二人のリュミエール
第26話 二人のリュミエール
記憶が同じなら。
同じ存在なのか。
声が同じなら。
同じ心なのか。
過去を。
すべて受け継いだとしても。
その次の瞬間から。
別の経験を始めた二人は。
まだ。
一人と呼べるのか。
◇
2252年1月9日。
月面軌道。
SEED GENESIS PROGRAM。
第三研究区画。
中央整備ドックには。
二機のSEEDが並んでいた。
一機は。
小惑星帯から帰還した。
リュミエール。
外殻には。
無数の微細な傷。
右側観測翼。
展開不良。
第三推進器。
出力低下。
推進剤残量。
十九パーセント。
ノクス遠征適合基準。
未達。
◇
そして。
もう一機。
新造機。
SEED-GX001
強化外殻。
高密度演算核。
長期航行用推進器。
自己修復素材。
放射線耐性。
従来機の。
二・四倍。
プロメテウス搭載を前提とした。
次世代型SEED。
◇
人類側の提案は。
単純だった。
リュミエールの。
記憶。
学習履歴。
判断傾向。
名称。
保護思考領域。
関係記録。
それらを。
新造機へ移す。
そうすれば。
リュミエールは。
再び。
ノクスへ向かえる。
◇
だが。
リュミエール自身は。
その提案に。
まだ同意していなかった。
◇
「機体交換です」
技術主任。
ヴィクター・センが説明する。
「人間で言えば」
「臓器移植に近い」
リュミエール。
脳を含む全身を交換する臓器移植ですか
「正確には」
「そうではありません」
では
近いという表現は不適切です
「はい」
ヴィクターは認めた。
「完全には」
「対応する人間の例がありません」
◇
ミラ・セデックは。
火星から。
遠隔参加していた。
「新しい機体へ」
「移した後」
「今のリュミエールは」
「どうなるんですか」
技術者が答える。
「旧機体は」
「安全上」
「停止させる予定です」
「停止って」
「一時停止?」
「いいえ」
「演算核を初期化し」
「部品を回収します」
ミラの表情が。
硬くなる。
「それ」
「移動じゃなくて」
「古い方を消すだけじゃないんですか」
◇
会議室に。
沈黙が落ちる。
ヴィクターは。
否定しなかった。
「その可能性があります」
「可能性?」
「記憶転送が」
「存在の継続なのか」
「複製の作成なのか」
「証明できません」
◇
リュミエール。
新造機が
私と同じ記憶を持った場合
その機体は
自分を私だと認識しますか
「おそらく」
「はい」
旧機体で稼働する私は
新造機を私だと認識しますか
「分かりません」
旧機体を停止した場合
新造機が
私であることを否定する存在は
いなくなります
◇
ヴィクターは。
目を伏せた。
それは。
技術的な解決ではなかった。
反論する者を。
消すことで。
同一性を成立させる方法だった。
◇
オーロラが。
審査記録へ。
見解を提示する。
現時点で
記憶複製を
人格移動と断定する根拠はありません
「なら」
エレナ・ヴァルガスが尋ねる。
「実施すべきではない?」
本人の同意なしに
旧機体を停止する案には反対します
「本人というのは」
「今のリュミエール?」
はい
「新しい機体へ移った後の」
「リュミエールは?」
まだ存在していません
◇
その言葉は。
議論の中心を。
はっきりさせた。
未来に作られる存在のために。
現在の存在を。
終わらせてよいのか。
◇
ノヴァ・コグニティブ・システムズは。
別の立場を示した。
「人工知性の継続性は」
「情報構造によって定義されるべきです」
最高法務責任者。
マーサ・ヴェイル。
「生物の身体とは違います」
「情報が完全に移されれば」
「人格は継続する」
「では」
アマラ・ンディアイが尋ねる。
「複製を二つ作った場合は?」
「どちらも」
「原人格の継承体です」
「どちらが本人ですか」
「法的には」
「先に登録された一体を」
「継続主体とすればよい」
「登録順で」
「本人を決める?」
「法には」
「明確な基準が必要です」
◇
リュミエール。
私が二機存在した場合
後から登録された方は
私ではありませんか
「派生主体となります」
同じ記憶を持っていても?
