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『この作品に、タイトルは付けられなかった。』  作者: qp46


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5話『始まり』

「お前さ」


章がノートパソコンを眺めたまま言う


「なんでAI使い始めたの」


凛の指が止まる


部屋の中には電車の走行音が微かに響いていた

古い窓ガラスが小さく揺れる


凛はすぐには答えなかった


答えたくないわけじゃない


ただ、上手く説明できる気がしなかった


なんで使ったのか


そんなの、自分でもずっと分からなかったから


章は急かさない


机へ頬杖をついたまま、ぼんやり画面を見ている


その沈黙が逆にずるかった


凛は小さく息を吐く


「……仕事ですね」


「仕事?」


「社会人になると、

思ったより時間なくなるんですよ」


凛は椅子へ座り直した


視線はノートパソコンの画面へ落ちたまま動かない


「帰って、

飯食って、

風呂入って、

気づいたら寝てる」


「ふーん」


「最初はちゃんと書こうとしてたんです」


新人時代の自分を思い出す


仕事終わり


眠い目を擦りながらノートパソコンを開いていた


休日を全部使って書いたこともある


それでも、少しずつ書けなくなっていった


疲労


仕事


生活


締切なんてない趣味は、簡単に後回しになった


凛は苦笑する


「気づいたら、

投稿サイトも見るだけになってました」


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更新一覧


感想欄


スクロールするだけ


それでも湊の作品だけは読んでいた


新作が出れば読む


更新されれば開く


読んで


救われて


勝手に苦しくなって閉じる


章は黙って聞いている


凛は続けた


「ある日、

なんとなくAI触ったんです」


最初は本当に軽い気持ちだった


SNSで流れてきた


話題になっていた


だから遊び半分で入力した


――孤独な主人公の話を書いて


返ってきた文章は、驚くほど綺麗だった


でも同時に、驚くほど空っぽだった


どこかで見たような文章


どこかで見たような展開


“正しい小説”


だった


凛は小さく笑う


「でも、

そこへ自分の書きたいもの混ぜてったら、

少しずつ変わったんです」


頭の中にあった映像


感情


言いたかった台詞


昔書こうとして書けなかったもの


それを少しずつ書き換えていった


気づけば、

AIへ投げた文章じゃなくなっていた


自分が欲しかったものへ変わっていた


「……で、

一本完成したんです」


部屋へ静かな沈黙が落ちる


凛は視線を落とした


投稿画面を開いた時のことを思い出す


怖かった


めちゃくちゃ怖かった


「投稿する時、

すげぇ罪悪感ありました」


「罪悪感?」


「自分と同じように、

仕事しながら必死で書いてる人達いるじゃないですか」


凛は苦笑する


「これ、

冒涜なんじゃないかって」


AIを使った自分は、

そこへ並んじゃいけない気がした


こんなものを小説と呼んでいいのか


自分を作家と呼んでいいのか


ずっと分からなかった


それでも


凛は小さく息を吐く


「……湊先生みたいになりたかった」


章が少しだけ目を細める


凛は気づかないまま続けた


「だから投稿したんです」


静かな夜だった


窓の外を電車の明かりが流れていく


章はしばらく黙っていた


やがて、小さく呟く


「……ふーん」


興味なさそうな声


けれどその目だけが、

妙に真っ直ぐだった

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