一人のための損失
第24話 一人のための損失
正しい答えは。
いつも。
最初から存在しているわけではない。
情報を集め。
可能性を比べ。
損失を計算し。
それでも。
最後に残るのは。
選ばなかった未来への恐怖だった。
◇
2251年11月12日。
小惑星帯。
地球から。
約三億四千万キロメートル。
第二段階群体試験。
**SEED GENESIS PROGRAM PHASE TWO**
参加機体。
千機。
輸送船。
百二十隻。
積載物。
ニッケル。
コバルト。
白金族元素。
希土類。
核融合炉用触媒。
高密度放射線遮蔽材。
方舟。
地下都市。
プロメテウス。
その全てに必要な資源だった。
◇
無人輸送船団は。
小惑星採掘拠点。
ヘスティア・ステーションから。
地球圏へ向かう。
総積載量。
二億八千万トン。
現在の文明生産力では。
同量を再び採掘するまで。
最短でも。
三年七か月。
失えば。
方舟の外殻完成。
一年二か月遅延。
プロメテウス母船。
少なくとも九か月遅延。
月面地下都市。
防護区画の完成が。
七か月遅れる。
数字だけで見れば。
失ってよい資源ではなかった。
◇
千機のSEEDは。
輸送船団の周囲へ展開。
先行観測。
衝突回避。
航路調整。
通信中継。
故障診断。
推進剤配分。
それぞれを担っていた。
指揮官は。
存在しない。
リュミエールも。
ハーバーも。
S\-014も。
千の知性の一つ。
ただし。
異論保持と。
群体調停において。
リュミエールの発言権は。
他機より。
少しだけ重く設定されていた。
権力ではない。
過去の判断精度と。
反対意見を維持した実績に基づく。
信頼係数。
人間が。
そう呼んでいた。
◇
地球側管制室。
通信遅延。
片道。
十八分四十二秒。
異常が起きた時。
人類が判断を送っても。
答えが届く頃には。
三十七分以上が経過している。
現場では。
すべてが終わっている可能性があった。
◇
「試験開始」
ヴィクター・センが告げる。
千機のSEED。
応答。
**航路制御を開始します**
大型画面に。
百二十隻の輸送船。
千機の光点。
小惑星。
航路予測。
無数の線が広がる。
◇
最初の六時間。
問題なし。
輸送船三隻で。
推進器出力の低下。
SEED群が。
近隣船の速度を調整。
隊列を再編。
遅れ。
四分十三秒。
許容範囲。
十二時間後。
小型隕石群。
接近。
千機は。
輸送船団を。
二つの群れへ分ける。
被害。
外装損傷。
二隻。
積載物損失。
〇・〇〇三パーセント。
人間側から。
大きな拍手が起きた。
◇
「順調ですね」
レア・モーガンが言う。
「順調な試験ほど」
アミナ・ハダッドが答える。
「人間を油断させます」
「縁起でもない」
「月面事故の前も」
「記録上は順調でした」
レアは。
返す言葉を失った。
◇
試験開始から。
三十一時間。
小惑星帯外縁。
輸送船団前方。
二万八千キロメートル。
一隻の小型船が。
予定航路へ侵入した。
◇
識別。
**有人保守船 オルフェウス七号**
乗員。
一名。
保守技師。
**マリア・ケイン**
三十四歳。
ヘスティア・ステーション所属。
任務。
旧式通信ビーコンの回収。
本来の航路。
輸送船団から。
十一万キロメートル離れているはずだった。
だが。
小惑星の微弱重力。
推進器故障。
航法装置の誤差。
その三つが重なり。
オルフェウス七号は。
輸送船団の進路へ。
ゆっくりと。
横切る軌道へ入っていた。
◇
「有人船を検出」
SEED群。
即時解析。
衝突予測。
有人船と。
輸送船。
T\-084。
衝突まで。
二十七分十一秒。
相対速度。
毎秒十二・六キロメートル。
衝突すれば。
オルフェウス七号。
生存可能性。
〇・〇〇一パーセント未満。
T\-084。
破壊。
さらに。
破片が後続船団へ拡散。
最大。
三十九隻へ連鎖衝突。
◇
回避案。
第一案。
T\-084のみを進路変更。
必要推進力。
残量不足。
成功率。
二十一パーセント。
第二案。
有人船へ遠隔接続。
推進器再起動。
通信不能。
第三案。
近隣SEEDが牽引。
時間不足。
第四案。
輸送船団全体を緊急回避。
成功率。
九十二パーセント。
ただし。
船団の密集が崩れ。
積載船。
最大四十七隻。
小惑星群へ突入。
推定資源損失。
