2話『気分転換』
「で、次はどうするんですか」
編集の誠が原稿を閉じながら言う
部屋にはコーヒーの匂いが漂っていた
机の上には書きかけの原稿が散らばっている
数行だけ書かれたもの
タイトルだけのもの
途中で止まった会話文
どれも最後まで続いていなかった
壁際には担当作品のポスター
積み上がった献本
出版社から届いた資料
部屋そのものが“売れっ子作家”だった
けれど、その中心にいる男だけが死んだみたいな顔をしている
久城章はソファに寝転がったまま、小さく欠伸をした
「どうするって?」
「次回作ですよ」
「別に」
「別にじゃないです」
誠がため息を吐く
章はスマホを弄りながら適当に言った
「なんか最近、書いてもつまんねぇんだよな」
誠は黙る
こういう時の章は厄介だった
書けないわけじゃない
実際、書けば面白い
周囲はみんなそう言う
編集部も
読者も
評論家も
“天才”
その言葉を疑う人間はほとんどいなかった
だから余計に面倒だった
章自身だけが、書いていても何も感じなくなっていた
誠がコーヒーを机へ置く
「少し休んだらどうです?」
「旅行?」
「そこまでじゃなくても」
章はぼんやり天井を見る
白い
面白くないくらい白い
「……気分転換ねぇ」
その時、ふと昨日の授賞式を思い出した
壁際
スーツ姿
死んだみたいな目
“帰りてぇ”って顔してた男
AI作家
A&R
章はゆっくり身体を起こす
「誠」
「はい」
「A&Rって、今会社員なんだっけ」
誠が少し目を瞬かせる
「そうですね。普通に働いてるはずです」
「へぇ」
章はスマホを閉じた
「……珍しいですね」
「何が」
「他人に興味持つの」
章は少しだけ考えるみたいに視線を逸らす
「別に興味ってほどじゃねぇよ」
「はいはい」
誠は苦笑しながら空になったコーヒーカップを回収する
章は立ち上がった
「俺、ちょっと外出る」
「締切は?」
「逃げねぇよ」
「前も同じこと言って逃げましたよね」
「今回は戻る」
「信用ないんですよあなた」
章は適当に手を振る
玄関を開ける
外の空気は少し冷たかった
ポケットへ手を突っ込みながら歩く
行く場所なんて特に決めていない
けれど気づけば、いつものカフェへ向かっていた
扉を開ける
コーヒーの匂い
静かな店内
窓際の席では学生がイヤホンを付けたまま参考書を開いている
奥ではサラリーマンがパソコンを叩いていた
その中で、一番奥の席だけ妙に空気が重かった
ノートパソコンを睨みつけている男
昨日と同じ
死にそうな顔
章は少しだけ目を細める
「あいつ……何やってんだ」




