ヒロイン
私はずっと、あなたが好きだった。
「ごめんね、セシリア。ぼくはきみのこと、そういう風に見たことはないんだ。」
――妹のように大切に思っている。
その言葉の何と残酷なことか。私は兄として見ているわけではないのに。私の想いが報われないことがあるのだと初めて知った。お父様もお母様もずっと言っていたのに。「殿下に相応しいのはセシリアしかいない」と。それなのに、現実は全然違うじゃない。
「それに、ぼくは隣国オルトリンデの第二皇女との婚約が決まったんだ。」
「でも、それは!」
「知ってるよ。社交界でどう言われているか。」
「なら!」
「セシリアもエーデルガルト姫と会ってごらん?噂とは本当に当てにならないね……彼女はとても高潔でいて、夏の青空のように国を明るく照らす良き国母になれると思うんだ。」
手を下ろした。掴みたかったあなたの腕はもう私が掴んでいいものではないとわかったから。手を挙げれば何でも手に入るものではないと、子供じゃない私はちゃんとわかっている。
――私じゃダメな理由を教えて欲しかった。
私が妹に見えるから?それは私のせいじゃないのに。彼女が隣国の皇女で政略的に価値があるから?それは私のせいじゃないのに。あなたに選んでもらえる理由を探したいのに、私にはどうしようもない。
「ああ、エーデルガルト姫。」
「殿下。こちらにいらしたんですね。」
彼女を見つけて、殿下が小走りに駆けていく。その背中越しに彼女を観察した。ミルクティーベージュのふわふわとした髪の毛に菫色の猫目。身長もプロポーションも私の方が殿下に釣り合いが取れているし、誰がどう見てもいいはず。それなのに、目が痛くて仕方なかった。
「セシリア、じゃあね。」
「……はい、殿下。」
爪先に絡まった草で追いかけられなかった。じゃあ、と手を振る彼に礼を一つ。それが私の精一杯だった。
「オルトリンデの蛮族め……。」
「セシリア、気に病んではダメよ。」
「はい……。」
やっぱりお父様もお母様も私を世界一可愛いと言ってくれる。それなのに。
落ち込む私の肩を抱きながら吐き捨てられたお父様の言葉。蛮族なんかと結婚させられる殿下。私が見た殿下は違ったけど。でも、お父様がそう言うのであれば、そうなのかもしれない。もしかしたら、殿下は騙されているのかもしれない。だって、私は誰よりも殿下のことをわかっているから。
「カスティエル殿下に相応しいのはセシリアよ。」
「殿下はオルトリンデの手前、無理しているに違いない。」
「そうよ、だってこんなにも美しく、聡明な子なんですもの。」
「選ばれないはずはない。絶対に。」
――でも、あの人は選んでくれなかった。
飲み込んだ言葉が喉元で刺さって痛い。手元のグラスに入っている冷たい水で溶かそうとしても、痛みは増すばかりで。だから、お父様とお母様の言葉は即効性のある傷薬のように私の胸に染み入ってくる。だって、社交界でも同じ話をされているもの。
「オルトリンデが悪いんだ。セシリアは何も悪くない。」
「あなたほど素敵な子はいないもの。あの、アルマール様も仰っていたのよ。あなたのことを素敵な子だって。」
「そう、よね……。」
あの、アルマール様が言うのであれば、きっとそうに違いない。だってアルマール様は彼の叔父だもの。彼に近い人が言うのだから間違いないはずだ。
じゃあ、今日殿下から言われた言葉たちは……もしかしたら、私を傷つけないために嘘を吐いたのかも。だって、殿下は優しい方だから。オルトリンデの第二皇女と婚約が決まってしまったみたいだし、本当は私が好きだけど気持ちを押し殺しているんじゃないかしら。だって、舞踏会のパートナーはいつも幼馴染の私のものだもの。
「セシリア……ぼくが間違っていたよ。」
ほら、やっぱり。急に殿下からお呼びがかかって、登場してみれば、私の前に膝をつき、許しを乞う殿下。やっぱり私の想いを、望みを世界が無視できない。私は世界中から愛されるべき存在で、実際にそうなんだもの。だって、お父様が、みんなが口を揃えて言っているから。
「エーデルガルトではなく、セシリア。きみこそがぼくの運命の人なんだ。」
初めて私の手を取り、指先に口付ける。そしてその口で、麻薬のように甘い言葉を吐く。昔読んだお姫様と王子様みたいに。
立ち上がった殿下が夢見心地の私をさらに深い夢へと誘うようにエスコート。殿下のお気に入りの四阿のベンチ。そこに座るように促され、寝転がる殿下を見つめる。私の顔を見て、ふ、と笑みを浮かべた殿下が髪を一房手に取り愛おしげに弄ぶ指。
「セシリアの髪、華やかで美しくて好きだな。」
「ありがとうございます、殿下。」
初めて私の髪を褒めてくれた。こんなにも愛おしそうに。
「セシリアといると、ぼくも肩の力が抜けるよ。」
「殿下は何でも頑張りすぎですわ。エーデルガルト様も少しは殿下をお支えすればよろしいのに……殿下、少し休みませんか。」
初めて私を見てくれた。彼女じゃなく、私を。
「まとまった休みが取れたら、オルトリンデの市に一緒に行こう。珍しいものがたくさんあるそうだ。是非きみに贈り物がしたいんだ。」
「殿下……ふふ、まずは一休みなさってください。これから時間はたくさんありますわ。」
「ありがとう、セシリア。」
やっぱり選ばれたのは私だった。