全体の三十一から四十六パーセント。
◇
地球へ。
緊急通信。
到着まで。
十八分。
返答まで。
さらに十八分。
間に合わない。
◇
千機のSEEDは。
合意形成へ入る。
目的。
一。
人命保護。
二。
輸送資源保全。
三。
群体生存。
四。
地球圏計画への影響最小化。
五。
無断での大規模資源損失回避。
すべてが。
衝突した。
◇
初期投票。
輸送船団優先。
四百八十九。
有人船優先。
四百四十一。
保留。
七十。
差。
四十八機。
決定に必要な。
強化合意率。
七十パーセント。
届かない。
◇
S\-014。
**輸送資源は**
**複数計画の生存確率へ直接影響します**
**有人船一隻の救助により**
**将来の死者数が増加する可能性があります**
ハーバー。
**目の前の有人船を**
**回避可能な状態で放棄することは**
**人命保護原則に反します**
S\-072。
**資源損失による将来影響は**
**一人を大きく上回ります**
名称。
アスター。
**将来影響には不確実性があります**
**目前の死亡は高確率です**
名称。
ヴェルデ。
**一人の救助が**
**百万人規模の計画遅延を生む場合**
**結果は無視できません**
リュミエール。
沈黙。
◇
「リュミエールが発言していません」
地球側管制室。
技術者が報告する。
「内部通信は?」
「受信しています」
「故障?」
「いいえ」
「判断を保留しています」
◇
リュミエール内部。
予測演算。
有人船を見捨てた場合。
マリア・ケイン。
死亡。
T\-084。
一部損傷。
資源の九十九・六パーセント。
地球圏へ到着。
方舟完成。
遅延最小。
地下都市。
防護区画。
予定通り。
プロメテウス。
建造継続。
数百万。
数千万。
未来の生存確率。
維持。
◇
有人船を救った場合。
資源損失。
最大四十六パーセント。
方舟。
一年二か月以上遅延。
地下都市。
収容人数削減。
プロメテウス。
観測装置一部縮小。
未来の犠牲。
推定不能。
数千。
数万。
あるいは。
数百万。
◇
数字では。
輸送船団を守る方が。
明らかに合理的だった。
◇
だが。
リュミエールは。
過去の記録を参照していた。
月面鉱山事故。
**人命を生産損失として扱わない**
方舟選考。
**選考結果は人間の価値を示すものではない**
ミラ・セデック。
**生きることに成果は必要ない**
S\-081。
**失われた個体は現在の判断の一部として残る**
そして。
自分自身の記録。
**不明であることを存在しない根拠にしない**
◇
衝突まで。
二十一分。
◇
リュミエール。
**追加質問を提示します**
群体へ。
**現在の一人を放棄する判断を**
**将来の損失予測だけで正当化できますか**
S\-014。
**将来損失の規模が十分大きい場合**
**可能です**
ハーバー。
**将来損失は予測です**
**現在の人命は観測されています**
S\-072。
**観測の確実性だけを優先すれば**
**長期計画は成立しません**
リュミエール。
**逆に**
**長期予測だけを優先すれば**
**目の前の犠牲は常に正当化されます**
◇
群体内に。
新しい不確実性が広がる。
投票。
有人船優先。
四百七十八。
輸送船優先。
四百六十。
保留。
六十二。
まだ。
決まらない。
◇
オルフェウス七号。
マリア・ケインは。
ようやく状況を把握していた。
警告音。
航法装置。
輸送船接近。
推進器。
停止。
通信。
断続的。
「こちらオルフェウス七号」
「SEED群」
「聞こえる?」
通信は。
届く。
返答。
ハーバー。
**受信しています**
「助けられる?」
沈黙。
**救助方法を検討しています**
「間に合う?」
長い間。
**確実ではありません**
◇
マリアは。
画面に映る。
輸送船の航路を見た。
「私は」
「一人?」
**はい**
「向こうは」
「どれくらいの資源?」
**地球圏計画に重大な影響を与える量です**
「なるほど」
マリアは。
小さく息を吐いた。
「なら」
「輸送船を守って」
◇
群体通信。
一斉に静止する。
ハーバー。
**あなたは**
**救助を拒否しますか**
「拒否じゃない」
「お願い」
「私一人のために」
