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『この作品に、タイトルは付けられなかった。』  作者: qp46


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8話『分かんないでしょ』

休日の夕方だった


窓の外では雨が降っている


細い雨


一定のリズムで窓ガラスを叩き続けていた


凛はノートパソコンを睨みつけながら、小さく舌打ちする


書けない


正確には、

書いても納得できない


AIは一瞬で文章を出してくる


数秒で数千文字


起承転結まで綺麗にまとまった文章


でも凛はそこで止まる


この台詞が違う


この感情は薄い


この流れは綺麗すぎる


ここに入れたかった一文がない


修正する


また読む


今度は別の場所が気になる


気づけば、

同じ一文だけの修正に三十分かかっていた


凛は頭を抱える


「……なんだよこれ」


その時だった


インターホンが鳴る


凛は反射的に顔を上げた


嫌な予感しかしない


玄関を開ける


章がいた


片手にはコンビニ袋


「……なんですか」


「雨」


「見れば分かります」


章は当然みたいな顔で部屋へ入ってくる


凛はもう止めなかった


止めても入ってくる


それを理解し始めてしまっていた


章は机へコンビニ袋を置く


「カフェ閉まってた」


「だからってなんでここ来るんですか」


「近かった」


絶対適当だ


章はノートパソコンを見る


また止まっている画面


章が小さく眉を寄せた


「またそこ?」


「……うるさいです」


「進んでねぇじゃん」


「分かってますよ」


凛は乱暴にキーボードを叩く


一文直す


違う


また直す


違う


章はそれを黙って見ていた


その視線が妙に苛立つ


見られている感じがする


文章じゃなく、

もっと奥を覗かれている感じ


章がぽつりと呟く


「お前、

失敗しねぇように書いてるだろ」


凛の指が止まる


「……は?」


「めちゃくちゃ様子見してる」


意味が分からない


章は気怠そうに続けた


「綺麗にまとめようとしすぎ」


凛は小さく笑った


「そりゃそうでしょ」


「なんで」


「なんでって」


凛はキーボードを強く叩く


音だけが部屋へ響いた


「俺、

失敗したら終わりなんですよ」


章は黙っている


凛は止まらなかった


「AIだから売れたって言われて」


「偽物って言われて」


「その上、

文章まで下手だったら笑えないでしょ」


雨音が強くなる


凛は画面を睨みつけたまま言う


「湊先生には分かんないですよ」


空気が止まる


口に出した瞬間、

少しだけ後悔した


でも止まらなかった


「最初から売れて」


「最初から天才って言われて」


「失敗しても、

結局湊先生だから許されるじゃないですか」


沈黙


雨音だけが響いている


章は少し黙っていた


やがて小さく息を吐く


「……そっか」


それだけだった


怒らない


否定しない


章は立ち上がる


「今日は帰るわ」


凛は何も言えなかった


玄関が開く


閉まる


静かになる


凛はしばらく動けなかった


言いすぎた


たぶん


でも、

止まらなかった


凛は深く息を吐く


机へ突っ伏す


雨音だけが響いている


その時だった


スマホが震える


凛は顔を上げる


メッセージ


章からだった


『コーヒーメーカー置いてくから』


凛は数秒止まる


そのあと、小さく吹き出した


「……なんなんだよあの人」

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