正解
デスクに積み上がった書類。待ってましたと言わんばかりの顔でおれを迎え入れる側近とやら。出遅れた分、イベント回収をしなければいけないというのに。
「殿下、本日中にこちらを処理しませんとなりませんので。」
「……これを?」
左側の一際高く積み上がった紙の塔を指し、にっこり。少し低いくらいの書類が右と真ん中に配置されていて、引き攣る頬。まさかこれをおれが?プレイヤーなのに?
目の前に積まれた状況を受け入れられずに聞き返すおれを、側近とやらは何馬鹿なことを言っているのかと言いたげな顔で着席を促してくる。とりあえず座ってみれば、その椅子の座り心地が最高で少し気分が上昇。まあ、おれは王太子だしな。少しぐらい仕事してやるか。こんなもの、お茶の子さいさい。赤子の手を捻るようなも――
「……何だ、これは。」
「何か気になる点でも?」
「これをいつもおれが?」
「はい……?」
「本当におれが?」
「昨日も同様の件を処理してますけど。そもそも、それは殿下ご自身が用意しろと仰っていたじゃありませんか。」
それは「おれ」であって、おれではない!と言いたいがどうせモブに言ったところで伝わらないことは明白。訳のわからない言葉と数字の羅列を眺めながら唸るおれを見て生意気にも側近とやらが呆れたように口を開く。
「最近お疲れだからとエーデルガルト姫がいくらかやって頂いたので量は半分以下になっているはずですよ。」
「は?」
「そう言えば、今日はエーデルガルト姫はご一緒ではないのですか?」
急に出てきた名前に首を捻る。何故、あの、エーデルガルトが?意味がわからない。だって、悪役だろ、あいつは。こんなもの出来るはずがないのに、何故。それも、このおれが出来ないことを何であいつが出来るんだ!それはどう考えてもおかしい!
手元の数字が揺れる。ぐしゃり、と音を立てて皺が出来た怪文書を見て側近が、あっ、と悲痛な声を上げた。勢い任せにぐちゃぐちゃに丸めて床に投げ捨て、天井を見上げて最適解を思いつく。
「おい、お前。」
「……モーリスです。」
「これ、全部エーデルガルトの所に運べ。」
「は?」
「おれは忙しい。」
「ちょっ!で、殿下?!」
「おれは忙しい!」
積み上がった白い巨塔を手渡し。受け取った側近におれから送る最高の笑顔をプレゼントし、座り心地最高な椅子と側近を置いて脱出する。背中越しに側近が何やら言っていたようだが、走り去るおれの耳までは届かなかった。
走るのに疲れ、追ってこないことを確認してから足を止める。天井を見上げながら、これからどうすべきか考えた。今どこまでイベントが進行しているのだろうか。四阿の休息、は終わった。あの感じだと断罪の舞踏会まではまだだな、きっと。
「殿下。」
「うわぁ!な、何だよ!背後から声掛けるなよ!」
びくりと全身が跳ねて、声がした方を振り返れば、昨日の失礼な騎士服の男が一人。おれを見下ろすその姿がいけ好かない。驚かされたことも相まって苛立つまま、指を突き差して返答してやる。おれは騎士のお前なんかより偉いんだぞ!とふんぞり返ることも忘れずに添えて。
「人に指を差すのはおやめください。」
「いて!いてててて!な、何するんだよ!骨が折れたらどうしてくれる!」
「こんなことで折れるわけないじゃないですか。折る時はこうですよ。」
「ぎゃっ!」
反り返る指。危うく自分の方を向きそうになって、負けじと抵抗するも全く動かない。一瞬、力が緩んだのを感じてすかさず指を引き抜いた。じんじんと熱を持ち始めた指。完全に折れているのでは?というか、これは不敬だろ!
「処刑だ!お前なんて不敬罪で処刑してやる!」
「そうですか。お好きにどうぞ。」
「いいんだな?本当にやってやるんだからな!謝るなら今のうちだぞ!」
「どうぞ。」
何なんだ、こいつは!王太子であるおれに対してこの態度!そして暴力!
何を言っても動じない目の前の男に地団駄を踏めば、やれやれと肩を竦める。思わず指を差しそうになって、急いで引っ込めた。このままではおれの指が粉砕骨折してしまう。代わりに拳を握り締めて、歯軋り。何故思い通りにならないんだ。
一刻も早くここから立ち去りたいが、それだとおれが負けたみたいで悔しい。何とか目の前の男に一泡吹かせてやれることはないかと思考を巡らせている間に詰め寄ってくる壁にたじろいだ。
「殿下。」
「な、何だよ。」
「先ほどモーリス卿が書類を持って、エーデルガルト姫に泣きついておりましたが。」
「モーリス?……あ、ああ!それな!いい案だろう。少しは世のために役に立ってもらわないとな!」
「で、殿下は何を?」
「は?」
何を、と言われれば、勿論セシリアとのイベント回収に行く予定だが。でも、こいつモブだしなぁ……言ってもわからなさそうだし。なんか圧もすごいし、どうにか適当な言い訳はないものか――
「剣の鍛錬だ!」
騎士服の男が腰に下げている剣が目に入り、一瞬のひらめき。そうすれば、外をうろついても誰も何も言うまい。自分で自分が恐ろしくなるほどの天才的な言い訳にまたふんぞり返りそうになった瞬間、ガシッと肩を掴む手。グッと力を込めて掴まれて、骨が軋む音がした。
「奇遇ですね、殿下。」
「いた、痛いっ!な、何だよ!おれは今から剣の鍛錬に……!」
「私も今から鍛錬に行くところなんです。」
「え?」
「久しぶりにお相手していただきたいですね。」
「え、待て、いやっ、ちょっ!」
「さあ、参りましょう。こちらですよ。」
にこりと笑った男の顔をおれは一生忘れないと胸に誓った。
次回「シナリオ」を23時頃更新予定です。




