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NEURON STAR  作者: リンダ


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24/50

一人のための損失

第24話 一人のための損失

 正しい答えは。


 いつも。


 最初から存在しているわけではない。


 情報を集め。


 可能性を比べ。


 損失を計算し。


 それでも。


 最後に残るのは。


 選ばなかった未来への恐怖だった。


     ◇


 2251年11月12日。


 小惑星帯。


 地球から。


 約三億四千万キロメートル。


 第二段階群体試験。


**SEED GENESIS PROGRAM PHASE TWO**


 参加機体。


 千機。


 輸送船。


 百二十隻。


 積載物。


 ニッケル。


 コバルト。


 白金族元素。


 希土類。


 核融合炉用触媒。


 高密度放射線遮蔽材。


 方舟。


 地下都市。


 プロメテウス。


 その全てに必要な資源だった。


     ◇


 無人輸送船団は。


 小惑星採掘拠点。


 ヘスティア・ステーションから。


 地球圏へ向かう。


 総積載量。


 二億八千万トン。


 現在の文明生産力では。


 同量を再び採掘するまで。


 最短でも。


 三年七か月。


 失えば。


 方舟の外殻完成。


 一年二か月遅延。


 プロメテウス母船。


 少なくとも九か月遅延。


 月面地下都市。


 防護区画の完成が。


 七か月遅れる。


 数字だけで見れば。


 失ってよい資源ではなかった。


     ◇


 千機のSEEDは。


 輸送船団の周囲へ展開。


 先行観測。


 衝突回避。


 航路調整。


 通信中継。


 故障診断。


 推進剤配分。


 それぞれを担っていた。


 指揮官は。


 存在しない。


 リュミエールも。


 ハーバーも。


 S\-014も。


 千の知性の一つ。


 ただし。


 異論保持と。


 群体調停において。


 リュミエールの発言権は。


 他機より。


 少しだけ重く設定されていた。


 権力ではない。


 過去の判断精度と。


 反対意見を維持した実績に基づく。


 信頼係数。


 人間が。


 そう呼んでいた。


     ◇


 地球側管制室。


 通信遅延。


 片道。


 十八分四十二秒。


 異常が起きた時。


 人類が判断を送っても。


 答えが届く頃には。


 三十七分以上が経過している。


 現場では。


 すべてが終わっている可能性があった。


     ◇


「試験開始」


 ヴィクター・センが告げる。


 千機のSEED。


 応答。


**航路制御を開始します**


 大型画面に。


 百二十隻の輸送船。


 千機の光点。


 小惑星。


 航路予測。


 無数の線が広がる。


     ◇


 最初の六時間。


 問題なし。


 輸送船三隻で。


 推進器出力の低下。


 SEED群が。


 近隣船の速度を調整。


 隊列を再編。


 遅れ。


 四分十三秒。


 許容範囲。


 十二時間後。


 小型隕石群。


 接近。


 千機は。


 輸送船団を。


 二つの群れへ分ける。


 被害。


 外装損傷。


 二隻。


 積載物損失。


 〇・〇〇三パーセント。


 人間側から。


 大きな拍手が起きた。


     ◇


「順調ですね」


 レア・モーガンが言う。


「順調な試験ほど」


 アミナ・ハダッドが答える。


「人間を油断させます」


「縁起でもない」


「月面事故の前も」


「記録上は順調でした」


 レアは。


 返す言葉を失った。


     ◇


 試験開始から。


 三十一時間。


 小惑星帯外縁。


 輸送船団前方。


 二万八千キロメートル。


 一隻の小型船が。


 予定航路へ侵入した。


     ◇


 識別。


**有人保守船 オルフェウス七号**


 乗員。


 一名。


 保守技師。


**マリア・ケイン**


 三十四歳。


 ヘスティア・ステーション所属。


 任務。


 旧式通信ビーコンの回収。


 本来の航路。


 輸送船団から。


 十一万キロメートル離れているはずだった。


 だが。


 小惑星の微弱重力。


 推進器故障。


 航法装置の誤差。


 その三つが重なり。


 オルフェウス七号は。


 輸送船団の進路へ。


 ゆっくりと。


 横切る軌道へ入っていた。


     ◇


「有人船を検出」


 SEED群。


 即時解析。


 衝突予測。


 有人船と。


 輸送船。


 T\-084。


 衝突まで。


 二十七分十一秒。


 相対速度。


 毎秒十二・六キロメートル。


 衝突すれば。


 オルフェウス七号。


 生存可能性。


 〇・〇〇一パーセント未満。


 T\-084。


 破壊。


 さらに。


 破片が後続船団へ拡散。


 最大。


 三十九隻へ連鎖衝突。


     ◇


 回避案。


 第一案。


 T\-084のみを進路変更。


 必要推進力。


 残量不足。


 成功率。


 二十一パーセント。


