一緒だったから。
人の中心に二人は座り込んでいた。騎士服の人たちを掻き分けて近づけば、ばちりと中心地の殿下と目が合う。じっとこちらを見つめ、縋るように手を伸ばす姿を真正面から見下ろした。
「殿下……何故、こんなことを。」
「……。」
目を逸らして、何も言わない殿下。それだけなのに、以前よりも話は通じるような気がした。アルマール様の腕から手を離し、一歩、彼らへ近付く。彼らの肩がびくりと跳ねたのを私は見逃さなかった。
「殿下は私のことを殺すほど憎いと思っていたのでしょうか。」
「いや、違……わないな。」
「……どうして、そこまで。」
否定の言葉は返ってこない。予想していたけれど、やっぱり、肯定されると少しだけ胸が痛んだ。どこで、間違ったのだろうか。私と殿下は。私の何が悪くて、殿下はどこでそうなってしまった?考えても、答えを持つ人は私の足元を見つめて口を閉ざしたまま。
重たい口が開くまでの間、誰一人として発言することなく、固唾を呑んでその時を待つ。時計の秒針だけが、時間の経過を知らせるために、規則的な音を刻み続けた。
「……お前は、悪役令嬢じゃないか。」
「私が、悪役令嬢?」
「おれの婚約者になるべきなのは、セシリアなのに、セシリアだったはずなのに、お前がちゃんと悪役令嬢をやらないから!」
「……殿下。」
「何だよ。」
「殿下は、私と婚約してくださった時のことを覚えてくださってますか?」
一緒に庭園を歩いてカモミールを見た。そして、贈られた言葉。あの時、婚約して良かった、と言ってくださった、殿下の想いは嘘じゃなかったと思いたい。恋じゃなかったけれど、殿下の良きパートナーでありたいと思った私の気持ちも嘘だと思いたくないから。
「……覚えている。」
「なら、もういいです。」
「エーデルガルト姫、それは処罰を望まれないということですか。」
「そうではありません。私の気持ちの落とし所とは別に、殿下のしたことについての処罰は陛下がなさるでしょう。」
「それは、そうですが。」
「殿下が私を選んでくださった日のことを覚えてくださっているならもうそれでいいんです。」
まだ何か言いたげなアルマール様に気付かないふりをしながら、くるりと踵を返す。もうこれ以上、私が殿下と話すことなどない。話したところできっと平行線だと思う。今までと何も変わらない、と諦めて歩き出そうとした私の足を止める声。
「おれは、正しかった、はず、だった。」
「……?」
ゆっくり振り返る。その先には心底今の状況に納得がいない、という顔をした殿下の姿。
「正しいシナリオを知ってるはずなのに、何も上手くいかない。」
「シナリオ、ですか?」
「ここはゲームの世界、なんだろ?でも、おれの知ってるシナリオじゃない……だから、正そうとして、何が悪いんだよ。」
拗ねた子供のような言い訳。よくわからない単語は多々あるけど、少しだけ、殿下のことを理解することができた。殿下が今度はちゃんと会話をしてくれるから。
きっと、この人は私たちのことを「人」とは認識していないんだと思う。自分が思い描いた通りに動く「何か」だと思っているんだ。だから、何故自分の思い通りにならないんだと駄々を捏ねている。
「殿下、私たちは、人、なんですよ。」
まるで子供に言い聞かせるように語りかける。少しだけ距離を詰めれば、私の顔を見上げながら、話が飲み込めない顔をする殿下。わからなくてもいい、そう思いながら話を続けた。
「みんな、それぞれに考えや想いを抱えて生きています。」
「でも、ここは。」
「ちゃんと生きているんですよ。殿下も、私も。」
「おれ、も。」
目が合う。少しだけエメラルドグリーンの瞳があの日と同じ輝きが戻ったように見えた。恋じゃなくても、あなたを支えたいと思えたあの日に見た瞳と。だから、次こそ本当にもうこれでいい。
「一体どういうことですか、殿下!」
「何故うちのセシリアが……!」
踵を返す。背中を向けて歩き出そうとした瞬間、けたたましい靴音を立てながら二人の男女が乱入。悲鳴にも似た声を上げながら、ずかずかと人を押し除けて、中心で座り込む二人を見て駆け寄った。セシリア嬢しか見えていない二人に背中を押され、よろける体。スッと手で受け止めてくれたアルマール様の顔があまりにも無表情で、ぞくりと背筋が震えた。
座り込むセシリア嬢を抱き締める二人――ベルモント侯爵夫妻は、可哀想に、とセシリア嬢の頭を撫でながらも、こちらを睨め付ける。見下ろす私に向けて、唾とともに吐き出される言葉がナイフのように鋭かった。
「うちの娘に何をした、オルトリンデの蛮族め!」
「何かの間違いだわ!セシリアは嵌められたのよ!」
ぶつけられる、謂れのない罵詈雑言。影に潜めていた言葉たちが、直接ぶつかる衝撃がこんなにも大きいものだったなんて。何も言い返せずにいる私に構わず二人の口はまだ閉じない。
「貴様ら全員この女に騙されているって何故わからないんだ!この女は、オルトリンデは我が国を乗っ取ろうとしているんだぞ!」
「その情報はどこから入手したのでしょう?」
「な、何?!」
「どこからですか?証拠は?」
「証拠は……。」
「まさか、これじゃないですよね?」
背筋が凍りそうになるほど、にっこり笑ったアルマール様が取り出しのは、咽せ返るような薔薇の香油を纏わせた三通の封書だった。




