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「お前はバグだ」と断罪された令嬢ですが、10年前の「カラス」様との約束を果たします。  作者: ちゃこ太郎


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カモミール

「ふ、ふふ。」

「何か楽しい夢でも?」

「……あ。ご、ごめんなさい。」


 瞼を開ければ、私を見下ろすオリエンタルブルーの瞳と目が合った。少し眠ってしまっていたらしい。いつの間にか戻ってきていたアルマール様がティーカップを手に立っていた。


「どうぞ。」

「……ありがとうございます。」


 湯気が立つティーカップをソーサーごと受け取り、ごくり、と一口。喉を通過していく熱いくらい温かい液体。鼻から抜ける、青林檎のような甘くもすっきりとした香りに思わずホッと一息吐き出す。


「カモミール、ですね。」

「よく眠れるそうです。」

「……美味しい。」


 もう一口。よく眠れると言われる通り、口に含むたびに肩の力が抜けていくようだった。冷え切って固まっていた指先も、末端まで血が巡り、温まり始めている。

 ただ、静かに時間が流れていく。カモミールティーを飲み干すまで、立ったままのアルマール様。この後何があるんだろう、と真意を探るも、その瞳から答えは返ってこない。


「あの……。」

「どんな夢を見ていたんですか?」

「え?」

「さっき。笑っていたじゃないですか。」

「あ、あれは!」


 判決を待つ囚人のような気持ちで声を掛ければ、返ってきたのは予想外の言葉。意図を汲みかねて、聞き返す私に顎に手を当て、微笑みながら蒸し返された夢の話に、髪の毛が少し跳ねる。

 もごもごと口籠る私を見て、意地悪な顔で笑みを浮かべて、私にも教えてください、と追い詰めてくる姿はまるで尋問されているかのよう。こうやってこの人に尋問されてみんな観念するんだろうな。そして、やっぱり私も観念するしかないようだ。


「……子猫の、夢を。」

「子猫?」

「アルマール様が拾ってきた子猫の夢を見ていたんです。」

「…………え!」

「え!」


 社交界で完璧な紳士とまで言われるほどのアルマール様の大きな声に驚いた私の声が重なる。しんと静まり返った王宮図書館に二人分の「え!」が反響。反響が消えゆくまで暫し黙ったまま見つめ合い、妙な空気に耐えきれなくなった私が口火を切った。


「見せていただいた子猫が小さくてふわふわで……とても可愛かったな、と思って。」

「あー……そう、ですね。大変だった甲斐がありました。」

「え?」

「あ、いや、その……見つかってよかったな、と!」

「あの後逃げちゃったから……次の日に見つけてくださったんですもんね?」

「はい、それはもう必死に。」

「ふっ、ふふ。」


 余程大変だったみたいだ。


 いつもは優雅でいて冷静なアルマール様らしくない返答に思わず笑みが漏れた。その時のことを思い出してか、妙な顔をしながら、私の手から空になったティーカップを奪うと、サイドテーブルにそっと置いた。

 急に手持ち無沙汰にされた手が宙を彷徨う。ふっ、と笑みを溢したアルマール様が跪き、迷子の手を掬う。指先だけに触れる、その触れ方がやっぱりどこか懐かしい気持ちにさせる。温まっていた指先の熱が、ゆっくりアルマール様の指先に移って行った。


「エーデルガルト姫。」

「は、はい。」


 ――死刑宣告だろうか。


 私も一応は隣国の皇室の端くれだ。きっと取り計らってくれたのだろう。オルトリンデとの国交にも影響があるだろうし。


「聞いて欲しいんです、私の話を。」

「アルマール様の……?」


 まるで、懇願するかのような声だった。どうか聞いて欲しい、と言われているみたいな言葉に疑問符が浮かぶ。私の思考を置いてけぼりにするように、畳み掛ける言葉。


「私は十年間、あなたをずっと見てきました。」

「十、……え?」

「だから、私は知っています。」

「あの、アルマール様。」


 取り残されていく私の思考を何とかアルマール様と並走するために言葉を遮るも、その障害すらも飛び越えていってしまう静かな声だった。


「――ガッティーナ。」


 耳奥で反響する、懐かしい呼び名。目を丸くしてアルマール様を見つめるも、あの人との共通点は、ない。それなのに、やっぱり面影が重なるのは何故なのか。何年経っても消えない、あの、アッシュグレーの瞳ではないのに。それに話し方も、髪の色も相違点ばかりなのに、どうして。


「アルマール様、それをどこで。」


 もしかしたら、コルヴォとアルマール様は繋がりがあるのかもしれない。コルヴォと知り合いで、どこかで「ガッティーナ」を聞いたのかもしれない。そうじゃないと、説明がつかない。


「森の奥――。」

「団長!」


 静寂が消える。アルマール様の声を掻き消すほどのけたたましい音を立てて飛び込んでくる一人の騎士。離れていく指先の熱。声がした方を振り返ったアルマール様が低く唸った。


「――どうした。」

「カスティエル殿下とセシリア嬢がエーデルガルト姫の部屋に侵入し、殺害しようとしたため拘束しました!」

「どうして。」

「……やはりな。」

「国王陛下が呼んでいますので、お急ぎを。」

「すぐいく。――エーデルガルト姫。」


 二人の私への悪意がそこまであったことに驚く私を呼ぶ低い声。ハッとして顔を上げれば、すっかりいつもの近衛騎士団長に戻っているアルマール様。暗がりで揺れた灯りに反射して光るアズライトみたいな瞳に、既視感。


「ちゃんと、見つけてくださいね。」


 それだけ言い残して、やって来た騎士と共にここを脱出。広すぎる空間に一人。


「森の、奥……?」


 置いていかれた言葉と、カモミールの残り香だけが私に寄り添っていた。

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