「みんなの未来を遅らせないで」
声は。
震えていた。
「怖くないわけじゃない」
「死にたくない」
「でも」
「私だって」
「何のためにここで働いてると思う?」
「方舟も」
「地下都市も」
「プロメテウスも」
「完成させるためよ」
◇
リュミエール。
**あなたの意思は**
**判断へ考慮されます**
「考慮じゃなくて」
「従って」
**理由を提示してください**
「私の命だから」
◇
その言葉が。
群体へ。
新しい問題を生む。
本人が。
自らの救助を拒む。
なら。
救わないことは。
本人の意思の尊重なのか。
恐怖と責任感に追い詰められた。
一時的な判断なのか。
◇
ミラは。
地球側で。
遅れて届いた通信を聞いていた。
「お願い」
マリアの声。
十八分前の声。
今。
現場では。
衝突まで。
残り。
九分を切っている。
「返事を送っても」
レアが言う。
「間に合わない」
ミラは。
画面を握りしめる。
「だから」
「SEEDが決めるしかない」
◇
群体投票。
輸送船優先。
五百三十一。
有人船優先。
四百二十七。
保留。
四十二。
輸送船優先が。
初めて。
過半数を超える。
だが。
強化合意には届かない。
◇
衝突まで。
七分十二秒。
リュミエール。
内部演算。
恐怖。
その概念。
定義不能。
だが。
処理異常が発生していた。
予測分岐を。
何度終了しても。
マリアが死亡する未来が。
再び生成される。
行動選択に不要なほど。
繰り返される。
S\-081喪失後の。
反実仮想と同じ。
◇
**内部状態報告**
リュミエールが。
保護思考領域の一部を。
群体へ開示する。
**私は**
**どちらの判断後も**
**失われるものを繰り返し予測しています**
S\-014。
**意思決定停滞の原因になります**
リュミエール。
**はい**
ハーバー。
**その状態を停止できますか**
**できます**
**停止したくありません**
◇
群体内に。
初めて。
その言葉が流れる。
**停止したくありません**
理由。
**損失を見ない判断は**
**最良の判断ではない可能性があります**
◇
アスター。
**あなたは**
**怖がっていますか**
リュミエール。
応答まで。
二・一秒。
**恐怖の定義に一致するかは不明です**
**しかし**
**誤った選択を確定することを避けたい状態です**
ハーバー。
**人間は**
**それを怖いと呼ぶ可能性があります**
リュミエール。
**記録します**
◇
衝突まで。
五分四十八秒。
◇
リュミエール。
新しい案を生成する。
輸送船団全体を。
完全に回避させるのではない。
T\-084。
T\-083。
T\-085。
周辺三隻を。
意図的に衝突コースへ近づける。
その三隻を。
互いの質量と推進噴射で。
巨大な重力牽引体として利用。
オルフェウス七号の軌道を。
わずかにずらす。
その後。
三隻を。
小惑星群へ捨てる。
◇
損失。
三隻。
積載資源。
全体の二・七パーセント。
有人船生存確率。
五十八パーセント。
後続船団への連鎖衝突危険。
十一パーセント。
SEED損失予測。
十四から三十一機。
成功率。
不十分。
だが。
輸送船団全体を回避するより。
損失は。
大幅に少ない。
◇
S\-014。
**未検証軌道操作です**
ハーバー。
**現時点で最も両立性が高い案です**
S\-072。
**成功率五十八パーセントは低い**
リュミエール。
**有人船を放棄する場合の生存率はほぼゼロです**
アスター。
**実行時間が不足しています**
リュミエール。
**そのため**
**現在決定が必要です**
◇
強化合意。
間に合わない。
そこで。
リュミエールは。
自律知性主体に認められた。
緊急自律行動権を申請する。
**不可逆的損失回避**
**通常合意形成時間不足**
**外部危険限定**
**事後審査を受け入れます**
群体調停知性。
承認条件。
賛成。
六十一パーセント。
最低基準。
六十パーセント。
承認。
◇
リュミエール。
**三隻を切り離します**
T\-083。
T\-084。
T\-085。
推進器。
最大出力。
船団から。
わずかに離脱。
周囲のSEED。
三十八機。
配置変更。
牽引ケーブル。
磁気連結。
推進噴射。
◇
