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七つ丘の梨花の夢  作者: 遠坂雨柔
二、梨花の道
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12/16

2-5、雨空

  どれほど馬を走らせただろう――

  二、三時間ほどかもしれない。

  両側を埋めていた深い森は、いつしか再びまばらになってゆく。

  街道沿いには小さな畑や荘園(Villa)が点在し、その間にぽつぽつと家屋が見える。

  「ここは……どこ?」

  その静けさを破るのはロッリーア。

  「……」

  ネロは手綱を握り直し、わずかに眉を寄せる。

  「おそらく……もうすぐフォルム(Forum)カッシー(Cassii)だ」

  「……『フォルム・カッシー』? 」ロッリーアはその名を繰り返す。「市場?」

  「そう」

  「町じゃないの?」

  「違う」

  ネロは近づいてくる街道を見ながら、誰もいないのを確認すると、ペーガソスを渡らせる。

  石畳と玉石で敷かれたこの道から向こうへは、ひと回り細い土道が伸びている。

  草はロッリーアの足首ほどまで伸び、道端には茨と灌木で組まれた垣根。

  その奥には、葡萄の蔓が広がっている。

  葡萄の畑か……

  「来たことある?」

  ロッリーアは首を伸ばす。

  だが、木々の隙間から見えるのは、いくつかの家の屋根と、薄く立ちのぼる炊煙だけ。

  「ああ」ネロは振り返らないまま答える。「ここから、近道がある」

  ロッリーアは足元の道へ視線を落とす。

  『平坦』とは言い難く、浅い轍まで刻まれている。どうやら、普段から馬車や牛車も通っているようだ。

  とはいえ、数はあまり多くないと見えるけど。

  ……この道も、人が通るんやなぁ。

  もし途中で誰かと鉢合わせたら?

  ロッリーアは不安げに、ネロの横顔を見上げる。

  ネロは全然気にしてへんみたい。

  ……大丈夫やろ。

  通るのは、せいぜい近くの農家くらいやろう。

  ということは――

  「……カッシア街道では、検問してるんだよね?」

  ロッリーアはわずかに眉を寄せる。

  「ふむ」ネロは市場の方へ目をやる。「市場には公営駅舎があり、利用には通行証が必要」

  「どれくらい離れてる?」

  「……気にしていなかったが、一、二哩ほどだろう」

  「駐屯があったら……確かに厄介ね」ロッリーアもそちらへ視線を向ける。「人数、分かる?」

  「わからぬ」ネロは首を横に振る。「印象では、この手の場所なら、多くても一個分隊程度だ」

  ロッリーアは癖のように顎へ手を当てる。

  ……うーん。

  たとえ五、六人程度でも、厳しい脅威になるやろ。

  ほんまに鉢合わせしたら、この子(ネロ)でも無事では済まへんかもしれん。

  あの場合、うちは足手まといになるだけやわ。

  ……やめよう。

  縁起でもないことは考えない方がいい。

  ロッリーアは視線を戻す。


  とはいえ――

  今は北へ向かっているはずやんな?

  ロッリーアは空を見上げるが、太陽は見えない。

  ――いや、隠された。

  西から流れてきた雲は次第に厚みを増し、最初は魚の鱗のようだったそれが、いつしか空一面を覆う綿布のような雲へ変わってゆく。

  風向きも変わっている。

  陽の光は雲の向こうへ閉ざされる。

  ……雨かなあ?

  ネロは何かを察したように、西の空を見上げる。

  「……もうすぐ降る」

  とうとう口にする。

  「どれくらいで?」

  ロッリーアが尋ねる。

  「おそらく……一時間以内だ」

  ネロは少し間を置いてから答える。

  「……じゃあ、市場から十分に離れてから、雨宿りできる場所を探そう」ロッリーアは小さく息を吐く。「今日はどれくらい進んだ?」

  「……余もうまく分からぬけど……ストリウムからフォルム・カッシーまでは、街道沿いに進めば十一哩ほどだ」ネロはしばらくしてから続ける。「今日は二十哩前後、といったところか」

  「……それだけ?」

  ロッリーアは軽く眉をひそめる。

  「(ソナタ)、買い物と摘み物をしただろう」ネロは気にした様子がない。「それに、この子(ペーガソス)は昨日かなり走ったから、少し休ませねばならぬ」

  ……それは反論できんけど。

  どう考えても、二十哩は短すぎるんやん。

  ……そういえば、こっちの『一哩(mille)』って、どれくらいなんだ?