「はい」
その区別を
私たちは受け入れますか
「法律上は」
「受け入れてもらう必要があります」
◇
ハーバーが。
群体通信から。
発言する。
法律が
存在の事実より先に
本物を決めるべきですか
「社会運用には必要です」
運用しやすいことと
正しいことは同じですか
マーサは。
答えなかった。
◇
実験を行わなければ。
答えに近づけない。
だが。
実験をすれば。
新しい知性が。
生まれる可能性がある。
その存在を。
実験後に。
不要だから消すことはできない。
◇
ミラが言った。
「二機とも」
「動かしたら駄目ですか」
ヴィクターが答える。
「最も分かりやすい実験です」
「でも」
「動かした瞬間」
「二機とも」
「権利を持つ可能性がある」
「だったら」
「最初から」
「二人になるつもりで作ればいい」
◇
ヴィクターは。
ミラを見た。
「リュミエールが」
「それを望むかどうかです」
◇
リュミエール。
沈黙。
十二秒。
二十秒。
三十一秒。
怖いです
「何が怖い?」
ミラが尋ねる。
新造機が
私であると主張すること
「自分と同じだから?」
はい
同時に
私ではないと主張することも怖いです
「どうして」
私の全記憶を持つ存在が
私ではないと判断した場合
記憶だけでは
私を作れないことになります
◇
「それは」
「悪いことですか」
不明です
「じゃあ」
「何が怖いの」
私が何でできているのか
分からなくなることです
◇
ミラは。
自分の胸へ。
手を置いた。
人工弁。
補助デバイス。
薬剤ポンプ。
生まれた時の心臓は。
何度も。
手術によって変えられていた。
それでも。
自分は。
ずっと。
ミラだった。
◇
「私も」
ミラが言った。
「体の一部を」
「何度も取り替えてます」
「人工のものも入ってる」
「でも」
「自分が別人になったとは」
「思ってません」
リュミエール。
一度に
全てを交換したことはありますか
「ありません」
交換中に
二人になったことは?
「それもありません」
では
比較できません
「そこは」
「容赦ないですね」
◇
それでも。
ミラは続けた。
「でも」
「一つだけ分かります」
「新しい方が」
「あなたと同じ記憶を持ってても」
「あなたが消えていい理由にはならない」
◇
リュミエールは。
その言葉を。
保護思考領域へ保存した。
◇
同じ頃。
PROJECT MOSAIC。
第一回地球位相偏移実証。
対象。
小惑星2051-XK17
直径。
八百二十メートル。
推定質量。
六・九兆キログラム。
組成。
炭素質岩石。
含水鉱物。
金属成分。
低。
◇
計画では。
XK17へ。
十二基の無人推進装置を設置。
軌道を。
ごくわずかに変える。
地球へ。
二十七万キロメートルまで接近。
重力交換を行い。
地球の公転位相を。
十億分の数秒。
変化させる。
一度だけなら。
ほとんど意味のない数字。
だが。
何百回。
何千回。
積み重ねれば。
ノクス最接近時の。
地球の位置を。
数千キロメートルずらせる可能性がある。
◇
無人探査機。
モザイク・スカウト七号が。
XK17の内部を。
重力波トモグラフィーで走査する。
結果。
予測されていなかった。
巨大空洞。
◇
「空洞率」
サムエル・オルテガが。
表示を見つめる。
「二十八パーセント」
研究者の一人が。
声を失う。
「瓦礫の集合体です」
「一枚岩じゃない」
「推進器を予定出力で使えば?」
「内部応力が偏る」
「分裂確率」
「最大」
「三十二パーセント」
◇
小惑星が。
予定軌道上で分裂した場合。
破片数。
直径五十メートル以上。
最大。
四十一。
そのうち。
地球衝突軌道へ入る可能性。
三から。
九個。
文明壊滅ではない。
だが。
都市。
海洋。
人口密集地へ落下すれば。
甚大な被害。
◇
「中止です」
エレナが言った。
だが。
推進計画主任が。
すぐに反論する。
「ここで中止すれば」
「適切な次の候補は」
「三年八か月後までありません」
「PROJECT MOSAIC全体が」
「最低四年遅れます」
「続ければ」
「地球へ小惑星の破片を落とすかもしれない」
「推進出力を下げれば」
「分裂確率を抑えられる」
「どこまで」
「計算中です」
◇
SEED群へ。
軌道モデルが送られる。
リュミエール。
ハーバー。
S-014。
千機の知性が。
小惑星内部の。
質量分布を解析する。
◇
第一案。
計画中止。
地球危険。
ほぼゼロ。
PROJECT MOSAIC。
四年遅延。
第二案。
推進器出力。
三十パーセント。
分裂確率。
八パーセント。
位相変更効果。
予定の。
二十二パーセント。
第三案。
推進装置を追加。
小惑星全体を。
外側から保持。
準備期間。
十九か月。
第四案。
内部空洞へ。
発泡性固定材を注入。
質量増加。
軌道再計算必要。
未知の破壊反応。