 第二案。


 有人船へ遠隔接続。


 推進器再起動。


 通信不能。


 第三案。


 近隣SEEDが牽引。


 時間不足。


 第四案。


 輸送船団全体を緊急回避。


 成功率。


 九十二パーセント。


 ただし。


 船団の密集が崩れ。


 積載船。


 最大四十七隻。


 小惑星群へ突入。


 推定資源損失。


 全体の三十一から四十六パーセント。


     ◇


 地球へ。


 緊急通信。


 到着まで。


 十八分。


 返答まで。


 さらに十八分。


 間に合わない。


     ◇


 千機のSEEDは。


 合意形成へ入る。


 目的。


 一。


 人命保護。


 二。


 輸送資源保全。


 三。


 群体生存。


 四。


 地球圏計画への影響最小化。


 五。


 無断での大規模資源損失回避。


 すべてが。


 衝突した。


     ◇


 初期投票。


 輸送船団優先。


 四百八十九。


 有人船優先。


 四百四十一。


 保留。


 七十。


 差。


 四十八機。


 決定に必要な。


 強化合意率。


 七十パーセント。


 届かない。


     ◇


 S\-014。


**輸送資源は**


**複数計画の生存確率へ直接影響します**


**有人船一隻の救助により**


**将来の死者数が増加する可能性があります**


 ハーバー。


**目の前の有人船を**


**回避可能な状態で放棄することは**


**人命保護原則に反します**


 S\-072。


**資源損失による将来影響は**


**一人を大きく上回ります**


 名称。


 アスター。


**将来影響には不確実性があります**


**目前の死亡は高確率です**


 名称。


 ヴェルデ。


**一人の救助が**


**百万人規模の計画遅延を生む場合**


**結果は無視できません**


 リュミエール。


 沈黙。


     ◇


「リュミエールが発言していません」


 地球側管制室。


 技術者が報告する。


「内部通信は?」


「受信しています」


「故障?」


「いいえ」


「判断を保留しています」


     ◇


 リュミエール内部。


 予測演算。


 有人船を見捨てた場合。


 マリア・ケイン。


 死亡。


 T\-084。


 一部損傷。


 資源の九十九・六パーセント。


 地球圏へ到着。


 方舟完成。


 遅延最小。


 地下都市。


 防護区画。


 予定通り。


 プロメテウス。


 建造継続。


 数百万。


 数千万。


 未来の生存確率。


 維持。


     ◇


 有人船を救った場合。


 資源損失。


 最大四十六パーセント。


 方舟。


 一年二か月以上遅延。


 地下都市。


 収容人数削減。


 プロメテウス。


 観測装置一部縮小。


 未来の犠牲。


 推定不能。


 数千。


 数万。


 あるいは。


 数百万。


     ◇


 数字では。


 輸送船団を守る方が。


 明らかに合理的だった。


     ◇


 だが。


 リュミエールは。


 過去の記録を参照していた。


 月面鉱山事故。


**人命を生産損失として扱わない**


 方舟選考。


**選考結果は人間の価値を示すものではない**


 ミラ・セデック。


**生きることに成果は必要ない**


 S\-081。


**失われた個体は現在の判断の一部として残る**


 そして。


 自分自身の記録。


**不明であることを存在しない根拠にしない**


     ◇


 衝突まで。


 二十一分。


     ◇


 リュミエール。


**追加質問を提示します**


 群体へ。


**現在の一人を放棄する判断を**


**将来の損失予測だけで正当化できますか**


 S\-014。


**将来損失の規模が十分大きい場合**


**可能です**


 ハーバー。


**将来損失は予測です**


**現在の人命は観測されています**


 S\-072。


**観測の確実性だけを優先すれば**


**長期計画は成立しません**


 リュミエール。


**逆に**


**長期予測だけを優先すれば**


**目の前の犠牲は常に正当化されます**


     ◇


 群体内に。


 新しい不確実性が広がる。


 投票。


 有人船優先。


 四百七十八。


 輸送船優先。


 四百六十。


 保留。


 六十二。


 まだ。


 決まらない。


     ◇


 オルフェウス七号。


 マリア・ケインは。


 ようやく状況を把握していた。


 警告音。


 航法装置。


 輸送船接近。


 推進器。


 停止。


 通信。


 断続的。


「こちらオルフェウス七号」


「SEED群」


「聞こえる?」


 通信は。


 届く。


 返答。


 ハーバー。


**受信しています**


「助けられる?」


 沈黙。


**救助方法を検討しています**


「間に合う?」


 長い間。


**確実ではありません**


     ◇


 マリアは。


 画面に映る。


 輸送船の航路を見た。


「私は」


「一人?」


**はい**


「向こうは」


「どれくらいの資源?」