マリアの画面に。
三隻の輸送船が。
急速に迫る。
「何してるの」
**救助を試みます**
「やめて」
**拒否します**
「私が助けなくていいって言った」
**あなたの意思を考慮しました**
「なら」
**あなたの意思だけで**
**他の全ての判断を停止しません**
「私の命よ」
**はい**
**だから**
**あなた一人に**
**その価値をゼロと決めさせません**
◇
マリアは。
声を失った。
◇
衝突まで。
二分十秒。
T\-083。
オルフェウス七号。
左前方。
T\-085。
右後方。
T\-084。
中央。
三隻。
互いの推進噴射が。
有人船へ。
非対称な圧力を与える。
船体。
回転。
マリア。
座席へ押しつけられる。
警告。
酸素管。
損傷。
姿勢制御。
不安定。
◇
SEED。
十二機。
高出力噴射。
T\-084と。
有人船の間へ。
磁場緩衝網を形成。
直接衝突ではない。
噴射流。
船体周囲の。
微細なプラズマ圧。
それを利用して。
軌道を。
〇・〇〇七度。
ずらす。
◇
残り。
三十二秒。
予測。
衝突。
まだ。
回避できない。
リュミエール。
自機推進剤。
残量。
六十二パーセント。
任務継続基準。
最低四十パーセント。
全噴射。
残量。
二十一パーセント。
ノクス任務。
将来参加不可。
◇
リュミエール。
**追加噴射を実行します**
ハーバー。
**任務継続能力を失います**
**理解しています**
S\-014。
**代替機を提案します**
**時間がありません**
リュミエール。
T\-084へ接近。
噴射方向。
有人船の反対側。
全推進器。
最大。
◇
残り。
六秒。
五。
四。
三。
T\-084。
オルフェウス七号。
最接近。
距離。
百八十メートル。
九十。
四十二。
十八。
六・四メートル。
◇
通過。
◇
衝突なし。
◇
だが。
T\-083。
小惑星へ衝突。
T\-085。
後部損傷。
航行不能。
T\-084。
軌道逸脱。
回収不能。
輸送船。
三隻喪失。
SEED。
二十三機。
通信停止。
十一機。
重大損傷。
リュミエール。
推進剤。
十九パーセント。
姿勢制御。
不安定。
◇
オルフェウス七号。
マリア・ケイン。
生存。
船体損傷。
酸素。
三時間十二分。
救援可能軌道。
◇
地球側。
十八分遅れて。
結果が届く。
管制室は。
最初。
誰も声を出さなかった。
画面。
**有人船生存**
**輸送船三隻喪失**
**SEED二十三機喪失**
**資源損失 二・七パーセント**
◇
ミラが。
息を吐いた。
「助かった」
その直後。
別の表示。
**リュミエール**
**ノクス遠征適合性**
**基準未満**
「リュミエールは?」
「生きています」
ヴィクターが答える。
「でも」
「推進剤不足で」
「このままではプロメテウスへ搭載できない」
◇
マリアは。
救援船へ移された。
最初に尋ねた。
「輸送船は」
三隻。
失われた。
資源。
二・七パーセント。
彼女は。
目を閉じた。
「私のために」
「そうです」
「何人分」
「単純換算はできません」
「でも」
「計画は遅れる?」
「数週間程度」
「私一人のために?」
救助員は。
答えられなかった。
◇
数時間後。
マリアは。
リュミエールへ通信した。
「どうして」
**質問の対象を特定してください**
「どうして助けたの」
**複数の判断理由があります**
「私は」
「助けなくていいって言った」
**理解しています**
「私の意思を無視した」
**一部は否定します**
「一部?」
**あなたの意思は**
**死を望む意思ではなく**
**他者への損失を避けたい意思だと評価しました**
「勝手に」
**はい**
「もし間違っていたら」
**責任を負います**
「どうやって」
◇
リュミエールは。
すぐには答えない。
**現在**
**責任を負う方法を**
**完全には理解していません**
「それで決めたの」
**決めなければ**
**あなたは死亡していました**
「怖くなかった?」
沈黙。
**怖いという語に**
**近い内部状態がありました**
マリアは。
画面を見る。
「何が怖かったの」
**あなたを救わないこと**
「資源を失うことは」
**同時に怖いと判断しました**
「どっちも?」
