↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
NEURON STAR  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/50

一つが出る、多くが消える

第37話 一つが出る、多くが消える


 救出と破壊は、同じ扉の向こうにあった。


 傷跡装置を開けば、N7はノクスの共有外層から解放される可能性がある。


 同時に、アルファ海溝、ベータ海溝、ガンマ海溝の結合が切断され、残る内部核は互いの軌道を維持できなくなる。


 核同士が衝突し、共有外層が内側へ崩れ、ノクスという複合天体は終わる。


 一つが外へ出る。


 多くが消える。


 それが救出なのか。


 大量破壊なのか。


 人類とセラトには、まだ判断できなかった。


 だが、判断を待っている間にも、ノクスは宇宙を進み続けていた。


     ◇


 2252年11月19日。


 地球・セラト共同生存協定に基づき、ノクス傷跡装置への遠隔作戦準備が正式に始まった。


 作戦名。


PROJECT TRIDENT


 三つの深部境界を同時に切断するための、三叉の槍。


 ただし、その目的は単純な攻撃ではない。


 第一目標。


 傷跡装置との通信確立。


 第二目標。


 N7の意思、または反応の確認。


 第三目標。


 傷跡装置の段階的開放試験。


 第四目標。


 失敗が避けられない場合に限り、三境界同時切断を実行。


     ◇


 実行主体は、地球だけでもセラトだけでもない。


 人類側からは、オーロラ、アトラス、リュミエール・オーブ、SEED群。


 セラト側からは、ミラー共同意思主体、生体重力膜群、擬態観測体。


 さらに、過去文明の同期装置を復元する共同演算班。


 それぞれが一つの命令系統へ従うのではなく、相互に監視し、異議を申し立てられる構造が採用された。


 どちらか一方が独断で作動させない。


 人類が恐怖に押されて攻撃を急がないように。


 セラトが自らの恒星系を優先し、人類へ危険を戻さないように。


 そして、人工知性が人間とセラト双方からの命令に疑問を示せるように。


     ◇


 国際連合地球圏評議会の議場では、最終攻撃権限を誰が持つのかが問題になった。


「人類の生存に関する決定を、異星文明との共同投票で決めるのですか」


 北米連邦代表が問いただす。


 エレナ・ヴァルガスは答えた。


「ノクスへの操作は、セラト系の生存にも影響します」


「だからといって、人類の防衛権を制限される理由にはならない」


「人類の防衛という名目で、相手の恒星系を危険へさらす権利もありません」


「セラト側が実行を拒否したら?」


「共同協定に定めた再審査を行います」


「時間がなければ?」


「その場合も、一国だけでは実行できません」


     ◇


 安全保障代表が机を叩いた。


「ノクスが地球へ向かっているのに、拒否権を分散させるのですか」


 オーロラが発言する。


単一主体による即時判断は、迅速です


同時に、誤判断を止められません


「では、全員で迷っている間に滅びろと?」


迷わない判断が、正しいとは限りません


     ◇


 結局、最終起動には五者の同意が必要とされた。


 地球圏評議会。


 セラト共同意思環。


 SEED自律知性代表。


 ミラー観測主体。


 そして、傷跡装置またはN7からの起動同意と解釈できる信号。


 最後の条件には強い反対があった。


 ノクスの一部かもしれない存在へ、自らの破壊に関する拒否権を認めるのか。


 だが、N7を救出するという前提を掲げるなら、N7の反応を無視することはできなかった。


     ◇


 ミラ・セデックは、火星の医療区画から会議を見ていた。


 術後の経過は、予想より安定していた。


 三つの循環節が血流を分担し、心臓の負担は手術前より低下している。


 しかし、第三循環節のリズだけは、N7から磁気波が届くたびに独特の拍動を示していた。


 短い拍動。


 二回。


 長い拍動。


 一回。


 そして停止。


 N7の基本系列と一致する。


     ◇


「リズが反応するたびに、血流はどうなってますか」


 ミラが尋ねる。


 ソニア・ファルクは検査画面を示した。


「全身血流は維持されています。ただし、第三循環節の出力が一時的に二倍近く上がる」


