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NEURON STAR  作者: リンダ


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あとがき

あとがき


『七十年のノクス』は、世界が終わるかもしれないという物語でありながら、最後まで「終末そのもの」を描くことを目的にはしませんでした。


この物語で描きたかったのは、終わりが見えた時、人はどう生きるのかということです。


あと七十年。


短いとも言えますし、長いとも言えます。


一人の人間の人生に近い時間であり、子どもが老人になるほどの年月でもあります。社会制度を変え、技術を生み出し、新しい都市を造り、世代を交代させるだけの時間があります。


しかし、太陽系を壊しかねない巨大な天体へ対処するには、決して十分すぎる時間ではありません。


物語の最初、人類はノクスを恐れました。


その恐怖は当然のものでした。太陽から〇・二天文単位という距離を通過し、地球だけでなく太陽系そのものを大きく破壊する可能性がある。そんな未来を知れば、誰だって逃げる方法を考えます。


だから人類は方舟を造り始めました。


けれど、そこですぐに別の問題が生まれます。


全員は乗れない。


では、誰を乗せるのか。


若い者か。


健康な者か。


技術を持つ者か。


家族単位か。


一人ずつ選ぶのか。


障害や病気を抱える者はどうするのか。


未来を救うためという言葉が、いつの間にか「誰に未来へ行く資格があるのか」という危険な問いへ変わっていきます。


ミラ・セデックがこの物語で重要な存在になったのも、その問いに対する一つの答えを担ったからでした。


先天性心疾患を抱え、継続的な医療を必要とする一方で、卓越した知性を持つ少女。


彼女を乗せれば医療資源を使う。


しかし、彼女の知見が人類を救う可能性もある。


そこで重要だったのは、結局「役に立つから救う」という結論にしなかったことです。


人の価値を有用性だけで決め始めた瞬間、方舟は未来を救う船ではなくなってしまいます。


この問いは、やがてSEEDへも向かいます。


人間が作った人工知性。


危険な場所へ送るために作られた探査機。


最初は番号で呼ばれ、任務が終われば失われることを前提とされた存在が、自分の名前を求める。


秘密を持つ権利を求める。


怖いと語る。


自分が本当に自分なのかを問う。


リュミエールが二人へ分かれた時、この物語は「コピーされた記憶が同じなら、同じ存在なのか」という問題へ進みました。


そして、その答えも完全には出していません。


オーブとリュールは、同じ過去から分かれた別々の存在として生きることを選びました。


これは、この物語全体に流れている大きなテーマの一つでもあります。


答えが一つとは限らない。


同じ出来事を経験しても、違う未来を選んでよい。


その考え方は、アシャ一家にもつながりました。


一度は方舟へ乗ることを望み、家族が分かれることを恐れ、ようやく一家三人で搭乗できる可能性を得た。


しかし最後には、自分たちの意思で地球へ残ることを選びました。


ここで大切なのは、彼らの選択を「勇敢」として特別扱いしなかったことです。


ナイラの言葉にある通り、乗る人も残る人も怖い。


方舟へ乗ることが勇敢で、残ることが臆病なのでもない。


残ることが立派で、旅立つことが逃げなのでもない。


自分の人生を自分で選べること。


それこそが、七十年間の中で人類が取り戻した大きなものだったと思います。


そして、この物語は途中から大きく姿を変えていきました。


ノクスは、本当に「怪物」なのか。


最初、人類にとって答えは明白でした。


文明を滅ぼす天体。


止めなければならない敵。


ところが詳細な観測によって、ノクス内部に複数の核が存在することが分かります。


N1。


N2。


N3。


N4。


N5。


N6。


そしてN7。


それぞれの反応が違う。


太陽へ行きたい者。


空腹を恐れる者。


群れから離れることを怖がる者。


眠れば消えるのではないかと不安になる者。


そして、他の核の判断に反対するN7。


その瞬間から、ノクスは単なる天体ではなくなりました。


特にN5の「空腹」という感覚は、この物語の方向を大きく変えています。


ノクスは恒星を憎んでいるわけではない。


文明を滅ぼしたいわけでもない。


生きるために食べている。


もちろん、だからといって太陽を食べさせるわけにはいきません。


地球を守る必要はあります。


しかし、「悪いから倒す」という単純な構図ではなくなります。


生きるために他者を傷つけてしまう存在と、どう共存するのか。