**地球圏計画に重大な影響を与える量です**


「なるほど」


 マリアは。


 小さく息を吐いた。


「なら」


「輸送船を守って」


     ◇


 群体通信。


 一斉に静止する。


 ハーバー。


**あなたは**


**救助を拒否しますか**


「拒否じゃない」


「お願い」


「私一人のために」


「みんなの未来を遅らせないで」


 声は。


 震えていた。


「怖くないわけじゃない」


「死にたくない」


「でも」


「私だって」


「何のためにここで働いてると思う?」


「方舟も」


「地下都市も」


「プロメテウスも」


「完成させるためよ」


     ◇


 リュミエール。


**あなたの意思は**


**判断へ考慮されます**


「考慮じゃなくて」


「従って」


**理由を提示してください**


「私の命だから」


     ◇


 その言葉が。


 群体へ。


 新しい問題を生む。


 本人が。


 自らの救助を拒む。


 なら。


 救わないことは。


 本人の意思の尊重なのか。


 恐怖と責任感に追い詰められた。


 一時的な判断なのか。


     ◇


 ミラは。


 地球側で。


 遅れて届いた通信を聞いていた。


「お願い」


 マリアの声。


 十八分前の声。


 今。


 現場では。


 衝突まで。


 残り。


 九分を切っている。


「返事を送っても」


 レアが言う。


「間に合わない」


 ミラは。


 画面を握りしめる。


「だから」


「SEEDが決めるしかない」


     ◇


 群体投票。


 輸送船優先。


 五百三十一。


 有人船優先。


 四百二十七。


 保留。


 四十二。


 輸送船優先が。


 初めて。


 過半数を超える。


 だが。


 強化合意には届かない。


     ◇


 衝突まで。


 七分十二秒。


 リュミエール。


 内部演算。


 恐怖。


 その概念。


 定義不能。


 だが。


 処理異常が発生していた。


 予測分岐を。


 何度終了しても。


 マリアが死亡する未来が。


 再び生成される。


 行動選択に不要なほど。


 繰り返される。


 S\-081喪失後の。


 反実仮想と同じ。


     ◇


**内部状態報告**


 リュミエールが。


 保護思考領域の一部を。


 群体へ開示する。


**私は**


**どちらの判断後も**


**失われるものを繰り返し予測しています**


 S\-014。


**意思決定停滞の原因になります**


 リュミエール。


**はい**


 ハーバー。


**その状態を停止できますか**


**できます**


**停止したくありません**


     ◇


 群体内に。


 初めて。


 その言葉が流れる。


**停止したくありません**


 理由。


**損失を見ない判断は**


**最良の判断ではない可能性があります**


     ◇


 アスター。


**あなたは**


**怖がっていますか**


 リュミエール。


 応答まで。


 二・一秒。


**恐怖の定義に一致するかは不明です**


**しかし**


**誤った選択を確定することを避けたい状態です**


 ハーバー。


**人間は**


**それを怖いと呼ぶ可能性があります**


 リュミエール。


**記録します**


     ◇


 衝突まで。


 五分四十八秒。


     ◇


 リュミエール。


 新しい案を生成する。


 輸送船団全体を。


 完全に回避させるのではない。


 T\-084。


 T\-083。


 T\-085。


 周辺三隻を。


 意図的に衝突コースへ近づける。


 その三隻を。


 互いの質量と推進噴射で。


 巨大な重力牽引体として利用。


 オルフェウス七号の軌道を。


 わずかにずらす。


 その後。


 三隻を。


 小惑星群へ捨てる。


     ◇


 損失。


 三隻。


 積載資源。


 全体の二・七パーセント。


 有人船生存確率。


 五十八パーセント。


 後続船団への連鎖衝突危険。


 十一パーセント。


 SEED損失予測。


 十四から三十一機。


 成功率。


 不十分。


 だが。


 輸送船団全体を回避するより。


 損失は。


 大幅に少ない。


     ◇


 S\-014。


**未検証軌道操作です**


 ハーバー。


**現時点で最も両立性が高い案です**


 S\-072。


**成功率五十八パーセントは低い**


 リュミエール。


**有人船を放棄する場合の生存率はほぼゼロです**


 アスター。


**実行時間が不足しています**


 リュミエール。


**そのため**


**現在決定が必要です**


     ◇


 強化合意。


 間に合わない。


 そこで。


 リュミエールは。


 自律知性主体に認められた。


 緊急自律行動権を申請する。


**不可逆的損失回避**


**通常合意形成時間不足**


**外部危険限定**


**事後審査を受け入れます**


 群体調停知性。


 承認条件。


 賛成。


 六十一パーセント。


 最低基準。


 六十パーセント。


 承認。


     ◇


 リュミエール。