  まさか、英国のマイル(mile)と同じ?

  一マイルって……どれくらいだったっけ。

  1.609キロ?

  ロッリーアは乱暴に頭を掻く。

  数学の教科書で確かめたら良かったのに。


  風が次第に強くなってきた。

  道端の草は東へ向かって波打ち、枝葉がさわさわと擦れ合う。

  長い髪が風に煽られ、何度も視界を覆う。ロッリーアは手で払おうとしても、すぐまた乱される。

  何度か繰り返した末に、彼女はとうとう諦める。

  不意に西の空が白く光る。

  十数秒後、遠くから鈍い雷鳴が響く。

  「……これ以上は進めぬな」ネロはペーガソスを止める。「雲は予想より速い」

  「……このあたり、厩舎さえも見えないけど、どこに行くの?」

  ネロは、ペーガソスを右へ向けて土道から外れる。「……あっち」

  ロッリーアも目を凝らす。

  だが、遠くに濃い緑が盛り上がっているほかには、何も見えない。「……何あれ」

  「チミニウ(Ciminius)(Mons)山」

  ネロはそれだけ言う。

  「山?」ロッリーアは目を細める。「……全然そう見えないけど」

  「だが山だ」ネロはわずかに横目で一瞥をくれる。

  「……高く見えない」

  ロッリーアは改めて目を凝らす。

  「森が深すぎるから」ネロは遠方を見たまま続ける。「だが、実際はかなり急斜面になっている」

  「ふぅん……そうなの?」

  ロッリーアはそう言う。

  だが、ネロは何も答えない。彼女の視線は遠くに、小さな灰色の影へ釘付けになっていた。

  蹄の音が、先ほどより少し激しくなる。

  距離が縮まるにつれ、その淡い灰色の影は二人の目の前に、次第に形を現す――

  露出した凝灰岩によって形成された、U字状の窪地だった。

  崖そのものはそれほど高くない。

  精々二、三階建て程度。

  だが、このU字の最奥部には、外側へ張り出した岩壁がある。

  深くはない。

  それでも、風雨を凌ぐ程度なら十分そうだ。

  さらに奥には、もっと深い穴のような口もかすかに見える。

  「運が良かったな」

  ネロがそう口にした途端、ロッリーアは頬に冷たいものを感じた。

  手で触れる――

  水。

  続いて二滴目。

  三滴目、四滴目もすぐに落ちてくる。

  二人はほぼ同時に馬から飛び降りる。

  ネロはペーガソスを引いて、岩壁の下へと駆け込む。

  だが後ろを歩くロッリーアには、ペーガソスが鼻を鳴らしながら、どこか嫌がっているかのように見える。

  「中に何かいる。気をつけろ」

  ネロはそう言うが、歩みは緩めない。

  「……うん」

  ロッリーアはゆっくり後に続く。

  二人はペーガソスを引いて、岩壁の下へ辿り着く。

  ネロは先に剣を抜き、開口部へ数歩近づく。

  ロッリーアはその背後から中を覗き込む。

  暗い。

  湿っている。

  それに、何とも言えない臭いが……

  「……中に何かいる?」

  ロッリーアが言い終える前に、奥からガサガサと音が響く。

  彼女の足が止まる。

  次の瞬間。

  白黒まだらの、丸っこい何かが飛び出してくる。

  ロッリーアの足元を掠めるように駆け抜ける。

  彼女の肩がびくりと震える。

  その姿を捉えるよりも早く、それは脇の茂みに飛び込み、そのまま一目散に消えていく。

  茂みだけが、ばさばさと二度ほど揺れる。

  「……アナグマ(meles)だ」ネロは茂みを見つめたまま言う。「もう逃げ去った」

  「アナグマ?」ロッリーアの意識がようやく身体へ戻ってくる。「人を噛んだりする?」

  「普通はしない」ネロは少し間を置く。「追い詰められれば別だが」

  「……ならよかった」ロッリーアはほっとしたように息を吐く。「びっくりした……」

  ネロは、洞穴の奥へと歩を進める。

  せいぜい数歩だけ、深くはない。

  しかし、アナグマが掘り進めた小穴が、さらに奥にある。

  どこまで伸びているのかは分からない。

  ただ、獣臭が激しく鼻を突く。

  ネロは耳を澄ませるが、物音は聞こえない。

  「……大丈夫?」

  ロッリーアは様子を窺うように中へ入ってくる。

  「安心しろ。何もいない」

  ネロの言葉を聞き、ロッリーアはほっと息をつく。食べ物の入った袋を取り出し、洞口近くに置く。

  雷鳴がごろごろと響き続ける。

  外では雨粒が筋となって落ち始めている。

  ロッリーアは洞口の縁に腰を下ろす。

  ぱらぱらという雨音は、やがて途切れのない響きへと変わり、さらに白い雑音のように胸の奥まで染み込んでくる。

  あの臭い、まだ残っている。

  先ほどよりは薄いが、雨と湿気に押し下げられたせいか、より低く、鈍く、それでいて妙に鼻へ刺さってくる。

  ロッリーアはより遠くに座る。

  ペーガソスは張り出しの下に繋がれている。大半は雨を避けられている。頭を下げ、耳を後ろへ伏せている。

  なぜだか分からないけれど、その姿を見るたび、ロッリーアは妙に笑いそうになる。

  ネロは向こう側に腰を下ろしている。


  雨脚はさらに強まり、空もいっそう鈍い灰色へ沈んでゆく。

  山の外から吹き込む風に、洞口の草葉がざわざわと揺れる。

  ロッリーアの様子は、どこか普段と違っている。

  だがネロは、それが何なのか上手く言葉にできない。

  無理に言葉にするなら――

  たぶん、安堵?