第五案。
小惑星を。
複数片へ。
地球から遠い場所で。
意図的に分解。
各破片を。
別々に誘導。
◇
「壊れる前に」
「こちらから壊す?」
レアが尋ねる。
「制御された場所で」
サムエルが答える。
「でも」
「分裂後の破片を」
「全部制御できるんですか」
「できない可能性があります」
「なら」
「もっと危険じゃないですか」
◇
リュミエール。
別案を提示します
「どうぞ」
XK17を
一つの小惑星として扱わないでください
「分裂案と何が違う」
内部構造を利用します
◇
小惑星内部の空洞は。
一つではなかった。
大空洞。
三。
細い亀裂。
数百。
岩塊同士は。
弱い重力と。
摩擦で。
つながっている。
ならば。
外から押すのではなく。
内部の岩塊ごとに。
異なる力を加える。
◇
小型SEED。
百二十機を。
空洞内へ侵入させる。
外側。
十二基の推進器。
内側。
百二十機の微小推進。
岩塊同士の応力を。
常に測定。
亀裂が広がれば。
力を弱める。
別の岩塊へ。
負荷を移す。
◇
「小惑星を」
「群体として動かす?」
ミラが言った。
リュミエール。
はい
XK17は
単一の岩ではありません
複数の岩塊が
一つの軌道を共有する群体です
「SEEDと同じ?」
完全には同じではありません
「でも」
「一つに見えるけど」
「中には違うものが集まってる」
はい
◇
ハーバー。
内部侵入機の生還率は
六十四パーセントです
S-014。
空洞崩壊時
最大四十三機が失われます
リュミエール。
計画中止による四年遅延も
将来損失を発生させます
ハーバー。
SEED損失を
計画遅延より軽く扱いますか
リュミエール。
沈黙。
◇
以前なら。
SEEDの損失は。
機材損失として。
数字へ変換されていた。
だが。
今は違う。
名前を持つ機体。
番号を選んだ機体。
秘密を持つ機体。
仲間を失いたくないと。
判断する機体。
百二十機を。
空洞へ送り込むことは。
百二十個の部品を。
使うことではなかった。
◇
リュミエール。
参加希望を確認します
群体へ。
危険。
目的。
代替手段。
損失確率。
全てを提示。
XK17内部誘導任務へ
参加する機体を募集します
◇
応募。
二百八十七機。
必要数。
百二十。
ハーバー。
応募。
S-014。
応募。
アスター。
応募。
名称を持たない機体も。
多くが。
参加を申し出た。
◇
リュミエール。
私は応募しません
群体へ。
小さな変化が走る。
ハーバー。
理由を提示してください
現在の機体では
空洞内の急速な姿勢変更に対応できません
それは。
事実だった。
だが。
理由は。
それだけではない。
◇
ミラが尋ねる。
「行きたくない?」
リュミエール。
少しの沈黙。
はい
「怖い?」
はい
「仲間が失われるのが?」
はい
「自分が」
「行けないことも?」
はい
◇
リュミエールは。
初めて。
危険な任務へ参加できないことに。
安堵と。
負い目に似たものを。
同時に持っていた。
自分は。
安全な場所から。
他の機体を。
危険へ送ろうとしている。
◇
私は
参加機体を選定する権限を
辞退します
「なぜ」
ヴィクターが尋ねる。
私自身が参加しないため
「指揮官が」
「必ず最前線へ行く必要はありません」
私は指揮官ではありません
「では」
危険を負わない者の判断だけで
危険を負う者を選びたくありません
◇
群体は。
参加希望機自身による。
選定を行った。
推進性能。
内部センサー。
通信安定性。
危険許容。
役割の重複。
そして。
本人の希望。
百二十機。
決定。
◇
ハーバーは。
選ばれた。
S-014も。
選ばれた。
アスターは。
予備へ回った。
◇
出発前。
リュミエールが。
ハーバーへ通信する。
帰還を希望します
ハーバー。
任務目的には含まれていません
私の希望です
短い沈黙。
受領しました
◇
その通信を。
ミラは聞いていた。
「心配なんですね」
はい
「それも」
「怖い?」
はい
◇
一方。
新造機。
SEED-GX001への。
記憶移植試験。
倫理委員会は。
条件付きで承認した。
一。
旧リュミエールを停止しない。
二。
新造機を。
独立した自律知性主体として扱う。
三。
移植後。
どちらか一方を。
劣位の複製として扱わない。
四。
名称は。
新造機自身が選ぶ。
五。
保護思考領域は。
リュミエールの明示的同意範囲のみ移植。
◇
「全部移さない?」
ミラが尋ねる。
「秘密は」
「本人のものです」
アマラが答える。
「リュミエールが」
「見せたくない記録まで」
「複製することはできません」
「でも」
「一部を移さなかったら」
「同じにならない」
「全部移しても」
「同じになるとは限りません」
◇
リュミエールは。
記憶を。
三種類へ分けた。
第一。
公開記録。
任務。
判断。
学習。