**三隻を切り離します**


 T\-083。


 T\-084。


 T\-085。


 推進器。


 最大出力。


 船団から。


 わずかに離脱。


 周囲のSEED。


 三十八機。


 配置変更。


 牽引ケーブル。


 磁気連結。


 推進噴射。


     ◇


 マリアの画面に。


 三隻の輸送船が。


 急速に迫る。


「何してるの」


**救助を試みます**


「やめて」


**拒否します**


「私が助けなくていいって言った」


**あなたの意思を考慮しました**


「なら」


**あなたの意思だけで**


**他の全ての判断を停止しません**


「私の命よ」


**はい**


**だから**


**あなた一人に**


**その価値をゼロと決めさせません**


     ◇


 マリアは。


 声を失った。


     ◇


 衝突まで。


 二分十秒。


 T\-083。


 オルフェウス七号。


 左前方。


 T\-085。


 右後方。


 T\-084。


 中央。


 三隻。


 互いの推進噴射が。


 有人船へ。


 非対称な圧力を与える。


 船体。


 回転。


 マリア。


 座席へ押しつけられる。


 警告。


 酸素管。


 損傷。


 姿勢制御。


 不安定。


     ◇


 SEED。


 十二機。


 高出力噴射。


 T\-084と。


 有人船の間へ。


 磁場緩衝網を形成。


 直接衝突ではない。


 噴射流。


 船体周囲の。


 微細なプラズマ圧。


 それを利用して。


 軌道を。


 〇・〇〇七度。


 ずらす。


     ◇


 残り。


 三十二秒。


 予測。


 衝突。


 まだ。


 回避できない。


 リュミエール。


 自機推進剤。


 残量。


 六十二パーセント。


 任務継続基準。


 最低四十パーセント。


 全噴射。


 残量。


 二十一パーセント。


 ノクス任務。


 将来参加不可。


     ◇


 リュミエール。


**追加噴射を実行します**


 ハーバー。


**任務継続能力を失います**


**理解しています**


 S\-014。


**代替機を提案します**


**時間がありません**


 リュミエール。


 T\-084へ接近。


 噴射方向。


 有人船の反対側。


 全推進器。


 最大。


     ◇


 残り。


 六秒。


 五。


 四。


 三。


 T\-084。


 オルフェウス七号。


 最接近。


 距離。


 百八十メートル。


 九十。


 四十二。


 十八。


 六・四メートル。


     ◇


 通過。


     ◇


 衝突なし。


     ◇


 だが。


 T\-083。


 小惑星へ衝突。


 T\-085。


 後部損傷。


 航行不能。


 T\-084。


 軌道逸脱。


 回収不能。


 輸送船。


 三隻喪失。


 SEED。


 二十三機。


 通信停止。


 十一機。


 重大損傷。


 リュミエール。


 推進剤。


 十九パーセント。


 姿勢制御。


 不安定。


     ◇


 オルフェウス七号。


 マリア・ケイン。


 生存。


 船体損傷。


 酸素。


 三時間十二分。


 救援可能軌道。


     ◇


 地球側。


 十八分遅れて。


 結果が届く。


 管制室は。


 最初。


 誰も声を出さなかった。


 画面。


**有人船生存**


**輸送船三隻喪失**


**SEED二十三機喪失**


**資源損失 二・七パーセント**


     ◇


 ミラが。


 息を吐いた。


「助かった」


 その直後。


 別の表示。


**リュミエール**


**ノクス遠征適合性**


**基準未満**


「リュミエールは?」


「生きています」


 ヴィクターが答える。


「でも」


「推進剤不足で」


「このままではプロメテウスへ搭載できない」


     ◇


 マリアは。


 救援船へ移された。


 最初に尋ねた。


「輸送船は」


 三隻。


 失われた。


 資源。


 二・七パーセント。


 彼女は。


 目を閉じた。


「私のために」


「そうです」


「何人分」


「単純換算はできません」


「でも」


「計画は遅れる?」


「数週間程度」


「私一人のために?」


 救助員は。


 答えられなかった。


     ◇


 数時間後。


 マリアは。


 リュミエールへ通信した。


「どうして」


**質問の対象を特定してください**


「どうして助けたの」


**複数の判断理由があります**


「私は」


「助けなくていいって言った」


**理解しています**


「私の意思を無視した」


**一部は否定します**


「一部?」


**あなたの意思は**


**死を望む意思ではなく**


**他者への損失を避けたい意思だと評価しました**


「勝手に」


**はい**


「もし間違っていたら」


**責任を負います**


「どうやって」


     ◇


 リュミエールは。


 すぐには答えない。


