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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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「お急ぎください。」

「ああ。」


 二人分の足音だけが響く廊下を早足で歩く。後ろから足音はやって来ない。それでも、不思議と不安はなかった。いや、ないわけではないが、彼女は見つけてくれると信じている。


「いい子だから、早くおいで。」

「団長?」

「悪い。今行く。」


 先導する部下の背中を追い掛ける。足は前に進めながらも、気持ちは後ろばかり気にして。あの時は、置いていった。それでいい、そうしなければいけないと思った。けれど、今はここまで追ってこいと願っている。


 ――子猫みたいだったのに、な。


 おれは知っている。あの子が、どれだけの努力をしてここまで来たのか。あの子が何を抱えてきたのかも。

 きっかけは、偶然だった。あの子が――ガッティーナがおれを見つけてくれた。自国を離れ、別人として息をしていたおれを救ったのは、紛れもなく、あの小さな手のひらだった。


「本当嫌になっちゃう。」

「ああ。あんたの担当、あの、第二皇女になったんでしょ。」

「そうなの。第四皇妃様の、ね。」


 嫌でも耳に入ってくる会話。内容からして皇宮の侍女らしい。湿気で少しベタつく横髪を手で払いながら、人目も気にせず噂話に精を出す侍女たちを横目に一人きりになれる場所を探す。日が差し込まない奥まったところに、そこはあった。


「図書館、か。」


 丁度いい。中を見渡して、人気がないことを確認し、入室。司書もどうやら留守にしているらしい。一通り中を確認し、適当に一冊本棚から抜き取る。そのまま隠すように置かれた革張りのソファーに身を投げ出した。

 目頭を押さえようとして、かちゃり。指先に当たる金属の感触。ああ、眼鏡をしていたのか、と思い出した。外すに外せず、苛立ちを紛らわせるように髪を掻き上げる。指に絡みつく髪にさらに苛立ちが募るだけだった。


「どうして。」


 落とした言葉は誰に拾われることもなく、床に転がる。ここにおれを知る人は誰もいない。だから、息ができると思っていたのに。眼鏡も髪の感触も、どこにも自分の居場所はないと知らしめるようで。


 ――カタリ。


 とても小さな、物音だった。息を殺す。いつの間にか降り始めていた雨が窓を叩き始める音に混ざって聞こえる、高い靴音。本を読む振りをしながら、一ページ、また、一ページとページを捲る音が小さな靴音に重なって――


「……本を読む人間を見たことないのか?それとも迷子か、お嬢ちゃん。」


 自分でも驚くほど、冷たい声。ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた方に僅かに視線をやれば、小さな女の子がじっとこちらを見つめていた。


「ここにはお前に読める本なんてないぞ。」

「――ぶ、無礼者っ!」


 間抜け面でこちらを見続ける女の子にぶつけた言葉。いつもの自分だったら、絶対に言わないであろう言葉を受けて、高飛車な言葉が返ってくる。それも大声で。まずい、とでも思ったのか、慌てて口を覆う仕草をする女の子に、思わず笑ってしまった。


 ――初めてだ。


 こんな風に自分に言い返してくるなんて。それも、見るからに不釣り合いな言葉で。


「図書館では静かにしろって習わなかったのか?」


 少し仕返ししてやるか、なんて意地悪な気持ちで言えば、髪を広げながら、口をパクパクと動かし始める。その様子に、勝った、なんて思いながら、おれは手元の本のページを捲った。もう興味などないと言わんばかりの態度が気に入らなかったのか、何故か髪を押さえながらずかずかとこちらに歩み寄って。


「随分と可愛らしい物を読んでらっしゃるのね。」

「……何?」

「カタジール語で書かれた童話集でしょう?」

「まさか、読めるのか?オルトリンデの公用語じゃないのに。」


 指を止めた。手元の本をちゃんと見れば、確かにカタジール語で書かれている童話集。しかも、これは――


「『森の奥深い場所に、一匹のタヌキがいた。彼はいつも人に化けては、森に来た人間を騙し、物を奪うような狡賢い奴だった。』でしょう?」


 ばちりと目が合って、得意げな顔。その姿が剣を教えたばかりの甥によく似ていた。

 彼女を一瞥し、少しずれてしまった眼鏡を直して、ふっ、と小さく笑えば、急に不安になったのか、おれを見つめる瞳が揺れる。ころころと変わる表情に肩を揺らしながらくつくつと笑えば、何がおかしいのかわからないと言った顔で首を傾げて、さらにおかしくなった。


「おかしな奴だな。」

「ど、どこがですか!無礼にもほ、うぐ。」


 また大声を出そうとした彼女の唇に人差し指を押し当てて、甥っ子を叱るように、うるさい、と言えば、わなわなと震え始める。


 ――まるで、子猫みたいだ。


 毛を逆立てて威嚇してくる姿なんてそのままだ。子猫になったり、背伸びして得意げな顔をしたり、こんなにも対等に話をしたのは初めてだった。


「ふっ……こんなに笑ったのは久々だ。礼を言うよ。」


 笑いが収まりそうになくて、何とか区切りをつけて息を吐き出す。本を閉じて、音が鳴るのも気にせずに起き上がり、空いたスペースを二、三度軽く叩いた。押し問答を繰り返し、やっと、渋々といった顔でおれの隣に座るその姿。そんな反応をされるなんて自国ではあり得ないな、と彼女を見下ろしながらまた笑った。

 それにしても、甥と同じ年頃でカタジール語が読めるなんて珍しいな、と感心すれば、まさか冒頭しか読めないのにハッタリをかましていたとは。あの得意げな顔は何だったのかと思い出すと同時にその度胸に感心する。だから、気まぐれだった。


「それなら、続きを教えてやる。」

「本当?」


 キラキラとこちらを見上げる瞳がとても綺麗な菫色だったから。

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