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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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「また、あの第二皇女が……。」

「嫌ね、みっともないわ。皇族の品位はないのかしら。」

「あるわけないじゃない。だって、あの、第四皇妃の子だもの。」


 相変わらず、噂話に余念がない侍女たち。どこの国でも同じようなものだな。人は見えている部分でしか判断しない。それをその人の全てかのように勝手に決めつける。


 ――あの子も似たようなものだったのか。


 まだ慣れない眼鏡の縁に触れて、深く息を吐く。いつの間にか早くなっていた鼓動を抑えるように、指先で胸を叩いた。

 噂話から逃げるように早足で廊下を突き進む。陽の光が小さくなって、消える頃、その扉は見えてきた。扉に手を掛けて、ぴたり、と止まり、気配を窺っている自分に気付き、苦笑。振り切るように短く息を吐いて、扉を押し開けば、肺を満たす、古臭い紙の匂い。奥のソファーまでの道のりで本を適当に数冊抜き取り、最後にもう一冊。それらを手に目的地に辿り着いて――


「……なんだ。」


 漏れ出た言葉にハッとした。数時間一緒に居ただけなのに、何を当たり前みたいに。自嘲しながら本をサイドテーブルに置いて、ソファーに体を投げ出せば、ぎしり、と泣き出した。

 サイドテーブルから一冊手に取る。まさか無意識に取ったこれが、あの、童話集だったとは。何の因果だろうか。


「母上……。」


 歪んだ、視界。目を瞑り、面影を探そうとした瞬間――カタリ。扉の開く音が聞こえ、急いで起き上がる。手に持っていた童話集を置き、適当な本を開けば、近づいてくる小さな影に声を掛けた。


「また来たのか。」


 掛けた言葉とは裏腹に、嬉しく思う自分がいた。たまたま空いていた昨日と同じ場所に勢い良く座れば、ひっくり返りそうになる小さな体。必死に体勢を整えようとしている姿が妙に微笑ましかった。


「だって昨日約束したじゃない、また明日って。」

「……いい天気なんだから外でお友達と遊んだ方がいいんじゃないか?」

「そんなお転婆じゃないもの。」


 唇を尖らせる彼女の言葉が一致しなくて、おかしい。揶揄いたくなる気持ちを抑えながら、笑うだけに留める。一行も進んでいない本を閉じると、手に取る童話集。この本は、こんなに軽かったのか。


「タヌキの話の続きでいいのか?」

「うん。」

「――森の中でタヌキは考えた。そうだ、次にやってきた人間の家に居座ってもっといい暮らしをしてやろう、と。」


 昨日の続きを紡いでいけば、ページを捲る音が妙に耳に残った。


「ある日、森に一人の女がやってきた。綺麗な花を持った女だった。タヌキは『よし、この女にしよう』と決め、男に化けた。」

「どうして男に化けたの?」


 彼女が落とした疑問。きっと他意はないはずなのに、後ろ暗いところがあるからか、違う意味を持って聞こえてきて答えに詰まる。チラリと横を見れば、澄んだ菫色の瞳がこちらを見上げて答えを欲していて、尤もらしい答えを一つ。


「……その方が騙しやすいからだろうな。」


 それでも首を傾げる彼女の瞳が、怖い。口から何かが出そうになる前に、続きを読むぞ、とせっついて彼女の意識を物語に戻すことにした。


「――タヌキは女が通るであろう道に寝転がった。ここにいれば女はきっと声を掛けるだろう。タヌキの思惑通り、女は男に化けたタヌキに駆け寄り、声を掛けた。」


 ――この子は騙されやすそうだな。


 見るからに純粋そうで。おれのことを何も知らないくせに、聞きもしないで、本当に皇女なのかと疑いたくなるほど真っ直ぐだ。この子の周りはあんなに悪意で満ちているのに、何故。

 ちらりと横を見れば、ばちりと目が合う。ほら、この目だ。疑いも何もない、ただ純粋におれを見て、その菫色の瞳におれだけを映す。おれがタヌキならコロッと騙されそうだな、と思わず笑えば、その笑いは何なのだと言いたげにこちらを見つめてくる。わかりやすいな、本当。でも答えてあげない意地悪なおれは本に視線を戻して物語を進めた。


「『大丈夫ですか』、そう声を掛けながら女はタヌキを抱き起こした。あまりにも自分の予想通りの展開にタヌキは笑いそうになったが、それを堪え、『食べ物は、ありませんか』と掠れ声で答えた。」