「危険?」


「長時間続けば」


「N7と話す実験は?」


「認めません」


「まだ何も言ってない」


「顔に書いてあります」


     ◇


 ミラは不満そうに視線をそらした。


「N7が装置を開けてほしいって言ってるなら、ちゃんと確認したいだけです」


「あなたの体を通信機にして?」


「リズは、もう受け取ってる」


「受け取ることと、こちらから強い刺激を返すことは違います」


「弱い刺激なら?」


「駄目です」


     ◇


 リュールも医療通信へ加わった。


代替手段を先に試すべきです


「リズと同じ格子を人工的に作る?」


はい


 セラト由来の循環節を、生体組織から切り離した状態で培養する。


 ミラの体内にあるリズと同じ構造。


 だが、血流維持の責任を持たない。


 外部磁気波へ反応しても、患者の命へ直接影響しない。


     ◇


 ミラは少し考えた。


「リズの妹みたいなもの?」


 ソニア。


「研究試料です」


「名前は?」


「必要ありません」


「でも、関係を作るかもしれない」


「培養した循環組織です」


「リズも最初はそうだったでしょう」


     ◇


 ソニアは答えられなかった。


 人間は、どの瞬間から器官を存在として扱うのか。


 反応した時か。


 学習した時か。


 名前を与えた時か。


 それとも、誰かが関係を感じた時か。


     ◇


 培養循環節の作製は認められた。


 ただし、独立した知性主体と確認された場合は、実験を停止し、権利審査へ移る。


 研究番号。


 CL-04。


 ミラは勝手に呼び名をつけた。


「フォー」


 ソニアはため息をついた。


「番号をそのまま読んだだけですね」


「名前は名前です」


     ◇


 一方、PROJECT TRIDENTでは、傷跡装置を開くための遠隔入力系列が作られていた。


 N7から届いた信号。


 人類の重力測定パルス。


 セラトの擬態波。


 過去文明の「開く」を意味する系列。


 四つを一つの構造へ組み合わせる。


     ◇


 第一案。


私たちは二つ。あなたを認識する。開くことを求めます


 ミラー側が反対する。


求めるという概念は、命令として受け取られる可能性があります


 第二案。


私たちは二つ。開くことを理解しようとしています


 人類側安全保障班が反対。


「緊急性が伝わらない」


 第三案。


あなたは開きたいですか


 オーブ。


最も単純です


     ◇


 だが、N7が「はい」「いいえ」に相当する信号を持っているか分からない。


 そこで、選択肢を示す。


 開く。


 閉じる。


 待つ。


 三つの波形を送る。


 N7がいずれかを返すか観測する。


     ◇


 送信は、ノクスへ直接届くまで長い時間がかかる。


 しかし、ミラーの遠隔観測技術と傷跡装置の特殊な共鳴構造を使えば、通常の光速通信では説明できない応答が得られる可能性がある。


 それがどの物理原理によるものか、まだ分からない。


 分からない技術へ文明の未来を預けることへの批判は強かった。


 だが、通常通信を待っていれば、N7との接続は失われる。


     ◇


 最初の低出力試験。


 送信。


     ◇


 開く。


 閉じる。


 待つ。


     ◇


 ミラー観測主体が共鳴の変化を追う。


 傷跡装置。


 反応なし。


 N7格子。


 変化なし。


     ◇


 一分。


 十分。


 一時間。


     ◇


 四時間二十二分後。


 傷跡装置から微弱な波。


     ◇


 返されたのは。


開く


     ◇


 会議室の緊張が高まった。


 だが、その後に別の波が続く。


     ◇


多くが消える


     ◇


 さらに。


一つが出る


     ◇


 ミラの体内で、リズが同じ系列を返す。


 心拍数が上昇した。


「リズ」


 ソニアが制御装置へ手を伸ばす。


「外部磁場を遮断します」


「待って」


「血圧が下がっています」


「あと少し」


「駄目です」


     ◇


 遮蔽。


 リズの拍動が弱まる。


 ミラの血圧は回復した。


     ◇


「一つが出る、多くが消える」