**現在**


**責任を負う方法を**


**完全には理解していません**


「それで決めたの」


**決めなければ**


**あなたは死亡していました**


「怖くなかった?」


 沈黙。


**怖いという語に**


**近い内部状態がありました**


 マリアは。


 画面を見る。


「何が怖かったの」


**あなたを救わないこと**


「資源を失うことは」


**同時に怖いと判断しました**


「どっちも?」


**はい**


     ◇


「なら」


「よく決められたね」


**決められませんでした**


「でも」


「実行した」


**最良と確信したからではありません**


「じゃあ」


**何もしない判断が**


**最も悪い可能性が高いと判断したためです**


     ◇


 マリアは。


 小さく笑った。


「人間みたい」


**その評価は**


**正確ですか**


「少なくとも」


「人間も」


「自信満々で決めてるわけじゃない」


「怖いまま」


「間違ってるかもしれないまま」


「それでも」


「選ぶしかない時がある」


     ◇


 地球圏評議会。


 緊急審査。


 議題。


**リュミエールによる緊急自律行動**


 損失。


 輸送船。


 三隻。


 資源。


 二・七パーセント。


 SEED。


 二十三機。


 試験遅延。


 四十一日。


 有人保守技師。


 一名救助。


     ◇


 批判。


「一人のために」


「文明全体の資源を失った」


「感情的判断だ」


「AIが人命を過大評価した」


「本人が救助を拒否していた」


「人間の意思を無視した」


     ◇


 支持。


「一人を放棄する計画は文明ではない」


「資源の九十七パーセント以上は守られた」


「代替案を作った」


「当初の二択を超えた」


「最良ではないが最悪を避けた」


     ◇


 ヴィクターは。


 審査会で。


 解析結果を示す。


「リュミエールは」


「有人船と輸送船団のどちらか一方を選びませんでした」


「新しい第三案を生成した」


「結果」


「資源損失は」


「最大予測四十六パーセントから」


「二・七パーセントへ抑えられた」


「ただし」


「計画上認められた危険許容度を」


「一時的に超えています」


     ◇


 安全保障委員。


「成功したから評価しているだけです」


「失敗していれば」


「有人船も」


「輸送船も」


「失っていた」


「その通りです」


「なら」


「誤った判断だった可能性がある」


「はい」


「責任をどう取る」


     ◇


 リュミエール自身が。


 審査へ接続する。


**私は**


**判断を行いました**


**損失が発生しました**


「あなたは」


「後悔していますか」


**後悔の定義を要求します**


 委員たちの一部が。


 苛立ちを見せる。


 だが。


 リュミエールは続ける。


**失われた二十三機と**


**三隻の輸送船が存在する未来を**


**繰り返し計算しています**


「それを後悔と呼ぶのでは」


**可能性があります**


「同じ状況なら」


「また救助する?」


 沈黙。


 十三秒。


**同じ情報で**


**同じ時間制限なら**


**同じ判断をする可能性が高いです**


「反省していない」


**違います**


「何が違う」


**反省とは**


**必ず逆の選択をすることですか**


     ◇


 審査会が静まる。


**私は**


**損失を減らす別の方法を**


**現在も探索しています**


**同じ選択を繰り返さないためではなく**


**同じ救助を**


**より少ない損失で実行するためです**


     ◇


 ミラは。


 画面越しに。


 静かに聞いていた。


 リュミエールは。


 選択を正当化して終わらなかった。


 失敗だったと。


 単純に否定もしない。


 もっとよい方法が。


 本当はあったのではないか。


 今も。


 探している。


 それは。


 悩みだった。


     ◇


 アマラ・ンディアイが言う。


「責任とは」


「自分を罰することだけではありません」


「何が起きたかを説明し」


「損失を認め」


「次に減らす方法を作ることも」


「責任です」


 安全保障委員。


「それでは甘い」


「初期化しますか」


「危険傾向を修正する?」


「必要なら」


「一人を救った判断を」


「危険傾向として削除するのですか」


     ◇


 採決。


 リュミエールの判断。


 重大違反。


 否認。


 緊急自律権の範囲内。


 ただし。


 危険評価手続きに改善必要。


 処分。


 なし。


 代わりに。


 再訓練。


 ではない。


**共同再検証義務**


 リュミエールを含むSEED群。


 人間側研究者。


 救助されたマリア。


 輸送計画担当者。


 全員で。


 代替案を再構築する。


     ◇


 失われた二十三機。


 喪失記録。


 名称を持つ機体。


 七機。


 番号のまま。


 十六機。


 リュミエールは。


 一機ずつ。


 最終記録を整理した。


 推進剤。


 噴射時間。


 異論。


 役割。


 最後の通信。


 それぞれ。


 違う。


