしているのだろう。

 しかし、念話は簡単なスキルとは聞いていたがこんなにも楽に取得できるものなのだろうか。不思議である。


 いや、もしかすると俺と共鳴できるようになったからか。俺の所持スキルは取得しやすいのかもしれない。


「……それで、喧嘩の仲裁に?」

「しゃ!(うむ、そうだ! お主らの仲睦まじい様子は見ているのが妾は好きだ。言い争っているのを見るのも悪くない。だが、今のは駄目だ。お互いに隠し事をしているのは良くはない。信頼関係が崩れてしまうだろう?)」


 ごもっとも、である。

 つい先週まで赤子だったクモちゃんに説教されるとは。


「……いや、俺は隠しごとなんてしてないよ。俺が不機嫌なのは人っぽいものを斬ったからだ」


 だが、俺は隠し事をしていると認めるわけにはいかない。

 人を殺しても何とも思わないという事実を露呈させるわけにはいかないのだ。


「しゃしゅ(それはないな)」


 しかし、即座にクモちゃんに否定された。


 ニナも頷く。そういえば、彼女には何か他の理由があると感づかれていたか。


「しゃしゃ(ニナ嬢も気づいていたがな、それは決して主殿が苦しんでいる理由ではない。……そうならなぜ、アラクネを食った妾を軽蔑しない、忌避しない?)」

「あ……」


 そうだ。

 俺は、クモちゃんがアラクネの死体を食べる姿を気分がいいものではないとは思ったが、忌避はしなかった。止めなかった。


「しゃしゃしゅ(普通なら止めるはずだった場面だろう、あそこは。妾にとっては仕留めた獲物を食うことは自然だが、お主が人間なら……止めるべきであった。だが、しなかったということは主殿はアレを人間と見なさなかったか、心が動いていなかったのだ)」

「……」


 クモちゃんの言葉は正しい。


 俺は俯いてしまう。同族殺しを何とも思わない、なんて軽蔑されて当然だ。俺は、ニナに軽蔑されることを恐れていた。

 だが、そもそも喧嘩してしまってはいずれ仲違いすることになっただろう。


「……しゃ(主殿はおそらく、同族を、人間を殺せる人間なのだ。だが……その事実に気づいて苦しんでいたのだろう。自分は異常だと)」

「……そうだ」

「しゃしゃ(ま、妾は生まれた時から同族同士で食い合っていたからな。よく分からない感覚ではあるが……ニナ嬢には分からないのだろうな?)」


 話を振られて、ニナの尻尾が揺れるのが見えた。


「そう、だね。私も同じ狐を殺すってなると躊躇する」

「しゃ(だろう? おそらく主殿はニナ嬢に軽蔑されるのを恐れたのだ。だから隠そうとしたのだろうな)」

「バレバレかよ……」

「しゃ!(まあ、伊達に目が8つもあるわけではないからな!)」


 苦笑すらできない俺に対し、クモちゃんはぶんぶんと前足を振り回した。随分と元気なことである。

 一方でニナは慌てたように弁明する。


「そんな、私はそんなことで軽蔑なんて……」

「……本当か? 同族殺しだぜ」


 そう言うと、ニナは押し黙った。しばらくして、口を開く。 


「……そうだね、ただそれだけを聞いたら軽蔑するよ」

「……」

「だけど……私、ユキトが優しい人だって知ってる。心も読めるし、そんなユキトが嘘じゃないっていうのも知ってる。だから、何か理由があるんだって思う」


 驚いて顔を上げる。

 何か理由があるという発想は無かった。完全に自分がおかしいのだと考えていた。


「理由……」

「うん。多分だけど……ユキトのスキルで効果が分かってないスキルがあるでしょ。ソレの効果なんだと思う」


 効果が分かっていないスキル。

 そうだ。神聖の拒絶と、もう1つ。


「人間からの乖離……」

「しゃ(そんなスキルがあるのか? じゃあ間違いなくソレの効果で人間を殺すことに対する抵抗感を無くされているのだろうな)」


 そういえばクモちゃんは鑑定スキルを持っていないのであった。


 確かにこのスキルはそういう効果があってもおかしくない。

 俺は人間から忌避される残滓であり、人間に対抗するための抵抗感を無くされていてもおかしくないのだ。


「……そういう、ことか……酷いスキルだな」

「……うん、そうだね。でも……」

「あぁ、安心したよ」


 これは自分の性質ではなかったのだ。自分の心が壊れているわけではなかったのだ。

 そのことに安心する。


「しゃしゃ!(ま、妾が正直なところ主殿に軽蔑されるところだったからな! そのスキルのおかげで助かったぞ! お仲間だな!)」

「うーん、口調の割に案外お調子者だな……」

「……」


 頭をかきながらクモちゃんの性格に半ば感心していると、ニナは反対に表情を暗くしていた。


「……ニナ」

「……私は……」

「しゃ(そうじゃな。ニナ嬢の隠し事については全く妾も分からん)」


 ニナはしばらく目を瞑っていた。悩んでいるようにも、後悔しているようにも見えた。

 そういえば、迷宮にはいってからニナはずっとこんな顔をしている。

「話した方が楽になることもあると思う」なんて、言うべきではないのだろう。

 今だから分かる。多分、ニナも同じなのだ。


「……あのね、私、多分2人には軽蔑されると思う」


 軽蔑されるようなことがあるから言えない、その気持ちがよく分かる。


「悪かった、ニナ。無理なら言わなくても……」


 しかし、ニナは首を振って拒否した。


「ううん、いいんだ。これで軽蔑されてもそれは私の責任。これは……私の150年分の……責任、ううん、罪だから」

「ニナ……」


 そして、ニナは話しだす。

 おそらくは、今まで隠していた自分の過去を。


「私は……私は、150年、人間が死ぬのを眺めてきた。断片が落ちてくるのが楽しみだった」

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