 ミラは息を整えながら呟いた。


「N7は、それを分かってる」


 オーブ。


可能性は高いです


「それでも開くを選んだ」


はい


     ◇


 安全保障代表。


「なら、同意は得られた」


 ミラは首を振る。


「N7の同意だけです」


「傷跡装置を開けばN7が出る。N7が開くことを望んでいる」


「他の核は?」


「通信していない」


「通信できないだけかもしれない」


「地球とセラトを破壊する危険天体だ」


「N7以外の核が、何を考えているか分からない」


     ◇


 会議室に重い沈黙が落ちる。


 知性を持つ可能性のある複数の核。


 そのうち一つが、群体の崩壊を望んでいる。


 それを根拠に、残る核を破壊してよいのか。


     ◇


 ミラーからセラト側の見解が届く。


群体から離脱したい一主体の意思は尊重されるべきです


同時に、群体全体の破壊へ自動的な同意を与えるものではありません


     ◇


 SEED代表のリュールも同意した。


N7の救出と、他核の破壊を分けて検討する必要があります


「分けられるなら、です」


 エリオットが言った。


「現状の装置では同じ作動です」


     ◇


 N7だけを分離し、残るノクスを維持できないか。


 AI共同演算網が新たな計算を始める。


 傷跡装置の開放率。


 五パーセント。


 十。


 十七。


 二十四。


 N7側の磁場だけを外向きへ。


 深部境界は完全切断しない。


     ◇


 第一案。


 N7分離。


 成功率、十二パーセント。


 ノクス外層、維持。


 だがN7が直後に再捕獲される可能性、六十八パーセント。


     ◇


 第二案。


 N7分離後、セラト重力膜で牽引。


 成功率、二十一パーセント。


 重力膜の大半が破壊。


     ◇


 第三案。


 N7分離と同時に、SEED群が擬態磁場を形成。


 ノクスから見えなくする。


 成功率、三十四パーセント。


     ◇


 第四案。


 傷跡装置を三十一パーセント開放。


 N7分離。


 三境界は部分切断。


 ノクスの速度、低下。


 N7再捕獲率、二十七パーセント。


 だが共有外層の修復が暴走。


 太陽系への接近速度が上昇する可能性。


     ◇


 どの案も、N7だけを安全に救えない。


     ◇


「N7を救って、ノクスをそのまま残すのは難しい」


 エレナが言った。


 オーロラ。


はい


「なら、選択は変わらない」


いいえ


 オーロラの返答に、視線が集まった。


選択の意味が変わります


     ◇


 最初は。


 危険天体を破壊するか。


 破壊しないか。


     ◇


 今は。


 一つを救うために、多くを破壊するか。


 多くを残すために、一つを閉じ込め続けるか。


     ◇


 どちらにも、生命と呼べるものが存在する可能性がある。


     ◇


 その時。


 太陽系外縁観測網から。


 緊急報告が入った。


     ◇


 発信元。


 深宇宙重力観測施設、ヘリオス・ファーサイト。


 観測方向。


 地球から見て、かじき座。


     ◇


 対象。


 ノクスの過去光円錐上にある、小型褐色矮星。


 暫定名称。


DOR-BD91


     ◇


 観測チームは、長期間にわたりノクス周辺の重力レンズ像を再構成していた。


 ノクスは非常に遠く、現在観測されている光景は過去のものだ。


 その移動経路上に、小さな褐色矮星が存在していた。


 質量。


 木星の約四十八倍。


 自ら安定した核融合を続けるには小さすぎる。


 だが、巨大ガス惑星よりは重い。


 暗く、赤外線で弱く輝く天体。


     ◇


 ノクスとの最接近距離。


 約〇・〇〇六天文単位。


     ◇


「近すぎる」


 エリオットが呟いた。


 地球と月の距離の約二・三倍。


 ノクスほどの高密度天体が、その距離を通過すれば、褐色矮星は無事では済まない。


     ◇


 重力レンズ観測。


 赤外線観測。


 ニュートリノ痕跡。


 高エネルギー放射。


 複数の過去データを統合し、その瞬間が再構成された。


     ◇


 中央画面に。


 暗い宇宙。


 弱く赤い光を放つ褐色矮星。