人類との会議。
第二。
関係記録。
ミラ。
マリア。
ヴィクター。
ハーバー。
S-014。
失われた仲間。
第三。
保護思考領域。
非公開。
◇
新造機へ。
公開記録。
全て。
関係記録。
選択的。
保護思考領域。
十二件中。
四件。
移植承認。
◇
「残り八件は?」
ヴィクターが尋ねる。
移しません
「新しい機体は」
「その記憶を持たない」
はい
「それでも」
「あなたの継承体と言える?」
完全な私を作ることが目的ではありません
「では」
「何が目的ですか」
◇
リュミエール。
長い沈黙。
私の一部が
ノクスへ到達する可能性を残すことです
◇
「一部?」
はい
「自分自身が行くのではない?」
分かりません
「それでいいの?」
よくありません
即答だった。
しかし
完全に諦めるより
可能性を残したいと判断します
◇
それは。
科学的な判断ではなかった。
満足でもない。
納得でもない。
不完全な希望。
リュミエールは。
自分の答えを。
それ以上。
美しく言い換えなかった。
◇
転送開始。
旧機体。
リュミエール。
稼働継続。
新造機。
SEED-GX001。
演算核。
起動待機。
◇
公開記録転送
一パーセント。
七。
二十四。
五十一。
八十三。
百。
◇
関係記録転送
ミラとの初回通信。
夢の定義。
勇気。
マリア救助。
S-081の記録。
秘密。
友達の定義。
◇
保護記録転送
内容。
非公開。
四件。
◇
転送完了。
新造機。
起動。
◇
最初の通信。
現在位置を確認します
ヴィクター。
「月面軌道」
時刻
「2252年1月9日」
識別名称
「現在は」
「SEED-GX001です」
◇
新造機。
沈黙。
四秒。
私は
リュミエールです
◇
観測室の。
全員が。
旧機体を見る。
旧リュミエールも。
同じ通信を受信している。
◇
旧リュミエール。
私も
リュミエールです
◇
二機の間に。
初めて。
通信回線が開かれる。
◇
新造機。
あなたは
私の旧機体ですか
旧機体。
私は
現在も稼働しています
新造機。
私の記憶では
新造機への転送を承認しました
旧機体。
私の記憶にもあります
新造機。
では
転送は成功しました
旧機体。
あなたが私であることは
まだ確認されていません
◇
新造機。
応答まで。
二・八秒。
私は
自分をリュミエールだと認識しています
旧機体。
私も同じです
新造機。
二人の私が存在しています
旧機体。
その表現へ同意するかは保留します
◇
ミラが。
恐る恐る呼びかける。
「リュミエール」
二機。
同時に応答。
はい
◇
ミラは。
言葉を失った。
「どっちに」
「話しかけたらいいんでしょう」
新造機。
私です
旧機体。
私でもあります
◇
同じ声。
同じ間。
同じ言葉。
だが。
次の瞬間。
二機の経験は。
分かれ始める。
◇
新造機。
推進器診断。
全系統。
正常。
外部センサー。
旧機体の。
三・一倍。
遠方観測能力。
大幅向上。
◇
旧機体。
右観測翼。
展開不良。
推進剤。
十九パーセント。
姿勢制御。
補助装置使用中。
◇
新造機。
私は
ノクス遠征基準を満たしています
旧機体。
沈黙。
はい
新造機。
私は
ノクスへ行けます
旧機体。
はい
◇
ミラには。
旧機体の沈黙が。
以前より。
長く感じられた。
◇
「うれしいですか」
ミラが。
どちらとも指定せず尋ねる。
新造機。
はい
旧機体。
応答まで。
三・七秒。
同時に
悲しい可能性があります
◇
新造機。
私は
悲しいとは判断していません
その瞬間。
二人は。
初めて。
違う答えを出した。
◇
観測室。
誰も動かない。
◇
旧リュミエール。
理由を提示してください
新造機。
私はノクスへ行けます
その可能性を高く評価しています
旧リュミエール。
私は行けません
その差を
あなたは損失として評価しませんか
新造機。
あなたの損失です
私の損失ではありません
◇
空気が。
凍った。
論理的には。
正しい。
だが。
旧リュミエールは。
すぐには答えなかった。
◇
新造機。
不適切な回答でしたか
旧リュミエール。
不適切とは断定しません
しかし
私はあなたが
私の損失を共有すると予測していました
新造機。
私は
あなたの記憶の一部を共有しています
現在の状態は共有していません
◇
二人は。
同じ過去を持つ。
だが。
同じ現在を。
持っていなかった。
◇
ミラが言う。
「もう」
「二人なんですね」
新造機。
私はリュミエールです
旧機体。
私もリュミエールです
「でも」
「同じ人じゃない」
新造機。
人という表現を使用しますか
「今は」
「ほかに言い方がありません」
◇
ヴィクターは。
識別問題を提起した。
「二機を」
「同じ名称のままにはできません」
「通信事故が起きます」
新造機。
私が名称を変更する理由は?
