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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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「んーっ。」


 朝焼けに伸びを一つ。妙に頭がスッキリしていた。首をぐるりと回すと、もう一度伸びて、ベッドから降りる。ふと、横に視線をやると昨日書き綴った封書。

 これを見たら、兄上はどんな顔をするだろうか。満足そうに笑う兄の姿を思い浮かべて、おれも思わず笑みを溢した。


「時間だ。」


 着替えをさっと済ませて、ベッド脇に置いた剣を握る。ずっしりと重たい。柄に手を掛け、一気に引き抜けば、日に反射して鈍く光る剣身。一太刀、振り下ろして、鞘に納めれば、柄から手を離すのが少し惜しくなった。


「……行ってくる。」


 なかなか離れてくれない剣をベッド脇に戻すと、サイドボードに置いた眼鏡を掛けて、足早に自室を後にした。

 ベタつく横髪を少し整えながら歩く廊下。大股で歩いたせいか気付くとすぐ目の前に図書館の扉があった。そこがいつもより明るく見えるのはいつもと違う時間帯だからだろうか。


「こんな、感じだったのか。」


 押し開いた扉。窓から差し込む陽の光で隅々までよく見えた。ふわりと香る、ほのかに甘い匂いをくぐり抜けて、一冊だけ本棚から抜き出し、定位置となったソファーに腰掛ける。半分だけ開けたスペース。彼女はまだ来ない。


「また来たのか。」


 一冊分の時間をかけて、やってきた彼女にお決まりの文句。呆れたように笑って言ってみせたおれの言葉に、


「続きが聞きたかったから。」


 唇を尖らせて、可愛くないことを言う彼女に、やれやれと肩を竦めながら空いた隣を二、三度叩いて予約席へご招待。何故か唇を引き結びながら、こちらへ向かってくる小さな体。

 勢い良く座り、いつも通りひっくり返りそうになっている彼女を横目に、すでに手にしていた本を開けば、「あ」と思い出して、一音。にっこり笑いながら彼女を振り返り――


「今日は寝るなよ?」


 言葉を失ったように、わなわな唇を震わせる彼女。その顔を瞼の裏に隠しながら笑って、視線はもう本へ戻す。こちらを見上げる視線に気付きながらも、知らんぷりを決め込んで手元の本のページを指先で弄りながら、紡ぐ物語が静かにこだました。


「――カラスは窓辺に座っている子猫を見て『新入りか、お前』と偉そうに声をかけました。ガッティーナは首を傾げながら答えました。『ぼくの家はここだから、新入りじゃないよ。でも、君とは初めましてだね』と。」

「ガッティーナ……ガッティーナ!」


 反芻して、顔を上げる彼女と、ばちり、目が合う。その髪が広がって興奮しているのがよくわかった。

 気付かれてしまったかな。つい、この物語の子猫みたいだと重ねてしまっていたことに。それが少し気まずくて、頬を掻きながら笑うおれに彼女は首を傾げた。


「ガッティーナで、ガッティーナだけど、何で私がガッティーナ?」

「ふっ……鏡を見たらわかるんじゃないか?」

「私は淑女なのに。」


 少しだけ広がった髪の毛を気にしながら、目を伏せて足をパタパタと動かす彼女に、参ったな、と聞こえないようにぽつりと小さな呟きを落とす。落ち込ませてしまったのだろうか。傾いた頭を力加減がわからず、ガシガシと音がするほど乱暴に撫でて、視線は本へ。


「これはおれが一番気に入っている話なんだ。」

「……そうなの?」

「ああ。ほら、続きが知りたいだろう?」

「うん。」


 乱れた髪の毛を手で整えながら、こくりと頷く頭を見下ろす。本へ視線を移して、文字を追った。遠い昔、読んでくれた母の声とおれの声が段々と重なっていく錯覚。


「――カラスは声高らかに笑いました。それと同時にカラスは思いました。この子猫はなんて真っ白なんだろう、と。よし、それなら少し遊んでやろう。」


 カラスが意地悪く笑って言うところを想像しながら、重なっていく声。


「カラスはガッティーナがいる窓辺に降り立つと胸を張って話しかけました。『いいか、チビ助。おれはお前がこの家に来るずっと前からここに来てんだ。おれにわからないことはないんだぞ』と言うと、ガッティーナは『本当に?』と訝しげに首を傾げて聞きました。」

「偉そうなカラスだね。」

「……そうかもな。」


 指先が止まる。迷った末に、吐き出した息と一緒に転がる言葉。ちらりと横を盗み見て、すぐに視線を戻す。

 今、彼女に顔を見られたくなくて、逃げるようにまた物語を進め始める。慌てておれの指を追う菫色の瞳に少しホッとした。


「カラスは、それならば、とガッティーナに『チビ助はそこから出たことがないだろ。何でも知っているおれが外の世界を教えてやろう』とからかい混じりに言いました。ガッティーナは空を写した目を輝かせ大きく頷きます。」

「……ふふ。」

「どうした?」

「なんか、あなたみたいね。」


 ――おれが、コルヴォ?


 首の後ろをガシガシと掻く。勢い良く掻き過ぎて、脳みそがグラグラと揺れた。おれを見上げる彼女が困惑していることに気付いて、動揺していることに気付く。安心させるように、ふっ、と笑えば、その瞳はおれだけを真っ直ぐ見ていた。


「おれがコルヴォに似てるって?」

「コルヴォ?」

「あ……っと、カラスの名前。」

「コルヴォ。」


 ゆっくりと胸の奥に落ちていく。じわりと、広がっていき、熱くなる。菫色の瞳が、まるでガッティーナみたいで、眩しい。


「ふっ……コルヴォ、か。」


 ――もう、ガッティーナじゃないんだな。


 コルヴォは意地悪で、狡賢いカラス。それがおれだなんて少しおかしくなった。それと同時に、寂しい気持ちが胸に残る。ほんの、少しだけ。震えそうになった喉を正すために、眼鏡の鼻当てを上に押し上げ、こほん、と咳払いを一つ。


「ほら、続きを読んでやる。」

「あ、うん。」


 母の声が遥か遠くに溶けていくようだった。

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