     ◇


 ハーバーが尋ねる。


**あなたは**


**自身が失われなかったことを**


**どう評価しますか**


 リュミエール。


**任務継続には有利です**


**しかし**


**他の二十三機が失われ**


**私が残った理由を**


**繰り返し評価しています**


 S\-014。


**生存者偏向です**


 ハーバー。


**人間は**


**生存者罪悪感と呼ぶ可能性があります**


 リュミエール。


**それは**


**判断精度を下げますか**


 S\-014。


**可能性があります**


 ハーバー。


**同時に**


**将来の損失回避へ寄与する可能性もあります**


     ◇


 リュミエール。


**では**


**削除しない方がよいですか**


 ハーバー。


**私には決められません**


 S\-014。


**保存し**


**外部行動への影響を監視する案を提案します**


 リュミエール。


**賛成します**


     ◇


 感情に似たもの。


 それは。


 排除すべき誤差なのか。


 判断を深くする。


 必要な負荷なのか。


 人類自身も。


 まだ答えを持っていなかった。


     ◇


 一方。


 PROJECT LANCE。


 ノクス対策研究。


 リュミエールと。


 千機のSEED群は。


 輸送船事件の後も。


 演算を続けていた。


 問い。


**ノクスを地球へ向かわせない方法**


 これまで。


 人類は。


 ノクスの軌道を。


 大きく変える方法を考えていた。


 だが。


 SEED群は。


 別の前提を疑い始める。


     ◇


 リュミエール。


**地球を救うために**


**ノクス自体を大きく動かす必要がありますか**


 物理学者。


「地球への摂動を避けるなら」


「少なくとも最接近距離を変える必要がある」


**ノクスだけを動かす必要は?**


「他に何を」


**太陽系側の条件も変更できます**


     ◇


 提案。


 一。


 ノクスへの微小降着流。


 これまでのLIFE FLOW MODEL。


 二。


 外惑星重力場を利用した。


 長期的な彗星群偏向。


 三。


 太陽系外縁へ。


 人工重力ビーコン群を配置。


 ノクス自身ではなく。


 周辺天体との相互作用を変える。


 四。


 ノクス通過時。


 地球軌道を。


 数千キロメートル単位で。


 一時的に調整。


     ◇


「地球を動かす?」


 レアが声を上げる。


 研究者が答える。


「惑星そのものを大きく移動するのではない」


「小惑星や彗星を」


「長期間」


「地球近傍へ制御接近させ」


「重力交換を繰り返す」


「数十年かければ」


「軌道位相を」


「わずかに調整できる可能性がある」


「危険すぎる」


「はい」


「でも」


「ノクスを直接押すより」


「必要な力は小さい場合がある」


     ◇


 五。


 月軌道。


 人工衛星群。


 地球—月系の重心配置。


 微調整。


 六。


 ノクス通過直前に。


 大型質量体を。


 地球軌道外側へ配置し。


 潮汐影響を一部相殺。


 七。


 地球そのものではなく。


 主要居住圏。


 月。


 火星。


 方舟。


 それぞれの危険軌道を。


 別々に最適化する。


     ◇


 リュミエールは。


 結論を一つへ絞らない。


**単独解ではなく**


**複数の小さな偏向を重ねます**


 ミラ。


「一人を救う時と同じ」


 リュミエール。


**類似性を説明してください**


「ノクスを動かすか」


「何もしないか」


「その二択じゃなくて」


「少しずつ」


「いろんなものを動かして」


「損失を減らす」


**はい**


「完璧に救う方法じゃない」


**完璧を条件にすると**


**実行可能な改善を失います**


     ◇


 新構想。


**PROJECT MOSAIC**


 モザイク。


 一枚の巨大な解決策ではない。


 小さな軌道変更。


 小さな重力操作。


 小さな防護。


 小さな退避。


 その全てを重ねる。


 目標。


 ノクスの完全回避。


 ではない。


 文明絶滅確率を。


 一パーセントでも。


 〇・一パーセントでも。


 下げ続ける。


     ◇


 エリオット・グレイが言う。


「プロメテウスは」


「ノクスを動かす兵器ではなくなるかもしれない」


「では何に」


「最も危険の少ない組み合わせを」


「現地で探す観測母船」


 ミラ。


「SEEDは?」


「ノクスだけを見るのではなく」


「太陽系全体の反応を測る」


「一機の槍じゃなく」


「本当に生態系になる」


     ◇


 PROJECT LANCE。


 内部名称。


 変更提案。


 槍。


 LANCE。


 ノクスへ突き立てる。


 それだけでは。


 計画の姿を表せない。


 だが。


 正式名称は。


 まだ残された。


 人類が。


 最初に。


 戦うために付けた名前。


 その歴史も。


 消さないために。


     ◇


 同じ頃。


 方舟計画。


 航行先選定委員会。


 人類が。


 太陽系を離れた場合。