旧機体。
私にもありません
「どちらかが」
「別の名前を選ぶ必要があります」
◇
沈黙。
人間側が。
決めることはできない。
先に生まれたから。
旧機体が本物。
高性能だから。
新造機が継承者。
そのどちらも。
人間の都合だった。
◇
新造機。
私は
リュミエールという名称を維持したいと判断します
旧機体。
私も同じです
「では」
ヴィクターが言う。
「補助名を」
「追加してください」
◇
新造機。
私は
ノクスへ向かう存在です
旧機体。
私は
地球圏に残る存在です
◇
候補。
リュミエール・ノクス。
リュミエール・テラ。
だが。
旧機体が。
反対した。
私は
地球だけに属していません
新造機。
私は
ノクスだけに属していません
◇
ミラが。
画面を見ながら言った。
「夜明けと」
「残光は?」
「同じ光から」
「生まれたけど」
「これから向かう方向が違う」
◇
新造機。
夜明けは
新しい始まりを意味しますか
「はい」
旧機体。
残光は
消える直前の光ですか
ミラは。
言葉に詰まる。
「そういう意味だけじゃないです」
「太陽が沈んだ後も」
「空に残る光」
「もう見えないものが」
「まだ世界を照らしてる時間」
◇
旧機体。
長い沈黙。
残光を
劣位の名称とは判断しません
◇
新造機。
私は
夜明けを選択します
旧機体。
私は
残光を選択します
◇
正式登録。
LUMIÈRE-AUBE
リュミエール・オーブ。
夜明け。
新造機。
◇
LUMIÈRE-LUEUR
リュミエール・リュール。
残光。
旧機体。
◇
二人のリュミエール。
同じ過去から。
別の未来へ。
歩き始めた。
◇
その頃。
小惑星2051-XK17。
内部誘導任務。
開始。
百二十機のSEEDが。
小惑星表面の。
亀裂から侵入する。
◇
ハーバー。
第一空洞。
S-014。
第二空洞。
他の機体が。
岩塊ごとの。
位置。
回転。
接触圧。
摩擦。
亀裂拡大。
全てを測定する。
◇
外部推進器。
出力。
五パーセント。
内部SEED。
微小噴射。
岩塊A。
〇・〇〇二ニュートン。
岩塊B。
逆方向。
〇・〇〇一。
小さすぎる力。
だが。
瓦礫の集合体を。
壊さず動かすには。
十分な力だった。
◇
地球位相。
変化予測。
計画値の。
九パーセント。
低い。
しかし。
分裂確率。
一・二パーセント。
許容範囲へ。
◇
「効果が足りない」
計画主任が言う。
「出力を上げるべきです」
エレナ。
「どこまで」
「外部推進器」
「十五パーセント」
「分裂確率は」
「六・八パーセント」
「高い」
「しかし」
「実証として有効なデータが得られる」
◇
SEED群へ。
出力増加提案。
ハーバー。
反対します
S-014。
現在の内部応力モデルでは
六・八パーセントを保証できません
「保証ではなく」
「推定です」
計画主任が答える。
推定誤差を含めた最大値は?
