7話『全部』
次の日
仕事を終えてアパートへ戻ると、部屋の前に章がいた
階段へ座り込み、スマホを弄っている
「……何してるんですか」
章は顔も上げずに言った
「遅ぇ」
意味が分からない
凛は呆れながら鍵を取り出す
「なんでいるんですか」
「暇だった」
絶対嘘だ
凛が扉を開けると、章は当然みたいについてくる
「お前ほんとに仕事してんのな」
「してますよ」
「いつもこの時間?」
「日によります」
章はふーんとだけ返した
本当に何を考えているのか分からない
それから数日
章は何度か凛の部屋へ来た
突然来る
勝手に人の小説を読む
コーヒーを飲む
適当に感想を言う
そして帰る
滞在時間は短い
短いくせに妙に空気だけ掻き回していく
正直、未だに何がしたいのか分からない
ただ一つ分かるのは、
この人のせいでペースが狂い始めていることだった
そしてまた別の日
仕事を終えて部屋へ戻ると、
章が箱を抱えて立っていた
「……なんですかそれ」
「コーヒーメーカー」
意味が分からない
凛が呆れている間に、章は当然みたいに部屋へ入ってくる
「いや待ってください」
「インスタント不味かった」
失礼すぎる
章は箱を机へ置きながら続けた
「豆も持ってきた」
「なんで通う前提なんですか」
章は少しだけ考えるみたいに止まる
「……通ってたわ」
意味が分からない
凛は深くため息を吐いた
休日の昼
凛はいつものカフェへ来ていた
窓際には柔らかい光が落ちている
けれど凛の顔色は最悪だった
ほぼ徹夜
結局昨日も、朝方まで画面を睨み続けていた
AIを使って
修正して
消して
また書いて
それでも最後まで“違う”感覚が残り続けていた
凛はコーヒーへ口をつける
苦い
「……寝てねえの?」
声がして、凛は顔を上げた
章がいた
当然みたいな顔で、向かいの席へ座る
「……なんでいるんですか」
「カフェだから」
意味が分からない
章は頬杖をつきながら凛を見る
「顔終わってる」
「放っといてください」
「昨日も書いてた?」
「……まぁ」
章は小さく欠伸をする
その姿が妙に自然で、凛は少しだけ居心地が悪くなった
この人、いつからこんな普通に話しかけてくるようになったんだろう
いや
最初からか
「で」
章が言う
「昨日の続き書けた?」
「……多少は」
「見せて」
「嫌です」
即答だった
章は少しだけ眉を上げる
「なんで」
「なんでって」
凛は視線を逸らす
この人へ自分の文章を見せるの、
心臓に悪すぎる
しかも相手は湊だ
読者じゃない
プロだ
トップだ
そんな人間に見せられるわけがない
章はそんな凛を見ながら、小さく息を吐いた
「別に減点とかしねぇよ」
「そういう問題じゃないんです」
「じゃあ何」
凛は言葉に詰まる
上手く説明できない
怖いのだ
読まれるのが
AIじゃなく、
自分を見られる感じがして怖かった
沈黙が落ちる
店内では食器の触れ合う音が小さく響いていた
やがて章がぽつりと呟く
「お前の小説、
全部読んだけど別に悪くねぇと思う」
凛が止まる
「……全部?」
章は気怠そうにコーヒーを飲む
「暇だったし」
絶対暇じゃない
一冊だけじゃない
連載も
短編も
初期作品も
書籍化していない投稿も
全部?
凛は喉が渇くのを感じた
「……なんで」
思わず漏れた声だった
章は少しだけ考えるみたいに視線を逸らす
「なんか、
お前がいた気するわ」
凛が止まる
「……は?」
「AIなのに」
意味が分からない
章は気怠そうに続ける
「普通もっと綺麗にまとまるだろ」
「……なんですかそれ」
「なのに、
お前ずっと迷ってる感じするし」
凛は何も言えなかった
AI作家
効率重視
偽物
ずっとそう言われてきた
だから、
自分の小説を読まれている感覚なんてなかった
みんな、
AIを見ているだけだった
なのにこの人は
自分を見ている気がした
それが怖かった
怖くて
少しだけ、
嬉しかった