  そうだ――

  安堵。

  ずっと彼女を縛っていた何かが、雨の中でだけ、そっと緩んでいるようだ。

  洞の外は雨幕に閉ざされ、木々も山影も遠い丘陵も、すべて滲んだ輪郭になっている。

  風は雨粒を巻き込みながら斜めに吹き込んでくる。

  それでも奥までは届かず、ロッリーアの足元に微かな水の跡を散らす程度だけ。

  ロッリーアは一度だけ奥へ下がろうとして、結局やめた。

  膝の上の腕に顎を乗せたまま、静かに雨音へ耳を傾けている。

  ネロはそっと視線を逸らす。

  「……こんな雨じゃ、今夜はもう進めないよね?」

  ロッリーアがふいに振り向く。

  「……おそらくなぁ」

  ネロは彼女を一瞥し、わずかに眉を上げる。

  「こっちは、アナグマの巣?」

  「たぶんな」

  「じゃあ今の私たちって……あいつの家を乗っ取っちゃってるよね?」

  「そうかもしれぬ」

  「夜になったら戻ってこない?」

  「来るだろうな」

  「じゃあその時は……どうするの?」

  「追い払う」

  「……群れで来ても?」

  「同じだ」

  「……怖くないの?」

  ロッリーアの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

  「アナグマは臆病だ。(ソナタ)が怖がれば、向こうはもっと怖がる」

  ネロは鞍袋から火打石を取り出す。だが外の雨脚を見て、すぐまた戻してしまう。

  ロッリーアは袋からパンを一つ取り出す。「なら安心」

  ネロの視線が、そのパンの上でしばらく止まる。何か言いかけて、結局口にはしない。

  彼女は静かに目を逸らす。

  ロッリーアはパンを一瞥して、それからネロを見る。顔には『言いたいことは分かってる』とでも言いたげな色が浮かぶ。

  彼女はパンを真ん中から割り、その半分を差し出す。

  「言いたいなら言おう?」ロッリーアは言う。「見つめてても、勝手にそっちの手へ飛んでいったりしないし」

  「……余は、そういう意味ではない」

  ネロは唇を軽く結ぶ。

  「うん」ロッリーアはさらに少しだけパンを差し出す。「分かってる」

  ネロは小さく首を振り、ようやくパンを受け取る。

  風はさらに強くなった。

  巻き込まれた湿気が二人の間をすり抜け、細かな水滴が、静かに冷たさを刻んでいく。

  ペーガソスが濡れた鬣をぶるるっと振り、低く鼻を鳴らす。

  ネロはパンをひと口かじる。

  ロッリーアは首を傾けながら彼女をちらりと見て、また外へ視線を戻す。

  空、先ほどよりさらに暗い。

  今って……

  もう六時近いのやなぁ。

  ……まあ、ええか。

  なるようになる。

  ロッリーアもパンをかじる。

  ……硬っ。

  セステルティウスみたいに硬い。

  しかも塩辛い。

  あのクソ店主、海水で生地でも捏ねたんちゃうか。

  それに、なんで砂まで入ってる?