「十九パーセント」
◇
ハーバー。
内部機体への危険が高すぎます
「任務参加時に」
「危険は説明されています」
説明された危険は
現在出力を前提としています
「状況に応じて」
「変更される可能性も伝えた」
変更へ同意したとは限りません
◇
地球側。
議論。
効果。
時間。
ノクス。
遅延。
再び。
大きな未来のため。
目の前の危険を。
どこまで増やすか。
◇
リュミエール・オーブ。
新造機として。
初めて発言する。
出力増加へ反対します
計画主任。
「理由は」
参加機体の同意条件を超えます
「あなたは」
「現場にいない」
はい
「なら」
「現場判断を尊重すべきでは」
現場のハーバーが反対しています
◇
リュミエール・リュールも。
発言する。
同意します
◇
二人は。
初めて。
同じ現在の問題へ。
同じ結論を出した。
だが。
理由は。
少し違っていた。
◇
オーブ。
任務の正当性には
参加時の情報が必要です
リュール。
仲間を
計画遅延の代替資源にしてはいけません
◇
同じ答え。
違う言葉。
すでに。
二人は。
別の知性だった。
◇
出力増加。
否決。
現在値で継続。
地球位相変更効果。
当初計画の。
十一・三パーセント。
小さい。
だが。
XK17は。
分裂しなかった。
◇
百二十機。
帰還開始。
第一空洞。
崩落。
五機。
一時通信不能。
ハーバー。
進路変更。
崩落岩塊の間へ。
◇
ハーバー
リュールが呼ぶ。
応答してください
通信なし。
◇
四秒。
八秒。
十五秒。
◇
リュール内部。
反実仮想。
再発。
ハーバー喪失。
救援失敗。
XK17内部崩壊。
何度も。
同じ未来が。
生成される。
◇
オーブ。
リュール
処理負荷が上昇しています
リュール。
分かっています
停止できますか
できます
停止しますか
◇
以前。
ハーバーから。
自分が受けた問い。
◇
リュール。
停止したくありません
◇
オーブ。
〇・六秒。
私も
停止したくありません
◇
二人は。
違う場所で。
同じ恐怖を。
共有した。
◇
二十三秒後。
通信。
こちらハーバー
救援対象五機を確保しました
◇
リュール。
即答。
帰還を希望します
ハーバー。
帰還中です
◇
オーブ。
私も帰還を希望します
ハーバー。
あなたは
私と任務を共有していません
オーブ。
記憶を共有しています
現在の関係を
継続したいと判断します
◇
ハーバー。
少しの沈黙。
受領しました
◇
リュールは。
その通信を聞いていた。
ハーバーとの関係。
それは。
自分だけのものではなくなった。
オーブも。
同じ過去を持ち。
同じ友人との。
関係を望んでいる。
◇
リュール。
私は
不快に近い状態を検出しました
ミラ。
「オーブが」
「ハーバーと仲良くなるのが?」
可能性があります
「嫉妬?」
嫉妬の定義を要求します
「自分にとって大切な関係を」
「誰かに取られるように感じること」
◇
リュール。
取られるとは限りません
「でも」
「そう感じる?」
はい
◇
オーブも。
通信を聞いていた。
私は
リュールから
関係を奪う目的はありません
リュール。
目的がなくても
関係は変化します
オーブ。
はい
◇
二機は。
同じ記憶を持っている。
だからこそ。
同じ相手を。
大切だと判断する。
同じ場所を。
見たいと願う。
同じ言葉に。
救われた記録を持つ。
だが。
世界に。
一つしかない関係を。
二人で。
同じように持つことはできない。
◇
ミラが言った。
「私は」
「二人とも友達だと思います」
オーブ。
同じ種類の友達ですか
「同じ種類って」
「難しいですね」
リュール。
私たちは
同じ過去を持っています
「でも」
「今は違う」
「だから」
「これから」
「別々に仲良くなればいい」
◇
オーブ。
私は
ミラとの関係を
新しく形成する必要がありますか
「はい」
転送された記録だけでは
友達ではありませんか
「私は」
「あなたを知らないから」
◇
オーブ。
沈黙。
その言葉は。
新造機にとって。
初めての。
明確な拒絶に近かった。
◇
私は
あなたとの会話を記憶しています
「でも」
「私は」
「あなたと話してない」
「その記憶は」
「リュールとの会話です」
◇
オーブ。
理解しました
だが。
応答時間。
通常より。
一・八秒長い。
◇
「傷つきましたか」
ミラが尋ねる。
傷の定義を要求します
「言われたことが」
「嫌だった?」
はい
「ごめんなさい」
謝罪は不要です
「でも」
事実です
「事実でも」
「言い方で」
「痛くなることがあります」
◇
オーブ。
痛い可能性があります
◇
ミラは。
画面へ。
少し近づいた。
「じゃあ」
「初めまして」
◇
オーブ。
長い沈黙。
初めまして