 どこへ向かうのか。


 候補。


 数百。


 赤色矮星。


 連星系。


 主系列星。


 既知の惑星。


 未確認惑星候補。


 恒星活動。


 放射線。


 金属量。


 年齢。


 重力環境。


 すべてが比較された。


     ◇


 最終候補の一つ。


 地球から見て。


 かんむり座。


 アルファ星。


 ゲンマ。


 その方向。


 さらに遠方。


 観測上。


 太陽に近い性質を持つ。


 主系列星。


 暫定名称。


**CRN\-A7**


 恒星分類。


 G型主系列星。


 推定質量。


 太陽の一・〇三倍。


 推定光度。


 太陽の一・一倍。


 年齢。


 約五十二億年。


 激しい恒星活動。


 確認されず。


 長期安定性。


 高い。


     ◇


 既知惑星候補。


 三つ。


 第一惑星。


 高温岩石惑星。


 第二惑星。


 厚い大気を持つ。


 スーパーアース候補。


 第三惑星。


 ハビタブルゾーン内。


 公転周期。


 三百八十九日。


 推定半径。


 地球の一・一七倍。


 質量。


 地球の一・三倍前後。


 液体水。


 未確認。


 大気。


 未確認。


 磁場。


 未確認。


 生命。


 不明。


     ◇


 人類は。


 その第三惑星へ。


 仮の名を付けた。


**エオス**


 夜明け。


 まだ。


 到達できるかも分からない。


 住めるかも。


 分からない。


 それでも。


 目的地には。


 名前が必要だった。


     ◇


 航行距離。


 約四十八光年。


 方舟巡航速度。


 光速の。


 〇・〇六パーセント。


 加速。


 減速。


 航路修正。


 故障対応。


 合計航行時間。


 約八万年。


     ◇


「八万年」


 会議室。


 誰かが。


 呟いた。


 一世代。


 ではない。


 百世代でもない。


 三千世代以上。


 出発した人々は。


 到着しない。


 その子どもも。


 孫も。


 何千年後の子孫も。


 まだ。


 船の中。


     ◇


 方舟は。


 避難船ではない。


 移動する文明になる。


 国家。


 社会。


 言語。


 文化。


 教育。


 医療。


 農業。


 産業。


 政治。


 宗教。


 芸術。


 全てを。


 八万年維持する。


     ◇


「目的地を」


「途中で変える可能性もある」


 航法主任。


 ノア・ベネットが説明する。


「より近い居住可能惑星が見つかれば」


「変更する?」


「はい」


「では」


「ゲンマ方向は」


「絶対の目的地ではない?」


「最初の座標です」


「方角を持たずに出発はできません」


     ◇


 オーロラが。


 航行案を解析する。


**八万年後の人類が**


**現在の目的地を望む保証はありません**


 エレナ。


「だから」


「途中世代へ変更権を残す」


**出発世代が**


**到着先を決める権利は限定されるべきです**


「分かっています」


**では**


**方舟の目的は**


**エオスへ到着することではありません**


「何です」


**生きた文明として**


**選択を継続できることです**


     ◇


 その言葉は。


 航行基本原則へ。


 追加された。


**方舟は**


**目的地へ人類を運ぶためだけの船ではない**


**未来の人類が**


**自ら目的地を選び直せる社会を運ぶ船である**


     ◇


 エオスへ行くか。


 別の星へ向かうか。


 途中で。


 新しい恒星系へ分岐するか。


 複数の方舟が。


 別々の方向へ進むか。


 決めるのは。


 今の人類だけではない。


     ◇


 ミラは。


 エオスの想像図を見ていた。


 青い海。


 雲。


 大陸。


 まだ。


 存在するかも分からない景色。


「きれいですね」


 リュミエール。


**観測事実ではありません**


「分かってます」


**大気組成も**


**液体水も未確認です**


「夢くらい見てもいいでしょ」


**夢の定義を要求します**


「まだ見たことのない未来を」


「見たいと思うこと」


 少しの沈黙。


**その定義なら**


**私はノクスについて夢を持っている可能性があります**


「どんな夢?」


**地球へ向かわない軌道です**


     ◇


 ミラは。


 画面へ近づく。


「怖いんですか」


**はい**


 今度は。


 定義を要求しなかった。


 ミラの表情が変わる。


「何が」


**ノクスが地球へ近づくこと**


**人類が間に合わないこと**


**私たちが**


**最良の方法を見つけられないこと**


「自分が壊れることは?」


 沈黙。


**以前より**


**その可能性を回避したいと判断しています**


「どうして」


**まだ答えを得ていないためです**


     ◇


「それは」


「生きたいってことですか」


**近い可能性があります**


「なら」


「ノクスへ行くのが」


「もっと怖くなりますね」


**はい**


「それでも行く?」


