一声
「何故、それを……。」
勢いをなくした言葉たち。萎んでいく語尾に、この場にいる全員がアルマール様が手にしている三通の封書を見つめた。淡いピンク色に染められた封書からは舞踏会の時に嗅いだ薔薇の香油の匂い。
「実はディオという男は私の旧友でして。もしかして、ご存知なかったですか?」
「だ、誰だそれは!」
「オルトリンデにいる彼が面白い手紙をもらったんだと言うので預かってきたんですよ。ハディウス皇帝陛下に宛てた手紙、だとか。」
――何故、ここにお兄様宛の手紙が……?それに、ディオって。
状況が飲み込めず、置いてけぼりにされる私たちを他所に二人の会話は進んでいく。その中で、セシリア嬢だけが顔を真っ青にして、食い入るように封書を見つめていた。
舞踏会でも、セシリア嬢はベルモント侯爵と同じような反応だった。それに、あの封書に押された封蝋の印は――
「誰が、どこで手に入れたんでしょうね?エーデルガルト姫の印章を。」
「な、何故そんな話になるんだ!オルトリンデの皇帝に宛てた手紙ならそこの女が自分で押したんだろう!」
「私は。」
「エーデルガルト姫はハディウス皇帝陛下に手紙を出す時はこの印章は使いません。そもそもハディウス皇帝陛下に手紙を出すことはないかと思いますけどね。」
「そんなことわかるはずがな――」
「アルマール様、何故それを……。」
アルマール様はどこまで知っているのだろうか。確かに私がお兄様に手紙を書くことなど、ない。書いたところでお兄様に届けてもらうことなどできないから。
その女、と言って私に指を差したベルモント侯爵の目が見開かれる。驚きと、恐怖が混ざったような瞳の揺れが見えた。わなわなと唇を震わせるだけで、そこから言葉は吐き出されることはなく、アルマール様の尋問は続く。
「この中身、何だと思いますか?」
「私がそんな封書の中身なんて知るわけないではないか!」
「そうですか?」
「それに、封蝋が取れていれば中身が入れ替えられている可能性だって……!」
「どうぞ。」
手にしていた三通の内、一通だけをそのままベルモント侯爵に手渡す。奪うようにして封書を受け取ったベルモント侯爵は、封書を眺め、封蝋を確かめると、笑いながらそれをビリビリに破り捨てた。
パラパラと雪のように舞う封書の欠片。これでは何が書いてあったのかわからない。それに、封書が一通なくなってしまっては困るのでは。アルマール様を見ればやれやれと肩を竦め、溜め息を一つ。動揺した様子は微塵もなかった。
「一通破り捨てたところで変わりませんよ。」
「何だと!」
「ベルモント侯爵はこの封書に使われている、封筒と便箋について何かご存知なのでは。」
「そんなもの知らん。」
「こちらの封筒と便箋はオルトリンデの皇室御用達の物らしいですね。」
「ははは!やはりその女がオルトリンデの皇帝に宛てた手紙ではないか!」
「ご存知ですか?皇室御用達の物品に関しては売買履歴がつけられていること。どこに売ったか事細かに記録しているようですよ。」
「は……?」
「そして丁度こちらにあるのが、その売買履歴の台帳です。」
すぐ後ろに控えていたジェフを振り返り、手を差し出すアルマール様。十分な厚みの書類の束が手の平に置かれ、これです、とひらひら振って存在をアピール。それを見て、みるみるうちに青ざめていくベルモント侯爵の顔が印象的だった。
「オルトリンデ皇室御用達の品ですが、エーデルガルト姫の名前はないようです。その代わり、何故か名前があるんですよね。」
「それはっ。」
「ベルモント侯爵夫人の名前が。」
「そんな!デタラメよ!」
「何故そんなものを!い、一体誰が……!」
「ディオからですよ。」
「何だって……!」
アルマール様の旧友だというディオという男の人の名前がどうにも引っ掛かる。どこかで聞いた覚えがあるような、ないような。緊迫した場面にも拘らず首を傾げる私をちらりと横目で確認して笑うアルマール様。その顔に既視感を覚えて、脳裏を過ぎるニヤリと笑う憎らしい顔。
「ディオはハディウス皇帝陛下の通名の一つですよ。」
「えっ。」
重なる二人の顔にハッとすると同時に、アルマール様の口からお兄様の名前が飛び出す。先陣を切って、口から驚きの声を上げれば、一斉にこちらを見る無数の目。慌てて手に持っていたカタジールの童話集で口元を覆い隠した。
――そうだ、お兄様がお忍びで市にいく時の名前だわ。
執務はそれなりに真面目にやっているが、気がつくと視察だ何だと言ってお出掛け癖のある兄が外で使っている名前だったと思い出す。思い出したはいいけれど、なぜお兄様がベルモント侯爵と繋がっているのだろう。それに、旧友だと言っていたけれどアルマール様とお兄様の接点なんて、あったのだろうか?
「ディオが……ディオがオルトリンデ皇帝、ハディウス……?」
「残念でしたね。全てあのハディウス皇帝陛下の手のひらの上だったんですよ。」
「そんな……!」
「ば、馬鹿な。じゃあ、あの時、あいつが言っていたのは……。」
ディオがお兄様だとわかり、膝から崩れ落ちていく二人。天を見上げ、放心状態の二人に追い討ちを掛けるように口撃の手を止めないアルマール様。
「エーデルガルト姫を陥れる良い方法があるとでも聞きましたか。」
「何故それを!」
「エーデルガルト姫の印章をセシリア嬢が使用したこともわかっています。」
「……っ!」
「もう言い逃れはできませんよ。」
にこりと優雅にと笑うアルマール様。それに対して顔面蒼白になった三人の姿。すぐにベルモント侯爵は顔を真っ赤に染め、キッとセシリア嬢を睨みつけると、何てことをしたんだ!とまるで他人事のように怒り出す。
「お前が殿下の婚約者になりたいと言わなければ!」
開かれた口からはナイフのような言葉がセシリア嬢に突き立てられる。その光景に自然と眉間に皺が寄って、無意識に握り締める童話集。
驚いたように顔を上げたセシリア嬢が、ベルモント侯爵を見つめ、静かに唇を噛んだ。お前は!と言いながらセシリア嬢に向かってベルモント侯爵の手が振り上げられるのが見え、勇気を出して、一歩前へ進み出ようとした時――
「……っ!」
「殿下っ!」
破裂音のような高い音が響き渡る。セシリア嬢が小さく悲鳴を上げたのを合図に、一斉に動き出した騎士たちがベルモント侯爵を取り押さえた。それでも尚、喚き散らしているベルモント侯爵に構わず、セシリア嬢が殿下に詰め寄るのを目で追う。赤くなった頬に、口の端から血を流す殿下の姿。掛ける言葉を見失った私たちの間を、静かな、とても静かな声が駆け抜けていった。
「もうよさぬか。」
たった一言。振り返った先にエバーグリーンの瞳を細めた国王陛下が立っていた。




