分岐点
やっと物語は正しい形に戻る。
「お前との婚約は、ただの設定ミス。この世界のバグなんだよ、エーデルガルト!」
騒めいた人々の合間を駆け抜けるようにホールに反響するおれの声。目の前で立ち尽くしているエーデルガルトに真っ直ぐに突き刺さって、いい気味だ。シャンデリアの煌々とした灯りの下で幕を開ける、おれとセシリアの物語。
「カスティエル殿下、これは一体どういうことでしょうか。」
「この状況で理解できないなんて頭が悪いとしか言いようがないな。」
「……頭の悪い私にもわかるようにお話になってください。」
「だから、おれの婚約者となるべき運命の人は、隣にいるこのリアだけだって言っているのだ!」
「キャス……!」
幾度となく言ったのに、まだ受け入れられないとは!
セシリアがおれの胸にもたれ掛かる。小さく揺れる華奢な肩を抱き寄せて、いい気分。どこからどう見ても、セシリアこそが真のヒロイン。そして、エーデルガルト。お前は断罪されるべきクソヒロインだ。
「おれはお前と婚約破棄して、愛するリアと婚約するんだよ!」
状況が飲み込めないらしい愚鈍なエーデルガルトにストレートにぶつけてやる。指を突きつけ、ふんぞり返ることも忘れずに。小さな騒めきがホール内に広がり、次第に大きくなっていく。当たり前のようにエーデルガルトの味方をする奴など一人もいない。
跪き、泣いて許しを乞う姿を想像して、にやけそうになる顔を引き締める。脳内で再生される断罪シーンの次の台詞を思い出しながら、エーデルガルトを見つめれば、何故かスカートを広げて礼を一つ。息を呑む音が聞こえるほどの静寂がこの場を占拠した。
「……婚約破棄、謹んでお受け致します。カスティエル殿下。」
謹んで、お受けする……?
まさかおれの記憶が薄れてきているのか。こんなシナリオだったか?いや、泣き崩れるはずなんだ。だって、エーデルガルトはクソヒロインなんだから。
それなのに、エーデルガルトは泣き崩れも発狂もせず、静かに踵を返し、おれに背を向けてホールを出て行こうとする。このままではおれの最大の見せ場である断罪シーンが台無しになってしまう。それに折角集めた証拠たちが無駄になる。
「待て、エーデルガルト!誰が勝手にこの場から逃げて良いと言った!」
「……はい?」
一歩、出口へ歩き出そうとしたエーデルガルトを呼び止める。おれの見せ場はまだこれからだ!
「大事なイベントはこれからだ!これまでリアに数々の嫌がらせをし、ひいては殺人未遂まで!」
「一切身に覚えがありませんわ。」
「しらばっくれるつもりだな!まだまだあるぞ。数え切れないほどの罪状があるから覚悟するんだな!」
「そこまで言うからに何か証拠でもあるのでしょうか。」
「ひどい悪あがきだな。これからいくらでも証拠は出るだろう。――捕えよ!」
どうだ、決まったぞ!
響くおれの声に呼応するように騎士服の男たちがわらわらと舞台袖から出でくる。おれは最大出力した声量で、騒めきを押さえつけるようにして、追撃した。
「王家に仇なすものを早く捕らえるのだ!」
脳内で鳴り響く、ドン!という効果音。それに相応しいおれの出立ち。右手を広げて、エーデルガルトに向けて突き出せば、後ろに控えていたアルマールが動き出し、幾度となく見たトゥルーエンドが目前に迫る。
高揚するおれとは対照的にアルマールは余裕たっぷりの足取りでエーデルガルトのすぐ目の前へ。手を掴み、抵抗するエーデルガルトを連行するべく、実力行使に出るアルマー……ル?
「な、何をしている!早くエーデルガルトを捕らえよ!」
まるで求婚している騎士のような風体でエーデルガルトに跪く。捕らえるとはあまりにも不釣り合いなシーンに慌てて叫ぶも無反応。二人で見つめ合って主役のおれなんて存在していない空気のようだ。
それはどう考えてもおかしい。だって、これはおれが主人公の物語だろ?セシリアと結ばれるための。そうでなくてはいけないのに、目の前で繰り広げられているこれは何だ?
「どういうことだ、アルマール!」
答えを求めるように放った言葉。それでもアルマールはおれを見ない。エーデルガルトだけを見つけ続けるその姿に苛立ちが募る。
「そいつは犯罪者なんだぞ!」
「……殿下。」
「な、何だ。」
「この方を捕らえることはできませんよ。」
淡々と告げられる言葉たちに思考が停止。おかしい。だって、エーデルガルトは悪なんだろ?セシリアルートのシナリオではそうだったじゃないか。なのに、捕らえることができないなんて、それはどう考えてもおかしいじゃないか。
「何を言っている!そいつはセシリアを殺害しようとしたんだぞ!殺人未遂という立派な犯罪行為じゃないか!」
「彼女がセシリア嬢を?」
そうだ。エーデルガルトは嫉妬のあまりセシリアを殺そうとするんだ。セシリアの食事に毒を盛って。そうなんだろ?そうだったよな。援護を求めるようにセシリアを見るも目が、合わない。乾いた笑いを返されてショックなんだ、きっと。それなら、代わりにおれが守ってやらないと。
「証拠はこっちにあるんだぞ!」
「証拠?ああ、証拠ですか。」
その証拠をアルマールに集めさせていたのに、どこか白々しい。あいつはわかっているはずなのに、何だ、この違和感は。
処理しきれていないおれを置いていくように進行する物語。アルマールが胸元に手を伸ばし、取り出したのは三通の封書。かさり、と紙擦れの音ともに、一気に鼻腔から脳天までを突き抜ける薔薇の香油の香り。
「どうしてそれをあなたが……!」
セシリアが目を見開き、悲鳴にも似た声を上げた。アルマールに向けている扇の先が小刻みに揺れている。封書を目にした貴族がセシリアを見た。答えを探るようにアルマールを見つめれば、にやりと笑い、証拠はこちらにもあるなどと宣う。
カラン、と音を立ててセシリアの扇が床に落ちた。それと同時におれへと倒れ込んで泣き出すセシリア。震える肩が痛々しい。あのセシリアがこんなにも追い詰められている。こんなのは違う。セシリアを抱き寄せながら、シナリオにノーを突きつけるように熱の籠った指先をアルマールに突き立てた。
「アルマール、貴様!そいつを庇い立てするというのなら、お前も投獄してやる!」
「だ、そうですけど、どうしますか。兄上。」
急に登場する兄上。誰だよ、こいつの兄は。モブの親族登場なんていいのか?身内なら、責任を取ってもらうべく、残らず投獄してや――
「カスティエル。」
ただ一言。その声が何故かどうしようもなく泣きたくなるほどに懐かしく、耳の奥で嫌になるほど反響した。
次回「二人の世界」を23時頃更新予定です。




