第二十三話 異常
更新遅くなりました。明日からは通常更新……のはず。
階段を下りた先は小部屋になっていた。
「これは……」
俺は思わず、驚きに声を上げる。
小部屋と言っても、そこは101階層で見た土の壁のただの穴蔵ではない。
「ベッドもあるし椅子もある……」
そこは、古ぼけた洋館の一室のようだった。
薄暗いながらもランタンが揺らめいており、様々な調度品が置かれている。ベッドに椅子、さらには蓄音機のようなものまであった。
驚く俺に対し、ニナは納得したように頷いていた。
「たまに迷宮から椅子とか毛布とか持って戻ってくる人がいたけど、ここから持って来てたんだね……」
「あの村人達にかかると迷宮ですら家具屋扱いか……」
俺は呆れつつも、とりあえずベッドに腰を下ろした。周りに敵の気配はない。クモちゃんは部屋の隅に巣を作りはじめていた。
「とりあえず、いつもの攻略本を見てみよう」
「うん」
ニナも俺の隣に座り、魔袋から地図を取り出した。2人で並んで読み出すと、クモちゃんも巣を作るのを中断して俺の頭の上にのぼって覗き込んだ。
『第103階層:死霊回廊
洋館が乱立する墓場。最深部には螺旋状になった地下に続く階段がある。
上層で死んだと思われる冒険者のアンデッドが徘徊している。
洋館の中の調度品は修理すれば使えなくもないので回収推奨。開始地点の洋館は除霊済み。拠点として有効活用されたし』
「冒険者のアンデッド……」
苦い表情になる。アンデッド、つまりゾンビなのだろう。元人間というのはやりづらいものがある。
「死んで迷宮に吸収されたあとにこの階層で再利用されてるってことみたい。……あの、ね。……人型はやっぱり抵抗ある?」
ニナがこちらを慮るような表情で俺を見た。
先程のアラクネを食うクモちゃんのことを見ていた俺の反応を気にしているのか。
だが、アンデッドは死体だ。それに、アラクネにとどめを刺したのも俺だ。
「……いや、問題ないよ」
俺は軽く手を振って、大丈夫だと意思を示した。しかし、ニナの表情はより沈痛そうになった。何をそんなに不安そうにしているのだろう。
「……駄目そうなら私が担当するから」
「……いや、そんなことには……」
ニナは俺の頬に軽く触れ、言葉を遮った。
「ユキト、今日は休も。アラクネを倒してから……顔色、真っ青だよ」
「え?」
思わず顔を上げ、ニナと目が合う。そういえば、アラクネを倒してから彼女と目を合わせただろうか。
ニナの吸い込まれるような亜麻色の目が、俺を見据えていた。
その瞬間、数十分前の光景がフラッシュバックした。
切断されたアラクネの上半身。
いや、俺が切断したアラクネの上半身の断面から零れる赤と紫の臓器。
生々しいそれは、ボドボドと毒の池に落ちて異臭を放っていた。
俺は、ソレを見て。
ソレを、見て——。
「……う、ぷ」
吐き気がした。
「……大丈夫、私がやるから、ね」
ニナが優しく俺の背中をさする。そして、そっと俺をベッドに横たえた。クモちゃんも心配そうに俺の周りをちょろちょろ走り回っていた。
「……ごめん」
「いいんだよ、お互い様だもん」
俺は、ゆっくりと目を瞑る。
何度も何度もフラッシュバックさせる。
何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も。
それが、おぞましいと思えるまで。
間違ったことなのだ、と思えるまで。
「……ごめん」
そうだ。
俺はあのとき、人に近いものを斬り殺したことに何のためらいも後悔もなかったのだ。
顔色が悪かったのは、死体を見たせいじゃない。
自分が異常であるという事実に、無意識に気づいていたからだ。
それでも気づかずにいようと、意識をそらし続けていたからだ。
普通なら、抵抗感があるべきじゃないのか。
普通なら、人間の上半身そのものをぶった切れるものか。
そんな自分に、吐き気がした。
人間として正しくない自分に吐き気がした。
**
翌朝、といっていいのかは分からないが、とにかく目は覚めた。
この階層は常に暗いので時間の概念は分からないのだ。
「おはよ、ユキト」
ニナはすでに起きていて、ベッドに腰掛けて尻尾の毛繕いをしていた。クモちゃんは爆睡している。よく見ると部屋の隅に立派な蜘蛛の巣が出来ていた。
「……おはよう」
自分でも驚くぐらい暗い声が出た。
「体調、どう? あんまり良くないならしばらくここで休もうか? ずっと動き通しだったし……」
ニナが自分を気づかってくれるのは有り難いし、嬉しかった。
だが、そうそうここで止まっているわけにもいかないだろう。
俺たちは上層に戻ることは出来ない。オデットによって下層への侵入を阻むために張られた結界は、俺たちが上層へ戻ることも同じく阻んでいるからだ。
「大丈夫、進もう」
「……本当に、大丈夫? 食料の量なら心配しなくて良いんだよ、結構早いペースで進めて来れてるし……」
「大丈夫だって言ってるだろ!」
思わず強い口調になってしまった。ニナは悪くないのに自分だけイライラして、一体何をしているのか。
「あ……ごめん……」
「いや……俺の方こそ、ごめん……」
驚いた表情の後、しょんぼりとするニナ。尻尾は3本とも縮こまるように垂れ下がり、悲しそうな表情で出発の用意を始めた。しかし、少し逡巡した後口を開く。
「……何か、話したくなったら話してくれていいから」
「……心、読めるんだろ」
駄目だ。ぎすぎすしてしまって上手く話せない。こんなつもりじゃないのに。
「読めるけど、極力使わないようにしてるから……でも、ただユキトがなにか苦しんでることは伝わってくるから。だから……」
「ニナだって……俺に何も話してくれないだろ」
「っ、それは……その……」
ニナの表情はくるくると変わる。後悔しているような、ためらっているような、哀しんでいるような。
「ユキトには……分からないよ」
ガツン、と来た。
だが、俺がそれでカチンとくるのはお門違いだ。
自分だって、同族に近いものを殺しても何も思わないことを知られたくないがために隠しているのだから。
だが、苛ついている今は言葉を止められない。
故に、決定的に壊れてしまいそうなひと言を言いそうになる。
「あぁ、そうかよ! だったら……ぐぉっ!?」
「わぶ!?」
言いそうになったところで、顔面に白い何かを叩き付けられて息が詰まった。ニナも同様に何かを顔にくらったらしい。
「な、なんだこれ!?」
「べ、べたべたする」
もごもごしながら叫んだところで、聞き覚えの無い声がした。いや、聞き覚えはあるのだが。
「しゃ(そこまでにしておくのが良いのではないか、主殿、ニナ嬢。頭を冷やせ)」
鈴を転がすような少女の声が頭の中に直接響いてくる。
顔から粘着質の物体をどうにか引きはがしながら声、いや、念話の飛んで来た方向を見ると、やれやれというジェスチャーをしながらクモちゃんが鎮座していたのであった。




