1話 『授賞式』
授賞式の会場は、妙に静かだった
正確には、静かなふりをしているだけだ
笑い声も、拍手も、祝いの言葉も飛び交っている
けれどその奥では、誰もが誰かを値踏みしていた
作家なんて、そういう場所だ
ホテルの高層階
やけに広い会場には、甘ったるい香水とコーヒーの匂いが混ざって漂っている
壁際には出版社関係者
中央では売れっ子作家達が笑いながら会話を交わし、その周囲を新人達が落ち着かない様子でうろついていた
名刺交換
営業スマイル
褒め言葉
値踏み
その全部が、薄い膜みたいに空間へ張り付いている
中塚凛は壁際で小さく息を吐いた
慣れないスーツの襟元が苦しい
ネクタイなんて締め慣れていないせいで、首元にずっと誰かの指が引っかかっているみたいだった
帰りたい
さっきからそれしか考えていない
スマホを握る
通知はない
感想も、メッセージも、何も来ていなかった
画面を閉じる
また開く
意味なんてないのに、何度も確認してしまう
凛は小さく目を閉じた
周囲では誰かが笑っている
「いやぁ、次回作も期待してますよ」
「最近ランキング強いですよね」
「コミカライズ、決まったんでしたっけ?」
そんな会話が耳に入るたび、自分だけ場違いみたいな気がした
その時だった
「おい、見ろよ」
小さな声
だが、ちゃんと聞こえる声だった
「偽物いるぞ」
笑い声が混ざる
凛の指先が止まる
「AI作家のA&Rだろ?」
「あー、最近ちょっと話題の」
「よく来れるよな」
「時代だねぇ」
「でも実際、書いてんのAIなんでしょ?」
くすくすと笑い声が広がる
凛は聞こえないふりをした
慣れている
もう何度も言われてきた
AI作家
効率重視
中身がない
誰でも書ける
凛は小さく笑う
慣れている、はずだった
けれど今日は妙に刺さる
逃げ場がないからかもしれない
この空間には、自分より“本物”の人間ばかりいる気がした
その時だった
「次、
湊先生です」
空気が変わる
一瞬で
ざわめきが止まり、会場中の視線が前へ向いた
拍手
歓声
期待
熱
壇上へ現れた男を見て、凛は小さく息を呑む
思っていたより若い
眠そうな目
気怠そうな歩き方
スーツも適当に着ているように見える
それなのに、誰よりも目を引いた
湊
本名――久城章
中学生で賞を取り、“天才”と呼ばれ続けている作家
凛も何度もその小説を読んだ
読んで、救われて、勝手に傷ついた
文章を開いた瞬間、自分とは違う人間なんだと思わされた
自分には一生書けないと思った
壇上で章が適当に頭を下げる
それだけで歓声が上がる
凛は少しだけ視線を逸らした
眩しかった
何もかも
自分がここに立っていることさえ、場違いに思えるくらいに
その時だった
ふと、視線を感じる
顔を上げる
壇上の章が、こちらを見ていた
数秒
目が合う
凛の心臓が跳ねる
射抜かれた気がした
けれど章は、興味なさそうに視線を外す
たったそれだけ
それだけなのに、なぜか呼吸が苦しい
凛は小さく息を吐いた
「……帰りてぇ」
誰にも聞こえない声で、そう呟いた