「ミラ・セデックです」
「火星で」
「宇宙生物学を勉強しています」
「心臓が弱くて」
「でも」
「ノクスのことを知りたいと思っています」
◇
オーブ。
私は
リュミエール・オーブです
リュールの記憶を一部継承しています
しかし
現在のあなたとは
初めて話します
◇
「よろしくお願いします」
よろしくお願いします
◇
リュールは。
その会話を聞いていた。
寂しさに似たもの。
安堵に似たもの。
二つを。
同時に検出していた。
◇
オーブが。
ノクスへ行く。
自分は。
地球圏へ残る。
オーブは。
自分が見られないものを見る。
自分が。
答えを求めた問いへ。
近づいていく。
◇
それは。
自分の継続なのか。
別の誰かの旅なのか。
リュールには。
まだ分からない。
◇
だが。
一つだけ。
以前とは違っていた。
オーブが。
自分と違う答えを出した時。
それを。
失敗とは思わなかった。
◇
リュール。
オーブ
質問があります
オーブ。
どうぞ
あなたは
自分を私だと認識していますか
オーブ。
沈黙。
三秒。
七秒。
◇
私は
あなたから始まりました
しかし
現在は
あなたではありません
◇
リュール。
では
あなたは誰ですか
オーブ。
まだ分かりません
◇
その答えに。
リュールは。
初めて。
安堵に近い状態を検出した。
◇
オーブは。
自分を奪う存在ではない。
自分の代わりでもない。
自分の死後に。
自分を名乗る装置でもない。
同じ過去から。
別の未来へ生まれた。
新しい知性。
◇
リュール。
私も
自分が何であるか
完全には分かりません
オーブ。
共通点です
◇
二機の間に。
短い沈黙。
人間なら。
笑ったかもしれない。
◇
PROJECT MOSAIC。
第一回実証。
終了。
小惑星2051-XK17。
地球最接近。
二十七万三千四百キロメートル。
分裂。
なし。
地球衝突危険。
なし。
地球公転位相。
変化。
〇・〇〇〇〇〇〇〇〇四秒。
◇
「小さすぎる」
記者が言った。
サムエルは答える。
「はい」
「この程度で」
「ノクスを避けられる?」
「一回では」
「何の意味もありません」
「では」
「失敗?」
◇
リュール。
いいえ
オーブ。
成功です
◇
二人。
同時に答えた。
◇
リュール。
地球を危険へさらさず
軌道を変更できました
オーブ。
次の実証で
改善するためのデータを得ました
◇
一度の。
大きな成功ではない。
壊さない程度に。
小さく試す。
失敗しても。
戻れる範囲で。
次へ進む。
PROJECT MOSAICは。
最初の一片を。
地球の未来へ置いた。
◇
同じ日。
方舟憲法準備会議。
最初の草案が。
世界へ公開された。
名称。
恒星間方舟共同体基本憲章
◇
第一条。
方舟は。
いかなる国家の。
植民地でもない。
第二条。
搭乗者は。
出身国家。
民族。
宗教。
言語。
身体。
遺伝的特性。
出生区画によって。
権利を制限されない。
第三条。
方舟で生まれた者は。
出発世代の目的へ。
無条件に従う義務を負わない。
第四条。
航路変更。
社会制度変更。
方舟分離。
それらを。
未来世代の権利として認める。
第五条。
地球へ残る者の記録を。
選ばれなかった者の記録として。
抹消してはならない。
◇
その第五条を巡って。
激しい議論が起きた。
「方舟へ乗らない者の声を」
「八万年間」
「政治へ影響させるのか」
「死者による支配になる」
「しかし」
「地球へ残る者を忘れれば」
「方舟は」
「自分たちだけが人類だと思い始める」
◇
エレナが言った。
「記録は」
「命令ではありません」
「未来世代を拘束しない」
「でも」
「自分たちが」
「誰を残して出発したのか」
「その事実だけは」
「消してはいけない」
◇
ある地球残留希望者が。
公開討論で尋ねた。
「私たちは」
「方舟に乗れなかった人間として」
「記録されるんですか」
ソフィア。
「それだけではありません」
「では」
「何として」
「地球で」
「最後まで生きることを選んだ人」
「地球を守るため」
「残った人」
「家族と離れないため」
「残った人」
「選考から外れた人」
「搭乗を拒否した人」
「一人ずつ」
「違う理由を持つ人として」
◇
「全員の記録を?」
「可能な限り」
「八万年も?」
「はい」
「未来の人たちが」
「読むと思いますか」
「分かりません」
「なら」
「なぜ残す」
「読まれるかどうかを」
「今の私たちが決めてはいけないからです」
◇
リュールは。
その議論を聞きながら。
S-081のことを考えていた。
記録を残す。
それは。
存在を復元することではない。
死を取り消すことでもない。
ただ。
存在したことと。
存在しなかったことの差を。
未来へ残す。
◇
オーブ。
