シナリオ
「くそっ!アルマールめ!」
あの男の名前をついに覚えてしまった。何故かイベント回収に出かけようとするといつもアルマールがやってきて邪魔をする。セシリアに会う時間が全然ないじゃないか……ああ、そうだ。良いことを思いついたぞ。
「……これを、私が?」
「ああ。仕事が好きなんだろ?」
「それは殿下が。」
「いいから早くこれを侍女長に渡してこいって!おれは忙しいんだから!」
「……失礼致します。」
部屋を出ていくエーデルガルトの背中を手を振りながら丁寧に見送り、閉まる扉と同時に込み上がる笑い。あのアルマールを出し抜いてやる。あいつが思いつかない天才的な方法でな。よし、おれの今日の仕事は終わったし、遅れに遅れているイベント回収に――
「殿下。」
「……何だよ。」
「本日中に処理して頂きたい書類がこちらです。」
「…………エーデルガルトの所に運べ。」
「殿下が決裁しなければならない書類がこちらでございます。」
「これ全部をおれが?」
「はい。殿下が。」
「…………。」
くそっ!どうしてどいつもこいつもおれの邪魔ばかりするんだよ!
側近モブが積まれた書類を指差し、にっこりと笑いながら万年筆を差し出す。視線を左へ右へ移動させて、どうにか逃げ道を探るも、今日こそは逃がさないぞという圧に負けて座り直した。
差し出された万年筆を奪うようにして受け取り、積まれた紙の一番上から一枚。相変わらずの怪文書。どこにサインをすればいいかわからず、適当なところに書こうとして怒られる始末。何だってこんなサイン会をしなければならないんだ。イライラは募るが、まあ、いい。
「むふ。ふふふ。」
「気持ち悪……。」
「あ?なんか言ったか?」
「いえ。」
何か聞こえた気がするが、今おれは機嫌がすこぶる良いので聞き流してやろう。感謝しろよ、側近モブめ。
口から勝手に漏れ出る笑いが止まらなくなる。腱鞘炎寸前になりながらもサインを続けていると、部屋に響く軽いノック音。スッと視線を隣に遣れば、小さく頷く側近が扉に近づき、向こう側にいる人間に声をかける。返ってきたのは聞き覚えのない中年女性の声。誰かわからないまま、勝手に通す側近。開けられた扉から滑り込んできたのはどこかで見たことがあるような……いや、見たことがないおばさんだった。
「殿下。」
「何だ。」
「先ほど、エーデルガルト姫が私の元に書類を持って参りました。」
「……あ!ああ!あれだな!」
どうやらこのおばさんは侍女長らしい。そして手に持っているのはおれがエーデルガルトに持って行けと言った書類。早速動いてくれるなんて、なんて有能な侍女長だろうか。少しはこの侍女長を見習えと言わんばかりに側近を見遣れば、全くと言っていいほど合わない目。
おれが側近と目が合うか勝負をしている間にズンズンとこちらに向かってくる侍女長。手にした書類をおれに差し出しながら、感情を全く映していない顔で口を開いた。
「これは何ですか。」
「何とは?」
「本気で仰っているのですか。」
「どうだ、名案だろう!」
「セシリア嬢を王宮に住まわせることが?」
「そうだ。」
「どこが名案なんですか。」
「運営も思いつかないような素晴らしい考えだ!」
「何を馬鹿なことを仰っているんですか!それも、よりによってエーデルガルト姫にその書類を届けさせるなんて!」
バンッと机に叩きつけられた書類に、びくりと体が跳ねる。助けを求めるように側近を見るが天井を見上げながら何やら拝んでいる姿が目に入った。側近だという割になんて使えないやつなんだ!そもそも王太子であるおれに向かって何たる態度。どいつもこいつもバグなのか!
大体にしておれじゃなく、イベント回収を邪魔するアルマールが悪いのだ。セシリアを王宮に住まわせれば、いつだって会えるし、アルマールの邪魔も入り難い。こんな名案を馬鹿なことだなんて!
「命令だ。」
書類を手に取り、侍女長に渡し返す。口を開こうとした侍女長を有無を言わせず押し黙らせて、一言。くしゃり、と音を立てた書類。見上げた先の侍女長の瞳が何か言いたげに揺れている。ここで一番偉いのはおれのはずだ。さっさと行けと言わんばかりに手を払えば、無言で踵を返し扉へ向かっていく侍女長の背中。出ていく直前にくるりとおれを振り返り――
「陛下にご報告させて頂きます。」
「えっ。」
パタリと閉じた扉。横に配置された側近は肩を竦め、おれのサイン集を両手に持つと逃げるように部屋を出て行った。そして、一人取り残された部屋で考える。
「何もかも違う……何故だ?」
王宮内を歩けば聞こえてくる噂話。貴族たちはエーデルガルトの悪事を知っているのに、アルマールとかいう男も、侍女長や側近も、やたらとあのクソヒロインの肩を持つ。やっぱりバクなのか。エーデルガルトが真のヒロインであるセシリアのポジションを上書きしている、みたいな。
「おれが正さなければ。」
おれとセシリアの幸せのために。正しいシナリオを知っているのは、おれ、ただ一人だから。




