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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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十年前の童話④

 扉に手を当てて深呼吸。髪も服も乱れはない。よし、と気合を入れて押し開く扉。

 昨日は気付けばベッドで横になっていた。覚えているのは肩で触れた温もりと優しい声だけで。淑女たるもの、まさか寝落ちなんて。ぶんぶんと頭を振って思考を散らすと、もうそれ以上考えるのをやめた。


「また来たのか。」


 定位置にお決まりの文句。お馴染みの挨拶となっている彼の言葉に、


「続きが聞きたかったから。」


 唇を尖らせてそう返すと、やれやれと肩を竦めながら空いた隣を二、三度叩いて特等席へご招待。思わず上がっていく口角が気付かれないように、唇を引き結びながら私のために空けられた場所へ、早足で向かった。

 勢い良く座れば、やっぱりひっくり返りそうになる。何度座ってもどう座るのが正解なのかわからないソファーに悪戦苦闘する私を横目に、すでに手にしていた本を開けば、「あ」と何か思い出したように一音。次いでこちらを振り向いて、にっこりとした笑顔を貼り付けて言葉を放る。


「今日は寝るなよ?」


 考えないようにしていたのに駆け足で戻ってくる羞恥心。ぶつけたい言葉がわからずに、わなわな唇を震わせる私とは対照的に満足そうに笑いながらも視線はもう本へと戻っている。ここまできたら正解を教えて欲しいのに、答え合わせをしてくれる気はないらしい。

 目で訴えてみてもアッシュグレーの瞳は目の前の本しか見ていない。尖りだした唇を諌めながら、やっと落ち着ける位置を見つけてソファーに座り直す。一呼吸置いて、浸透する声。


「――カラスは窓辺に座っている子猫を見て『新入りか、お前』と偉そうに声をかけました。ガッティーナは首を傾げながら答えました。『ぼくの家はここだから、新入りじゃないよ。でも、君とは初めましてだね』と。」

「ガッティーナ……ガッティーナ!」


 反芻して辿り着く正解。バッと顔を上げて、すぐ上にある彼の顔を見れば、悪戯が見つかってしまった時の兄のような顔で笑っていた。


「ガッティーナで、ガッティーナだけど、何で私がガッティーナ?」

「ふっ……鏡を見たらわかるんじゃないか?」

「私は淑女なのに。」


 乱れていないはずの髪の毛を気にしながら落とした言葉。先生だって、よくできましたって時々言ってくれるのに。目を伏せて足をパタパタと動かす私に、参ったな、と布ずれの音でも掻き消えそうな小さな呟きを一つ。すっかり傾いてしまった私の頭をガシガシと音がするほど乱暴に撫でて、本に視線を向けさせた。


「これはおれが一番気に入っている話なんだ。」

「……そうなの?」

「ああ。ほら、続きが知りたいだろう?」

「うん。」


 誘われるまま素直に頷き、乱されてしまった髪の毛を手で整える。私の身支度が整うのを待って、宝物を見せびらかすように彼の低い声が物語を辿り始めた。


「――カラスは声高らかに笑いました。それと同時にカラスは思いました。この子猫はなんて真っ白なんだろう、と。よし、それなら少し遊んでやろう。」


 真っ白な子猫を想像しながら、前のめりに彼の声に聞き入る。


「カラスはガッティーナがいる窓辺に降り立つと胸を張って話しかけました。『いいか、チビ助。おれはお前がこの家に来るずっと前からここに来てんだ。おれにわからないことはないんだぞ』と言うと、ガッティーナは『本当に?』と訝しげに首を傾げて聞きました。」

「偉そうなカラスだね。」

「……そうかもな。」


 口から溢れた感想に、真っ直ぐに伸びた指先がピタリと止まる。彼の吐息が二回聞こえて、三回目と一緒にこぼれ落ちた言葉。その音が悪さをして叱られた弟のごめんなさいに似ている気がした。

 顔を盗み見ようと本から視線をずらそうとした時、彼の指がまた物語を進め始める。置いていくぞと言わんばかりの彼の指先を急いで追いかけた。


「カラスは、それならば、とガッティーナに『チビ助はそこから出たことがないだろ。何でも知っているおれが外の世界を教えてやろう』とからかい混じりに言いました。ガッティーナは空を写した目を輝かせ大きく頷きます。」

「……ふふ。」

「どうした?」

「なんか、あなたみたいね。」


 静寂。閉ざされた空気を打ち破るように、隣から響く首の後ろをガシガシと掻く爪の音。首がなくなるんじゃないかと思うほどの音に顔を向ければ、眼鏡の奥に見えたアッシュグレーの瞳が揺れていた。

 何かいけないことでも言ってしまったのだろうか。初めて見る彼の反応に混乱する。言葉を詰まらせる私に気付いた瞳が私を捉えて、諦めたように微笑んだ。


「おれがコルヴォに似てるって?」

「コルヴォ?」

「あ……っと、カラスの名前。」

「コルヴォ。」


 口にした名前がゆっくりと胸の奥に落ちていく。彼を見上げながらもう一度、その名前を咀嚼するように口にすれば、きょとんとした顔で私を見つめ返した。


「ふっ……コルヴォ、か。」


 溢れた笑みに落ちた名前。その響きがどこか寂しそうでいて、優しくもあって。もう少し彼を探ってみたくなって作った言葉は、眼鏡の鼻当てを上に押し上げ、こほん、という彼の咳払いで一つで霧散した。


「ほら、続きを読んでやる。」

「あ、うん。」


 すっかりいつも通りの声色に元通り。ちょっと残念だなと思いつつも、まだ続く物語が嬉しくて堪らなかった。

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