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『この作品に、タイトルは付けられなかった。』  作者: qp46


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4話『ついてくる』

凛はノートパソコンを閉じた


これ以上ここにいても書ける気がしなかった


白い画面を見続けていると、自分まで空っぽになっていく気がする


鞄へ充電器を突っ込む


ペンケースを入れる


スマホを掴む


向かいでは章が頬杖をついたまま、ぼんやりこちらを見ていた


視線が居心地悪い


「……帰ります」


「ふーん」


興味があるのかないのか分からない返事


凛は立ち上がる


これ以上話しているとペースが狂う


ただでさえ今日は最悪なのに


昨日は授賞式


今日は湊


意味が分からない


なんで天才が自分なんかに話しかけてくるのか、本当に分からなかった


凛は逃げるみたいに店を出る


ガラス扉が閉まる音が背中で鳴った


外の空気は少し冷たかった


休日の駅前には人が溢れている

買い物帰りの家族連れ

笑いながら歩く学生達

信号待ちの列


世界は普通に休日を過ごしているのに、自分だけずっと何かへ追われている気がした


凛は小さく息を吐く


疲れた


色んな意味で


その時だった


「で」


後ろから声がする


凛が振り返る


章がいた


「……は?」


「どこ住んでんの」


「なんでついてきてるんですか」


「気になったから」


意味が分からない


章はコートのポケットへ手を突っ込んだまま、眠そうな顔で立っている


凛は頭を抱えたくなった


「帰ってください」


「嫌」


即答だった


「いやなんで」


「お前、このままだとまた書けねぇだろ」


凛の動きが止まる


章は気怠そうに続けた


「だから見に行く」


「見に行くって何をですか」


「お前の書き方」


凛は言葉を失った


本当に意味が分からない


普通ここまで来るか?


昨日初めて会った相手だぞ


しかも相手は湊だ


そんな人間が、休日の駅前で自分についてきている


意味が分からなすぎて逆に現実感がなかった


信号が青になる


人波が動き出す


凛も歩き出した


後ろから足音がついてくる


無視する


数秒後


まだついてくる


凛は耐えきれず振り返った


「なんなんですかほんとに」


章は少しだけ考えるみたいに視線を逸らす


「……いや」


「お前の書き方、

なんか気持ち悪ぃんだよな」


「は?」


「AI使ってんのに、

全然AIっぽくねぇし」


凛の眉が寄る


褒められてるのか貶されてるのか分からない


章は続ける


「なのにめちゃくちゃ迷ってる」


夕方の風が少し強く吹いた


駅前の広告が揺れる


章が眠そうな目のまま凛を見る


「だから気になる」


凛は視線を逸らした


心臓の音がうるさい


そんな風に言われたこと、一度もなかった


AI作家


効率重視


偽物


みんなそこしか見ない


なのにこの人は、

違う場所を見ている気がした


それが妙に怖かった


気づけば駅前を抜け、

住宅街へ入っていた


街灯がぽつぽつと灯り始めている


凛は小さく息を吐いた


「……ほんとについてくるんですね」


章は眠そうな顔のまま答える


「お前が帰るから」


「だからって普通ついてきます?」


「気になったし」


意味が分からない


凛は額を押さえる


もう一度後ろを見る


まだいる


当然みたいな顔でついてきている


「……帰ってください」


「嫌」


即答だった


凛はもう反論する気も失せて、小さくため息を吐いた


そして諦めたみたいに、アパートの階段を上がった


古い鉄階段が軋む


二階の端


バッグから鍵を取り出す


扉を開ける


その瞬間、自分でも思った


狭い


ワンルーム


古いフローリング


コンビニ弁当の袋


床へ積まれた資料集とビジネス書


部屋の隅には洗濯物が半分だけ畳まれたまま放置されている


生活感


夢を諦めきれなかった人間の部屋だ


「……帰ってください」


凛は玄関に立ったまま言った


その後ろでは章が部屋を見回している


「思ったより普通」


「何を想像してたんですか」


「もっとこう……」


章が適当に宙を探る


「AI」


「意味分かんないんですけど」


章は靴を脱いで勝手に上がった


凛は頭を抱えたくなった


なんで入ってきてるんだこの人


というかなんで自分は入れてしまったんだ


断れなかった


湊だから?


違う


たぶん押しが強すぎた


凛は鞄を机へ置く


ノートパソコンを取り出した


充電コード


マウス


使い慣れたスマホ


休日のほとんどを一緒に過ごしている道具達だった


章はその中のスマホを見る


「それ?」


凛の身体が少しだけ強張った


AIチャット画面


さっき閉じたはずなのに、通知だけ残っている


章はスマホを覗き込むでもなく、ただぼんやり見ていた


「……ほんとに使ってんだな」


「使ってますよ」


凛は少しだけ棘のある声で返した


章は振り返る


「怒ってる?」


「別に」


「嘘くせぇ」


凛は小さく息を吐いた


窓の外では電車が通り過ぎる音がする

部屋が少しだけ揺れた


沈黙が落ちる


章は机の前へ座った


凛が開いたノートパソコンには、書きかけの文章が表示されている


主人公が雨の中を歩くシーン


途中で止まっていた


章は画面を眺めながら言う


「なんで止まった」


「……書けなくなったからです」


「なんで」


「なんでって」


凛は言葉に詰まる


そんなの自分でも分からない


頭の中には映像がある


感情もある


書きたいものもある


なのに言葉へすると急に薄っぺらくなる


AIへ投げた方が、

ずっと綺麗にまとまる


だから苦しくなる


凛は視線を逸らした


「自分で書くと、

なんか……違うんです」


章は黙ったまま画面を見ている


数秒


やがて小さく呟いた


「……いや」


「は?」


「お前、

これ書いてる時が一番人間っぽい」


凛が止まる


章は眠そうな目のまま、画面を見ていた


「AI弄ってる時より、

そっちの方が気持ち悪ぃ」

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