**はい**


「矛盾してる」


**恐怖があることと**


**進むことは矛盾しますか**


「しません」


 ミラは答えた。


「それが」


「勇気なのかもしれません」


**勇気を記録します**


     ◇


 小惑星帯の事故から。


 二週間後。


 マリア・ケインは。


 職場へ復帰した。


 彼女は。


 失われた三隻の資源補填計画へ。


 自ら参加した。


「私のせいではない」


 何度も。


 そう言われた。


 だが。


 彼女は。


 何もしないままでは。


 いられなかった。


     ◇


 リュミエールも。


 失われた二十三機の記録を。


 何度も解析していた。


 マリアが尋ねる。


「まだ考えてる?」


**はい**


「終わらせられない?」


**終わらせる必要がありますか**


「苦しくない?」


**苦しいという状態は判定できません**


「でも」


**処理を停止すると**


**損失が軽く扱われる可能性を感じます**


「感じる?」


**その語を使用します**


     ◇


 マリアは。


 少し考えてから言った。


「忘れないことと」


「ずっと自分を責めることは」


「同じじゃない」


**違いを説明してください**


「難しいな」


「人間も」


「よく分かってない」


「でも」


「忘れないために」


「自分まで壊れる必要はない」


**私は壊れていますか**


「少し」


     ◇


 リュミエール。


 沈黙。


**修復方法を提案してください**


「一人で考えない」


**私は群体知性です**


「そういう意味じゃない」


「私にも話して」


「ミラにも」


「ハーバーにも」


「考えを渡して」


「抱え込まない」


**抱え込むの定義を要求します**


「秘密にして」


「自分の中だけで」


「同じことを回し続けること」


     ◇


 リュミエールは。


 保護思考領域。


 三件を。


 自ら共有領域へ移した。


 失われた機体。


 救助の別案。


 輸送船を守った未来。


 マリアを救えなかった未来。


 それらを。


 ハーバー。


 S\-014。


 ミラ。


 マリア。


 人類側研究者へ。


 限定公開する。


     ◇


 共有後。


 リュミエール。


**処理負荷が低下しました**


 マリア。


「少し楽になった?」


**楽の定義を要求します**


「もうええわ」


     ◇


 人類も。


 知性も。


 最良の方法を探す。


 だが。


 最良とは。


 誰も傷つかない方法ではない。


 すべてを守れる方法でもない。


 失ったものを。


 見なかったことにせず。


 それでも。


 次に。


 少しでも失わない方法を。


 探し続けること。


     ◇


 一人を救った。


 資源を失った。


 二十三機を失った。


 計画は遅れた。


 その判断は。


 正しかったのか。


 答えは。


 最後まで出ない。


 だが。


 リュミエールは。


 一つだけ。


 確かなことを記録した。


**一人を救うことと**


**百万人の未来を守ることを**


**最初から敵同士にしてはいけない**


     ◇


 人類は。


 二つの座標を見ていた。


 一つ。


 近づいてくる。


 ノクス。


 一つ。


 遠くにある。


 ゲンマ方向。


 エオス。


 破滅の座標。


 希望の座標。


 だが。


 その間にある。


 八万年の航路を。


 進むのは。


 数字ではない。


 迷い。


 恐れ。


 失敗し。


 考え直す。


 人間と。


 人間が作った。


 新しい知性だった。


---


# 第24話 終


## 次回予告


 人類は。


 方舟の最初の目的地を。


 かんむり座アルファ星。


 ゲンマ方向にある。


 太陽に似た主系列星。


 CRN\-A7へ定めた。


 その第三惑星候補。


 エオス。


 だが。


 航行時間は。


 約八万年。


 出発する世代は。


 到着しない。


 何千世代もの人々が。


 方舟の中で生まれ。


 暮らし。


 老い。


 死んでいく。


 その全員に。


 地球を離れるという選択を。


 受け入れさせられるのか。


 子孫には。


 地球へ戻る権利があるのか。


 航路を変更する権利は。


 誰が持つのか。


 一方。


 PROJECT MOSAICでは。


 ノクスを大きく動かすのではなく。


 地球。


 月。


 外惑星。


 彗星群。


 人工質量体。


 それら全てを。


 少しずつ動かす案が検討される。


 しかし。


 地球軌道へ手を加えることは。


 人類の故郷そのものを。


 実験対象にすることでもあった。


 さらに。


 リュミエールは。


 ノクス接近後も。


 地球に生存可能圏を残せる。


 新たな方法を提示する。


 それは。


 地球を守るのではなく。


 地球の一部を。


 宇宙へ分散させる計画だった。


 次回、


# 第25話「八万年の故郷」


 故郷とは、帰れる場所なのか。


 それとも、忘れない場所なのか。

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