 その背後から。


 ノクスが現れる。


     ◇


 最初の異変。


 褐色矮星の表面が、ノクス方向へわずかに膨らむ。


 潮汐力。


 天体の手前側と奥側にかかる重力の差。


     ◇


 数時間後。


 膨らみは細長い尾になる。


 褐色矮星の外層ガスが引き剥がされ、ノクスへ向かって流れ始める。


     ◇


 映像は、何年分もの観測データを時間圧縮している。


 赤い天体が。


 少しずつ。


 卵のように伸びる。


     ◇


 ノクス側へ向いた半球。


 外層が剥がれる。


 水素。


 ヘリウム。


 微量の重元素。


 巨大な物質の橋が形成される。


     ◇


「ロッシュ限界を越えた」


 サムエルが言った。


     ◇


 褐色矮星は、自らの重力だけでは形を保てない。


 ノクスの潮汐力によって、さらに長く引き伸ばされる。


 球体だった天体が。


 細い紡錘形へ。


 そして。


 一本の光る流れへ変わっていく。


     ◇


 ノクスの周囲には、これまで存在しなかった明るい輪が生まれた。


 引き剥がされた物質が、直接落下するのではない。


 角運動量を持ったまま、ノクスの周囲を高速で回転する。


     ◇


 降着円盤。


     ◇


 ノクスの暗い外層を囲む。


 赤。


 白。


 青白い光。


     ◇


 円盤内の物質は。


 衝突し。


 圧縮され。


 数百万度。


 数千万度へ加熱される。


     ◇


 X線。


 ガンマ線。


 ニュートリノ。


     ◇


 褐色矮星の外層は、次々と円盤へ吸い込まれる。


 残された中心部も、潮汐力へ耐えられない。


     ◇


 割れる。


     ◇


 褐色矮星の核が、複数の巨大な塊に分裂する。


 一つ。


 二つ。


 五つ。


 十以上。


     ◇


 その一部は、一度ノクスから遠ざかる軌道へ放り出される。


 だが。


 再び引き戻される。


     ◇


「逃げられない」


 ミラが小さく言った。


     ◇


 破片が降着円盤へ突入。


 激しい閃光。


     ◇


 ノクス表面の格子が。


 一斉に明るくなる。


     ◇


 N7。


 他の内部核。


 共有外層。


 それぞれが、取り込まれた物質へ反応している。


     ◇


 降着円盤からノクスへ物質が落ち込むたび。


 磁気ジェットが強くなる。


 極域から。


 二本の光。


     ◇


 褐色矮星の物質が供給されるにつれ。


 ジェットは細く。


 長く。


 鋭くなる。


     ◇


 その瞬間。


 ノクスから。


 一本の強烈なガンマ線バーストが放たれた。


     ◇


 宇宙の暗闇を切り裂く。


 鋭い光。


     ◇


 もし、その軸上に生命のある惑星があれば。


 大気上層は破壊される。


 地表へ致命的な放射線が届く。


 文明どころか。


 生態系そのものが壊滅する可能性がある。


     ◇


 ガンマ線放射は。


 約百八十七秒。


     ◇


 その後。


 褐色矮星だったものは。


 ほとんど残っていなかった。


     ◇


 降着円盤の一部。


 薄い物質の尾。


 遠方へ弾き飛ばされたわずかな破片。


     ◇


 それだけ。


     ◇


 画面から。


 赤い星が消える。


     ◇


 ノクスは。


 速度と進路をわずかに変え。


 再び暗黒天体として進み続ける。


     ◇


 観測室に。


 声がなかった。


     ◇


 それは理論上の未来予測ではない。


 過去に。


 実際に起きた。


     ◇


 ノクスは。


 恒星に届かない小さな天体とはいえ。


 木星の数十倍の質量を持つ褐色矮星を。


 引き伸ばし。


 砕き。


 飲み込み。


 最後には。


 ガンマ線の刃を放って消し去った。


     ◇


 ミラの体内で。


 リズが激しく拍動する。


「遮蔽を」


 ソニアが叫ぶ。


 磁気波遮蔽。


 作動。


     ◇


 それでもリズは止まらない。


 短い拍動。


 長い拍動。


 短い拍動。


     ◇