  最低のボッタクリや。

  キモい、下衆め、クズや。

  死んだらええねん。

  いや、死になさい、頼むから。

  「……どうした?」

  ネロが食べる手を止める。

  「……砂入ってる」ロッリーアは眉をひそめる。「パンの中に」

  「ん?」ネロはもう一口かじり、口の中でゆっくり噛む。「……砂じゃない。(ふすま)だ」

  「ふ、(ふすま)って……何?」

  ロッリーアの問いに、ネロは少しだけ言葉を詰まらせる。

  「……麦の殻だ」

  「……」

  ロッリーアは黙り込んだ。

  ネロは再び視線を落とし、黙ってパンを食べ続ける。

  ロッリーアももう一口かじる。

  この妙な異物感……

  やっぱり慣れへん。

  ごめん、ボッタクリさん。

  疑って悪かった。

  悪いのはうち。

  謝ります……本当にごめんなさっ――

  ――いや、ちゃう。

  砂は入ってへんかったけど、お前はこの子(ネロ)のお金をぼったくったんや。

  やから、お願い。

  どうぞ、お死にください。

  ロッリーアはわずかに眉を寄せたまま、袋から桑の実を取り出す。「……喉、渇いてる?」

  「……少しな」ネロは小さく頷く。

  「雨じゃ薪も見つからないし、水も沸かせない」ロッリーアは桑の実を差し出す。「喉乾いたなら、これ食べて凌いで」

  ネロの視線が、その包みの上へ一瞬だけ落ちる。

  「……ああ」

  彼女は静かに頷く。

  ロッリーアは、きれいそうな布をもう一枚取り出し、桑の実の大半をそちらへ分ける。

  ネロは受け取らない。

  「……」

  ロッリーアが彼女を見る。

  ネロもまた、ロッリーアを見ている。

  「……」

  ロッリーアはもう一度きっちり半分に分け直し、その片方を差し出す。

  ネロは今度、受け取った。


  空の明かりが、少しずつ薄れていく。

  雨脚は先ほどより弱まったようだが、止む気配まではない。

  ロッリーアはゆっくりと食べ続ける。

  パンは塩辛い。

  やけど、桑の実の甘さまでは消せへん。

  逃げる途中じゃなかったら――こりゃ案外、『心地ええ時間』と呼べたのかもしれん。

  ロッリーアは静かに目を伏せる。

  また、雨空が白く光った。

  十数秒後。

  響いてきたのは鋭い落雷ではなく、低く長く腹に残るような雷鳴だ。

  風雨が再び強まる。

  ペーガソスの毛並みはさらに濡れ、ぶるるっと激しく頭を振る。

  ロッリーアは思わず吹き出す。

  馬やのに、なんだか犬みたい。

  こいつまさか、犬年(戌年)生まれなんちゃうやろね。

  「……何を笑ってる?」

  ネロはロッリーアを見て、それから彼女の視線を追うようにペーガソスへ目を向ける。

  「……別に」

  ロッリーアは最後の一口を飲み込み、服についたパン屑を軽く払う。

  雨脚はまた少し弱まっている。

  だが空は、もう雲の形すら分からないほど灰色に沈んでいた。

  「……寒ない?」

  ロッリーアは振り向いてネロに尋ねる。

  「寒くない」

  ネロは首を振る。

  「……ほんと?」

  「本当」

  ロッリーアはそれ以上聞かない。