「タヌキは人の家に居座りたいのに、どうして食べ物を求めたの?」

「急に家に行きたいなんて言って、お前はおれを連れて帰るか?」

「……帰らない。」

「そういうことだ。」


 ちゃんと答えられた生徒にご褒美。一つ賢くなった頭を二、三回撫でてやれば、驚いた子猫のように髪の毛を膨らませて、頬赤らめる可愛らしさ。揶揄ってやろうかな、なんて思っていたら、「子供扱いしないで」と唇を尖らせるんだから、手に負えない。子供のくせに、子供の仕草で何を言うんだか。それがおかしくって堪らなかった。

 揶揄い過ぎたのがいけなかったのか、こちらを睨みつけてくる彼女に、申し訳ない、と言えば、ググッと皺が寄る眉間。指先を当てながらグリグリと掻き回し、軽口もほどほどに肩を竦めて、本へと視線を戻した。


「――女は困った。花と水はあるが生憎食べ物は持ってきていない。その間にも男は苦しそうに呻いている。困り果てた女は男に皮袋を差し出しながら『麓に私の家があるの。そこまで食べ物を取ってくるから待っていて』と答えた。」


 家に連れて行ってとちゃんと言わないからタヌキの思惑が外れたじゃないか、と言いたげな彼女の顔。わかりやすいその反応をひっくり返したくて、懇願するタヌキさながら、彼女の腕を掴みながら物語を紡ぐ。


「立ち上がろうとする女の人の腕を掴み『きっとあなたが帰ってくるまでに獣に喰われてぼくは死んでしまう。』なんて脅し始めた。」


 冷え切った指先が熱いくらいの熱を宿す。口をあんぐりさせておれを見る瞳に笑っている自分が映っていた。それがなんだかおかしくて。ふっ、と思わず漏れる笑い声をかき消していく、続きを催促する声に本に視線を戻した。


「……もうすぐ夕暮れがやってくる。このまま男を置いていけば、男の言う通り獣に食べられてしまうかもしれない。女はつい決心をして男を家に連れ帰ることにした。」

「まんまとハメられたわ……。」

「ふっ……麓の家まで男に肩を貸した。女は男の体が見た目以上に軽いことに驚いたが、それ以上に鼻腔をくすぐる独特の香り。」

「独特の香り?どんな?」

「さあ……詳しくは書かれていないけど、タヌキだから刺激的な香りじゃないかな。」

「刺激的……。」


 コロコロ変わる表情。そして、時折漏れ出る心の声と素朴な疑問。おれも、そうだったのかもしれない。母から見たおれはこんな風に見えていたのだろうか。その時もこんなにも――


「……何だ、これは。」

「匂う?」

 

 母の面影を遮るように目の前に差し出された小さな手の甲。匂うかと聞いてくる彼女の目は至って真剣だ。頭が、クラクラした。あまりにも無防備過ぎる。これでは悪いタヌキに騙されて、骨の髄までしゃぶり尽くされそうだ。

 澄んだ瞳でこちらを見上げる彼女の小さな手を取りながらにっこりと笑いかける。手の甲を自分の鼻に押し付ければ、自分の鼻が冷たかったことに気付く。びくりと跳ねる肩。急いで引っ込めようとする手を、逃すまいとがっしりと掴み、香りを楽しむようにわざと鼻を動かして。


「刺激的な香りだな。」

「……っ!」


 唇が触れそうになって、パッと離す手。急いで手を隠すその姿が、まさに警戒心を持ち始めた子猫らしくて、本で顔を隠しながら、声を出さずに笑ってしまった。これ以上一緒にいたら危険だな。お互いに。

 もごもごと何か言いたげな彼女を察して、先制の一声。


「今日はここまで。また明日。」


 おれの声を合図にしてソファーから勢い良く立ち上がり、一目散に出口を目指す彼女が扉の前で一度おれを振り返る。ひらひらと彼女に向かって手を振れば一目散に図書館を飛び出す姿がやっぱり猫っぽい。


「ふっ……本当に刺激的な香りだな。」


 ぽつりと呟いた声が、やたらと大きく反響した。さっきまで気にならなかった音の大きさに驚く。温まり過ぎた鼻から肺を満たす甘い香りが胸の中に落ちていくようだった。

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