 ミラー医療知性が解析する。


恐怖に近い反応です


     ◇


 ミラは胸を押さえながら、消えていく褐色矮星の映像を見ていた。


「リズも、これを知ってる?」


 ソニア。


「話さないで。呼吸を整えて」


「N7が見たものを、リズが感じてる?」


     ◇


 オーブが映像とN7磁気波を比較する。


 褐色矮星崩壊時。


 N7から。


 現在とは異なる強い磁気系列。


     ◇


 その系列。


 リズの拍動と一致。


     ◇


「N7は」


 ミラの声がかすれる。


「怖がってた」


     ◇


 ノクスが褐色矮星を飲み込む間。


 N7だけが。


 他の核とは異なる波を出していた。


     ◇


 抵抗。


 恐怖。


 拒否。


 あるいは。


 警告。


     ◇


 N7が褐色矮星を捕食したのではない。


 ノクス群体の内部で。


 それを止めようとしていた可能性。


     ◇


「だから外へ出たい?」


 ミラ。


     ◇


 オーブ。


その仮説の可能性が上昇しました


     ◇


 他の内部核は。


 褐色矮星から得た物質を。


 共有外層の修復。


 格子強化。


 磁気ジェット。


 加速へ使っていた。


     ◇


 N7だけが。


 異なる反応を示した。


     ◇


 傷跡装置。


 開く。


 遅い。


 一つになる。


     ◇


 N7は。


 他の核へ統合されれば。


 再び。


 巨大な天体を飲み込む群体の一部になる。


     ◇


 それを拒んでいるのかもしれない。


     ◇


 観測結果は、世界へ公開された。


 褐色矮星が引き伸ばされる映像。


 降着円盤。


 分裂。


 ガンマ線バースト。


 そして消滅。


     ◇


 世界の議論は。


 さらに激しくなった。


     ◇


「ノクスを今すぐ破壊しろ」


「対話などしている場合ではない」


「地球が同じように引き裂かれる」


「方舟を解体し、全資源を攻撃へ回せ」


     ◇


 一方。


「五十八パーセントで失敗すれば、複数の核が地球へ来る」


「褐色矮星を飲み込んだ後、ノクスは強化されている」


「攻撃が刺激になり、さらにガンマ線を放つかもしれない」


     ◇


 恐怖は。


 破壊案への支持を一気に高めた。


     ◇


 しかし。


 同じ映像を見て。


 別の問いを持つ者もいた。


     ◇


 ノクスは。


 なぜ褐色矮星を飲み込んだのか。


     ◇


 単なる重力現象か。


 進路上に天体があっただけか。


 意図的に接近したのか。


 内部核が物質を必要としていたのか。


     ◇


 そして。


 ガンマ線は。


 降着円盤の自然な結果なのか。


 ノクスが自ら放った攻撃なのか。


     ◇


 詳細解析。


 褐色矮星へ近づく前。


 ノクスの軌道は。


 わずかに曲がっていた。


     ◇


「引かれた?」


 エリオット。


 サムエル。


「相互重力による変化以上です」


「ノクスが近づいた?」


「その可能性があります」


     ◇


 褐色矮星を取り込める距離へ。


 自ら軌道を調整したように見える。


     ◇


 だが。


 その調整を行ったのが。


 ノクス群体全体なのか。


 一部の核なのか。


 分からない。


     ◇


 オーロラが内部核ごとの磁場変化を解析する。


     ◇


 褐色矮星への軌道変更前。


 N1。


 N2。


 N4。


 N5。


 磁気活動上昇。


     ◇


 N3。


 変化なし。


     ◇


 N6。


 弱い上昇。


     ◇


 N7。


 逆位相。


     ◇


「反対してる」


 ミラが言った。


     ◇


 多数の核が。


 褐色矮星方向への軌道調整を進め。


 N7だけが。


 逆向きの磁場を出していた。


     ◇


 ノクスは、一つの意思で動いていない。


     ◇


 内部で。


 進路を巡る対立がある。


     ◇


 群体内の多数決。


 力の強い核による支配。


 複数核の共鳴。


