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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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『アルマール、少し外に出てみないか。』

『兄上、それは。』

『オルトリンデの皇太子と仲が良かっただろう?』

『……はい。』

『今はまだ国内が荒れている。お前もここでは息がしづらいだろう。これを機に少し外を見てみろ。』

『わかりました。』


 ――どこに行ったって同じじゃないか、兄上。


「……ああ、寝ていたのか。」


 窓の外に暗幕に差し込む月明かり。いつの間にか眠ってしまったらしい。傾いていた重たい体を起こそうとして、制止。それと同時に体に寄り掛かっていた重みがずるりと落ちていく。すんでのところで受け止めて、ホッと息を吐いた。


「いけない子だな。」


 そのままそっと自分の腿に着地。何事もなかったかのように、規則的な呼吸を繰り返す、その小さな頭に言葉を落とすも、届かない。仕方ないな、と肩を竦めてソファー脇に落ちていた本を拾った。

 頬杖をつきながら、形の良い頭を見下ろす。警戒心のカケラもない姿。数日前まで毛を逆立てていた姿を思い出して、あまりの変わりように思わず笑った。


「あ、まずいな。」


 随分と寝てしまったらしい。夕暮れを過ぎて、もう夜だ。今頃侍女たちがこの子を探しているに違いない。


「……遅すぎるな。」


 探しているにしては、遅い。いくら広い王宮内と言えど、皇女の行方ぐらいわかるはず。それなのに、誰もここを探そうとしないなんて。


「まさか……探してないのか。」


 誰も。


 天井を見上げ、長く息を吐き出す。勢いが良過ぎたせいか、膝の上でびくりと体が跳ねる。静かに息を吸いながら聞き耳を立てれば、寝息が続いていてホッと胸を撫で下ろした。次は気を付けながら、ぽつりと吐き出す言葉たち。


「このままで、いいのか。」

 

 ハディは、この子は強い、と言った。でも、この子はまだ八歳なのに。それに、強いからって傷付かないわけじゃない。だからと言って、おれの立場で何ができる。今の「おれ」には何もない。


「もう、薄くなってきてるな。」


 手のひらを翳せば、唯一の誇りだった証の剣だこも、段々と薄れていっていることに気付く。おかしな話だ。これで、何が守れるというのか。


「何だ、ここにいたのか。」

「……ハディウス。」

「うちの迷子の子猫を迎えに来た。」

「お前が?」


 音もせずに現れたハディに、びくりと跳ねる体。それと同時に膝上の頭もバウンドしそうになって、慌てて受け止め、そっと元の位置に戻して息を吐く。面白いものを見たという顔でこちらを見るハディを横目で見て、呆れた声を上げた。


「お前がって何だ。私だって可愛い妹の心配ぐらいするさ。」

「じゃなくて、どうしてハディが探すんだ。」


 おれの問い掛けに答えず、困ったように笑いながらソファーに歩み寄るハディ。肘掛けに腰掛けて、おれの膝の上で眠る彼女の髪を一房手に取り、指先で弄び始める。その手を掴んで引き剥がせば、ほう?とニヤつくハディに苛立ちを覚えた。


「起きるだろ。」

「兄の私にヤキモチ焼くな。」

「妬いてない。それにおれの質問に答えろ。」

「話を逸らすなんて、図星か?」


 ケラケラ笑うハディの手をギリギリと締め上げれば、悪びれる様子もなく、悪かった、と言ってまた笑う。仕方なく手を離せば、痛い痛いとわざとらしく手を振ってみせた。

 一頻り被害者面を楽しんだ後、彼女に向き直り、そっと頭を撫でるハディ。その顔が、慈しみを満面に湛えていて、何とも言えない気持ちになった。


「この子のことは聞いてるか。」

「噂程度なら。」

「そうか。噂か。」


 溜め息みたいな声だった。彼女を見つめながら、まるで独り言のような言葉を紡ぐ。


「エーデルガルトは、第四皇妃が産んだ皇女でな。」

「ああ。」

「母親の第四皇妃は西南のハットゥサから金で買われた皇妃だった。」

「……そうか。」


 「あの第四皇妃の第二皇女」とラベルのように使われて、何度も耳にした。最初はまさかこの子がその噂の第二皇女だとは思わなかったが。


「第四皇妃には祖国からついてきた騎士がいたんだ。」

「……?」

「菫色の瞳を持つ、騎士が。」

「っ!それじゃあ……!」

「瞳の色は遺伝する。」


 そう言って眼鏡を奪い、真正面からおれを見るハディ。金色の目を細めて、隠すのが勿体ないな、と笑う。眼鏡を取り返し、掛け直すと、折角綺麗なのに、と呆れたようにやれやれと肩を竦めた。そしてすぐに真面目な顔になり悔しそうに言葉を吐く。


「隔世遺伝だったんだ。」

「隔世、遺伝。」

「アルマール、お前と同じ。」

「……同じ。」

「でも、お前と違う。」

「違う?」

「第四皇妃は、姦通を疑われた。エーデルガルトのせいで。」


 それだけで、答えになっていた。こんな時間まで戻らない皇妃をハディが探すのか。


 ――見えてなかったな、何も。


 目を瞑り、深呼吸を一つ。開いた視界に、仕方ないな、と笑うハディの顔。おれはそれ以上聞かなかった。何も言わずに、膝上で眠る彼女を見つめて、ただ思う。彼女を――


「あ、今のお前にはやらないからな。」


 思考を遮るように放たれたハディの言葉。ムッとして言い返す言葉を探している間に膝上の子猫を回収。軽々と抱き上げると、おれを振り返り、一言。


「エーデルガルトに相応しい男になったら考えてやる。」


 それまでお預けだ、と。そのままくるりと踵を返して出口に向かって一直線。小さくなっていく背中に向かっておれも負けじと一言。


「ちゃんと守れよ。」


 握った拳の剣だこが少し硬くなった気がした。

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