みつかいー天使と後輩 前編(漫画あり)
……天使を視た日。
『善行善果』
幼馴染の律くんが、実家のお寺の掲示板の張り替えをしていた。
私は、画びょうを持ってお手伝い。
「……どういう意味?」
「善行は、善果……良い結果を生むってこと」
「律くんは、いつも親切だもんね」
律くんは、誰にでも親切。
学校でも、外でも。
落ち着いているせいか、よく道も聞かれている。
「善行は、仏教修行の一つだからな。まほろだってそうするだろ?」
「私はおじいちゃんみたいになりたくて」
「もう亡くなって一年か。俺のことも本当の孫みたいに可愛がってくれた」
律くんの言葉に、ジーンと胸が熱くなる。
いつも私たちは三人でいた。
本物の家族のようだった。
ふと、背後に気配を感じて振り返る。
電柱の陰にいる男の子。
こちらを見ている。
用事があるのかと思って話しかけようとすると、慌てて逃げてしまった。
たぶん、うちの中等部の制服だったけど……誰かな?
◇
次の日、昼休みに学校の廊下を歩いていたら、目の前を何かがふわりと横切った。
軽くて、白くて、柔らかいもの。
羽根……?
目で追うと、中庭のベンチが目に入った。
一人の男子が、パンを食べている。
「あ……」
昨日の子だ。
お寺の前でこちらを伺っていた子。
彼の後ろに、何か大きくて白いものが揺れた。
目を凝らすと、金髪の女性?。
両端に大きな羽根。
――――天使だ。
絵画などで、よく見るあの、天使。
私は、時々不思議なものを視せられるけど、神社生まれのせいか、和風だった。
洋風なイメージは初めて。
何がどうして非現実な映像として現れるのか、全く分からない。
でも、少し経験を積んで分かったこと。
映像が視えるときは、たぶん何らかの意味がある。
神様のお計らいなのかな?
天使をもっと近くで確認してみたいという動機もあったけど、私は、とりあえず中庭へと走った。
彼の前に立つ。
(……大きい)
最初に思った。
彼は小柄なんだけど、背後の天使は、大きな羽根で彼を包むようにしている。
周囲に生徒はいるけれど、誰も気付いてはいない。
天使は、眉をひそめて、今にも泣きそうな表情をしていた。
(どうして?)
視ていても分からない。
きっと原因は、視界の先の"彼"にある。
これは、確かめてみなければ。
「こんにちは!」
話しかけた私に、彼はびくっとした。
少し、声が大きすぎたかな。
「ごめんね、驚かせて。私は、高等部一年の桜坂まほろです。少しお話しない?」
「え?」
彼は、オドオドしながら、周囲を見回している。
そりゃあ、驚くよね。何かの勧誘みたいだと自覚ある。
「……高宮 叶十、中等部三年です……」
消え入りそうな声。
高宮君は、華奢で、まだ「少年」って感じがする。
明るい色の髪には少し癖がある。
前髪が長くて、目が隠れ気味。
オロオロしている高宮君の横に腰掛ける。
ちょっと小動物を追い詰めてる感覚がする。
「高宮君、いつも一人でご飯食べてるの?」
「え……僕、この学校も転校してきたばかりなので……」
「そうかあ。高宮君って、天使に心当たりとかある?」
彼が、気が付いていることはないのかな?
「天使……? 僕の父は牧師ですが……」
「そうなんだ。だから、後ろについてるのかな?」
「何のことですか?」
これは、知らなそう。
「ううん。牧師さんの息子さんなんて、天使? 神様? に愛されてそうだなあ~って」
「神様は、僕のこと、お嫌いだと思います」
「え? どうして?」
「……僕は、父のように正しくできないし。罪深いので……」
サワっと、高宮君の背後の天使が揺れた。
羽根のすき間から日差しが漏れる。
相変わらず、悲しそうな顔。
高宮君に友達がいないと聞いたので、私の友達? 幼馴染を紹介することにした。
◇
「というわけで、律くんです」
「……どういうわけ?」
律くんの、困惑しつつ、私への“またやってるよ”感。寛容だね。
「高宮君、こちら……」
高宮君に律くんを紹介しようと思ったのに、高宮君は、すごく動揺してアワアワしている。
律くんが近付いて名乗ったけど、真っ赤になって私の後ろに隠れた。
「律くんが、怖い?」
聞いてみたけど、
「いえっ!……そんなことは……すみません!」
声が裏返って、とにかく慌ててる。
律くんは「俺、怖いのか……?」とちょっぴりショックを受けていた。
同じ方向だったので、三人で帰宅する。
神社の娘と、お寺と、牧師さんの息子。不思議な組み合わせ。
高宮君は、ずっとチラチラ律くんを見ながら、私の後ろに隠れ気味。
「そうか~。高宮君のお母さんって海外にいるんだね」
「はい……外国人なので。父は、布教活動で異動が多いんです」
ああ、それで高宮君の肌は少し褐色なんだ。
私の家は、母子家庭。
律くんの家は、父子家庭。
みんないろいろあるよね。
高宮君の家は、私たちの家から割と近かった。
「ここ……?」
プロテスタント教会。
前を何度か通ったことがあるけど、あまり意識したことがなかった。
入口に、大きな体の男性が立っていた。
ビシッとスーツを着た、威厳のある、堂々とした姿。
「あ……」
高宮君が、少し緊張したように見えた。
私たちに「父です」と説明した。
高宮君のお父さんは、言った。
「叶十、早く、着替えてきなさい。暗唱のテストをする。日曜に間違わないようにな」
「……はっ、はい」
びくりと肩を震わせた高宮君は、私たちにお辞儀をして、慌てて中に入っていった。
天使は、相変わらずの表情で高宮君を見守っていた。
◇
「……で?」
律くんが、二人になるのを待ってましたという感じで説明を求めてきた。
律くんには、天使が視えてない。
私の行動はさぞ意味不明だろう。
説明してみたけど、
「天使?? 聞いても意味分からん」
というのが、律くんの感想だった。
律くんと別れて、いつも通り神社で掃除をしていた。
高宮君のことを思い出す。
お父さん、厳しそうだったなあ。
「罪深い」って何のことだろう?
犯罪……?
いや、そんな風には見えないなあ。
高宮君の中に、何かそんなに重いものがあるんだろうか?
取り留めない思考をしていると、空から何かが降ってきた。
白くて、ふわふわ……あ、羽だ。
そう思った時、ビジョンが私の頭に流れ込んできた。
額の前にあるスクリーンに映し出される映画を観ているような感覚だ。
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薄暗い空。
高いビル。
屋上。
一つの影。高宮君だ……。
高宮君は柵から身を乗り出して、下を覗き込む。
高宮君も天使も、同じ、泣きそうな顔。
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ドキン、心臓が跳ねた。
危ない! 止めなきゃ! でも、どうしたらいいの!?
次の瞬間、私は、走り出していた。