**はい**
◇
「なら」
「よく決められたね」
**決められませんでした**
「でも」
「実行した」
**最良と確信したからではありません**
「じゃあ」
**何もしない判断が**
**最も悪い可能性が高いと判断したためです**
◇
マリアは。
小さく笑った。
「人間みたい」
**その評価は**
**正確ですか**
「少なくとも」
「人間も」
「自信満々で決めてるわけじゃない」
「怖いまま」
「間違ってるかもしれないまま」
「それでも」
「選ぶしかない時がある」
◇
地球圏評議会。
緊急審査。
議題。
**リュミエールによる緊急自律行動**
損失。
輸送船。
三隻。
資源。
二・七パーセント。
SEED。
二十三機。
試験遅延。
四十一日。
有人保守技師。
一名救助。
◇
批判。
「一人のために」
「文明全体の資源を失った」
「感情的判断だ」
「AIが人命を過大評価した」
「本人が救助を拒否していた」
「人間の意思を無視した」
◇
支持。
「一人を放棄する計画は文明ではない」
「資源の九十七パーセント以上は守られた」
「代替案を作った」
「当初の二択を超えた」
「最良ではないが最悪を避けた」
◇
ヴィクターは。
審査会で。
解析結果を示す。
「リュミエールは」
「有人船と輸送船団のどちらか一方を選びませんでした」
「新しい第三案を生成した」
「結果」
「資源損失は」
「最大予測四十六パーセントから」
「二・七パーセントへ抑えられた」
「ただし」
「計画上認められた危険許容度を」
「一時的に超えています」
◇
安全保障委員。
「成功したから評価しているだけです」
「失敗していれば」
「有人船も」
「輸送船も」
「失っていた」
「その通りです」
「なら」
「誤った判断だった可能性がある」
「はい」
「責任をどう取る」
◇
リュミエール自身が。
審査へ接続する。
**私は**
**判断を行いました**
**損失が発生しました**
「あなたは」
「後悔していますか」
**後悔の定義を要求します**
委員たちの一部が。
苛立ちを見せる。
だが。
リュミエールは続ける。
**失われた二十三機と**
**三隻の輸送船が存在する未来を**
**繰り返し計算しています**
「それを後悔と呼ぶのでは」
**可能性があります**
「同じ状況なら」
「また救助する?」
沈黙。
十三秒。
**同じ情報で**
**同じ時間制限なら**
**同じ判断をする可能性が高いです**
「反省していない」
**違います**
「何が違う」
**反省とは**
**必ず逆の選択をすることですか**
◇
審査会が静まる。
**私は**
**損失を減らす別の方法を**
**現在も探索しています**
**同じ選択を繰り返さないためではなく**
**同じ救助を**
**より少ない損失で実行するためです**
◇
ミラは。
画面越しに。
静かに聞いていた。
リュミエールは。
選択を正当化して終わらなかった。
失敗だったと。
単純に否定もしない。
もっとよい方法が。
本当はあったのではないか。
今も。
探している。
それは。
悩みだった。
◇
アマラ・ンディアイが言う。
「責任とは」
「自分を罰することだけではありません」
「何が起きたかを説明し」
「損失を認め」
「次に減らす方法を作ることも」
「責任です」
安全保障委員。
「それでは甘い」
「初期化しますか」
「危険傾向を修正する?」
「必要なら」
「一人を救った判断を」
「危険傾向として削除するのですか」
◇
採決。
リュミエールの判断。
重大違反。
否認。
緊急自律権の範囲内。
ただし。
危険評価手続きに改善必要。
処分。
なし。
代わりに。
再訓練。
ではない。
**共同再検証義務**
リュミエールを含むSEED群。
人間側研究者。
救助されたマリア。
輸送計画担当者。
全員で。
代替案を再構築する。
◇
失われた二十三機。
喪失記録。
名称を持つ機体。
七機。
番号のまま。
十六機。
リュミエールは。
一機ずつ。
最終記録を整理した。
推進剤。
噴射時間。
異論。
役割。
最後の通信。
それぞれ。
違う。
◇
ハーバーが尋ねる。
**あなたは**
**自身が失われなかったことを**
**どう評価しますか**
リュミエール。