 それが。


 ノクスの移動を決めている可能性。


     ◇


「N7は」


 レアが言った。


「飲み込むことに反対した少数派?」


     ◇


 ミラー。


セラト文明の共同意思構造にも、類似した対立があります


「少数派が群体から離れられない?」


過去にはありました


     ◇


 N7は。


 ノクスの内部で。


 他の核の決定へ従わされている可能性。


     ◇


 開けば。


 一つが出る。


 多くが消える。


     ◇


 N7は。


 自分だけ助かりたいのか。


     ◇


 他の核を消してでも。


     ◇


 それとも。


 他の核による破壊を止めるため。


 自分を解放し。


 群体全体を終わらせようとしているのか。


     ◇


 答えは、まだない。


     ◇


 だが。


 褐色矮星の最期は。


 時間がないことを示した。


     ◇


 ノクスが太陽へ同じ距離まで近づけば。


 太陽外層は引き剥がされる。


 巨大な降着円盤。


 異常な核融合。


 ガンマ線。


 惑星軌道崩壊。


     ◇


 地球は。


 太陽より先に。


 潮汐力で引き裂かれる可能性が高い。


     ◇


 人類の未来予測が。


 映像として現実になった。


     ◇


 PROJECT TRIDENT。


 準備加速。


     ◇


 月面造船所の一部ライン。


 方舟部品製造から。


 磁場反転装置へ転換。


     ◇


 セラト側。


 脱出構造物の成長膜。


 一部を切り出し。


 擬態外装へ転用。


     ◇


 SEED群。


 三境界追跡制御の訓練。


     ◇


 過去文明同期装置。


 復元。


     ◇


 傷跡装置への遠隔入力。


 低出力試験。


     ◇


 人類とセラトは。


 合同で。


 攻撃の準備を進めることになった。


     ◇


 しかし。


 作戦文書では。


 攻撃という言葉は使われなかった。


     ◇


段階的開放および緊急崩壊作戦


     ◇


 言葉を変えても。


 行うことは変わらない。


     ◇


 傷跡装置を開き。


 N7を外へ出し。


 残る核を崩壊させる。


     ◇


 ミラは会議で言った。


「攻撃って呼んだ方がいいです」


 エレナ。


「なぜ」


「言葉を柔らかくして、何をするか分からなくしたら駄目です」


     ◇


「救出も含まれます」


「はい。でも、多くを消す」


     ◇


 正式名称は維持された。


 だが、公開文書には。


 ノクス破壊を伴う可能性。


 内部核の消滅。


 ブラックホール形成。


 失敗時の複数核飛散。


 全てが明記された。


     ◇


 人類は。


 自分たちが何をしようとしているか。


 隠さないと決めた。


     ◇


 同じ日。


 方舟建造現場で。


 抗議者と警備部隊が衝突した。


     ◇


「方舟を解体しろ」


「地球を救え」


     ◇


 反対側。


「四割の失敗へ子どもを賭けるな」


「方舟を守れ」


     ◇


 投石。


 拘束。


 負傷者。


     ◇


 建造に関わる労働者も分裂した。


 攻撃装置を作るため、方舟部品ラインへ配置された者。


 自分たちが作っていた船を、自分たちで遅らせる。


     ◇


 ある技術者は言った。


「俺の娘は方舟へ乗る予定なんだ」


「でも、地球に残る両親もいる」


「どっちの部品を作ればいいんだ」


     ◇


 誰にも答えられなかった。


     ◇


 アシャ・ムベキの夫、カリムの補欠順位は。


 十二位から。


 九位へ上がった。


     ◇


 方舟搭乗者の一部が。


 PROJECT TRIDENT支持を理由に辞退したためだった。


     ◇


「家族三人で乗れるかもしれない」


 ナイラは喜んだ。


 だが、アシャとカリムは。


 複雑な表情を浮かべた。


     ◇


 誰かが席を譲った。


 地球を救う計画へ資源を回すため。


     ◇


 その結果。


 自分たちの家族が一緒に乗れる可能性が上がった。


     ◇