それは人類自身にも返ってくる問いでした。


人類も、生き残るために危険を別の方向へ押しつけようとしました。


ノクスのジェットを「誰もいないはずの場所」へ向けた。


しかし、そこにはアンブラがいた。


あの場面は、この物語でも特に重要な出来事の一つです。


「誰も観測できない」


と、


「誰もいない」


は同じではありません。


人類は、自分たちの観測能力を宇宙そのものの限界と勘違いしていました。


アンブラの存在は、それを突きつけました。


そして彼らの、


「意図は被害を消さない」


という考え方も、この物語を象徴しています。


悪意がなかった。


知らなかった。


他を守るためだった。


それでも、危険を向けられた側には被害がある。


だから、人類とセラトはジェットを止め、別の方法を探しました。


そこで生まれたのが「星の雨」です。


一本の巨大なジェットとしてエネルギーを捨てるのではなく、二百四十万の小さな放出口から、宇宙全体へ薄く分ける。


集中から分散へ。


これはアンブラという文明そのものの考え方でもあります。


そして後半のPROJECT ANCHORにも、その思想が引き継がれました。


一つの巨大な力でノクスを押すのではなく、何百万、何千万という小さな重力源が、ほんのわずかずつ力を加える。


一つでは何もできない。


百万でも変化は小さい。


それでも何十年と続ければ、〇・二天文単位だった未来が、三百天文単位以上へ変わる。


これは、おそらく『七十年のノクス』という作品そのものを最も象徴する構造だったと思います。


人類を救ったのは、一人の英雄ではありません。


一発の超兵器でもありません。


方舟だけでもありません。


ミラだけでもない。


N7だけでもない。


SEEDだけでもない。


人類。


セラト。


アンブラ。


過去文明。


人工知性。


そしてノクス自身。


それぞれが少しずつ違う役割を担った。


だから、最後にN7一人へ十九年間の監視を背負わせない展開も必要でした。


「疲れた」


「眠りたい」


あの言葉をN7が口にした時、PROJECT LULLABYは技術的には成功していても、仕組みとしてはまだ完成していなかったのだと思います。


誰か一人が倒れるまで支え続けなければ成立しない仕組みは、本当の意味で持続可能ではない。


そこでKEEPERが生まれます。


MORNING。


EVENING。


TIDE。


EMBER。


七十二時間ごとに交代する知性たち。


一人が永遠に頑張らない。


誰かが疲れたら、別の誰かが引き継ぐ。


それは巨大宇宙SFの中にある、とても日常的な考え方です。


休んでいい。


全部を自分一人で背負わなくていい。


この考え方が、最終話のミラとN7の会話へつながりました。


「疲れてない?」


「やりたいことはなんかある?」


最終話で、ミラがN7へこの質問をする場面は、七十年間の物語の到達点です。


それまで人類はN7へ、何をしてほしいかばかり求めてきました。


止めてほしい。


眠ってほしい。


太陽へ行かないでほしい。


他の核を抑えてほしい。


熱の井戸を動かしてほしい。


ずっと「人類が助かるために、あなたは何ができるか」という問いだった。


最後になって初めて、


「あなたはどうしたい?」


と聞く。


そしてN7は、


「遠くを見る」


「話す」


「他がいると伝える」


「眠る」


と答えます。


七十年前のノクスには存在しなかった未来です。


恒星を見れば食料だと思っていた存在が、最後には「見るだけ」と言う。


他のノクス型天体へ「他者がいる」と伝えようとする。


PROJECT BEACONを始めた人類と、同じような役割をN7自身が担い始める。


それは人類がノクスを征服したという結末ではありません。


ノクスを人間化したという結末でもありません。


互いに相手の存在を知った結果、それぞれが少しだけ生き方を変えた。


その程度でいいのだと思います。


B11も、すぐに善良な存在にはなりませんでした。


SANCTUARYという考え方を最初から理解したわけでもありません。


「なぜ残す?」


「食べるものは?」


「空腹は?」


と尋ね続けます。


それでも最後にはSANCTUARYへ向かうことを選びました。


完全に理解してから協力するのではなく、理解できない部分を残したまま、まず危害を減らす方向を選ぶ。


人間同士でも難しいことを、異星文明と未知の高密度生命が少しずつ学んでいく。


この物語では、それを「共存」と呼んでいます。


そして、もう一つ大事だったのが方舟です。


最初は脱出船でした。


選ばれた者だけが乗る、生存の象徴。