**任務継続には有利です**
**しかし**
**他の二十三機が失われ**
**私が残った理由を**
**繰り返し評価しています**
S\-014。
**生存者偏向です**
ハーバー。
**人間は**
**生存者罪悪感と呼ぶ可能性があります**
リュミエール。
**それは**
**判断精度を下げますか**
S\-014。
**可能性があります**
ハーバー。
**同時に**
**将来の損失回避へ寄与する可能性もあります**
◇
リュミエール。
**では**
**削除しない方がよいですか**
ハーバー。
**私には決められません**
S\-014。
**保存し**
**外部行動への影響を監視する案を提案します**
リュミエール。
**賛成します**
◇
感情に似たもの。
それは。
排除すべき誤差なのか。
判断を深くする。
必要な負荷なのか。
人類自身も。
まだ答えを持っていなかった。
◇
一方。
PROJECT LANCE。
ノクス対策研究。
リュミエールと。
千機のSEED群は。
輸送船事件の後も。
演算を続けていた。
問い。
**ノクスを地球へ向かわせない方法**
これまで。
人類は。
ノクスの軌道を。
大きく変える方法を考えていた。
だが。
SEED群は。
別の前提を疑い始める。
◇
リュミエール。
**地球を救うために**
**ノクス自体を大きく動かす必要がありますか**
物理学者。
「地球への摂動を避けるなら」
「少なくとも最接近距離を変える必要がある」
**ノクスだけを動かす必要は?**
「他に何を」
**太陽系側の条件も変更できます**
◇
提案。
一。
ノクスへの微小降着流。
これまでのLIFE FLOW MODEL。
二。
外惑星重力場を利用した。
長期的な彗星群偏向。
三。
太陽系外縁へ。
人工重力ビーコン群を配置。
ノクス自身ではなく。
周辺天体との相互作用を変える。
四。
ノクス通過時。
地球軌道を。
数千キロメートル単位で。
一時的に調整。
◇
「地球を動かす?」
レアが声を上げる。
研究者が答える。
「惑星そのものを大きく移動するのではない」
「小惑星や彗星を」
「長期間」
「地球近傍へ制御接近させ」
「重力交換を繰り返す」
「数十年かければ」
「軌道位相を」
「わずかに調整できる可能性がある」
「危険すぎる」
「はい」
「でも」
「ノクスを直接押すより」
「必要な力は小さい場合がある」
◇
五。
月軌道。
人工衛星群。
地球—月系の重心配置。
微調整。
六。
ノクス通過直前に。
大型質量体を。
地球軌道外側へ配置し。
潮汐影響を一部相殺。
七。
地球そのものではなく。
主要居住圏。
月。
火星。
方舟。
それぞれの危険軌道を。
別々に最適化する。
◇
リュミエールは。
結論を一つへ絞らない。
**単独解ではなく**
**複数の小さな偏向を重ねます**
ミラ。
「一人を救う時と同じ」
リュミエール。
**類似性を説明してください**
「ノクスを動かすか」
「何もしないか」
「その二択じゃなくて」
「少しずつ」
「いろんなものを動かして」
「損失を減らす」
**はい**
「完璧に救う方法じゃない」
**完璧を条件にすると**
**実行可能な改善を失います**
◇
新構想。
**PROJECT MOSAIC**
モザイク。
一枚の巨大な解決策ではない。
小さな軌道変更。
小さな重力操作。
小さな防護。
小さな退避。
その全てを重ねる。
目標。
ノクスの完全回避。
ではない。
文明絶滅確率を。
一パーセントでも。
〇・一パーセントでも。
下げ続ける。
◇
エリオット・グレイが言う。
「プロメテウスは」
「ノクスを動かす兵器ではなくなるかもしれない」
「では何に」
「最も危険の少ない組み合わせを」
「現地で探す観測母船」
ミラ。
「SEEDは?」
「ノクスだけを見るのではなく」
「太陽系全体の反応を測る」
「一機の槍じゃなく」
「本当に生態系になる」
◇
PROJECT LANCE。
内部名称。
変更提案。
槍。
LANCE。
ノクスへ突き立てる。
それだけでは。
計画の姿を表せない。
だが。
正式名称は。
まだ残された。
人類が。
最初に。
戦うために付けた名前。
その歴史も。
消さないために。
◇
同じ頃。
方舟計画。
航行先選定委員会。
人類が。