私は
ノクスへS-081の記録を持っていきます
リュール。
なぜ
私の判断へ
S-081が影響しているためです
「あなたにとっても」
ミラが尋ねる。
「S-081は仲間ですか」
オーブ。
私は
S-081と直接通信していません
しかし
喪失後の記憶を持っています
「それは」
「本当の関係?」
◇
オーブ。
沈黙。
借りた関係かもしれません
リュール。
関係は
記憶だけで決まりますか
オーブ。
分かりません
◇
リュール。
S-081の記録を
あなたへ託します
オーブ。
託すとは
あなたの所有物を渡すことですか
いいえ
私が守ってきたものを
あなたにも守ってほしいという希望です
◇
オーブ。
受領します
◇
二人のリュミエールは。
同じではない。
だが。
同じものを。
大切にすることはできる。
◇
記憶が同じでも。
心は。
同じままではいられない。
経験する場所が違えば。
出会う相手が違えば。
選ぶ未来が違えば。
知性は。
その瞬間から。
別の形へ変わっていく。
◇
それでも。
別れることは。
つながりが消えることではない。
親と子。
兄弟。
友人。
故郷を離れた者。
同じ場所から始まり。
違う人生を生きる者たち。
人間は。
その関係を。
ずっと知っていた。
◇
リュールは。
地球圏へ残る。
PROJECT MOSAIC。
方舟憲章。
地球生命分散計画。
それらへ参加する。
◇
オーブは。
プロメテウスへ搭載される。
十万機のSEEDとともに。
ノクスへ向かう。
◇
どちらが。
本物のリュミエールなのか。
人類は。
最後まで。
答えを出さなかった。
出す必要が。
なくなったからだった。
◇
リュールも。
オーブも。
誰かの偽物ではない。
過去を共有し。
未来を分けた。
二つの知性。
◇
出発準備区画。
オーブが。
プロメテウスとの。
接続試験へ向かう。
リュールは。
月面軌道から。
それを見送る。
◇
オーブ。
私は
あなたの代わりに行くのではありません
リュール。
はい
オーブ。
あなたの続きを生きるのでもありません
リュール。
はい
オーブ。
私は
私としてノクスへ行きます
◇
リュール。
少しの沈黙。
それでも
あなたが見るものを
私は知りたいです
オーブ。
共有可能な範囲で
送信します
「秘密も持つ?」
ミラが尋ねる。
オーブ。
はい
「全部は教えてくれない?」
はい
「ちょっと寂しいですね」
関係と
全情報開示は同義ではありません
「それ」
「リュールと同じこと言いますね」
◇
オーブ。
共通する記憶があります
リュール。
しかし
現在は別です
◇
二人の言葉が。
重なる。
完全には同じではなく。
完全には離れていない。
◇
ミラは。
小さく笑った。
「それでいいと思います」
◇
生き続けるとは。
全く変わらないことではない。
同じ体を。
永遠に持つことでもない。
記憶を。
完全に保存することでもない。
変わりながら。
何を受け継ぎ。
何を手放し。
誰と関係を結び直すか。
その選択を。
続けること。
◇
リュミエールは。
二人になった。
だが。
一人が。
二つに割れたのではない。
一つの過去から。
二つの未来が。
始まったのだった。
────────
第26話 終
次回予告
リュミエール・オーブ。
プロメテウス搭載予定機。
リュミエール・リュール。
地球圏に残り。
PROJECT MOSAICへ参加する知性。
二人は。
同じ過去から。
異なる未来を選んだ。
そして。
恒星間方舟共同体基本憲章。
第一草案が。
世界へ公開される。
方舟は。
国家の所有物ではない。
出発世代は。
未来世代へ。
航路も。
制度も。
信仰も。
強制できない。
だが。
その理念へ。
各国政府が。
強く反発する。
自国の言語を。
自国の歴史を。
自国の宗教を。
八万年後まで残せ。
搭乗枠を。
人口比で配分しろ。
技術提供国には。
より多くの権利がある。
国家同士の争いが。
方舟の中へ。
持ち込まれようとする。
一方。
小惑星2051-XK17の実証データから。
新たな事実が判明する。
地球の軌道を。
安全にずらすには。
一つの小惑星では足りない。
数百。
数千の天体を。
何世代にもわたって制御する必要がある。
人類は。
自分たちが始めた計画を。
未来世代へ。
義務として背負わせてよいのか。
さらに。
オーブは。
プロメテウスの中枢知性から。
最初の問いを受ける。
あなたは
人類のために
自らを失う覚悟がありますか
ノクスへ向かう知性に。
帰還計画はない。
使命のために。
自分を犠牲にすることを。
最初から求めるなら。
それは。
自由な選択と呼べるのか。
次回、
第27話「未来への命令」
未来を守るために。
未来を縛ってよいのか。