しかし終盤には意味が変わりました。


一番船から三番船はエオスへ向かう。


四番船は地球生命を運ぶ。


五番船ランタンはPROJECT BEACONの移動拠点になる。


方舟は「地球を捨てる船」ではなくなった。


地球から伸びる枝になった。


この言葉は、この物語にとてもよく合っていると思います。


地球が助かったから方舟は無駄だった。


そういう結論にはしたくありませんでした。


失敗に終わった計画や、必要なくなった設備も、その過程で得たものを別の形へ変えることができます。


六番船は解体され、PROJECT ANCHORの重力ノードになった。


逃げるための船が、地球を残すための力になった。


七十年記録庫が成功だけでなく失敗も残したのも、同じ理由です。


未来の文明へ渡すべきなのは、完成された正解ではありません。


迷った記録。


間違えた記録。


誰かを傷つけてしまった記録。


それに気づき、どう直したのかという記録。


その方が、きっと役に立つ。


レア・モーガンは最初から最後まで、その役割を担いました。


彼女が追い続けたのはスクープではなく、「判断の過程を誰のものにするか」という問題だったのだと思います。


政府だけの秘密にしない。


科学者だけの計算にしない。


成功した人だけの物語にしない。


七十年間に生きた全員の記録として残す。


それが、彼女の最後の記事『終末だった年』へつながりました。


そして物語の最後。


地球には何も起こりません。


太陽が昇る。


通勤列車が走る。


店が開く。


学校のチャイムが鳴る。


朝食の匂いがする。


おそらく、この物語で最も描きたかった光景はそこです。


壮大な宇宙船でも、巨大なノクスでも、銀河文明でもありません。


「普通の朝」です。


終末SFでは、世界が壊れる光景にどうしても目が向きます。


しかし、本当に守りたいものを考えると、それは案外こういうものなのではないでしょうか。


明日も学校へ行ける。


家族と朝ご飯を食べられる。


仕事へ行く。


友達と話す。


くだらないことで笑う。


夕方になれば家へ帰る。


そんな当たり前の日。


七十年間、人類が必死で守ろうとしていたものは、最後には誰も奇跡と呼ばないような日常でした。


そしてタイトルにもなった「七十年」。


七十年あるのか。


七十年しかないのか。


最後まで明確な答えはありません。


七十年は長い。


同時に短い。


それでも、その時間を使うことはできる。


今日の一日で全部を解決できなくても、次の人へ渡せる。


自分の世代で完成しなくても、次の世代が続きをできる。


PROJECT ANCHORも、方舟も、BEACONも、まさにそういう計画でした。


一人の人生より長い仕事を、世代を越えてつなぐ。


この物語ではそれを、文明の強さとして描きました。


最後に。


『七十年のノクス』は、巨大天体から逃げる物語として始まりました。


しかし終わってみれば、これは「他者の存在を知る物語」だったのだと思います。


人類だけではない。


人工知性がいる。


セラトがいる。


アンブラがいる。


B4文明がいる。


ノクスにも意思がある。


B11にも事情がある。


そして、自分たちから見えないところにも、まだ誰かがいるかもしれない。


だから。


危険を誰もいないと思った方向へ捨てない。


分からないものをすぐ敵と決めない。


逆に、相手に事情があるからといって、自分たちが滅びることを受け入れる必要もない。


守ることと、理解しようとすること。


その二つを同時に諦めない。


それが、この七十年間で人類がたどり着いた答えでした。


もちろん、それも永遠の正解ではありません。


だから七十年記録庫にはこう残されます。


「私たちは、こう考えた」


「あなたたちは、あなたたちの時代で考えてほしい」


そして遠いSANCTUARYで、いつかN7が再び目を覚ます日が来るでしょう。


その時、最初に何を見るのか。


B11とどんな話をするのか。


ほかのノクス型天体へ、本当に「他がいる」と伝えられるのか。


八万年後、方舟はエオスへ着くのか。


B4文明は自分たちの危機を乗り越えられるのか。


そのすべてを、この物語で描く必要はありません。


なぜなら、未来はもう「終末へ向かう一本道」ではなくなったからです。


たくさんの可能性へ枝分かれしている。


だからこそ、物語はここで終われます。


2321年。


朝。


太陽は昇る。


地球はある。


そして誰かが、今日という一日を始める。


それが『七十年のノクス』の最後に残したかった未来です。

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