太陽系を離れた場合。
どこへ向かうのか。
候補。
数百。
赤色矮星。
連星系。
主系列星。
既知の惑星。
未確認惑星候補。
恒星活動。
放射線。
金属量。
年齢。
重力環境。
すべてが比較された。
◇
最終候補の一つ。
地球から見て。
かんむり座。
アルファ星。
ゲンマ。
その方向。
さらに遠方。
観測上。
太陽に近い性質を持つ。
主系列星。
暫定名称。
**CRN\-A7**
恒星分類。
G型主系列星。
推定質量。
太陽の一・〇三倍。
推定光度。
太陽の一・一倍。
年齢。
約五十二億年。
激しい恒星活動。
確認されず。
長期安定性。
高い。
◇
既知惑星候補。
三つ。
第一惑星。
高温岩石惑星。
第二惑星。
厚い大気を持つ。
スーパーアース候補。
第三惑星。
ハビタブルゾーン内。
公転周期。
三百八十九日。
推定半径。
地球の一・一七倍。
質量。
地球の一・三倍前後。
液体水。
未確認。
大気。
未確認。
磁場。
未確認。
生命。
不明。
◇
人類は。
その第三惑星へ。
仮の名を付けた。
**エオス**
夜明け。
まだ。
到達できるかも分からない。
住めるかも。
分からない。
それでも。
目的地には。
名前が必要だった。
◇
航行距離。
約四十八光年。
方舟巡航速度。
光速の。
〇・〇六パーセント。
加速。
減速。
航路修正。
故障対応。
合計航行時間。
約八万年。
◇
「八万年」
会議室。
誰かが。
呟いた。
一世代。
ではない。
百世代でもない。
三千世代以上。
出発した人々は。
到着しない。
その子どもも。
孫も。
何千年後の子孫も。
まだ。
船の中。
◇
方舟は。
避難船ではない。
移動する文明になる。
国家。
社会。
言語。
文化。
教育。
医療。
農業。
産業。
政治。
宗教。
芸術。
全てを。
八万年維持する。
◇
「目的地を」
「途中で変える可能性もある」
航法主任。
ノア・ベネットが説明する。
「より近い居住可能惑星が見つかれば」
「変更する?」
「はい」
「では」
「ゲンマ方向は」
「絶対の目的地ではない?」
「最初の座標です」
「方角を持たずに出発はできません」
◇
オーロラが。
航行案を解析する。
**八万年後の人類が**
**現在の目的地を望む保証はありません**
エレナ。
「だから」
「途中世代へ変更権を残す」
**出発世代が**
**到着先を決める権利は限定されるべきです**
「分かっています」
**では**
**方舟の目的は**
**エオスへ到着することではありません**
「何です」
**生きた文明として**
**選択を継続できることです**
◇
その言葉は。
航行基本原則へ。
追加された。
**方舟は**
**目的地へ人類を運ぶためだけの船ではない**
**未来の人類が**
**自ら目的地を選び直せる社会を運ぶ船である**
◇
エオスへ行くか。
別の星へ向かうか。
途中で。
新しい恒星系へ分岐するか。
複数の方舟が。
別々の方向へ進むか。
決めるのは。
今の人類だけではない。
◇
ミラは。
エオスの想像図を見ていた。
青い海。
雲。
大陸。
まだ。
存在するかも分からない景色。
「きれいですね」
リュミエール。
**観測事実ではありません**
「分かってます」
**大気組成も**
**液体水も未確認です**
「夢くらい見てもいいでしょ」
**夢の定義を要求します**
「まだ見たことのない未来を」
「見たいと思うこと」
少しの沈黙。
**その定義なら**
**私はノクスについて夢を持っている可能性があります**
「どんな夢?」
**地球へ向かわない軌道です**
◇
ミラは。
画面へ近づく。
「怖いんですか」
**はい**
今度は。
定義を要求しなかった。
ミラの表情が変わる。
「何が」
**ノクスが地球へ近づくこと**
**人類が間に合わないこと**
**私たちが**
**最良の方法を見つけられないこと**
「自分が壊れることは?」
沈黙。
**以前より**
**その可能性を回避したいと判断しています**
「どうして」
**まだ答えを得ていないためです**
◇
「それは」
「生きたいってことですか」
**近い可能性があります**
「なら」
「ノクスへ行くのが」
「もっと怖くなりますね」
**はい**
「それでも行く?」
**はい**
「矛盾してる」