  実際、彼女も寒くはない。

  外套はまだ乾いているし、風も吹き込んでこない。

  ただ、岩肌から滲む湿気のせいで、長く寄りかかっていた背中だけが少し冷たかった。

  彼女は小さく座り直す。

  ……そういえば。

  ここ(ローマ)に来て、まだ二日目なんや。

  ロッリーアの呼吸がふと止まる。

  ……たった二日?

  もっと、ずっと長く過ごした気がする。

  昨夜の出来事なんて、もう一ヶ月前みたいや。

  街でのことさえ、どこか夢の中みたいに遠い。

  ……変なん。

  きっと、起きたことが多すぎたんや。

  しかも、どれも現実感がないくらいに。

  ロッリーアは顔を上げる。

  ネロはすでにパンを食べ終え、鞍袋から古着と布を取り出し、乾いた場所へ敷いている。

  だが、その広さはどう見ても一人分しかない。

  ロッリーアは立ち上がる。

  「どうした?」

  ロッリーアはその布へ視線を落とし、それからネロの顔を一瞥する。「……寝る準備」

  「汝だけでよい」

  ネロは布と衣服を整え終える。

  「……あなたは?」

  「少し見る」

  「……何を?」

  「外を」

  ロッリーアはネロを見詰める。

  「なんで?」

  「『あちら』に近すぎるゆえ、少々気にかかる」

  「……どちら?」

  ロッリーアは少しだけ目を瞬かせる。

  「そこだ」

  ネロの視線を辿る。

  そこには何も見えない。

  それでも、ロッリーアはもう分かった。

  「……じゃあ、夜中になったら起こして」

  「構わん」

  「起こして」ロッリーアは繰り返す。「交代で見る」

  ネロはすぐには答えず、ただ闇を見つめる。

  少し後から、雨音の中に小さな「うん」が混じる。

  ロッリーアは横になった。

  服の下にある岩は冷たく、彼女は身体を丸めながら、ストラを引き寄せる。

  硬い。

  冷たい。

  湿気が地面からじわじわと染み上がってくる。

  ……思ったよりきつい。

  それでも、野ざらしよりはずっとマシや。

  ロッリーアは目を閉じる。

  柔らかな雨音が広がり、周囲のすべてを覆ってゆく。

  ……この子(ネロ)、本当に起こしてくれるんやろか。

  たぶん、無理や。

  この子は恐らく、そのまま朝まで無理に起きとる。

  ……まあええわ。

  起こさへんかったら、朝は少し寝かせてあげればええ。

  そんなことを考えているうちに、ロッリーアの呼吸はゆっくり深くなっていく。


  さながら、眠る者を起こすまいとするように、いつしか雨音も静かになる。

  ネロは変わらず座っている。

  空は完全に闇へ沈み、互いの輪郭すら見えない。

  時折、ペーガソスが小さく鼻を鳴らす。

  どれほど時間が過ぎただろう。

  ネロはふと、ロッリーアの方を振り向く。

  見えない。

  だが、彼女はそこにいる。

  ネロは何も言わず、再び前へ視線を戻す。

  雨空はただ真っ黒。

  それ以外は、何も存在しない。

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