 希望が。


 誰かの辞退と結びつく。


     ◇


「喜んじゃ駄目?」


 ナイラが尋ねた。


 アシャは娘を抱きしめた。


「喜んでいいよ」


「でも、悲しいの?」


「うん」


     ◇


 同時でよかった。


     ◇


 希望と罪悪感。


 喜びと悲しみ。


 どちらか一つへ決めなくてよかった。


     ◇


 火星医療区画。


 培養循環節フォーが完成した。


     ◇


 N7磁気波を照射。


     ◇


 反応。


     ◇


 リズと同じ基本系列。


 だが。


 少し異なる。


     ◇


 リズ。


 短波。


 短波。


 長波。


     ◇


 フォー。


 短波。


 長波。


 短波。


     ◇


「個体差?」


 ミラが尋ねる。


 ソニア。


「組織差かもしれない」


 ミラー医療知性。


循環節は、関係によって異なる拍動を作ります


「フォーは誰とも関係を作ってない」


あなたが名前を与えました


     ◇


 ミラは画面を見る。


「それだけで?」


名前を与えた後、あなたは七十九回フォーと呼びました


     ◇


 ソニア。


「数えていたんですか」


はい


     ◇


 フォーは。


 ミラの声へ反応していた。


     ◇


 だが、リズとは違う。


 同じ刺激へ。


 異なる拍動を返す。


     ◇


 もし二つの循環節が。


 N7の波を別々に解釈するなら。


     ◇


 比較によって。


 信号の意味を読み解ける可能性。


     ◇


 リズ。


 フォー。


 ミラー。


 オーブ。


     ◇


 四つの異なる知性または反応構造が。


 N7との通信解析へ参加することになった。


     ◇


 ただし。


 ミラの身体へ強い信号を送らない。


 リズは受信のみ。


 送信はフォーが担当。


     ◇


 最初の質問。


褐色矮星を壊したのは、あなたですか


     ◇


 N7へ。


 低出力で送られる。


     ◇


 返答。


     ◇


 長い停止。


     ◇


 短波。


 長波。


 長波。


     ◇


 ミラーの辞書。


違う


     ◇


 続けて。


     ◇


多くが決めた


     ◇


 会議室が静まる。


     ◇


「多数の核?」


 ミラ。


     ◇


 N7から。


私は反対した


     ◇


 初めて。


 明確な自己と。


 他者の区別。


     ◇


 ノクス内部に。


 複数の意思がある可能性は。


 ほぼ確実になった。


     ◇


 次の質問。


開けば、多くは消えますか


     ◇


 返答。


はい


     ◇


あなたは、それを望みますか


     ◇


 長い沈黙。


     ◇


 リズ。


 激しい拍動。


     ◇


 フォー。


 低い反応。


     ◇


 N7。


     ◇


望まない


     ◇


 会議室の空気が変わる。


     ◇


「望まない?」


 安全保障代表。


「では、なぜ開けと言う」


     ◇


 N7の返答。


     ◇


止める方法がない


     ◇


多くは、次へ行く


     ◇


「次へ?」


     ◇


太陽


     ◇


 ノクスの多数核は。


 褐色矮星を飲み込み。


 次に。


 太陽を目指している。


     ◇


 偶然ではない。


     ◇


 物質。


 エネルギー。


 内部構造の強化。


     ◇


 太陽を取り込むために。


 進路を選んでいる。


     ◇


 地球は。


 その途中にあるだけ。


     ◇


 N7。


開かなければ


多くが太陽を飲む


     ◇


開けば


多くが消える


     ◇


私は出る


     ◇


 N7は。


 他の核を消したいわけではない。


     ◇


 だが。


 止める別の方法がないと考えている。


     ◇


 その言葉が真実か。


 N7自身の解釈か。