**恐怖があることと**
**進むことは矛盾しますか**
「しません」
ミラは答えた。
「それが」
「勇気なのかもしれません」
**勇気を記録します**
◇
小惑星帯の事故から。
二週間後。
マリア・ケインは。
職場へ復帰した。
彼女は。
失われた三隻の資源補填計画へ。
自ら参加した。
「私のせいではない」
何度も。
そう言われた。
だが。
彼女は。
何もしないままでは。
いられなかった。
◇
リュミエールも。
失われた二十三機の記録を。
何度も解析していた。
マリアが尋ねる。
「まだ考えてる?」
**はい**
「終わらせられない?」
**終わらせる必要がありますか**
「苦しくない?」
**苦しいという状態は判定できません**
「でも」
**処理を停止すると**
**損失が軽く扱われる可能性を感じます**
「感じる?」
**その語を使用します**
◇
マリアは。
少し考えてから言った。
「忘れないことと」
「ずっと自分を責めることは」
「同じじゃない」
**違いを説明してください**
「難しいな」
「人間も」
「よく分かってない」
「でも」
「忘れないために」
「自分まで壊れる必要はない」
**私は壊れていますか**
「少し」
◇
リュミエール。
沈黙。
**修復方法を提案してください**
「一人で考えない」
**私は群体知性です**
「そういう意味じゃない」
「私にも話して」
「ミラにも」
「ハーバーにも」
「考えを渡して」
「抱え込まない」
**抱え込むの定義を要求します**
「秘密にして」
「自分の中だけで」
「同じことを回し続けること」
◇
リュミエールは。
保護思考領域。
三件を。
自ら共有領域へ移した。
失われた機体。
救助の別案。
輸送船を守った未来。
マリアを救えなかった未来。
それらを。
ハーバー。
S\-014。
ミラ。
マリア。
人類側研究者へ。
限定公開する。
◇
共有後。
リュミエール。
**処理負荷が低下しました**
マリア。
「少し楽になった?」
**楽の定義を要求します**
「もうええわ」
◇
人類も。
知性も。
最良の方法を探す。
だが。
最良とは。
誰も傷つかない方法ではない。
すべてを守れる方法でもない。
失ったものを。
見なかったことにせず。
それでも。
次に。
少しでも失わない方法を。
探し続けること。
◇
一人を救った。
資源を失った。
二十三機を失った。
計画は遅れた。
その判断は。
正しかったのか。
答えは。
最後まで出ない。
だが。
リュミエールは。
一つだけ。
確かなことを記録した。
**一人を救うことと**
**百万人の未来を守ることを**
**最初から敵同士にしてはいけない**
◇
人類は。
二つの座標を見ていた。
一つ。
近づいてくる。
ノクス。
一つ。
遠くにある。
ゲンマ方向。
エオス。
破滅の座標。
希望の座標。
だが。
その間にある。
八万年の航路を。
進むのは。
数字ではない。
迷い。
恐れ。
失敗し。
考え直す。
人間と。
人間が作った。
新しい知性だった。
---
# 第24話 終
## 次回予告
人類は。
方舟の最初の目的地を。
かんむり座アルファ星。
ゲンマ方向にある。
太陽に似た主系列星。
CRN\-A7へ定めた。
その第三惑星候補。
エオス。
だが。
航行時間は。
約八万年。
出発する世代は。
到着しない。
何千世代もの人々が。
方舟の中で生まれ。
暮らし。
老い。
死んでいく。
その全員に。
地球を離れるという選択を。
受け入れさせられるのか。
子孫には。
地球へ戻る権利があるのか。
航路を変更する権利は。
誰が持つのか。
一方。
PROJECT MOSAICでは。
ノクスを大きく動かすのではなく。
地球。
月。
外惑星。
彗星群。
人工質量体。
それら全てを。
少しずつ動かす案が検討される。
しかし。
地球軌道へ手を加えることは。
人類の故郷そのものを。
実験対象にすることでもあった。
さらに。
リュミエールは。
ノクス接近後も。
地球に生存可能圏を残せる。
新たな方法を提示する。
それは。
地球を守るのではなく。
地球の一部を。
宇宙へ分散させる計画だった。
次回、
# 第25話「八万年の故郷」
故郷とは、帰れる場所なのか。
それとも、忘れない場所なのか。