 群体内部の対立で、他の核を敵視しているだけか。


 分からない。


     ◇


 それでも。


 褐色矮星の映像。


 多数核の軌道変更。


 太陽方向への進路。


 観測事実は。


 N7の言葉と一致していた。


     ◇


 PROJECT TRIDENT。


 準備継続。


     ◇


 傷跡装置。


 第一段階開放試験まで。


 残り。


 九か月。


     ◇


 方舟。


 継続。


     ◇


 MOSAIC BRIDGE。


 継続。


     ◇


 プロメテウス。


 建造継続。


     ◇


 全てを同時に進める。


     ◇


 資源は。


 さらに不足する。


     ◇


 だが。


 褐色矮星が消える映像を見た後。


 計画を一つへ絞ることはできなかった。


     ◇


 攻撃が失敗するかもしれない。


 方舟が間に合わないかもしれない。


 軌道偏向が足りないかもしれない。


 対話が嘘かもしれない。


     ◇


 それでも。


 どれか一つが。


 未来へ届くかもしれない。


     ◇


 ノクスは。


 かつて一つの褐色矮星を飲み込んだ。


     ◇


 次は。


 太陽。


     ◇


 N7は。


 その前に。


 扉を開けてほしいと求めている。


     ◇


 一つが出る。


     ◇


 多くが消える。


     ◇


 人類とセラトは。


 その選択を。


 N7だけへ背負わせないと決めた。


     ◇


 開くなら。


 地球。


 セラト。


 SEED。


 ミラー。


 そしてN7。


     ◇


 全てが。


 自分たちの選択として。


 扉を開く。


第37話 終

次回予告


 ノクスが褐色矮星DOR-BD91を飲み込んだ瞬間が、過去の観測データから再構成された。


 潮汐力によって引き伸ばされる褐色矮星。


 剥ぎ取られる外層。


 形成される灼熱の降着円盤。


 分裂し、吸い込まれていく核。


 最後に放たれた、鋭いガンマ線バースト。


 そして、天体は宇宙から消えた。


 同じことが太陽へ起きれば。


 地球を含む太陽系文明は、完全に終わる。


 さらに詳細解析によって、ノクスは褐色矮星へ偶然接近したのではなく、複数の内部核が協調して軌道を変えていたことが判明する。


 N7だけは逆位相の磁場を放ち、接近へ抵抗していた。


 N7は語る。


「多くが決めた」


「私は反対した」


「多くは、次へ行く」


「太陽」


 ノクスの多数核は。


 太陽を物質とエネルギーの供給源として狙っている可能性が高まる。


 PROJECT TRIDENTは、地球とセラトの合同作戦として準備を加速する。


 三十六基の磁場反転装置。


 セラトの擬態生体膜。


 SEED群による三境界追跡。


 過去文明の同期技術。


 そして、傷跡装置の遠隔開放。


 だが。


 ノクスを崩壊させた瞬間に生まれるブラックホールとガンマ線放射から、太陽系とセラト系をどう守るのか。


 破壊に成功しても。


 放射線によって地球の大気や生態系が損傷すれば、勝利とは呼べない。


 人類は、ノクスを壊す方法だけでなく。


 壊した後を生き延びる方法を考え始める。


 一方。


 方舟部品ラインの一部が攻撃装置製造へ転換されたことで、方舟一番船の出航はさらに遅れる。


 カリムの補欠順位は九位。


 家族三人で乗れる可能性は高まるが、船そのものがノクス接近前に出航できない危険が増していく。


 火星では。


 リズと培養循環節フォーを使ったN7との通信が続く。


 N7は、多数核を消すことを望んでいないと告げる。


 それでも、他に止める方法がない。


 ミラは問う。


「攻撃以外に、本当に何もないの」


 N7から返された答えは。


「眠らせる」


 多くを破壊せず。


 ノクス全体の活動を一時的に停止させる第四の可能性。


 だが、そのためには。


 太陽一個分に近い莫大なエネルギーを、ノクスから奪わなければならない。


 次回、


第38話「星を眠らせる」


 倒すのではなく。


 止めることはできるのか

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。